連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。


あっという間に流れができた「消費再増税延期」と「衆院解散・総選挙」

安倍首相がAPECなどで外遊していた先週、消費再増税延期と衆院解散・総選挙が突然浮上しました。11月9日(日曜日)ごろから報道が始まって、あっという間に流れが出来上がり、この週末には「12月2日公示・12月14日投票」との日程も固まりました。

安倍首相が消費再増税延期と衆院解散を決断した最大の理由は、今年4月の消費増税の影響で景気の先行きに黄信号がともったことです。消費税引き上げ直後は7月頃から景気は回復に転ずると予想されていましたが、夏場は天候不順も加わって消費低迷が長引き、秋になっても回復に向かう様子が見えない状態が続いていました。

中でも重大なのが、政府・日銀がデフレ脱却の目安にしている消費者物価指数(生鮮食品を除く)の上昇鈍化です。長年にわたって下落が続いていた消費者物価はアベノミクスによって昨年、下落から上昇に転じ、今年4月には1.5%(消費増税分を除く)まで上昇率が拡大していました。しかしその後は月を追うごとに鈍化し、10月末に発表された9月の上昇率は1.0%まで鈍化しました。

これは、消費増税によって消費が低迷しているため、需要が減退し物価上昇の勢いがなくなっていることを示しています。政府と日銀はデフレ脱却のために「消費者物価上昇率2%」を目標に掲げていますが、このままでは目標達成は困難な情勢です。そのため日銀が10月31日に追加の金融緩和に踏み切ったことは、本コラム(11月5日付)で書いた通りです。

安倍政権にとっても、このまま景気低迷が長引くようならデフレ脱却は遠のき、アベノミクスの成否にかかわる事態となりかねません。このような状況の下で消費税の再増税に踏み切れば、それこそデフレに逆戻りのおそれさえあります。

そこで消費再増税を延期して景気の落ち込みを防ぐとともに、景気対策を打ち出してアベノミクスを立て直そうというのが、安倍政権の戦略です。そして消費税引き上げの延期という重要な政策変更について国民に信を問うとして衆院解散を決断したと見られます。

消費税の引き上げで選挙をやれば不利ですが、引き上げ延期ですから政権与党に有利に働くという計算もあるのでしょう。総選挙で支持を得て勝利すれば、閣僚辞任などでグラつきかけた安倍政権の政権基盤を強化することもできます。

幸い、野党は選挙準備ができていないしバラバラなので、勝てる――安倍政権にはこんな皮算用も成り立ちます。

"GDPショック"走る - ただ中身をよく見てみると…

こうして煮詰まってきた週明けの17日、今度はGDPショックが走りました。

安倍首相が消費再増税の最終判断の材料とすると言っていた7-9月期の実質GDPが、誰も予想していなかったマイナス成長だったのです。

内閣府の発表によると、7-9月期GDP速報値は前期比・年率換算でマイナス1.6%となりました。景気がもたついているとはいえ、大きく落ち込んだ4-6月期の後ですから、2%程度のプラスになると予想されていたにもかかわらず、まさかのマイナス。市場には激震が走り、株価は急落しました。日経平均株価は517円安、今年2番目の下げ幅となりました。 もともとGDPの伸びは低くなると予想され、それは消費再増税延期の根拠にもなると見込まれていたのですが、ここまで悪いと一転して安倍政権の経済運営が問われることも考えられます。

ただ実は今回のGDPの中身をよく見ると、景気の実態は「マイナス1.6%」という数字ほど悪くないと言えます。今回、個人消費が1.5%増(前期比・年率換算)と小幅の伸びにとどまり、設備投資が0.9%減とマイナスになるなど、主要項目はいずれも弱い数字でしたが、それより最大のマイナスとなったのは在庫投資です。

少し専門的になりますが、別表で「在庫品増加」の寄与度がマイナス0.6%となっています。これは各項目で最大のマイナスで、GDPを0.6%押し下げたことを示しています。

GDP統計では在庫が増えるとGDPはプラス、在庫が減るとGDPはマイナス要因となります。そして普通は景気がよくなって販売が増加すると在庫が減ります。在庫が減ると企業は生産を増やします。したがって今回、在庫が減ったということは景気が上向いている可能性を示しているのです。GDPの大幅マイナスの最大の原因が在庫の減少ということは必ずしも悪い内容ではないと解釈できるのです。

このように、多少はGDPの数字は割り引いて考える必要がありますが、それでも予想以上に悪かったことは事実ですから、安倍政権としては消費再増税延期だけではなく、それなりの規模の景気対策を打ち出すことも必要です。

選挙ではこうしたことも含めて、これまでのアベノミクスに対する評価、今後のアベノミクスの展望や経済政策の進め方などが争点となるでしょう。安倍政権は消費再増税を延期したあとの財政健全化の道筋など、経済財政運営の明確な方針を示す必要があります。

と同時に、野党もただアベノミクスを批判するだけでは通りません。これまで野党は日本経済をどのように立て直していくのかについて、アベノミクスに代わる経済政策の方針を示していません。総選挙を機に、各党が責任ある経済政策を示し論戦を戦わせることを期待したいと思います。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。