2016年の日本経済は波乱の幕開けとなりました。年明け早々から株価が急落し、日経平均株価は1月8日に年明けとしては戦後初となる5日続落となりました。さらに連休明けの12日も下落は止まらず、昨年末に1万9000円台だった日経平均株価は1万7000円割れ目前まで落ち込みました。この6日間の下落幅は1800円余りに達しています。

株価は世界的に急落しており、為替相場では円高が進み、原油価格の下落も止まりません。12日のNY原油市場では、指標となるWTI原油がついに12年ぶりに一時1バレル=30ドルを割りました。株安・円高・原油安が共振している形です。

日経平均株価の推移

株安・円高・原油安、突然の波乱はなぜ起きた!?

この突然の波乱はなぜ起きたのでしょうか。その大きな原因は中国と中東にあります。まず仕事始めとなった1月4日、中国の2015年12月のPMI(製造業購買担当者景気指数)という指標が前月比0.4ポイント悪化して48.2となり、3カ月ぶりの低水準となりました。同指数は50が好不況の判断の分かれ目となっていますが、これで10カ月連続で50を下回りました。

PMIは一般にはなじみが薄いですが、メーカー企業の購買担当者を対象に景況感を聞いて指数化しているものです。企業の購買担当者というのは、自社の生産や出荷、在庫、製品の売れ行き状況など全体に目を配りながら、部品購入や資材調達していきますので、彼らの景況感は景気の動向を敏感に反映するという特質があります。このためPMIは景気を判断する重要な指標として、市場では重要視されています。

また中国の経済指標には信憑性に問題があるとよく指摘されていますが、この指数はイギリスの金融調査会社が世界の主要国で同じ方式で調査集計しているので、信頼性も高いとされています。

そのPMIが悪かったものですから、市場が敏感に反応したわけです。上海株価総合指数は4日から急落、人民元も急落して、一気に中国経済への懸念が広がったのです。中国当局は株価が大幅に変動した場合に取引を停止する「サーキットブレーカー」制度の発動、上場企業の大株主による保有株売却の規制などどの対策を打ち出すととともに、為替市場では人民元取引を事実上管理する「基準値」を元高方向に設定、あわせて人民元買い・ドル売りの大規模介入も実施しています。

上海総合株価指数

それでも中国市場の動揺は収まっていません。それは単にPMIだけではなく、現在の中国経済そのものへの懸念が強まっていることが背景にあります。さらに昨年12月に米国が利上げしたため、投資マネーが中国から流出して米国に向かうという流れもあります。これはすでに米の利上げ前から懸念されていた点ですが、現実になり始めていると言えます。

中国経済の動揺が原油安の一因に

このような中国経済の動揺は原油安の一因となっています。原油価格はすでに2014年から下落が始まっていましたが、これについてはこの連載で以前に詳しく書いた通り(第5回など)、第1に米国のシェール革命による原油増産で世界的に原油が供給過剰になる一方で、中国の景気減速で原油需要が鈍化していること、第2にサウジアラビアなどOPEC(石油輸出国機構)が米国に対抗してシェアを維持するため減産しないこと、などが背景となっています。

原油価格が下落すると、本来は日本などの石油消費国にとって恩恵があるはずなのですが、2014年以降の原油下落局面では逆に原油下落のマイナス面が懸念材料となり、世界的に株価下落につながってきました。これは米国がシェール革命によって今や世界最大の原油生産国となったことから、消費国としてのプラスよりも生産国としてのマイナスのほうが大きくなったことなどが原因です。

サウジアラビアとイランの断交が原油安に拍車

それでも原油価格は昨年の秋ごろにはいったん持ち直し、下げ止まり感が出ていました。ところが年末にかけて再び下落が続き、特に年が明けてから一段と下げ足を速めました。そのきっかけとなったのが前述の中国のPMIの悪化と、もうひとつがサウジアラビアとイランの断交です。

原油価格の推移(WTI・NY先物市場)

サウジのイランの断交には3つの背景があります。第一は宗教的な対立です。両国は同じイスラム教ではありますが、サウジはスンニ派、イランはシーア派で、この2つの宗派は歴史的に長年にわたって対立が続いているのです。今回の断交の直接的なきっかけは、シーア派の宗教指導者ら47人がテロを企てたとしてサウジが処刑し、これに抗議するイランの群衆が首都・テヘランでサウジ大使館を襲撃したことでした。

第2は、イランの核開発です。ここ数年、イランの核開発疑惑が問題となってきましたが、これはペルシャ湾の対岸に位置するサウジにとっては現実的な脅威です。ところが昨年、米国とイランはこの問題で合意しました。イランの核開発を一定期間制限する代わりにイランへの経済制裁を解除するという内容ですが、サウジは「これではイランの核開発が温存される。合意はサウジの立場を無視したもの」と反発しているのです。

そしてイランは経済制裁が解除されると原油輸出を増やせることになりますから、これもサウジにとっては好ましくありません。実はサウジが減産に反対してシェア確保を優先している理由の一つはイランつぶしの狙いもあるのです。原油生産のコストはサウジよりイランの方が高いため、価格下落はイランを苦しめるというわけです。

ところが原油安はサウジ経済にも打撃を与え始めています。これが第3の背景です。サウジはもともと豊富な原油収入をもとに国内の福祉や教育を手厚くしていました。ところが原油の値下がりで財政が悪化し、ガソリン代や電気代を一斉に値上げせざるを得なくなっています。国民の不満が高まっていると言われており、イランとの断交はそれを外に向けさせるというねらいもあるとみられます。

サウジとイランの断交によって、中東情勢は一段と混迷の度を増しています。シリア内戦の解決が遠のく恐れがあり、その間隙をついてイスラム国(IS)が勢力を拡大させたり、テロが拡散する懸念が強まっています。サウジが米国に対してイラン核合意や中東政策のブレなどから不信感を強めており、米国の影響力が低下していることも中東情勢に影を落としています。

まずは原油価格が落ち着くことが株価安定のカギ

それでは今後はどうなるのでしょうか。前述のように、株安の原因が中国と中東にあり、中東情勢は原油価格と密接に結びついていることを考えると、まずは原油価格が落ち着くことが株価安定のカギとなるでしょう。

しかしむしろ原油下落はまだ続きそうな気配です。従来の"常識"なら、中東情勢の緊迫は原油価格の上昇要因でした。しかし今回、サウジがイランとの断交を発表した1月4日以降、原油価格は一段と下落しています。これは、両国の断交によって、産油国が協調して減産することが困難になったからです。減産どころかシェア争いが激しくなるなら、原油価格はさらに下落する可能性もあるかもしれません。

ただ、両国の軍事衝突の可能性が出て来たり、ホルムズ海峡が緊迫化するような事態が起きないとは限りません。その場合は原油価格が上昇に転じる可能性はあるでしょう。しかしそのような事態は株価にとって結局マイナス材料となるもので、好ましい価格上昇とは言えません。あるいは、サウジが経済悪化に耐え切れなくなって原油減産に踏み切れば価格が上昇に向かうシナリオも考えられますが、当面はその可能性は低いと見られます。

どうなる原油価格――今後のシナリオ

この連載で昨年末「2016年の世界経済は、原油安、中国などが要注意」と書き、サウジについても指摘しました。残念ながら、早くもそれが現実となってきたようで、その影響は日本の景気にも今後じわじわと表れる可能性があるでしょう。サウジの経済悪化によってオイルマネーが日本株を売却しているとも言われています。このような状態が続けば、日銀の追加緩和や政府の景気対策などが案外早いかもしれません。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。