自動運転は技術論だけでは語れない。これを人々が受け入れられるかという社会受容性の観点が不可欠だし、自動運転が普及した先に待つモビリティの変化、もっといえば社会の変化について、その方向性をしっかりと想定しておくこともまた、大事になってくる。

システムの冗長性が自動運転を支える

「人の命を守る」という願いは、いつの時代も変わらない。自動車業界への普遍的なニーズに対し、アンチロックブレーキシステム(ABS:Antilock Brake System)、横滑り防止装置(ESC:Electronic Stability Control)、ADAS(先進運転支援システム)など、クルマの性能は予防安全の領域で進化の一途をたどってきた。その先にあるのが自動運転だ。

自動運転には、米国の自動車技術者協議会(SAE)によるレベルが定義されている。これによると、レベル3はドライバー(人間)とシステムが互いに運転責任を受け持つ領域となる。

レベル3は、システムが責任を持つレベル4へ到達するためのステップとして考えられがちで、2020年頃には高速道路で実用化しようとする動きもあるが、実際には、そう簡単にいかないだろう。例えば「単一車線の渋滞時のみ」「時速60キロ以下」などの条件を規定すれば、スマートフォンやテレビを見るといったような「セカンダリータスク」を車内でこなすための限定的なレベル3は可能かもしれない。

  • アウディ「A8」

    アウディ「A8」(画像)は自動運転レベル3の機能を持つクルマとして市場に初めて登場するクルマとして注目を集めた

レベル3の実現が困難なのは、ドライバーとシステムの間で権限(責任)が行ったり来たりするためだ。システムが状況に対応できず、ドライバーに主導権を戻すときは、何秒前に警告を出すべきなのか。主導権が戻ったとき、人間がセカンダリータスクに没頭していて気づかない場合はどうするのか。そうした場合は、ドライバーモニタリングシステムでドライバーの状況を察知し、注意喚起を行わなければならない。そのためには、冗長性として二重三重にシステムを組まなければならないから、システムはかなり複雑で重厚になっていく。

たとえ技術的にシステムの冗長化を図っても、レベル3は依然として非常に難しいものであることに違いない。これについては、それを乗り越えねばレベル4が見えてこないという考え方や、レベル2を深掘りして一足飛びにレベル4に上がるという考え方もある。

ただし、レベル3が難しいとはいえ、例えばドイツのアウディやメルセデス・ベンツは、真剣にレベル3の開発に集中している。自動車メーカーの中には、「高度なレベル2は、ドライバーがシステムに頼り過ぎるゆえの事故が心配」との考えもあるのだ。各自動車メーカーの思想によりレベル3への対応は異なるが、自動運転に使われる技術は時代とともに集約されてきている。

クルマの未来は社会の受容性で決まる

技術の進化だけで自動運転は完結しない。問題は、ささやかなセカンダリータスクのために高くなったコストを、果たしてユーザーが払うかという点だ。今の段階では、技術論だけではなく、そうした社会受容性を考えることが重要だろう。

例えば地方に住む高齢者で、移動手段が時速6キロ程度の電動車椅子しかないような人は、駅へ行くにも負担が強いられる。この、自宅と最寄りの公共交通機関との「ラストワンマイル」を、たとえ時速30キロ以下ででも結ぶ移動手段があればというニーズから、政府が中心となり、「ラストワンマイルレベル4」と呼ばれるモビリティの開発を進めている。

2017年12月には、石川県輪島市で自動運転による電動カートの公道実証実験が行われた。ニーズのあるところにテクノロジーを取り入れ、市街地や生活空間の中で部分的に自動運転の技術をいかす取り組みが進みつつある。このように、一般公道や高速道路を走る乗用車の自動化と、地域や速度を限定した移動手段としてのモビリティの2つの大きな流れから、2020年頃の実用化を目指した動きが見られる。

サービスとしてのモビリティ「MaaS」

自動運転における2つの流れのうち、後者の移動手段としてのモビリティは「MaaS」(Mobility-as-a-Service)という考え方に立脚している。トヨタ自動車の豊田章男社長は今年1月、ラスベガスで開催された「CES」(家電見本市、近年はIT展示会の様相を呈する)において自らプレゼンテーションを行い、これからは自動車を設計して作るだけでなく、モビリティをサービスとして提供できる企業に転身すると宣言し、自動運転技術を活用したモビリティサービス専用次世代EV(電気自動車)「e-Palette Concept」を公開した。メルセデス・ベンツ、フォード、GMなども、モビリティプロバイダを目指すという同様の姿勢をとっている。

  • トヨタの「e-Palette Concept」

    トヨタの「e-Palette Concept」(画像提供:トヨタ自動車)

自動車メーカーは今、固定観念から離れて、もっと違ったモビリティ全体のサービス業にシフトしていかなければならなくなっている。クルマは移動手段ではあるけれども、ただ単に設計して売るだけではなく、例えば作ったクルマをシェアリングさせるサービスなどにも取り組む必要がある。

クルマは「所有」の時代から「利用」の時代へと変わりつつある。メーカーはこれまで、ユーザーを相手にクルマを販売してきたはずだったが、個人とのつながりが希薄化することで、その図式も一変する。クルマをシェアサービス会社に向けて販売するというようなパラダイムシフトも起こるのだ。

著者プロフィール


清水和夫さんの画像

清水和夫(しみず・かずお)
1954年、東京都生まれ。武蔵工業大学電子通信工学科卒業。1972年のラリーデビュー以来、国内外の耐久レースで活躍する一方、モータージャーナリストとして活動を始める。自動車の運動理論や安全性能を専門とするが、環境問題、都市交通問題についても精通。著書は日本放送出版協会『クルマ安全学のすすめ』『ITSの思想』『燃料電池とは何か』、ダイヤモンド社『ディーゼルこそが地球を救う』など多数。
内閣府SIP自動走行推進委員の構成員でもある