連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。
原油価格の下落が止まらず、昨年7月以降の半年間では半値以下
原油価格の下落が止まりません。世界の指標となるWTI原油はニューヨークの原油先物市場でついに1バレル=50ドルを割り込み、1月12日には一時45ドル台まで下げました。2014年11月下旬のOPEC総会で減産見送りを決めたのをきっかけに下落が加速し、これまでの1か月余りで下落率は30%以上に達しています。昨年7月以降の半年間では半値以下です。
原油の下落は本来、ガソリン価格の下落やエネルギーコストの引き下げなどで家計や企業に恩恵をもたらす効果があります。経済にとってはプラスのはずなのです。しかしあまりにも急激な下落は逆に不安感をかき立て世界的な株価下落につながってしまいました。いわば、「逆オイルショック」です。なぜこのようなことになっているのでしょうか。
4つのマイナス要因で株価下落
これには4つの要因が重なり合っています。
第1に表面化したのがロシア経済への懸念でした。以前に書きましたが、ロシアは今では世界トップクラスの原油生産国で、輸出の多くを原油に頼っているため、原油価格の急落はロシアにとって大きな打撃となります。このためロシアの株価が急落、通貨・ルーブルも暴落しました。
このロシアの混乱が特にヨーロッパ経済に影響を与えるとの懸念からヨーロッパの株価下落に波及し、一時は世界同時株安の様相を呈したのでした。ヨーロッパはすでに景気低迷が続いていますので、そこに原油安の影響が加わった形です。
第2は中東など産油国・新興国への影響です。原油依存で成り立っている中東など産油国にとって原油価格の下落は大きな打撃となります。ベネズエラではデフォルト(債務不履行)の懸念が高まっており、増税や補助金カットなどに動き始めた国もあります。これらの国では豊富な石油収入をもとにして多額の補助金を国民に支給してきましたが、それを削減するとなると国民の不満が高まり政治的な不安定につながる恐れもあります。
また産油国政府の多くは石油輸出で得た多額の資金で投資ファンドを創設し世界各国の株式投資などで運用しています。いわゆるオイルマネーで、日本株にもかなりの金額を投資しています。ところが原油下落によってその原資が減少し、手持ちの株式を売るのではないかとの観測がささやかれているのです。これが世界的な株価下落の一因ともなっています。
第3は意外(?)なことにアメリカへの影響です。先日、テキサス州でシェール開発を手がける企業が経営破たんしたとの記事が新聞に載っていました。原油価格の大幅な下落によって収入が減り資金繰りが悪化したためだそうです。
今回の原油下落の背景には、シェール革命によって原油生産を拡大しているアメリカとそれに対抗する中東のシェア争いがあることは、この連載(第5回)で書いた通りです。中東としては原油価格が下がれば、アメリカの中小のシェール業者は採算割れとなって脱落するとの狙いがあるわけですが、早くもそれが一部で現実になってきたと言えます。
アメリカではエネルギー産業が経済全体の中で占める存在は大きいものがあります。大手石油会社の株価が下げる場面も目立つようになっており、それが株価全体の下落にもつながっています。
以上のような要因から原油安のマイナス面に焦点が当たり、投資資金全体がリスク回避の動きを強めようになっています。これが第4の要因です。短期間で原油価格が大幅に下落して先行きが不透明になっているため、投資資金が原油市場をはじめ株式市場や商品市場などリスクの高い資産から逃げる形となっているのです。このような動きを「リスク・オフ」と呼んでいます。
いったんリスク・オフになると一斉に同じ方向での動きが大きくなりがち
かつて1980年代後半に原油価格が大幅に下落したことがありましたが、その頃原油の売買はほとんどが実需、つまり実際に原油を必要とする人たちが取引の中心でした。しかし現在では大手のヘッジファンドなどが株式、債券、商品など各市場にまたがって一体的に、かつ世界的な規模で取引をしているため、各市場の連動性が強まっています。このため、いったんリスク・オフになると一斉に同じ方向での動きが大きくなりがちで、これが最近の世界市場の不安定化を加速している側面もあります。
このように見てくると、原油の下落はまだ止まらないかもしれません。これだけ下落しても、サウジアラビアからは減産の動きが見えてきません。報道によりますと、サウジのヌアイミ石油鉱物資源相は「1バレル=20ドルになっても減産しない」と発言したそうです。それは極論としても、最近では2008年のリーマン・ショック直後に33ドル程度まで下落したことがありますので、我慢比べはまだ続きそうです。
しかしくどいようですが、本来、原油下落は消費国の経済にとってはプラス材料です。実際、私たちの身近なところを見てもガソリン代が値下がりしているなど、メリットは出始めているのです。ある試算では、原油価格が100ドルから50ドルに下がった状態が1年続くと仮定すると原油の輸入代金分20兆円が浮くそうです(2015年1月4日付け日本経済新聞電子版)。これは日本のGDP約480兆円の4%に相当する金額です。言葉を換えればGDPを4%押し上げる計算になるわけで、大変なメリットです。
今後はそうしたメリットがじわじわと広がってくると見ています。いずれ株式市場もそこに注目し、買い材料として意識されるようになるでしょう。
執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)
1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。