デジタル給与払いのサービスが利用できるようになってから約2年。給与の一部/全額を決済サービスで受け取ることができ、すぐにコード決済で支払いなどができるというのがデジタル給与払いのメリットですが、これまで給与を銀行振込にしていた人にとっては、わざわざデジタル給与払いを利用する理由がないかもしれません。実際、広がりはまだまだ一部にとどまっています。
デジタル給与払いを提供する楽天Edyの常務執行役員である松村知彦氏と楽天ペイメントのプロダクト開発部部長・鍋山隆人氏に、そんなデジタル給与払いの現在の状況について聞きました。
デジタル給与払い導入の一押しは
デジタル給与払いは、厚生労働省に申請をして指定を受けた決済サービス事業者の口座を、給与振り込み先として利用できるようになるという制度。給与の支払方法は労働基準法などで定められていますが、現金手渡し/銀行口座・証券口座への振込・払込という従来から利用できた手段に加えて、決済サービス(資金移動業者など)が追加されたという格好です。
現在、厚労省の指定を受けている決済サービスの事業者は、PayPay/リクルートMUFGビジネス/楽天Edy/auフィナンシャルサービスの4社です。
結局、この仕組みのスタート前後に申請を行った4社以降、申請段階にまで至った事業者が増えることはなかったようですが、それでもデジタル給与払いに対応する企業などは少しずつ増えているようです。PayPayは2025年4月に導入企業数が100社を超えたと発表しており、その後も順調に伸びていると言います。
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デジタル給与払いの利用状況。口座数は5万件、取扱金額は月間2.9億円程度にとどまっています。第210回労働政策審議会労働条件分科会資料より)
とはいえ、採用企業などが増えても実際に利用する従業員は多くはなく、利用金額も急拡大しているというほどではありません。
楽天Edyでは、大手としてDAISOの大創産業が導入を決めており、今後のさらなる拡大にも期待しているといいます。ちなみにデジタル給与払いは、事業者としては楽天Edyが提供していますが、決済サービスとしては楽天ペイでの対応となります。
デジタル給与払いは、入金した給与が失われないように資産保全を義務付けるなどの安全性を重視した結果として現在の仕組みとなっています。銀行などと同程度の資金の安全性を確保できるよう設計されているため、かなり厳しい制約があります。
その結果が、現在でも参入事業者が大手4社のみという状況となっています。しかも、各事業者の審査にはかなりの時間を要していました。松村氏は「厳格なルール作りに時間が必要だった」と振り返ります。さらに、楽天Edyでは給与を保全するための仕組みとして他社とは異なる「信託方式」を採用していたことも、審査の時間に影響したそうです。
楽天Edyは信託方式を採用
デジタル給与払いでは、決済サービス事業者が破綻した場合、労働者の給与が保全されるように保証機関が全額弁済することが求められます。PayPayは三井住友海上火災保険、COIN+は三菱UFJ銀行、auはauじぶん銀行といった金融機関・損害保険会社が保証機関となっており、破綻の際にはこれらの保証機関が労働者への弁済を行います(保証契約方式)。楽天Edyの場合は楽天信託が保証機関となっていますが、弁済の資金を楽天Edyが楽天信託へ信託しておくという信託方式を採用したという点が他社と違うところです。
万が一破綻が起きたとき、労働者の指定口座の残高相当額の全額を、6営業日以内に保証機関が労働者の指定口座に振り込むという設計で、その点では他とは変わりませんが、それでも信託方式という仕組み自体の審査に時間がかかったそうです。
信託方式を導入した理由について松村氏は、「保証会社を使う場合、保証枠がユーザーの上限になってしまう課題があった」と説明します。楽天Edyや楽天キャッシュを長年運営してきた実績があるため、サービス成長に合わせて持続的に規模を拡大できる仕組みを重視して、信託方式を選択したとのことです。
既存の利用者の利用状況を聞いてみると、給与の一部から上限10万円以内で「日常で使うであろう額」を振り分けるという「チャージに近い使い方」が多いと鍋山氏は言います。「自動的にチャージされて便利」という声があるそうで、オートチャージのように使っているようです。
今までも、コード決済などではクレジットカードを登録せずに現金チャージをする人が一定数いました。デジタル給与払いによってあらかじめ一定額が給与から振り込まれるのであれば、毎月一定額をチャージしているのと変わらず、しかも本人にとってはチャージの手間もありません。こうして振り込まれた給与は、「お小遣い」のように日常の買い物で使われることが多いでしょう。
そうした日常の買い物以外にも、仕事の飲み会で割り勘して送金するといった使い方も考えられます。加えて、楽天の場合は楽天市場や楽天証券の投信積立など、楽天グループのサービスでの利用もあると鍋山氏は言います。楽天ペイ給与受取が「楽天経済圏」への入り口となっており、デジタル給与払いに対して楽天グループの強みが発揮できている形です。
最大3%還元を導入の一押しに
とはいえ、デジタル給与払い全体で利用が伸び悩んでいる点は大きな課題です。採用企業を拡大するために松村氏が必要だと指摘するのが「最後の一押し」です。チャージの手間が省けるといったメリットだけでは、企業は様子見してしまうケースが多かったそうです。
実際、デジタル給与払いは結果として「単に給与振り込み先が1つ増えただけ」という状況。企業にとっては、それだけではなかなか導入に繋がりません。そこで楽天ペイメントが提供しているのが「最大3%還元」です。
このキャンペーンは、従来の楽天ペイの支払いにおける最大1.5%の還元に加えて、楽天ペイ給与受取のユーザーであればさらに1.5%を還元するというものです。
大ざっぱに言うと、これは「(対象決済で使えば)使えるお金が最大3%増える」ということになります。例えば毎月の給与から、お小遣いとして5万円を楽天ペイに払い込むように設定し、それを毎月対象の決済で使い切れば、最大1,500円が還元されるということになります。給与受取の設定なしの場合は最大750円(1.5%還元)ということになりますので、大幅に還元率がアップしています。
導入企業にとっては従業員に対する福利厚生の一環となりうる、というのが楽天側の考えです。実際、大創産業で導入に至ったのはこれが決め手の1つだったとしており、楽天では楽天Edyによるデジタル給与払いの導入に対する「最後の一押し」を狙って、継続的にこのキャンペーンを実施していく考えを示しています。
デジタル給与払いは、まだまだ認知度としても制度としても不十分というのが正直なところです。特に4社から増えない決済サービス、けっきょく銀行口座などが必要といった点は課題として厚生労働省も認識しており、改善の検討が開始されています。
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議論の中ではATMによる現金受取サービスが紹介されており、口座を持たない外国人の利用に向けた施策も検討されています(第210回労働政策審議会労働条件分科会資料より)
楽天でも、日払いや非正規雇用、外国人労働者を抱える事業者向けにサービスを改善していきたいと話しつつ、決済サービスのさらなる参入で活性化も期待していると言います。そのためにも、現状の問題点を踏まえた制度の改正は不可欠と言えそうです。

