日本未上陸の商品が楽しめたり、空の上でインターネットにアクセスできたり。飛行機にはおもしろく、時に画期的なサービスが登場する。そんな航空会社の先端サービスとそれをはじめるにあたっての担当者のこだわりや隠されたエピソードを紹介するのがこのシリーズ。

今回は、話題の機内食を次々に送り出している日本航空(JAL)の商品サービス開発部マネジャー・若井政昭氏と、同部リードキャビンアテンダント・尾崎綾氏にお話をうかがった。

上空1万m超で味わう吉野家の牛丼

日本航空(JAL)の商品サービス開発部マネジャー・若井政昭氏

いま、JALでもっともアツいトピックとして「AIRシリーズ」が挙げられるのではないだろうか。昨年6月から11月までは、モスバーガーのテリヤキバーガーを「AIRモスバーガー」、昨年12月から今年2月までは、横浜中華街「江戸清 りーろん」の肉まんを「AIR肉まん」、今年3月からは吉野家の牛丼を「AIR吉野家」』と名付けて機内で提供している。さらに、4月22日就航の成田 - ボストン線では、ミスタードーナツとの共同開発品「AIR MISDO」の提供を開始する。1万m超の上空でこんな人気グルメが楽しめるとは。

他にも、世界屈指のショコラティエ(チョコレート職人)であるジャン=ポール・エヴァン氏とタッグを組んでオリジナルショコラを開発し、さらには日本の郷土料理や南魚沼産コシヒカリを提供。ワインやシャンパンなどのラインナップも見直すなど、昨年春から料理だけでなくドリンクやデザートまでミールサービスを全面的に新しくしている同社にその狙いを聞いた。

3月に提供が始まった「AIR吉野家」。牛丼は"つゆだく"になっている

「経営悪化、そして経営破たん、そこから再建へと続く中で、サービスの質が落ちているのではないかという見方をされたことがありました。私たちはそのご意見を真摯に受け止め、JALの企業理念である『最高のサービスを提供する』というコンセプトのもと、JALブランドの3つの核『伝統』『革新』『日本のこころ』に沿って機内食を再度見直しました。伝統とは、日本で生まれ日本に育てられた航空会社として日本古来の伝統をきちんと世界に発信していくということ。革新は、既成概念にとらわれずお客様の望むものを商品化し表現していくこと。日本のこころとは、誇れる日本の文化を前面に打ち出していくといった内容を意味します。この3つを核にして、様々なサービスをスタートさせていきました」(若井氏)。

フルサービス航空会社のこだわり

ハワイ線で昨年7月1日に提供スタートした「わくわくリゾートプレート」(写真は羽田出発便・昨年6月撮影)

確かに「AIR吉野家」をはじめ、コーヒーハンターの川島良彰氏がプロデュースした「JAL CAFÉ LINE」、ハワイのロコフードを盛り込んだ「わくわくリゾートプレート」(ハワイ線)など、どれも日本的な部分や革新性が感じられる。それにしても、航空会社が機内食を見直す場合、ファーストやエグゼクティブクラスだけというケースも多いのだが、JALはエコノミークラスにも注力している。

「最近、日本でもLCC(低コスト航空会社)が増えていますが、LCCは基本的にエコノミークラスのみの設定で機内食などのサービスはせず、有料で購入することになります。一方のJALは、機内食や受託手荷物手数料など一通りのサービスをするフルサービスの航空会社ですから、LCCとの差別化をはっきりさせなければいけない。当然、エコノミークラスでも価値あるサービスを提供する必要があるわけです」(若井氏)。


機内食ゆえの制限へ挑戦

日本航空(JAL)の商品サービス開発部リードキャビンアテンダント・尾崎綾氏

「AIR吉野家」は乾燥する機内環境を考慮して、"つゆだく"での提供だというが、やはり牛丼となると、生卵もトッピングしたくなってくる。その思いをぶつけてみると……。「食品衛生管理上の問題があり、機内で生卵は出せません。湿度や気圧が低いなど、機内の環境は地上とはまったく異なる上に制限も多数あり、地上の味を機内に持ち込むだけでも実は大変なのです」(若井氏)。

「AIR吉野家がつゆだくなのは、乾燥した機内でごはんがパサつくのを防ぐためです。また、AIR肉まんはせいろを使って蒸しますが、機内食として出すには、一度素材を冷凍保存して再度常温に戻し、それを機内のスチームオーブンで温めるという工程を経る必要があります。そうした中で一番おいしい状態で召し上がっていただくために、様々な工夫を施しました。肉まんの皮の部分にブラウンシュガーを入れるとモチモチ感が出るのですが、入れ過ぎると甘くなる。そのバランスをとるために、何度も試作をしました。有名店でのコラボレーションで生まれる機内食も、地上の味をそのまま持ち込むだけでなく、JALならではのオリジナリティを加えて、機内でおいしく感じていただけるよう努力しています」(尾崎氏)。

全クラスでこだわりのコーヒーを

さらにJALはコーヒーにもこだわった。世界各地の希少なコーヒー豆を発掘し、種の保存や栽培に取り組むコーヒーハンターこと川島良彰氏監修で、エコノミークラスからファーストクラスまで厳選したコーヒーを無料で提供している。開発段階では、「有償にしてはどうか」という声もあったそうだが、「お客様へのおもてなしが有償であっていいはずがない」という考えのもと、無料提供に踏み切った。結果、利用者からは「とても好評で、正直予想以上の反響です」(尾崎氏)。

「JAL CAFÉ LINE」記者発表会にて。右から2番目がコーヒーハンターこと川島良彰さん

世界屈指のショコラティエがJALのために探したカカオ

ジャン=ポール・エヴァン氏監修のショコラ

"コーヒー改革"は成功を収め、今年2月から新たにスタートしたのがジャン=ポール・エヴァン氏監修のショコラの提供だ。ファーストとエグゼクティブ(ビジネス)クラス対象で、こちらもオリジナリティ溢れるアイテムだ。こちらは柚子や抹茶といった分かりやすい素材で日本らしさを出すのではなく、「日本人の繊細な味覚に合うショコラ」をテーマに開発され、ファーストクラスではJAL限定のボンボンショコラを、エグゼクティブクラスでもJALオリジナルを含む8種のパレ(薄い円形のショコラ)を用意している。

機内食1つひとつを点と点でとらえるのではなく、コーヒーとショコラ、機内食とアルコールといったように、トータルの効果を狙う。一連の機内食刷新ではその点を心がけたとのことだ。

今後もJALからは、次から次へと新しい機内食のニュースが流れることだろう。「『JALっていつも面白いことやっているよね』。そう思っていただければ」とお2人。確かにJALの機内食にはワクワクする楽しさがあり、「次は何をやってくれるんだろう」と期待の気持ちが強くなる。今後もJALから目が離せない。