世の中の大半の仕事は、人がいることによって成り立つ。そもそも取引先がいなければ仕事の受注がないわけだし、上司や先輩のサポートもなくいきなりバリバリと業務はこなせない。

多くの他人が関係してくる以上、相手に対する敬意やマナーが必要となってくる。だが、職場で使用するツールの使い方や業務上必要なタスクを先輩社員からレクチャーされることはあっても、ビジネスマナーをイチから教えてもらった機会がある社会人は少ないはずだ。そのような人は、無自覚のうちに礼節を欠いた態度をとってしまい、ビジネスチャンスを逸してしまう恐れがある。

そこで本連載では、筑波大学および札幌国際大学の客員教授を務めながら、大学や官公庁などで「職場に活かすおもてなしの心」をテーマとした講演や研修を手掛ける江上いずみ氏に、社会人として知っておくべきビジネスマナーを解説してもらう。

  • 新幹線の座席にも席次があるのは知ってましたか?

社会人として取引先の方や上司、目上の人への「敬意」や来客に対する「おもてなしの心」を表すために、「席次」はとても大切です。序列の順位や席次の上下を知らないと、相手に不快な思いをさせたり、または常識のない人だと思われたりしてしまいます。

応接室、会議室、レストランや乗り物など、人が集うところにはすべて上座と下座があります。西洋では「右上位」の考え方があり、原則として洋室では「右側が左側より上席である」ことを前回お伝えしました。

では和室の場合はどうでしょうか。日本古来の席次は西洋とは逆に「左上位」が原則です。つまり「左側が右側よりも上座」になります。

和室が「左上位」である理由

中国の儒教では「天帝は北辰(ほくしん)に座して南面(なんめん)す」との思想のもと、左が上位として尊ばれました。天子つまり皇帝は、不動である北極星を背にして南に向かって座ることにより、帝としての地位も不動となり、長く繁栄を続けていくことができると考えられていました。そうなると、南に向かって座る皇帝から見て太陽は東、つまり左から昇り、そして西、つまり右に沈みます。太陽が昇る「東」は沈む「西」よりも尊重され、その結果「左が右よりも上位」という「左上位」の原則になったわけです。

こうした中国の文化を倣ってしきたりや文化を整備した日本にも、左が右よりも上位とされる考え方が根付き、高位の者が左に立つ「左上位」になっていきました。それが日本の文化のさまざまなところに表れています。例えば、律令制での左大臣と右大臣の並び順は、天皇から見て左側に格上の左大臣、右側に格下の右大臣が立ちました。おひなさまを見ても、左大臣は白髪で白い髭をはやした高齢の人形、右大臣は黒髪の若者の人形になっていますね。

国会議事堂も、真ん中の中央塔から見て左側に貴族院の流れをくむ参議院、右側に衆議院を配置しています。舞台の左側(客席から見ると右側)を「上手」、右側を「下手」と呼ぶのも、左上位に基づいた呼び方と言えます。

「左上位」から「右上位」への変遷

明治時代まではそのしきたりそのままに、天皇陛下と皇后陛下が並ばれるときも、天皇陛下が皇后陛下の左にお立ちになりました。しかし、文明開化の波が日本に押し寄せた以降に即位された大正天皇は西洋のマナー「右上位」に合わせ、公式行事では皇后陛下の右に立たれました。

それ以降、天皇陛下と皇后陛下の公式行事の立ち位置はすべて右上位の立ち位置になっています。明治になり、開国して西洋文明が流れ込んできたことにより、日本も次第に右上位に倣っていきました。その変化の様子が雛人形の飾り方にも大きく影響しています。

江戸時代までは向かって右にお内裏様、左におひなさま、つまり「左上位」に並べていました。明治維新後、西洋文化が流れ込んで、昭和天皇ご即位の時に西洋の文化にならって、「右上位」つまり向かって左にお立ちになりました。それ以降、雛人形も向かって左にお内裏様、右におひなさまという「右上位」の並べ方が多くなったのです。

全国に普及している「関東雛」は右側(向かって左側)にお内裏様を置く「右上位」で飾っていますが、昔の風習を大切にする京都を中心とした「京雛」は左側(向かって右側)にお内裏様を置く左上位で飾っています。

和室では床の間の前が上座

このような理由で、私たちが和室においてその席次を考えるときは、「左上位の原則」を考慮することが必要です。それだけではなく、和室においては「床の間の位置」も席次に大きく影響してきます。

和室における席次をまとめると以下のようになります。

1.和室では床の間の前が上座
2.床の間の前に並んでお座りいただくときは「左上位」により、向かって右が上座
3.和室では入り口に最も近い席が下座
4.立派な日本庭園を見ることができる側が上座

  • 和室における席次

ただ、上記の基本が抵触してしまうこともありますね。例えば入口に近い席からの方が、美しい景色や日本庭園を眺めることができる、といった場合です。そのようなときは、何も理由を言わずに下座を薦めてしまうと、非常識な人に思われてしまいますから、「こちらのお席からの眺めは素晴らしいので、よろしければこちらにお座りください」とぜひ一言添えてお薦めしましょう。

また和室において、左上位の原則を知らない外国人の方に席をご案内するときにも、床の間の意味や和室での考え方を説明できると、より良いコミュニケーションが生まれます。