今回のテーマは「苗字」である。
見ての通り私の苗字は「カレー沢」なのだが、これはそもそも本名由来である。ちなみに「華麗沢」ではない、そんな名前だったらもっと悲惨な10代を送っていたと思う。

私は子どものころ、自分の苗字が好きではなかった、私の苗字はものすごく変わっているわけではないが、そこそこ珍しいものであり、幼少期それでからかわれることがあったからだ。

今思えば、そこまで変な苗字でもないので、からかう側からすれば、私をからかいたいだけで理由は何でもよかったのだろうが、それでもやはり嫌であった。

また、薫も本名である。
薫と言えば、男女両方使える名前である。

しかし創作界で「薫」という名前は、『キテレツ大百科』のブタゴリラなど(よくよく考えればこのあだ名、教育委員会級の問題作である)「ゴツイ男にカワイイ名前というギャップギャグ」として使われことが多く、その点でもからかわれることが多かった。

その後、『るろうに剣心』の薫殿という薫界の星が現れたかと思ったら、『エヴァ』のカヲル君が出てきたりと、カオル業界は混迷を極めたのだが、現在では「そうは言っても『刃牙』の花山薫と同じ名前であるのは良いことだ」というところで落ち着いている。

小学生ぐらいになると名前でからかわれることもなくなったのだが、それでも私は自分の苗字が好きではなかった、何故なら多くの人が「初見で読めない」のだ。漢字自体は難しくないが、大体の人間が「○○さん?」と迷いがちに読み、それが90%ぐらいの確率で間違っているのである。

そんなの訂正すれば済むだけの話なのだが、コミュ障は、他人との会話の往復数をいかに減らすかに命をかけていると言っても過言ではない、事務的な会話なら尚更だ。

それが「苗字が難解」というだけで無駄な会話が1往復ぐらい増えてしまうのである、会話の往復数が増える程寿命が縮むコミュ障にとっては死活問題だ。

それに「名前を読み間違える」というのは、初見ならしょうがないことだが、それでもちょっと気まずい空気になるし、何と読むかわからず無言になってしまう人もいる。

普通の人間なら気を利かせて自分から名乗ったりするだろうが、何せコミュ障なので「ダブル無言」という一番恐れている事態が起こってしまうこともしばしばだ。

とにかく、自分の苗字のせいで起こる「変な間」が苦手だった。
それが結婚を機に「誰でも読めるどこにでもある苗字」になったので、先祖には悪いが「快適」の一言である。

最近では名前も「初見殺し」なものが当たり前になっているが、「一発で読める名前」というのは、強いし、何より便利である。

実生活において「命名」の機会はそんなにないと思うが、作家や創作をやる人間はそれが多くある。

実は私は、漫画を描くにあたり、この命名が一番苦手である。自分にカレー沢とつける時点でセンスがないのは一目瞭然だが、それ以前に命名というのは「手がかり」がなさすぎる。

名前ならば「こういうキャラクターにしよう」というような思いでつけられるかもしれないが、苗字ともなるともうお手上げである。

逆に言えば特に理由がなくていいのだから「山田」でも「我衆院」でもなんでもいいのだが、変なところで理屈っぽいので「こいつが山田、または我衆院である根拠はなんだ」みたいなことを考えてしまうのだ。

そして何より恥ずかしいのだ。

世の中には「裸で人前に出る」など「誰でも理解できる羞恥」と、他の奴から見れば何でもないことなのに、「己だけは猛烈に恥ずかしい羞恥」とがある。

私にとって、自分の作ったキャラに自分の考えた名前をつけて世に出す、というのは凄まじい羞恥なのだ。

これは、中二などの時にノートに描いた「俺の考えた最強キャラ」の何に一番こだわっていたかというと、必殺技などももちろんそうだろうが、やはり名前に力を入れていたからだと思う。

よって、自分が命名したキャラを人に見せると「こいつ一生懸命かっこいい名前考えたんだな」ということを見透かされているような気がして恥ずかしいのである。

人は照れを隠そうとすると、とにかく普通で地味にしようとするか、逆に「笑いに逃げる」ということをしてしまう。
よってキャラクターに「爆裂放屁丸」とか平気で命名して余計恥ずかしいことになったりしてしまうのだ。だが、それはまだいい、放屁丸の責を負うのは命名した自分だ。

それよりさらに保身に走ると、すでに存在している人物の名前をもじっただけの名前をつけてしまったりする。

このキャラの名前は、あのキャラのパロディなんすよ、と主張することで羞恥と責任から逃れているのである。

だが、漫画を描いて人に見せている時点で、露出狂と変わらないのである、
それが名前を見せるのが恥ずかしいというのは、全裸で外に出てるけどくるぶしが見えてるのは恥ずかしいと言っているようなものだ。

次回はちゃんと自分で考えた名前にしようと思う、たとえそれが爆裂放屁丸でも。

筆者プロフィール: カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は全3巻発売中。