悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、「書評執筆本数日本一」に認定された、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、「気づかい下手」な人へのビジネス書です。

■今回のお悩み
「人の気をつかうのが苦手」(38歳男性/メカトロ関連)


人間関係において、気遣いはなにかと難しいもの。相手のことを考えられなかったら「失礼な人だな」と思われてしまいますけれど、アプローチが過剰すぎれば、それはそれで相手を疲れさせてしまったりもしますからね。

つまりは「少なすぎず、過剰すぎず」というバランスが大切だということですが、それがなかなかうまくいかないわけです。したがって、今回のような悩みを抱えていらっしゃる方のことも充分に理解できます。

また、そういったことで悩む方が多いからこそ、「気づかい」をテーマにしたビジネス書も少なくないのでしょう。

自分でルールを決めて徹底する

ところが『気づかいの壁 ーー 「気がつくだけの人」を「気が利く人」に変える、たった1つの考え方』(川原礼子 著、ダイヤモンド社)の著者は、多くの「気づかい」の本に弱点があることを指摘しています。

  • 『気づかいの壁 ーー 「気がつくだけの人」を「気が利く人」に変える、たった1つの考え方』(川原礼子 著、ダイヤモンド社)

それは、「相手の気持ちを考えよう」「俯瞰して観察しましょう」「場の空気を察してください」というようなアドバイスが、さも簡単なことのように書かれていること。いいかえれば、机上の空論が大前提になっているわけです。

でも、一方的にそういうことをいわれても、「それができれば苦労はしないよ」と困ってしまって当然。

そこで、本書では繰り返し、
「あなたが『気づいたとき』に壁を越えましょう」
「プロからヒントを得て、誰でもできることから取り入れましょう」
という表現を使っていきます。
気づいたあとに躊躇してしまう、その考え方のクセを取り除くことは、誰にでもできるからです。その思考法を身につけてほしいのです。(「はじめに」より)

たしかにそう考えれば、気づかいを身につけることについてのハードルも下がりそう。事実、ここでは、すぐに取り入れられそうな"気づかいのコツ"が紹介されています。

たとえば著者が、気づかいに関する「自分の心の壁」を乗り越えるための重要なマインドセットとして挙げているのが、「人が見ていなくてもやる」こと。

「人が見ていないと意味がない」かもしれませんし、「見られているときだけアピールすればいい」と考えるのも間違いではないでしょう。しかし、いざというときに壁を越えるためには、それでは不十分だというのです。

大切なのは、コスパ重視の考え方から抜け出し、誰かが見ていなくても「自分がされてうれしかったことをする」習慣をつけること。例を挙げるなら、次のような行動が意味を持つわけです。

・席を立つとき、デスクにイスを戻している
・会議室を出るとき、テーブルに飲み物の水滴が残っていないか確認している
・ホワイトボードのインクが切れていたら、新しいものと交換している
・シュレッダーの満杯ランプが点灯していたら袋を交換している
(66ページより)

たしかに、どれも自分の意思だけでできることですが、にもかかわらず「誰かが見てくれていないと意味がない」「やった人が損だ」と、目先の損得でしか行動できない人がいるのも事実。しかし、その発想を捨てることから気遣いは始まるのだと著者は主張するのです。

そうでなくとも、「まあいいか」という気持ちはとっさの行動に表れます。けれどもそれは、誰も見ていない赤信号を車で横断するようなもの。いずれ事故が起こってしまう可能性は大いにあるわけです。

視点を変えれば、「自分でルールを決めて、それを徹底しているかどうか」がひとりひとりに試されるということ。だからこそ、著者のこの考え方は説得力を感じさせるのでしょう。

自分で自分にルールを課して、一度決めたらやり抜く。
誰も見ていなくてもやる。
そういう行動を続けていき、自分でも当たり前になった頃に、誰かが見てくれているものです。
その順番を間違えないようにしましょう。(67ページより)

気づかいとは無関係のように思われるかもしれませんが、「人が見ていなくてもやる」ことは間違いなく基本中の基本。本当の気づかいは、そこからスタートするわけです。

つまり、気づかいの根底には「なんとか助けになりたい」という思いがあるのです。

相手を「そっと見つめている」こと

でも助けになるためには、適切な手段や表現が求められます。もちろんそれは、相手が目の前にいる場合にもいえること。相手の気持ちを考えずに手を差し出すことが、必ずしも相手にとって喜ばしいとは限らないからです。

『「気がきく人」と「気がきかない人」の習慣』(山本衣奈子 著、明日香出版社)の著者も、そのことに触れています。

  • 『「気がきく人」と「気がきかない人」の習慣』(山本衣奈子 著、明日香出版社)

悩みを抱えている側からすれば、そのことを誰かに相談するという行為は意外とエネルギーがいるものでもあります。ことばに置き換えるほど、つらい状態が現実味を帯び、もうこれ以上考えたくないという気持ちが大きくなったりするため、「いまは誰にも話したくない」と思う場合もあるのです。

そこで大切なのは、一方的に「話を聞くよ」とアプローチするのではなく、相手が話したくなるまで待つこと。著者も悩んでいるとき、同僚の接し方に助けられたことがあったようです。

当時の同僚は、私の状況を知っていましたが、ほとんど何も聞いてくることなく他愛のない話を交わす程度で過ごしていました。しばらく経って、気持ちの整理がついてきたころに「あのさ、実はちょっと聞いてもらいたいことがあるのだけれど」と言ったら、「もちろん聞くよ! 実はそう言ってくれるのを待ってたんだ」と言ってくれました。そのときの、心底ホッとして、ありがたく感じた気持ちは今も忘れられません。(99〜100ページより)

これは、とても納得できるエピソードではないでしょうか? ことばにするためには、頭の整理が必要なこともあるのですから。心の整理ができていない相手から無理やりことばを引き出そうと試みるのは、手を差し伸べているというより、手をねじ込んでいるのに近い状態。

だとすれば、熱心に聞こうとすることで、相手がよけい苦しくなってしまう可能性もあります。

「よかれと思って」ということばがありますが、そんな考えに基づく気づかいが、逆に相手をこらせたり困らせたりすることも考えられるのです。そんな空回りが起きてしまうことの原因の一つが、「待てない」こと。

相手の気持ちが落ち着くのを待てず、自分の尺度で「いい」と思われることを推測して先回りをしてしまうわけですが、それが必ずしも相手の望むものとは限らないのです。

そういう意味では、気がきく人は「待てる人」であると言えます。 焦らず急かさず、相手が言葉にしてくれることや、相手から手を伸ばしてくれることを待つ。そのときが来たら即座にその手を取れるよう、意識だけを向けている状態です。(101ページより)

"そっとしておく"とは放っておくという意味ではなく、"そっと見つめている"ということ。「私がなんとかしてあげよう」ではなく「私になにができるだろう」と考えることを習慣化するべきで、それもまた重要な気づかいであるという考え方です。

「自分は重要な存在」と相手に思わせる

「いまは声をかけてほしくないんだろうな」というように人の気持ちがわかることは、とても大切。『慕われる人の習慣』(レス・ギブリン 著、弓場 隆 訳、ダイヤモンド社)の著者も、「人に慕われる技術」のひとつとして「人の気持ちがわかるようになる」ことを挙げています。

  • 『慕われる人の習慣』(レス・ギブリン 著、弓場 隆 訳、ダイヤモンド社)

慕われるために気づかいをするわけではありませんが、気づかいができれば、必然的に慕われるようになるといえるのかもしれません。

著者は、人には「自分は重要な存在であり、大切に扱われていると感じたい」という欲求があるのだと述べています。その欲求が、日常的な場面で人々を駆り立てる原動力になるのだと。

重要感を持たせると、人は喜んで動いてくれる。
重要感とは、自分が重要な存在だと感じることだ。
相手を立てると、相手はあなたを好きになる。
(47ページより)

逆に「私が、私が……」と自分のことばかりを主張してしまうと、相手は引いてしまうことに。こちらが過度に自己主張すると相手は重要感を持てなくなるため、相手はこちらを避けようとするわけです。

しかし、相手に重要感を持たせると、相手の自尊心を高めることができる。誰にとっても、自尊心はきわめて大きな意味を持っている。
その理由は、すべての人が「自分は重要な存在だ」と感じたがっていて、誰かに大切に扱われると、自尊心を高めることができるからだ。(48ページより)

人々が自分の気分をよくさせてくれる相手に好意を抱くのは、まったく不思議なことではないでしょう。実際のところ、相手の自尊心を高めることが、人間的魅力のカギなのだと著者はいいます。

これもまた、自然な気づかいを身につけるうえで心にとどめておきたいことだといえるのではないでしょうか?