漫画家・コラムニストとして活躍するカレー沢薫氏が、家庭生活をはじめとする身のまわりのさまざまなテーマについて語ります。
今回のテーマは「挑戦」である。
年が明けて、新しい今年の目標を掲げた人も多いだろう。
中には「今年中に離婚、目標慰謝料3桁」という極めて具体的な目標を持って邁進している人もいるだろうが、すでに掲げた目標を降ろしたという、国旗掲揚RTAみたいなことを成し遂げた人も多いと思う。
私などはすでに「どうせ挫折するから目標は持たない」という骨折を防ぐために最初から骨を折っておくライフハックを実践するようにはしているが、そう簡単に「生まれ変わり願望」が消えるわけがない。
「ダイエット」「筋トレ」「スキルアップ」、これらが成人を迎えた人間が永久に繰り返す生まれ変わり願望の代表格だろう。
さすがに「ダイエット」はあまり考えなくなってきた。
この年で痩せても、美しくなるのではなく、毛や歯が抜け余計美が失われるか、最悪骨が折れて健康を害するまであるので、肥満が健康を害するか、物理的にドアを通れなくなるまで痩せる必要は特にないような気がしてきた。
ただ、筋肉とスキルアップへの憧れは未だに捨てられないし、おそらく一生「胸囲120の簿記1級取得者になりたかった」という願望を抱きながら死ぬのだろう。
なぜ筋肉に憧れるかというと、自分の現住所であるTwitterには「筋肉が全て解決する」という考えが未だ根強いからだ。
筋肉が全てを解決するわけないし、しようとしたら国家権力が出動するし、筋肉も鉛玉には勝てない、ということはわかっている。
しかし、何せ筋肉を持ったことがないので、もしかしたら筋肉が全て解決するかもという願望が捨てられないし「極限まで鍛えた大胸筋は鉛玉も跳ね返し、撃った奴の方が死ぬ」という可能性も捨てきれないのだ。
しかしこれは「スーパーヒーローへの憧れ」みたいなもので、ある意味死ぬまでそういう夢を持てるのは良いことなのかもしれない。
片や業が深いのが「スキルアップ」の方である。
「結局コミュ力だよね」という、コミュ症を殺す言葉があるが、それと同じぐらい最近言われているのが「結局己の身を助くのは己の能力」ということである。
確かに、いくら人口減少による労働力不足と言ってもスキルがなければ低賃金の仕事にしかつけず貧困から抜け出せない。スキルがあれば十分な賃金が得られる仕事につけ、転職もしやすい、ということだ。
これに関しては、スキルがいらない仕事でも十分な賃金を与えるようにすれば良いのではないかと思う。フルタイムで働いて家庭も持てないレベルの給料しかもらえない状況の方が異常なのだ。
実際、現在岸田総理が「リスキリング」という言葉をドロップして怒られている最中だ。 それはいつものことなので良いが、リスが完全にもらい事故でキリングされているのが不憫である。
だが、そんなイカれた状況がすぐに改善されるわけもないので、今は各々スキルアップして自衛するしかない、ということだ。
ちなみにスキルアップしてもコミュ症は「能力があってもコミュ力がないとねw」と却って悪口対象になるという地獄が待ち受けているので、そのつもりでいてほしい。
しかし、スキルをきわめていれば「あいつは変わっているが腕は確かだ」というRPGに出てくる、伝説の剣を作る偏屈職人ジジイみたいなポジションになれる可能性もゼロではない。
それにスキルによっては「この資格を持っている人間が営業所に1人は存在しなければいけない」という、もうそこに存在しているだけで効力を発揮するものもある。
「置物」であればコミュ力はいらない、むしろ余計なことを言わない方が喜ばれるだろう。
つまり、ノースキルのコミュ症よりは、何かあった方がマシということである。
漫画家やライターというのは、一応技術は必要なのだが、その仕事以外で使えるスキル、まして資格などない世界なので、その業界を干された時、一瞬で餓死の可能性がある。
よって、その時のために世間一般で通用するスキルや資格を取っておきたいと思っているのだが、思っている内に餓死する気がしてならない。
なぜ掲げた目標を達成できず途中で挫折してしまうのかというと、おそらく目標を掲げた時に「ワクワク」してしまっているせいではないかと思う。
ダイエットを決めた時も、ダイエットに成功し、スタイル抜群となり、なぜか顔も橋本環奈になった自分を想像してしまっており、痩せたブスになった自分を想像する人間はあまりいないはずだ。
そんな、キラキラした最高の自分を想像した後で、食事制限や運動などの地味でつまらん努力をしろと言われても「こういうのじゃないんだよね」などと言い出して続くはずがない。
つまり「痩せてスタイル抜群になった姿」を想像するのではなく「生活習慣病でどす黒く変色した姿」など、良くなった自分ではなく「そうしないと死ぬ自分」を想像した方が挫折しにくいのではないだろうか。
しかし、未だにスキルアップと聞くと「3カ国語を操る自分」を先に想像してしまう。
よって今年の目標は「自分の餓死体をリアルに想像する」ことである。