連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。


フォルクスワーゲン(VW)による排気ガス不正問題、明らかに意図的な不正

ドイツの大手自動車メーカー、フォルクスワーゲン(VW)による排気ガス不正問題の衝撃が世界中に広がっています。企業不祥事と言えば日本では東芝の不正会計が起きたばかりですが、今回のVWの問題は不祥事の度合いとインパクトの大きさで東芝問題をはるかに上回り、史上最悪とも言える不祥事に発展しています。

今回の問題は、排ガス規制をクリアするため試験のときだけNO2など有害物質の排出量を少なくするソフトを搭載していたというものです。そんなことが可能なのかと私も最初は驚きましたが、続々と報道される各メディアの記事から不正の内容が明らかになってきました。

通常、排ガスの検査は室内に設置されたローラーの上で車を走らせて、排出されるガスを測定して規制値に適合しているかどうかを見ます。この時の走行ではハンドルを切ることはありませんし、加速度やスピードはほぼ一定です。すると、エンジンの電子制御装置のソフトが「これは試験だ」と認識して排ガスのNO2などを規制基準内に抑えます。

一方、通常の路上走行では頻繁にハンドル操作を行いますし、スピードは常に変化しますので、ソフトは「通常走行モード」に切り替わって、排ガス低減機能を無効化するのだそうです。その結果、実際の排ガスは基準値の最大40倍であることが明らかとなったのです。

メーカーの製品に関する不祥事では、設計や製造工程でのミスあるいは不具合などがよく問題になりますが、今回はそのような次元ではなく、検査をパスするためにわざわざそのようなソフトを作成し搭載していたわけで、明らかに意図的な不正だと言わざるを得ないでしょう。

本当にトップが関与していなかったのかどうか?

しかもどうやらそれが長期間にわたっていたらしいのです。各種報道によりますと、不正は2009年に米国で発売されたディーゼル車から始まったとされています。VWではその2年前の2007年に、今回辞任したヴィンターコーン氏が社長に就任し、同氏の強力なリーダーシップのもとで急激な規模拡大を進めてきました。これが今回の不正の背景の一つとなったともみられます。2007年時点でVWの世界での新車販売台数は約600万台で、900万台を超えていたGM(ゼネラル・モーターズ)やトヨタ自動車に大きく水をあけられていました。しかしその後は急速に販売台数を伸ばし、2014年はトップのトヨタに9万台の差まで肉薄。2015年1-6月では僅差ながらトヨタを抜いて、ついにトップを奪いました。

世界の新車販売台数(VW、トヨタ、GM)

その陰で不正が行われていたわけです。ヴィンターコーン氏は「不正は知らなかった」としていますが、本当にトップが関与していなかったのかどうか。実は同氏は技術畑出身で、新車の発売については詳細に至るまで詳しくチェックしないとゴーサインを出さなかったそうですから、やはり責任は免れないところですし、事実上組織ぐるみと断じられてもやむを言えないでしょう。

2015年1-6月の世界新車販売台数

しかし一方で、VWの不正をドイツ政府、あるいはEUが黙認していたのではないかとの疑惑も指摘されています。ウォールストリートジャーナルは「ドイツの自動車業界ほど政府と密接な関係を持つ業界はない」と政府と業界の“癒着が背景にあると手厳しく批判しており、欧州のメディアも「EUが2013年の時点で不正ソフトの存在を把握していたが規制当局は問題を追及しなかった」と報じています。EUはこれまでディーゼル車を推進しており、欧州内では新車販売台数の半数を占めるほどになっていましたが、こうしたことが今回の遠因となったとすれば、今回の問題は根が深いと言わざるを得ません。

今回の問題はどのような影響を与えるのか!?

それでは今回の問題がどのような影響を与えるのでしょうか。3つの側面から見たいと思います。

まず自動車業界に与える影響です。自動車業界ではこれまでもトヨタの米国でのリコール、GMの大規模リコールなど"不祥事"が起きています。しかしトヨタの場合はほとんどが濡れ衣でしたし、GMのケースはエンジンの点火装置の不具合などよって死亡事故が出ていたにもかかわらず長年にわたって放置していた(あるいは隠していた)という重大な問題でしたが、それでもいわばGM固有の問題でした。しかし今回は、業界全体を揺るがしかねない問題です。

実は、試験走行時の排ガスは基準内であっても通常の路上走行時には基準を超えていることはよくあるというのです。走行試験では前述のように一定の条件で排ガスを測定しますが、例えば坂道は含まれていません。また試験走行では2人乗車時を想定しているのに対し実際にはそれ以上の人数が乗ることもありますので、それだけエンジンに負荷がかかり排ガス基準をオーバーすることは珍しくないというのです(「日本経済新聞電子版」9月27日付け)。

つまり排ガス測定試験の条件にはずれた状況での有害物質の排出については、「多くのメーカーが、この程度なら許容されるだろうと考えている」と同記事は指摘しています。そうだとすれば、排ガスの試験のあり方や自動車業界の“常識”そのものが問われることになります。ディーゼル車はもともとNO2の排出量が多いため、それだけ規制も厳しいのですが、試験のあり方を抜本的に見直す必要があると思います。

今回の不正は米国の当局が摘発したものですが、問題は米国内だけで済まされないのは明らかです。またVWだけでなくディーゼル車メーカー全体にも共通する問題でしょう。消費者のディーゼル車離れも予想されます。ウォールストリートジャーナルは「欧州のディーゼル車嗜好に終止符か」とまで書いています(「日本経済新聞電子版」9月24日付け)。

第2は、ドイツ経済と欧州経済への影響です。VWは米国当局から2兆円の制裁金を課される見通しだそうですが、そのほかにも消費者から集団訴訟が起こされれば多額の賠償金や和解金の支払いを迫られる可能性が高いと見られます。また販売済みの車の改修なども加わって、同社の業績が一気に悪化することは避けられないでしょう。人員のリストラなどの可能性も出てくるかもしれません。

VWは、ダイムラー、BMWと並ぶ3大自動車メーカーの1角を占めていますが、その中でもVWがトップで、ドイツ経済の中核的な存在です。関連企業も含めると、その動向は景気の行方にも影響を与える可能性があります。それによってドイツの景気がもし低迷すれば、欧州全体の景気低迷につながりかねません。

ドイツと言えば、製造業の技術力と品質の高さで定評がありますし、環境対策では先進国です。欧州内部ではギリシャ支援などで常に主導的な役割を果たすなど、政治的にも経済的にも「欧州の盟主」的な存在です。しかし今回の問題が、そうした「強いドイツ」にも微妙なかげりをもたらすリスクも意識しておいた方が良いかもしれません。

第3は日本への影響です。VWの該当する車種は日本では販売していませんので、直接的な影響はほとんどないでしょう。ただ今後はVWと取引のある日本の部品メーカーに影響が出てくることも考えられます。

何と言っても影響が大きいのは株価

しかし何と言っても影響が大きいのは株価です。この問題が表面化して以来、世界の株価は下落を続けており、「VWショック」の様相を呈しています。ただでさえ最近の株価は、中国経済への不安や米国の利上げの見通しが不透明なことなどから下落が続いているところですから、それに追い討ちをかける格好になってしまいました。これほど株価を動揺させたということは、VWの不正問題がいかに深刻であるかを株式市場が感じ取ったことを示しています。

日経平均株価も再び1万7000円台に下落しています。ちょうど、安倍首相は2020年にGDP600兆円など「アベノミクス第2ステージ・新3本の矢」を打ち出しましたが、市場ではその方針は評価しつつも具体性に欠けるとの受け止め方が多く、株価を押し上げるにはインパクト不足の感は否めません。今後しばらくの間、株価は不安定な動きが続きそうです。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。