
Little Black Dressが、10月28日(水)にデジタルEP『サボテンと蜜蜂』をリリースした。イントロで思わず声を上げてしまいそうになる先行配信曲「Mr.ドクター」をはじめとする5曲は、昭和歌謡曲と洋楽への愛あるオマージュをあちらこちらに忍ばせつつ、ダイナミックなサウンドが体を揺さぶり、そして何より遼(Vo.Gt)の歌声にグッと惹きつけられる。
編曲・プロデュースは、数々のアーティストとのレコーディング・ライブで常に第一線で活躍するベーシスト・根岸孝旨。そして歌詞の共作とボーカル・ディレクションを担当したのは、スターダスト☆レビュー、ゴスペラーズら多数の作品で知られる作詞家・山田ひろし。今作が完成までにどのような道のりを辿ったのか、3人にお集まりいただいた。
―デジタルEP『サボテンと蜜蜂』リリースおめでとうございます。まず、EPの制作がどのような経緯で始まったのか教えてもらえますか。
遼:1年前ぐらいに、1stアルバム『AVANTGARDE』を出したときにおこなったライブに根岸さんが来てくださっていて。そのライブの終わりに、「次は根岸さんとロックのアルバムを制作します」ってその場で宣言させていただいたんです。根岸さんには、「だるま落とし」っていう、私のインディーズ1stアルバム収録曲をアレンジしていただいたご縁があって、そこからやっぱりロックといえば根岸さんということで、制作をお願いさせていただきました。
―インディーズ時代からずっと交流は続いていらっしゃったんですね。「いつかまた一緒にやりたいね」っていう話をされていたんですか?
根岸:具体的にはあんまりしてないけど、とりあえずやろうっていうことになって、今まで書き溜めた曲がいっぱいあるだろうからワンコーラスでもいいから全部送ってくれと。だから今回、10代の頃の曲とかもありますし、「GOAL」以外は新しく書いたんだっけ?
遼:「月下美人」は新しく書いた曲ですね。今までは事務所の社長でもあるプロデューサーが選曲をしてくれたりする存在だったんですけど、今回は根岸さんがアルバムプロデュースということで、どういう曲を掘り起こしていくかっていうところから、もうゼロから携わっていただきました。
―山田さんはどのような経緯で参加されたのでしょうか?
山田:僕は根岸さんの下請けなもので。
遼・根岸:ははははは(笑)。
山田:根岸さんが本格的にプロデュースして遼ちゃんと一緒にやるということで、「ちょっと歌詞と歌周りを見てもらえないか」と直々に連絡をもらいまして、馳せ参じました。
左から、遼(Little Black Dress)、根岸孝旨、山田ひろし
―Little Black Dressにはどんな印象をお持ちでしたか?
山田:もともと聴いてはいて、MVとかもすごい作品が多かったし、「やりたいことをやってるな」っていうのはすごくありました。でも関わるようになるとは全然思ってなかったので、根岸さんからお話を伺ったときに、「あのLittle Black Dressでしょ?」みたいな感じで、たぶん2度聞きぐらいしたと思います(笑)。「じゃあ歌謡曲か」みたいな感じで始まりました。
根岸:(山田は)もともと長年の飲み友だちなんです(笑)。それと僕の先輩であるスターダスト☆レビューの僕が一番好きな曲(「木蘭の涙」)の歌詞を彼が書いているということもあって何年も前に知り合って、そこから事あるごとに連絡を取り合って、仕事を一緒にやったり……
山田:一緒に富士山登ったりして(笑)。
―ええっ!?
遼:7月に。もう本当、生きて帰っていただいてありがとうございますっていう(笑)。過酷な登山だったんですよね?
山田:根岸さんを生きて下山させるっていう役目だったんで(笑)。
根岸:ははははは。
―それぐらい信頼関係があるわけですね(笑)。山田さんが一緒に詞を書くことに関して、遼さんはどのように受け止めたのでしょうか。
遼:山田さんは、私の好きな曲の作詞も今まで手がけられていたので、もうめちゃくちゃ楽しみでした。今までは自分で作詞作曲をするっていうこだわりが強いところはあったんですけど、なんかそういうプライドみたいなものを一回全部捨てて、この機会にスポンジみたいにいろんなことを吸収して、本当にゼロからこのチームで何か新しいものを作り出すぞっていう覚悟が決まりました。
根岸:僕は6年ぐらい前にお仕事をしたとき以来会ってなかったんですけど、「この子があまり知られてないのがおかしい」ってすごく思っていたし、Little Black Dressを有名にしたいって思っていたんです。ただ、僕の場合は枠組みを決めちゃうと、どうしてもロックのカテゴリーに当てはめがちなんですけど、彼女の場合はそれをまず取っ払わなきゃなと思って。あんまり僕がロックをやるぞって決めない方が、程よいバランスになるなと思って臨みました。
遼:正直言うと、どんなEPになるのか想像がまったくできてなくて。だからこそ、この5曲のボリューム感というか、1つ1つすごく濃いし、キャラクターも強いし。軸には”昭和歌謡リスペクト”っていうのはありつつ、そういう要素が強い楽曲と、思いっきり根岸サウンドっていう楽曲が分かれてる作品でもある気がします。「ラブレター」とか。
根岸:まあ「ラブレター」は完全に自分っていう感じがするけどね。僕もレコーディングのときは(遼と)同じようなことを思ったけど、後で聴くと、「あ、全部やっぱり俺が関わってるわ」っていう感じがすごくする。最初はバラバラになっちゃうかもね、とかいう話をしてたんですけど、やっぱり統一感が自然と出たんだなと思ってます。
山田:僕はあんまり心配してなかったけどな。絶対まとまるなと思ってました。
―では具体的に曲ごとにお聞かせください。1曲目の「Mr.ドクター」(先行配信曲)はまさに昭和歌謡へのオマージュがハッキリ出た曲ですね。
山田:これを1曲目にしたのは冒険でしたね。
根岸:確かに(笑)。
遼:数年前に書いていた曲でデモはあったんですけど、ずっと日の目を見なかったんです。でも自分の中ですごく、今まで昭和歌謡から受けてきた影響がわかりやすく出た曲だと思っていたから、絶対に世に出したいなとは思っていて。それで、恐る恐る根岸さんに、自信なさげに聴いていただいて(笑)。
根岸:でもね、あれはすぐピンと来ましたよ。「これはピンク・レディーをやらずにどうする?」っていう(笑)。
遼:言っちゃった言っちゃった(笑)。
山田:言わずにいられないでしょ(笑)。最初はイントロがついてなかったんですけど、(オマージュしている曲の)フレーズをひっくり返して、「タラリラリラリラ」って入れたんです。ここまできたらやっちゃった方がいいんじゃないかっていう感じですね。
遼:根岸さん、最初ちょっと嫌がってましたよね。
根岸:これはちょっとやりすぎだろうと。でも途中から吹っ切れて、最後はもう徹底的にやるぞみたいな。
山田:途中から吹っ切れて、2人で「ジンギスカン」もやってます。「ウッ!ハッ!」って(笑)。
―最初に歌詞があって、どんどん遊び心を加えていった感じなんですか。
遼:歌詞は最後でしたよね。
山田:歌詞はそんなに細かくは変えてないけど、言葉遣いとか、あとそのキャラの関係性とかね、そういうのがちゃんと見えるようにした方がいいっていうアドバイスはちゃんとしました。
遼:そこがもう、ヤマダ式昭和歌謡のメソッドなんですよ。
山田:「私」が「アンドロイド」だってことがわかんなきゃダメだとか、相手がどういうキャラなのかわかんなきゃダメだみたいなアドバイスと整理を、千本ノック的にやらせました。
遼:はい、修行でした(笑)。例えば〈あなたは優しい人ね〉っていうすごくわかりやすい歌詞があったとして、歌謡曲的には「なぜ優しい人なのか」っていうことを情景描写で書くっていうのがあって。優しいって直接言うんじゃなくて、ああ、こうだからこの人は優しいんだとか、色っぽいのかなとか、そういうのを掻き立てるということを修行させていただきました。
山田:想像力をもっと働かせて、もっとポップにカラフルにした方がいいなっていうんで、いろいろとそこはやったよね。歌録りは基本僕が全部やってるんですけど、歌い回しとか、いろんなフェイクのつけ方だったりっていうのを結構細々やりました。
遼:今までストレートにガンッて歌うことが多かったんですけど、私がカバーをするときにはこういう歌い方をしたことがあったんです。山本リンダさんみたいな抑揚のつけ方だったりに挑戦しました。
山田:だから、どっちかというとピンク・レディー&ピンク・リンダになってるわけですよ(笑)。〈Wow〉とかも、もともとメロディの主旋律だったんですけど。
遼:〈初恋バグ! Wow〉っていうところです。
山田:本人が出るパートだったんですけど、ここを切り分けてガヤにしようって。
遼:そこで一気に歌謡曲感が出たんですよね。
山田:そこでハートが散らばる感じになったんだよね。根岸さんは最初難色を示してたけど(笑)。
根岸:ちょっと歌謡曲度を上げすぎるとどうなんだろう?っていう不安が一瞬よぎってはいたんですけど、まず一回振り切らせないとっていうか、やってもいないのに僕が文句言ってもしょうがないっていうので、ちょっとやってみてくれって言ってやったら面白かった(笑)。
―曲全体のアレンジはスカですよね。
根岸:そうですね。もともとイントロでイメージする曲じゃなくて、ピンク・レディーでも、他の”警部”さんの方の曲のビートにしようとは思ってて(笑)。
山田:ははははは(笑)。
根岸:でも僕がやるんだから、普通にやったら都倉俊一さん(ピンク・レディー楽曲の作曲・編曲家)にかなうわけもないので。例えばグリーン・デイがやったらどうなるんだろうなとか、アメリカのガキンチョ・ロックバンドのイメージで、演奏する人にやってもらおうっていう風に考えて。譜面上は”警部”だけど、演奏の内容はアメリカのパンクロックバンドみたいなイメージです。
山田:だからオケだけ聴くとちゃんと骨太なんですよ。その上でものすごくふざけてる(笑)。でもこれだけしっかりしたサウンドのベーシックがあれば、どれだけふざけても大丈夫なんですよ。この声だし。
遼:コーラスとか全部抜けたときに、もうちょっとセクシーに歌ったりすれば、椎名林檎さんみたいな雰囲気もあるような曲だったり、いろんな変化ができる中でここに落ち着いたんですよね。だから早速、ティザーを解禁したときにリスナーさんから「おもちゃ箱を開けたみたいな曲ですね」っていう感想を頂けたのは、本望ですね。
―「月下美人」も歌詞は遼さんと山田さんの共作クレジットになっていますが、これはどのように出来た曲ですか。
遼:これは根岸さんにアレンジ・プロデュースしていただく上で、今の私が根岸さんとやりたいと思って作った曲です。
根岸:これは、”山口百恵meetsレッド・ツェッペリン”ですね。まずイントロを聴いただけで「あ、ツェッペリン好きなんだな」って、おっさんたちはニンマリっていう(笑)。やりすぎの一歩手前でどこで抑えるか、すごく頑張りました。僕は『レッド・ツェッペリン IV』から『聖なる館』(『Houses of the Holy』)、「The Song Remains the Same」(邦題「永遠の詩」)、あの辺の雰囲気のツェッペリンが大好きなので。ちょっとファンキーな感じも入ってくるので、リズムをちょっと面白くしたいなと思って、2番になったらなぜかレゲエにしようと思って。そしたらイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」になっちゃって(笑)。
遼:そう、あそこはめっちゃかっこいい。
根岸:好きなものがどうしても出てきちゃって。やっぱりメロディがポップなんで、こっちも別に難しいことをやろうじゃなくて、どんどんわかりやすくしたくなってくるんですよ。複雑なコードもどんどんやめて、シンプルなコードで、弾き語りシンガーが渋谷の駅前とかで歌ってくれるような感じにしたいみたいなのがあったので。アコギのアルペジオは難しいのでレコーディングはギタリストに弾いてもらったんですけど、もう本人が弾けるようになったので、びっくりです。
遼:昨日、ライブでやりました。根岸さんにチラッと「できるかな」って言われたのがすごく悔しくて、2週間で千本ノックして弾けるようになりました。
根岸:頑張り屋さんだから、できるようにしてきたのはすげえなと思ったよ。
遼:この曲の詞も山田さんと、めちゃくちゃやり取りしました。少し演歌メソッドも入りましたよね?
山田:うん、そうだね。「情念を書きたい、歌いたい」って言っていたんですけど、そんなに簡単じゃないよ、という感じでした。声だけでどれだけ激しく強めな感じで持っていっても、その言葉に”歌の核”みたいなものが強くガッツリ乗ってないと、たぶん前に出ていかないから、「ちゃんとやり直そう」と言って、割と最初から最後まできっちり詰め込みましたね。
遼:最初のAメロの〈愛してください もうなにも捨てるものはありません〉っていうこの2行が山田さんから届いたとき、鳥肌が立ちました。
山田:やっぱり入り口の掴みですね。かつて僕は、阿久悠先生に飲みに連れて行っていただいたときに「歌い出しが8割」って言われたんですよ。歌の歌詞は、歌い出しのフレーズが8割だと。”壁ぎわに寝がえりうって”(沢田研二「勝手にしやがれ」)これが出ないとダメだって、阿久先生のお言葉を僕は正座して聞いてたんですけどね(笑)。
遼:すごいなぁ。私も以前、作詞家の先生に、Aメロの4行間で起承転結になるように書きなさいと教わったことがあります。
山田:昔の先生方は、そういうところがすごいよね。一文字一文字で無駄なものがないっていう。この曲は、割とそれをちょっと厳しめに言いながら進めました。それだけ本人もこの歌に対する思いが強かったので、やっぱりそれを昇華させてあげたいなっていう気持ちがあったので。
遼:ありがとうございます。私は山口百恵さんの「曼珠沙華」という曲がすごく好きで、根岸さんにデモと一緒にその曲を「こういう感じでいきたい」ってお送りしたら、ツェッペリンのアイディアを出していただいて、じゃあこれを掛け合わせていこうかってなったんです。百恵さんって、「秋桜(コスモス)」とか花の曲が多いじゃないですか? そういう花と女性の可憐さと情念というものに、やっぱり一度は挑戦したいなと思って。それはできれば20代のうちにみたいなイメージがあったので、「月下美人」で書こうっていうのはずっと考えてました。
山田:僕、月下美人の鉢植えを自分で育ててたんです。本当に年一で必ず咲くんですけど、突然開いて、とんでもない香りがするんですよ。本当にそこら中の虫が寄ってくるぐらいの香りがして、それで朝にはもう消えちゃうみたいにしぼんじゃうんです。月下美人って名前は綺麗だけども、基本的には南国の食虫植物なので、やっぱり見ていても怖い花なんですよね。で、これを女性の情念だとしたら、それは恐ろしい。だから、「君はそんな怖い歌を歌いたいのかね?」って何度も確認しました(笑)。
遼:「はい!」って(笑)。
―それで〈なめんなよ 女の愛を〉という歌詞が出て来た?
遼:そこは、もともとありました。やっぱり、”馬鹿にしないでよ”(山口百恵「プレイバック Part2」)みたいに、令和版でどんな決めゼリフを書こうかって考えて、数年前から〈なめんなよ〉で書きたいなと思ってたんです。
―根岸さんはこの歌詞についてどのように思ってますか?
根岸:いやもう、怖えなとは思ってましたけど。
遼・山田:ははははは(笑)。
根岸:あんまり夢に見そうだったので、もう山田君に任せちゃおうって。「深いところはちょっとやってくれ。俺は怖くて無理だ」って。
山田:僕も1人で暴風に耐えながらディレクションするみたいな。
―これだけ言ってくれるってことは、ものすごい情念が伝わっているということですね。
遼:そうですね、本当に最高の褒め言葉だなと思います。あともう1つこだわりがあって、〈月にぞ似たり我が恋はさやけし〉という、百人一首舞曲っぽい部分は、もともとスキャットの予定だったんです。
根岸:メロディを作ってから、「スキャットじゃなくて歌詞を乗せたらどうなるの?」って話になったんだよね。じゃあやってみて決めようよって。
遼:そうしたら、山田さんが歌RECのときに書いてきてくれたんです。
山田:古い和歌も短歌もそうですけど、昔の貴人たちはみんな夜更かしだったせいで、お日さまを歌ってる歌ってほぼなくて、ほとんど月のことしか歌ってないんですよ。当時の貴族の方々が月に思いをかけてラブレターを綴っている歌がいっぱいあるので、どれを使おうかなと思って、割と自分の好きな歌の五首ぐらいの中から繋いで作ったのがこの部分です。でもこの2人が「えー? はまる?」みたいに信じないから、じゃあ絶対はめてやろうじゃないかって。
遼:はまっちゃいましたね。
山田:で、最初歌ったときに、「怖え~!」って(笑)。
根岸:めちゃめちゃ怖い。
山田:挙句に、ウィスパーまで出したんだよね。
遼:ちあきなおみさんの「夜へ急ぐ人」のオマージュです。
山田:その曲の間奏に語りがあるわけですよ。それをオマージュしてやってるんですけど、やってて怖かったです。こんな歌作ってていいのかと思いました(笑)。
―続いて、「季節はずれのこいのぼり」についてはいかがですか。
遼:これも新しく書いたんですけど、この曲は能登半島地震の1ヶ月後くらいに、現地にボランティアに行ったときに見た景色を書いたんです。震災が1月に起きて、2月の時点ですでに鯉のぼりが瓦礫の中からいくつか上がっているのを見て、「これはどうして上がってるんですか?」って現地の方に聞いたら、「大人たちが復興と子どもたちの未来に祈りを込めて揚げてるんです」っていう風におっしゃっていたので、それを歌にしました。アレンジは根岸さんに全部お任せしました。
根岸:僕はこの曲、純粋に今回のアルバムの中で個人的には一番好きな曲なんです。できるだけこう脚色を減らそうっていう風に思って、イメージ的にはロン・セクスミスの1stアルバムとか、あの辺のイメージ。アレンジ的には奇抜ではないんだけど、1つ1つの楽器の音で独特な個性を出すっていうか、楽曲自体をいじりたくは本当になくて、めちゃくちゃ気に入ったので、弾き語りでも全然いいぐらいだったんだけど、弾き語りに本当一番素直にシンプルに伴奏をつけるっていうことをやったんです。でもそれじゃあただ普通じゃんってなっちゃうので、僕が一緒に仕事をしたこともあって大好きなチャド・ブレイクっていう、シェリル・クロウとかラテン・プレイボーイズとかを手掛けたエンジニアさんの質感にしようっていう風に、録音からミックスまで、エンジニアに指示を延々出してました。
遼:私が初めての体験だったのが、楽器レコーディングってやればやるだけいいと思ってたんですけど、この曲はそうじゃなくて、もう淡々とコツコツ演奏しているような感じで、やりすぎずっていうか。
山田:そうね、むしろ盛り上がらない。
遼:盛り上がらない。そういうところと、歌詞のメッセージ性っていうのも繋がりが出てきて。なんかこう、コツコツ、1つ1つ前へ進んでいくという、すごく良い曲になりましたね。
―この曲のボーカルはすごく無垢な感じというか、ちょっと他の曲とは違う歌い回しのような気がしたんですけど、その辺はいかがですか?
山田:この歌は”ひと筆書き”にしたいっていうのがあって、頭から終わりまで全部通しで歌ってもらいました。最初に聴いたときに、その思いがちゃんと乗ってる詞なので、あんまり直す必要がないなと思ったんです。なので、自分が歌いたいように歌っていいよって言いました。オケが歌の場所をすごく広く取ってくれていたので、どう歌っても多分絶対収まる。ただ、あんまり声を張りすぎて高く大きい声を出すと、たぶんオケにはじかれちゃうから、重心を低めにすることだけ注意して、その熱量だけを閉じ込めるような歌を、ひと筆書きで歌えばいいっていう話をした記憶があります。
遼:だからボーカルブースで1人で膝を抱えてちょっと考え込む時間が多かったかもしれない。どういう表現でひと筆書きで歌おうかっていう。自分が本当に生で見てきた風景がどうしても頭の中に浮かんでくるので。一番衝撃的だったのは、アスファルトが隆起してる所をスケートボードの遊び場にして、子どもたちが笑いながら遊んでる姿だったんです。この笑顔を本当に絶やさないで、未来に大きくなっていってほしいなっていう願いがあったから、そういう純粋な気持ちを最後まで持って歌いました。
山田:いい歌が録れたなと思いました。歌い出しの瞬間に「あ、このテイクはいけるな」っていうのが大体わかるんですよ。それをちゃんと最後まで維持してくれたので、いいテイクだなと思いました。楽しかったです。「シンガーじゃん! やるじゃん」って(笑)。
遼:あはははは(笑)。ありがとうございます。
―「ラブレター」はどんなテーマで書いた曲ですか。
遼:これも割と最近書いた曲ではあるんですけど、頭の4行のフレーズだけデモにあって、根岸さんに送ったときにサビだけなんでさすがに選ばれないだろうと思ったら、一番最初ぐらいに作り始めたんです。「これは絶対フルを作ろう」って。
根岸:なぜかものすごくピンと来てしまって、大体メロディが出来上がったときにアレンジもバーッて一晩で一気にできました。
遼:この曲のタイトルは一番最後に考えたんですけど、もともとは違う仮タイトルがついてて。私自身、恋愛に限らず相手とお別れしてしまった経験があって、その相手が亡くなってしまって。そういう愛をその人から受け継いでそこで終わらせずに、自分の人生の中でその愛を受け継いでいくじゃないけど、希望として繋げていく歌が書きたかったので、すべての愛の歌っていうことで、「ラブレター」というタイトルになりました。
―山田さんは、この曲に対してどのようなディレクションをされたのでしょうか。
山田:歌の中で隠してる部分があったんですよ。この歌を作った理由や気持ちみたいなものを、あんまりストレートに表現したくないみたいなところがあって。伝えたいことはすごくある、でもあんまり明確にわかるような書き方はしたくないっていうせめぎ合いが、たぶん彼女の中ですごくあったんですよね。その人が亡くなってるみたいな、ちょっと重いテーマなんですけども、それが誰であっても、そこは隠さない方がいいよみたいな話をして。この歌が届いてるのかどうかわからないけど、あなたからもらったものを私はこうして大切にして生きていきますよという、最後のラブレターっていう思いを、ちゃんとその人にまっすぐ向けて書く方がいいよって言いました。途中で誰に向かって書いてるかわからなくなっちゃって、ちょっと散らかってたんですよ。でもオケがすごく追い込む形で盛り上がるから、「遼ちゃん、この歌詞だとオケに負けてるよ」って。どんなに声を出して歌っても、このストーリーとこの言葉だと、たぶんこのオケには対抗できないから、やっぱりある程度、明確に自分が歌いたいこと、それからこれが死者に対するラブメッセージなんだってことをわかるように書いた方がバランスが取れるはずだって。そもそもその思いが歌詞にこもっていて、それを感じているからこそ、根岸さんも好きになったんだと思うんですよ。だったらそれをちゃんと出しちゃった方がいいし、その方がたぶん悔いがないと思うって言って。でも、わりと最初はすごく抵抗してたんですよね。
遼:抵抗して、曲からしばらく距離を置いたんです。で、「どうなった?」って結構定期的に訊いてくださってたんですけど、詞を書くって自分自身と向き合うことでもあるので、そこがやっぱり生みの苦しみというか。自分自身と向き合いきれてないと詞も完成できなくて、向き合いきれるまで時間がかかったんですけど、無事に書くことができました。
山田:歌った後にすごく、「あ、できた」って感じがあったよね。
遼:はい、ありましたね。
―「GOAL」は元気づけられる力強いメッセージソングですね。高校生の頃に書いた曲ということですが、どんなときにできたんですか。
遼:人生で3曲目に書いた曲です。高校2年生で書き始めたんですけど、当時、地元の岡山で路上ライブ活動をしていて、MO:GLA(モグラ)っていうライブハウスにもお世話になってたんですけど、そこのオーナーが、カバー曲ばかりじゃなくて自分でも絶対曲を書いた方がいいって勧めてくれたんです。それで書き始めて3曲目がこの「GOAL」で、学校の有志ライブで歌ったりとかしてました。2016年9月にMISIAさんのライブにオープニングアクトで出演させていただいたとき(奈良県春日大社で開催された「MISIA CANDLE NIGHT」)も、ギターの弾き語りでこの曲を歌わせていただいたんです。
―その後は歌っていなかったんですか?
遼:この曲って、素顔の私が出ている感じの曲なので、Little Black Dressというものができてからは、そういう素の部分を隠すような曲が最初は選ばれがちで、この曲はどんどん封印されていくような形だったんです。それを今回、根岸さんが選んでくれました。
根岸:この曲は僕の中でもインパクトがあったというか、ストレートに入ってきたんです。10代の学生時代に書いた曲だし、今歌わなきゃもう歌うときないじゃんって(笑)。この歌詞がまだ真実味を持つのは、もう今が最後だということで。絶対に今やらなきゃいけないと思って選びました。
―EPの最後にパーッと開けて終わるような余韻を感じます。アレンジはどのように考えて進めていったんですか?
根岸:10代で書いたという曲なので、ブリンク182とかあの辺のイメージです。僕は一時期ブリンク182が大好きで、ロサンゼルスに見に行ったらそのとき出なくて、「なんだよこの野郎」って(笑)。あと僕はちょっとダークな方だとメルヴィンズが大好きで、メンバーのデイル・クローヴァーとは仲良くなって、じつは他のアーティストで一回一緒に仕事してるんですよ。
―そうなんですね!? さきほどもオマージュの話がありましたけど、曲を作るときにこういうアーティストの名前を出して話すことは多かったですか?
遼:めちゃくちゃありました。
山田:そんなアーティスト誰が知ってんねんみたいな(笑)。僕はだいたいわかるんですけど。
遼:私はその名前が出るたびに、YouTubeで全部検索して、「あ、なるほどなるほど」って。
―各曲にそういうリファレンス的なものがあるという。
山田:ありましたね。オケを聴きながら「ああ、そこか!」みたいに笑っちゃう場所がありました。
―「GOAL」のボーカルについてはどんな話をしましたか。
山田:この歌が持ってるまっすぐさみたいなものは、いくつになって歌っても全然輝きが失せるものではないので、別に10代みたいに歌う必要はないし、今の自分で歌うだけで全然いいと思うよって。そしたらすごく明るく元気に歌ってたので、楽しそうだなって感じました。
遼:楽しかった。当時は仁王立ちでギターを弾きながら真顔で微動だにせず歌うスタイルだったんですよ。だからそれを思い出しながら、こうやって手でエアーでギターを弾きながら歌いました(笑)。
山田:やってたやってた(笑)。たしかに歌ってるときはストリートな感じだったね。
遼:当時は、「何に怒ってんの?」みたいな感じで〈あゝ もうだりーなあー〉って歌ってたんですよ。そういうワイルドさも入れつつ、でも歌詞を見たときに、〈大人になったら〉っていうフレーズが、大人になって逆にすごく刺さってくるというか。一周まわって、何がじゃあ大人なのかなっていう。
山田:(スタッフ一同を見渡しながら)だって別に、我々の年になっても「大人になったら」って言いますよ(笑)。たぶんみんなそう。
遼:そう、だから違うニュアンスに歌詞が変わってきていて。この間、地元の岡山でLGBTQの方たちを支援する〈岡山レインボーフェスタ2026〉っていうイベントがあって歌ってきたんですけど、この曲のストレートさがすごくたくさんの方に届いたみたいでうれしかったですね。今回この曲がリリースされることは、岡山で路上ライブしてたときに聴いてくれてた方たち、私の学生時代の友人とかからも、「すごくうれしい」っていう声がとにかく多くて。根岸さんのおかげです、本当に。
根岸:いえいえ。
遼:あと、このタイミングで不思議なことに〈おかやまマラソン2026〉でフルマラソンに出場することになって。人生初経験で、ワンマンライブの5日後なんですけど(笑)。FM岡山の牛嶋俊明さんっていうラジオパーソナリティさんが、ずっと可愛がってくださってて。牛嶋さんはマラソンがお好きで毎年出られてて、今回は〈おかやまマラソン〉が10年目っていう節目で、岡山出身のアーティストということでお声がけいただいて、出ることにしました。「GOAL」は走ってるときに自分も励まされるし、一応、〈おかやまマラソン2026〉のテーマソングとして、今FM岡山でもかけてくださってるんです。非公式テーマソングですけど(笑)。
山田:それを言ったら僕らも初登山が富士山ですからね。ムチャといえばムチャですよね。雨で真っ白だから「GOAL」が全然見えませんでした(笑)。
根岸:ははははは(笑)。
遼:ムチャ振りチームですね、なんかいろいろ(笑)。
―EP『サボテンと蜜蜂』が世に出ることについて、今率直にどのように思っていますか。
遼:振り返ると、自分が上京してきて今まで、勉強させていただいてきた昭和歌謡だったり、ロックだったり、自分と向き合ってきたことだったりが、まさにこのEPの5曲に詰まっていて、今の自分と未来の自分への一歩とか、誰かの一歩になるようなEPになれたかなっていうことで、「サボテンと蜜蜂」というタイトルにしたんです。このタイトルには2つ理由がありまして、1つは根岸さんという偉大なサボテンに私も含めたミュージシャンという蜜蜂たちが集まって、昭和歌謡だったり、それぞれのルーツだったり、エッセンスをまた次の花につないでいくっていうイメージがあったんです。もう1つ、このEP全体にサイケデリックなイメージを私は持っていたのと、私自身もトゲだったり涙だったり痛みだったりを抱えながら地道に花を咲かせてきて、みなさんもそれぞれやっぱり人生の中でそういうタイミングがあると思うんですけど、このEPが手助けになって、次の景色をみんなに見て欲しいという意味でも「サボテンと蜜蜂」とタイトルをつけました。
―遼さんご自身が、蜜蜂としていろんなところに花を繋いでいく?
遼:はい、私、蜜蜂です。
―山田さん、根岸さんは、『サボテンと蜜蜂』が完成してどのように思っていますか。
山田:他にも作ってる曲があるんですけども、とりあえずこの5曲でEPを出すっていうことで、曲順を結構悩んだんですよ。「GOAL」を一番最後にする方がいいねっていうのは、マスタリング当日ぐらいに決まった感じで。1曲目が「Mr.ドクター」で「GOAL」が5曲目なんですけど、並べて聴いてみるとちゃんと物語仕立てみたいな感じがあるので。おそらく遼ちゃんがいろいろと考えてきたこと、頑張ってきたことみたいなものが、確かにちゃんと凝縮されてるなと思いました。制作中に割と芯を食った話もいっぱいしてたので、出来上がった歌詞を見たときに、「うん、頑張ったね」っていう気持ちはすごくありますね。だからこそ、「GOAL」は一文字も変えずにそのままで歌わせてあげたかったし、そのまんまの形でちゃんと完成できたのが、僕としてはすごく良かったなと思ってます。
根岸:彼女のいろんな顔を見せてあげたいなとは思っていて、そういう風にはなったかなとは思う反面、もっとめちゃくちゃやっても良かったんだなっていうのはありました。意外と収まり良くなっちゃったなというのが反省点ですかね。「結構スムーズに聴けちゃうじゃん」と思って(笑)。次はもっと、「えー!?」って言われるものをやらなきゃなって、もう次のことばかり考えてます。
―11月3日(火・祝)代官山ORD.にて〈Little Black Dressワンマンライブ「サボテンと蜜蜂」RELEASE & BIRTHDAY LIVE〉が開催されます。どんなライブにしたいですか?
遼:私は単独ライブというのが少なくて、オリジナル曲を歌う機会がなかなか貴重なので、この1日にこのEPの集大成を詰め込む感じにしたいです。根岸さん、山田さんに本当に人としていろいろ教えていただいて、勉強させていただいて、成長させてもらった部分もあるので、そこをちゃんとライブとして形にしつつ、結構いろんなメッセージが入ってる曲が多いので、お客さんそれぞれが抱いている気持ちが、このライブ終わった後に「ああ、聴いてよかった」って前向きになって帰っていただけるようなライブにしたいです。お誕生日はおまけということで(笑)。よろしくお願いします。
<リリース情報>
Little Black Dress
デジタルEP『サボテンと蜜蜂』
10月28日(水)配信リリース
=収録曲=
1. Mr.ドクター(10月16日(金)先行配信)
2. 月下美人
3. 季節はずれのこいのぼり
4. ラブレター
5. GOAL
<ライブ情報>
Little Black Dressワンマンライブ 「サボテンと蜜蜂」RELEASE & BIRTHDAY LIVE
開催日:2026年11月3日(火・祝)
時間:開場15:00 / 開演16:00
会場:代官山ORD.(東京都渋谷区恵比寿西1丁目34-17 ザ・ハウスビル 2階)
チケット代:5,000円(税別)
CITY POP NIGHT @ BLUE NOTE PLACE
開催日:2026年12月16日(水)
時間:開場18:00 / 開演19:00(約60分)※途中約30分の休憩あり/入替なし
会場:BLUE NOTE PLACE(東京都渋谷区恵比寿4-20-4 恵比寿ガーデンプレイス)
料金:チャージ:1F席:¥4,500(税込)/2F席:¥3,500(税込)
※料金はお一人様あたりの金額です。
※別途、お一人様1オーダー以上を頂戴いたします。




