連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。


世界の市場はギリシャの動きに一喜一憂、特に気がかりなのが新政権の強硬姿勢

本連載の前号でギリシャ情勢を取り上げましたが、その後も世界の市場はギリシャの動きに一喜一憂する展開が続いています。特に気がかりなのが新政権の強硬姿勢です。

チプラス首相は先週、欧州歴訪の最初の訪問先となったキプロスで「EU、ECB(欧州中央銀行)、IMF(国際通貨基金)のトロイカ体制を解体する」と発言しました。トロイカ体制とは2010年以降のギリシャ危機の際、EUなど3者が共同で金融支援する見返りに緊縮財政を要求し、その実行状況を3者が継続的に点検する枠組みのことで、緊縮破棄を掲げるギリシャ新政権はそのトロイカ体制を否定しているわけです。

チプラス首相はEU幹部などとの会談で、財政再建についての新計画を提示した模様ですが、EU側は「ギリシャ支援の大枠は変えない」(EU委員会副委員長)、つまり従来通り緊縮を求める方針は変えないと主張したと報じられています。どうやら両者の溝のへだたりは大きいままのようです。

3月以降はギリシャの資金繰りが行き詰まる恐れ、「つなぎ措置」をEU側に要求

しかしチプラス首相が歩み寄る気配はなく、帰国後も強硬発言を繰り返しています。前政権がEUなどと合意した緊縮策について「野蛮な合意」と発言したそうです。チプラスという人はどうも発言が過激というか、刺激的な表現を好むようです。8日の議会演説では、緊縮策の一環としてリストラされた公務員の復職、労働者の解雇規制の強化、国有財産売却計画の見直しなどの方針を表面しました。いわば「ちゃぶだい返し」のようなもので、EU側がすんなり認めるはずがありません。

実は、一つのタイムリミットが迫っています。現在のギリシャ支援の枠組みは今年2月末が期限となっているのです。普通なら、その期限を延長してこれまで通りEU側が支援を続け、ギリシャは緊縮策を継続ということでしょうが、新政権は緊縮をやめると言っているのですから、そうなると支援は2月末で打ち切りとなってしまいます。つまり3月以降はギリシャの資金繰りが行き詰まる恐れがあるのです。以前に断続的に発行した国債の償還期限(つまり借金の返済期限)が次々にやってきますが、その返済のおカネが足りません。

そのため新政権は6月までの「つなぎ措置」をEU側に求めています。しかしEUにしてみれば「そんな虫のいい話に応じられるか!」というのが正直なところでしょう。果たしてギリシャ新政権が強硬路線を突っ走るのか、どこかで柔軟姿勢に転じるのか、しばらくは気がかりな展開が続きそうです。

ギリシャのユーロ導入、実はユーロ参加の基準を満たしていなかった!?

ところで、現在のギリシャ情勢をより深く理解するには、ユーロをめぐる歴史的な背景にも目を向ける必要があります。

ユーロが発足したのは1999年です。そもそもユーロ発足の狙いは欧州経済の一体化を推進し欧州全体の経済発展を推進しようというものでした。そして通貨を統合するのですから、経済状態がかけ離れていてはうまくいかないので、財政赤字の比率、物価上昇率など一定の基準を設け、その基準を満たした11カ国でスタートしました(現在は18カ国)。

ギリシャがユーロを導入したのは、その2年後の2001年です。しかし実はここに隠された問題があったのです。今日に至るギリシャ危機が勃発したきっかけは、財政赤字額が従来の公表額より膨大であることが2009年に明るみに出たことですが、それによって2001年当時からすでに財政赤字を少なく見せかけていた疑いが濃くなりました。そうだとすれば、実際はユーロ参加の基準を満たしていなかったことになります。

これに対してEU側もある程度それを黙認していたのではないかとの見方も浮上しました。EUはユーロ拡大路線をとっていますし、中でもギリシャはヨーロッパ文明発祥の地という象徴的な意味合いがあり、前号でも指摘したように地政学的に重要な位置にありますので、同国のユーロ参加の意義は大きいからです。こうしてみると、ギリシャのユーロ加入自体が危機のタネをまいていたといえるのです。

ユーロ圏の経済一体化が裏目に出た格好、ECBの金融政策も関連

そのうえユーロ発足とギリシャの加入が、皮肉にもその後ギリシャ危機が欧州全域に危機を拡大する一因となりました。ユーロ以前なら、経済規模の小さいギリシャ一国の問題ですんでいたかもしれませんが、ユーロ圏の経済一体化が裏目に出た格好です。ユーロ発足と拡大の狙いは、ある程度経済力が強い国が中心となって、弱い国も含めて全体として経済発展を図ることにあったはずでしたが、実際にはもともと強かったドイツがより強くなり、逆にギリシャなどの経済は低迷し経済格差は拡大してしまったというのが現実です。

これはECB(欧州中央銀行)の金融政策も関連しています。ECBは通貨統合をうけてユーロ圏全体の中央銀行として発足しました。中央銀行が行う金融政策というのは、本来、景気が悪くなれば金利を引き下げたり資金供給を増やすなどの金融緩和を実施して景気をてこ入れするものであり、景気が良くなれば金融を引き締めてインフレやバブルを防ぐためにというのが定石です。

ところがドイツは好景気、ギリシャなどは不況となっても、金融政策は一つですから矛盾が出てしまうのです。例えばECBは2011年に2度の利上げを実施しました。これは当時、ドイツなどの景気回復によってユーロ圏の消費者物価上昇率が3%近くまで上昇したためインフレ防止を目的に行ったものですが、当時のギリシャはすでに経済危機のまっ只中にありました。金融支援の見返りに財政緊縮が始まり、失業率は20%に向かって急上昇中、実質GDPは3年連続でマイナス(2011年はマイナス7.1%)……本来なら利下げすべき経済状態だったのです。そんなところに金融引き締めをやったのですから、さらに経済が悪化する一因となってしまいました。

ドイツではギリシャ支援に反対する声、ギリシャの国民も反発

こうしたことが各国間の溝を広げる結果にもなりました。通貨は統合しても国は別々のままです。ドイツなどでは「自分たちの納めた税金がギリシャ支援に回るのは納得できない」という国民の反発が強く、ドイツ政府はギリシャ支援に慎重な姿勢を取っていました。EUがギリシャ支援の見返りに緊縮財政を強く求めるのは、このようなドイツなどの世論があるからで、それがまたギリシャの国民の反発を強くするという対立の図式が出来上がってしまいました。以前の欧州取材の際、ドイツではギリシャ支援に反対する声が多く、ギリシャではドイツへの反感が強かったことのですが、両国ともにそれは事前の予想を超えるものでした。

この構図は現在も変わっていません。ギリシャ新政権の強硬路線がますますその溝を広げることになるのではと懸念されます。ユーロ離脱まで突っ走る可能性は少ないと見ていますが、このままでは本来のユーロ統合の目的からほど遠い状態です。前述のようにユーロ統合は多くの課題を抱えているとはいえ、本来は欧州各国にとって利益をもたらすものですし、ひいては世界経済にとってもプラスになることです。ここは双方が妥協して、ユーロの本来の目的に近づくような解決策を見出してくれることに期待したいと思います。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。