社畜の中には、自分の価値観を他人に押し付けなければ気が済まないという人たちがいます。彼らは自分が毎日遅くまで残業をするだけでなく、同僚にも自分と同じように長時間の残業を強制します。誰かが私用で有給休暇を取ろうとすればけん制し、自分と同じように「仕事最優先」という価値観を持てない人を非難します。

このように、自分自身が社畜であるだけでなく、他人にも社畜であることを強要するタイプの社畜を、僕は「ゾンビ型社畜」と呼んでいます。

ゾンビ映画では、ゾンビにかまれた人間はゾンビになってしまいます。いったんゾンビになってしまった人間は、敵のゾンビと一緒に他の人間を襲います。この調子で感染はどんどん拡大し、気づくと周りはゾンビだらけになってしまいます。

ゾンビ型社畜も、同僚を自分と同じ社畜にしようとします。ゾンビ型社畜の強要に負けて社畜になってしまった人は、やはり同じように他の同僚に社畜的な価値観を強要します。 この調子で周囲が社畜だらけになってしまうのは、ゾンビ映画と一緒です。

ゾンビ型社畜に支配された職場で「定時退社」「有給全消化」といった非社畜的な振る舞いを貫くのは残念ながらかなり難しいです。ゾンビの群れに、人間がたった1人で立ち向かおうとしてもそれは無理です。社畜ウイルスをうつされる前に、全力で逃げ出さなければいけません。

ゾンビ型社畜は他人が自分よりも幸せでいるのが許せない

そもそも、なぜゾンビ型社畜は自分の価値観を他人に押しつけようとしてくるのでしょうか。

彼らの行動を裏で支えているのは、「他人が自分よりも幸せでいるのが許せない」という気持ちです。例えば、彼らは自分が残業しなければいけないのに、他の社員が定時に帰ろうとするのに寛容ではいられません。「俺が苦労しているのに、なんでお前だけ楽してるんだ!」と思ってしまうわけです。

こういう気持ち自体は、多かれ少なかれ誰もが抱くものなのかもしれません。しかし実際にそこで相手を非難してしまうと、長期的には自分も損をすることになります。他人の定時退社をとがめれば、今度は自分が逆の立場になったときに、同じようにとがめられてしまうでしょう。これでは誰も幸せにはなれません。

ゾンビ型社畜を支える「他人が自分よりも幸せでいるのが許せない」という気持ちは「足の引っ張り合い」につながり、職場の空気をどんどん重くしていきます。別に他人の定時退社をとがめたところで、自分が早く帰れるようになるわけではないのですから、他人の幸せには寛容でいたいものです。

同調と協調は違う

ゾンビ型社畜が他人に社畜的な行為を強要する際には、よく「協調性」という言葉が使われます。

彼らに言わせれば、みんなが残業している中で自分だけ残業しないで帰ったり、有給休暇を私用で消化しようとすることは「協調性がない行為」ということになります。単に「俺が残業なんだからお前も残業しろよ」と言っているのではなく、「協調性のなさを非難している」という大義名分を掲げているところがなかなか巧妙でもあります。

しかし、実際にはこれは「協調性」の問題ではないのです。本来、協調とは「性格や意見の異なった者同士が互いにゆずり合って調和をはかること」(『広辞苑 第五版』より)を言います。ざっくり言えば、「お互いに協力すること」です。では、つきあい残業をしたり、有給消化を我慢することは、「お互いに協力」していると言えるでしょうか。僕には到底そうは思えません。

実際にここで行われているのは、他人に対して「自分に合わせろ」と圧力をかけることだけです。ここで要求しているのは「協調」ではなく「同調」です。そこには「ゆずりあい」もなければ「協力」の意志もありません。

日本の職場では「協調性」が大事だとよく言われますが、本来、協調性とは空気を読んでただ周囲に合わせることを指すわけではないのです。しかし、そういう意味で受け取られてしまっている場合は少なくないように思います。日本の職場でゾンビ型社畜が大量に生み出される背景には、こういった「協調性」という言葉に対する誤認があるのかもしれません。

ゾンビ型社畜にならないために

では、ゾンビ型社畜にならないためには、どのようなことに気をつければいいのでしょうか。

もっとも重要なことは、そもそもゾンビ型社畜には近づかないようにすることです。ゾンビ型社畜には感染力がありますから、感染源への接触を避けるのがもっとも確実な方法です。

仕事でどうしても絡まなければいけない時は、彼らの言動をあまり真剣に受け取らないようにすべきです。「協調性がない」と言われても、深刻に反省したりしてはいけません。協調性がないのは、むしろ彼らのほうなのですから。


日野瑛太郎
ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)がある。

(タイトルイラスト:womi)

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