
その限定台数は1499台。この数字にマラネッロは、20年に渡って封印してきた”V12エンジン+3ペダルマニュアル操作”に対する敬意を忍ばせた。1947年、フェラーリの1号車である125 Sが積んだV12の総排気量1499ccにちなんだのである。
【画像】現代の技術で再解釈したフェラーリの「マニュアル」モデル、ドーディチ・チリンドリ・マヌアーレ(写真11点)
マラネッロがまだ小さな工房の延長にあった頃から、跳ね馬の物語は12気筒エンジンとともにあった。だからその名も12気筒マニュアル=ドーディチ・チリンドリ・マヌアーレを前にして思うのは、単にMTが戻ってきた、というノスタルジーだけではなかった。マラネッロはV12をどう記憶し、どのように次の時代へ引き継ごうとしているのか、ということだった。
365GTB4デイトナの初期型を思わせるノーズのピンストライプ、専用デザインのホイール、サイドのMANUALEバッジなど、マラネッロはこの車を既存モデルの単なる別仕様ではなく、系譜に連なる一台として見せようとしているようだ。ちなみに1499台全てがテーラーメード仕立てである。
コクピットに入れば、その答えの一端がすぐに見える。中央に鎮座するのは球形のノブと、左前方にリバースを置くH型ゲートである。リバースを選ぶにはレバーを押し下げて入れる。レバーは操作のたびに中央へ跳ね戻る。古いフェラーリを知る者なら、手のひらの感触として記憶している作法であろう。
しかしながら、その先に機械的なマニュアルギアボックスはない。標準の12チリンドリと共通の8段DCTをベースとし、レバーとクラッチペダルを電気信号で結ぶ「Manuale by Wire」を新たに開発した。最新のセンシング技術を使って、クラッチの向こうにフライホイールがあり、レバーの先にロッドが延びているように感じさせる。先祖帰りするのではなく、過去にあった操作の意味を、現代の技術で組み立て直したのだ。
発進でクラッチを乱雑につなげば、830PSのV12が不平の声を上げる。容赦なく車体を揺らし、時にストールさえする。2速、3速からの発進もできるが、左足の繊細な操作が要る。減速時にも、回転が合わないまま低いギアを求めようとしても、決してレバーを受けいれない。操作を拒む感触が右手に返ってくるだけだ。
ここまでは、伝統的なMTと同じく、ドライバーの未熟さを映す鏡となる。だが結末はまるで異なる。半クラッチを使ってもクラッチを傷めることがない。エンストをくりかえしてもギアやクラッチにダメージは残らない。操作の誤りを身体に覚えさせながら、機械への罰だけを取り去った。クラシックV12をいたわりながら乗る時の緊張とは正反対の、なんとも現代的で優しい設計である。
だから、即座にこんなことを思いついた。この車は、例えばクラシックモデルの275やデイトナのオーナーが、2ペダルの跳ね馬しか知らない息子や娘と一緒に3ペダルを楽しむための、とても良い訓練機になるのではないか、と。贅沢ではあるけれど。
全開のテストをバロッコのアルファ・ロメオ・トラックで試みた。高速域からタイトヴェントへ近づき、強くブレーキを踏みこむ。車が前荷重を受け止め、速度が落ちた。ヒール&トゥで軽く回転を整え、2速を選ぶ。そこでレバーがするりとゲートに吸い込まれ、カキーンと金属音が鳴る。その刹那、クラッチペダルを戻すと、低くなったV12の声が次の加速へ向けて一気に高らかな張りを取り戻す。制動、回転、選択、接続のひとつひとつが噛み合った時の歓びと言ったら! 9000rpmのその先まで潔く回る6.5リッター V12自然吸気エンジンを、2速、3速に自ら留めながら味わう歓びは、何事にも変え難い。運転の悦楽は決して速さだけで表現されるものではないと、改めて思う。
0-100km/h加速2.9秒、最高速度340km/hというスペックは標準モデルと変わらない。それでもパドルで走らせる12チリンドリとは、記憶に残るものが違っていた。DCTは完璧な結果だけを鮮やかに見せる。マヌアーレは濃厚なプロセスを身体に残してくれる。
なにしろ、疲れたらいつなんどきでもDボタンを押せばいいのだ。実際、クラッチペダルはまずまずの反力があって、連続で左足を使うとそれなりに疲れる。8段オートマチックとして走る時のふるまいは、標準12チリンドリそのもの。パドルはないが、レバーでギアをあらかじめ選択もできる。70km/h以下なら、再びクラッチを踏んで手動の世界へ戻ることもできる。
顧客が望んだから生まれたという。背景には当然、クラシックカーブームがあった。また、高回転型の自然吸気V12エンジンが公道上に存在するうちに、3ペダルで走らせる歓びを残したかったことだろう。1499人のオーナーが手にするのは、昔を懐かしむためのツールでは決してない。なんちゃってマニュアルでもない。V12フェラーリを愛する理由を、もう一度、左足と右手で、目と耳と脳で、確かめるためのマシンであった。
文:西川 淳 写真:フェラーリ
Words: Jun NISHIKAWA Photography: Ferrari