
米フィラデルフィア出身のサイケ・フォーク・デュオ「@」(アット)が、名門レーベル〈4AD〉からニューアルバム『Autosmile』をリリースした。サイケデリック・フォークの伝統を現代的に再解釈した本作は、繊細なボーカル・ハーモニーと豊かなオーケストレーションが織りなす、美しさと暗さが同居する一枚。スネイル・メイルやキャメロン・ウィンター、ブラック・カントリー・ニュー・ロードらのサポートも務め、存在感を高めつつある2人は、いかにして独自の音楽を生み出したのか。
偶然から始まったサクセスストーリー
2026年を代表するサイケデリック・フォーク・アルバムのひとつを生み出したのは、養蜂家と、ときどき魔法使いになる男だった。冗談のように聞こえるかもしれないが、もう少し説明させてほしい。彼らはフィラデルフィアを拠点とするデュオで、6年前の結成以来、口コミを通じて着実に評判を高めてきた。バンド名は、記号の「@」そのもの。口に出して呼ぶときは、単に「アット」と言えばいい。
今のうちにその名前の読み方を覚えておいた方がいい。というのも、彼らのファンはこれから一気に増えそうだからだ。老舗インディ・レーベル〈4AD〉から発表されたアルバム『Autosmile』(10月16日リリース)は、バロック的なオーケストレーション、澄み切ったボーカル・ハーモニー、胸に突き刺さるほど率直な歌詞が織りなす傑作だ。その音楽は静かでありながら力強く、漆黒のように暗い音色と陽光を思わせる明るいメロディを融合させている。その響きは、エリオット・スミス、ジョアンナ・ニューサム、アニマル・コレクティヴといった、独自の道を切り開いてきたアーティストたちを思い起こさせる。ミツキも彼らの独特なサウンドを称賛しており、今年1月には、キャメロン・ウィンター(ギース)の前座を務めたチャリティ公演で新曲を披露。ニューヨークのクラブを感嘆に満ちた静寂で包み込んだ。
ともに32歳のシンガーソングライター、ヴィクトリア・ローズとストーン・フィリプチャクは、『Autosmile』のレコーディングに2年以上を費やした。このバンドの物語は、災厄に見舞われた2020年の夏にさかのぼる。長引くロックダウンのなか、2人はメッセージのやり取りを通じて再び交流するようになった。当初は友人同士として近況を報告し合っていただけで、一緒に音楽を作るつもりなどなかった。
「そもそも、バンドを組むつもりなんてなかったんだよね」とローズは語る。数カ月前、ブルックリンの四川料理店で昼食を共にしたときのことだ。
「そうそう」とフィリプチャクも同意する。「このアルバムは、まったくの偶然から始まった6年間の努力の集大成なんだ」
2人が出会ったのは、その数年前のこと。当時はともにボストンに暮らし、それぞれまったく異なる音楽に取り組んでいた。フィリプチャクはノイズ・ロック・バンドのドラマーとして活動し、ローズは風変わりなシンガーソングライターとして音楽を作る傍ら、養蜂家としての仕事も始めていた。2020年には、フィリプチャクは生まれ育ったボルチモアに戻っていたものの、特に目的もなく日々を過ごしていた。「ほとんど面識のない連中とルームシェアをして、毎日スケートパークに行っては、マリファナばかり吸っていた」と彼は振り返る。「生活に何の決まりもなかったんだ」
そんなとき、ローズが制作中の曲を送ってきて、パーカッションを加えてほしいと頼んだので、フィリプチャクは試しにやってみることにした。その最初の1曲がきっかけとなり、最初のアルバム『Mind Palace Music』が誕生した。パンデミックの真っ只中だったその夏、2人は遠隔で音源をやり取りしながら、比較的短期間でアルバムを録音した。2021年春にBandcampへアップロードし、それで終わりだと2人は思っていた。
ところが、その後の数カ月で思いがけないことが起きた。「@」の音楽は口コミで広まり始め、インディ・シーンでは知る人ぞ知る存在として、音楽好きが友人にこっそり勧めたくなるようなバンドになっていった。風変わりなバンド名も、その魅力をさらに高めていた。ローズによれば、この名前を選んだ理由は「クールだったから」。また、フィリプチャクの頭には、バスドラムのヘッドに「@」の記号が描かれている光景が浮かんでいたという。奇妙な名前に加え、バンドの素性を調べようにも簡単には情報が見つからない。その謎めいた存在感も相まって、彼らはカルト的な人気を集めるのにうってつけのバンドとなった。
「僕らは『Mind Palace Music』を出したあと、何もしなかった」とフィリプチャクは言う。「ただ、そのまま放っておいたんだ……。でも、しばらくすると少しずつ広まっているようで、その勢いがずっと続いていった」
活動初期には、友人や音楽業界の知人たちから、親切心でバンド名を変えるよう勧められることも多かった。「みんな『その名前じゃGoogleで検索しても見つからないって、わかってる?』って言うんだよね」とローズは語る。
「みんな、自分のアドバイスが僕らのためになると信じて疑わないんだ」とフィリプチャクは言う。「僕らより自分たちの方がよくわかっていると思っているんだよ」
ローズは微笑む。「今はもう、誰もそんなこと言わなくなったけどね」
Photo by Caity Arthur
『Mind Palace Music』を自主リリースしてから約1年後、2人は初めてライブを行った。会場は、かつて霊廟のショールームとして使われていた建物を改装したライブハウス。客席には、フィラデルフィアのインディ・シーンを代表するアレックス・Gのほか、〈Carpark Records〉の関係者もいた。同インディ・レーベルはその後、2023年に「@」のデビュー作を再リリースすることになる。2人はもともとレコード契約を目指していたわけではなかったが、せっかくのチャンスを逃す手はないと考えた。「悪くない話だと思ったんだ」とフィリプチャクは振り返る。「こんな機会は二度と巡ってこないかもしれないし、だったら思い切ってつかんでみようってね」
昨年には2人ともフィラデルフィアを拠点にするようになり、次にどう進むべきかを模索していた。「前作は、まったく予想していなかった形で生まれたものだった。そもそも最初はアルバムを作るつもりさえなかったから」とローズは語る。「だから、もう一度手探りで自分たちのやり方を見つけようとしていたんだ。正直、何から始めればいいのかもよくわからなかったんだよね」
美しさと暗さが共存する『Autosmile』
『Autosmile』の収録曲の大半は、それぞれが自宅で個別に録音した楽曲から始まり、2人で少しずつ音を重ねて仕上げていった。最後はフィリプチャクのMacBookで編集し、全体をまとめ上げた。美しいオーケストレーションのほとんども、2人自身が手がけている。フィリプチャクはフルート、ローズはクラリネットを演奏し、数曲では友人たちを招いてチェロやヴァイオリンを加えた。
自主制作を行うインディ・バンドとしては異例なほど豊かなサウンドだが、これについても2人は、ほかの多くのことと同じように、ごく自然な成り行きだったと説明する。「文字どおり、僕らが演奏できる楽器を使っているだけなんだ」とフィリプチャクは言う。「フルートはすごく実用的な楽器なんだよ。持ち運びやすいし、マイクで音を拾うのも簡単だ。もっと多くの人が演奏すればいいのにと思う」
フィリプチャクが初めてフルートを手に入れたのは数年前。ルネサンス時代の文化を再現したフェスティバルで「30ドルくらい」で買ったという。子供の頃からこうしたイベントに通っており、なかでもお気に入りは、ボルチモア郊外で開催されるメリーランド・ルネサンス・フェスティバルだ。「駐車場で開催されるフェスティバルもあるけど、あそこは森の中に妖精の村みたいな場所が常設されているんだ」と彼は語る。「馬上槍試合もあるし、動物たちもいる。特にフクロウが大好きなんだ」
フェスティバルでは仮装もするのかと尋ねると、彼は目を輝かせた。「もちろん。マントも持っているよ」と答える。「魔法使いの衣装を一式そろえていて、ときどき着て楽しんでいるんだ。実はヴィクトリアと一緒にウェールズに行ったとき、めちゃくちゃかっこいい魔法使いの帽子も手に入れたんだよ」
一方、ローズがクラリネットを始めたのは学生時代のこと。数年前、30歳の誕生日にフィリプチャクの兄弟から新しいクラリネットをプレゼントされ、再び演奏するようになった。「今でも楽譜の読み方とかはよくわかっていないんだけど、それなりにいい音は出せるんだよね」と彼女は語る。
歌詞に目を向けると、『Autosmile』では失恋から心の奥深くに抱えた苦悩まで、重いテーマが随所にほのめかされている。「パンデミックのあと、いろいろとつらいことがあったんだ」とローズは語る。「自分ではつらいと気づいていなくても、そういう感情はいつの間にか忍び寄ってくる。きっと、それが自然と曲にも染み込んでいったんだと思う。ただ、疲れ切っていて、悲しかったんだよね」
アルバムの冒頭を飾るのは、フィリプチャクが描く衝撃的な情景だ。〈温もりをくれ、死を与えてくれ、何でもいい、いや、そんなものはいらない/頭に穴を開けるために、デッキへ出た〉。しかし、この歌詞の意味を尋ねると、彼はそれほど深刻なものではないといった様子で答えた。
「デッキに出てマリファナを吸うことについて歌っているんだ」とフィリプチャクは言う。
「面白いよね」とローズ。「だって、どちらかというと銃で自殺しようとしているように聞こえるから」
「そうなんだ」とフィリプチャクは続ける。「あそこの一節は、自殺について歌っているとか、そういうふうにも解釈できる。でも、あの曲にはすごくふざけたところもあるんだよ」
アルバムタイトルの『Autosmile』は、フィリプチャクが見つけた、マリファナでハイになった状態をネタにしたミームに由来する。「たしか、〈仲間と一緒にキマっていると、自動笑顔モードがオンになる……〉みたいな感じだった」と彼は言う。「そこに、笑顔の花の画像が添えられていたんだ」
When you and gang faded and auto smile gets turn on... https://t.co/1vRuuDC2l7 — menace????????society (@_sliimy) July 16, 2024
タイトル曲「Autosmile」の歌詞は、恋愛関係の終わりと、その現実を受け入れるまでの苦しい過程を描いているように聞こえる。しかし、柔らかなボーカル・ハーモニーとサイケデリックな響きを帯びたアコースティック・ギターのストロークが、冗談めいたタイトルと相まって、曲にまた違った表情を与えている。
「そうすることで、曲のメッセージが一筋縄ではいかないものになる。そこが面白いと思うんだ」とローズは語る。「暗いテーマを暗いサウンドで表現したら、ただ『そういう曲なんだ』で終わってしまう。でも、暗いものに少しだけ美しさや優しさを加えることで、その感情をよりうまく受け止め、消化できるようになると思う」
「僕らの音楽には、いつもその両面があるんだ」とフィリプチャクは続ける。「ただひたすら重苦しくて、救いのない曲を作ることは、あまりないと思う。リアルなものとして感じてもらうには、ほかの要素も織り交ぜる必要があるんだ」
2人は今年初めにアルバムのレコーディングを終え、今秋〈4AD〉からリリースする。同レーベルはピクシーズ、TV・オン・ザ・レディオ、セイント・ヴィンセントなどを世に送り出してきた、オルタナティブ・ロック界の名門だ。今回のリリースによって、「@」はこれまで以上に多くの人々に音楽を届ける機会を得ることになる。思いがけずインディ・シーンの注目を集めることになった友人同士の2人にとって、こうした展開はいまだにどこか現実離れしているように感じられる。それでも今では、そんな状況を自然に受け入れられるようになったという。
「私たちの音楽を聴いてくれる人がいる。それが嬉しいんだ」とローズは語る。「気に入ってくれる人が50人くらいしかいなかった頃も嬉しかったし、聴いてくれる人が増えた今も嬉しい。自分たちの音楽が、誰にも届かないまま消えていくわけじゃない。それが何より嬉しいんだよね」
From Rolling Stone US.

@(アット)
『Autosmile』
発売中
フォーマット:国内仕様盤CD/輸入盤CD/輸入盤LP
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15893
