ジミ・ヘンドリックス、死の7カ月前に語った「未来」──伝説のバークレイ公演へと至る再出発の記録【発掘インタビュー】

ジミ・ヘンドリックス(Jimi Hendrix)が残したアーカイブから、またひとつ重要なライブが初めて公式にアルバム化された。10月16日にリリースされる『Magic Boy: Live At Berkeley - 1st Show』は、1970年5月30日、カリフォルニア州バークレイ・コミュニティ・シアターで行なわれた2回公演から、最初のショーを収録。2回目のショーは2003年に『Live At Berkeley』としてリリース済みだが、そちらとかぶる曲は4曲のみで、ジミの死後に『The Cry Of Love』に収められる「Freedom」や「Ezy Ryder」(先にバンド・オブ・ジプシーズでも演奏)がセットリストに入っている。

MCを聞いてもわかる通り、ジミは2回目よりもリラックスしていて、のびのびとセッションを楽しんでいる様子。この後、半年足らずで亡くなってしまうとはとても信じられない、生気に満ちたアグレッシブなパフォーマンスが記録されている。バックを務めるのはジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスのオリジナル・ドラマーであるミッチ・ミッチェルと、ジミの軍隊時代の仲間であるベーシスト、ビリー・コックスだ。

時期的には、エレクトリック・フラッグのバディ・マイルス(Dr)、ビリー・コックスと結成したバンド・オブ・ジプシーズが短期間の活動を経て空中分解したあと。ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスのリユニオンが計画され、一度はノエル・レディング(Ba)の復帰が決まるも、結局ツアーでベースを担当することになったのはビリー・コックスだった。『Magic Boy: Live At Berkeley - 1st Show』を聴くとわかりやすいが、もともとギタリストで割と動きが多いフレーズを弾くノエル・レディングに対し、ビリー・コックスはルート音を中心にボトムをしっかり支えてグルーヴするタイプ。心のパレットを広げて音を自由に描きまくりたいジミにとっては、余白を多めに残してくれてノリも合うビリーの方が好相性だったのかもしれない。ソロのひらめきが冴える「Red House」や「Voodoo Child」を聴くと、そんな印象が確信に近付いていく。

続くインタビューは、同年の2月4日、Rolling Stone誌のジョン・バークスが行なった対面取材。マネージャーのマイケル・ジェフリーからニューヨークの西37番街のオフィスに招かれた彼は、ジミとミッチ・ミッチェル、そしてこの時点では復帰する予定だったノエル・レディングと語り合う機会を得た。エクスペリエンス復活をアピールする目的の取材だったが、ジミは引き続きバンド・オブ・ジプシーズの面々とセッションすることやジャズへの興味を語っており、どうもマネージャーの目論見とは向いている方向が違うように感じる。記事の最後にある通り、結局ノエル・レディングは離脱。ノエルの都合で離れたように書かれているが、実際のところ人選はジミの意向を反映したものだった。エレクトリック・レディ・スタジオを作り、創作に没頭したいジミにとって、今さら過去へ逆戻りすることなど眼中になかったわけだ。[荒野政寿]

Voodoo Child (Slight Return) (Live At Berkeley - 1st Show)

Jimi Hendrix

Photo by Getty Images

Hendrix: The End Of A Beginning, Maybe

ジミ・ヘンドリックス:それは「始まりの終わり」だったのかもしれない

翻訳:大友博

エクスペリエンスの再出発

真冬のニューヨーク。凍りつくような寒さ。灰色の空。吹き荒れる風。その恐ろしいまでの寒気を逃れて屋内に足を踏み入れると、しかし、そこでは誰もが互いに優しく接しているようだ。それはニューヨークでは珍しいことだ。荒れ狂う天候と闘うだけで十分で、互いに争う必要などないとでもいうように。

そこは、彼のマネージャーが所有する近代的なアパートメントの一室。光り輝く暖炉のすぐそばに置かれたソファにジミ・ヘンドリックスが座っている。穏やかで寡黙な男という印象だ。少し前から小雪が降りはじめていた。カーテンのわずかな隙間からもその雪が見える。そして、街の様子と冬のわずかな光が、部屋を満たす重く沈んだ空気のなかに入り込んでくる。

そのソファと、隣に置かれた豪華な布張りの椅子に、ジミ・ヘンドリックスの新しいバンドのメンバーが座っている。昨年秋のある時点であのエクスペリエンス(ベースがノエル・レディング、ドラムスがミッチ・ミッチェル)を解散させてしまった彼は、以来、さまざまな可能性を持つミュージシャンたちと共同生活を送りながら、ジャム・セッションを繰り返していた。南部出身の黒人でジミより年上のブルース・ギタリストや、ジュマという名のフルート奏者に率いられた前衛的なジャズ・ミュージシャンたちとともになにか新しいものを手に入れようと模索していたのだ。

しかし、ブルースとロックンロールをアヴァンギャルドな手法で融合させようとするその実験的な試みも暗礁に乗り上げてしまい、ヘンドリックスは、エクスペリエンスと同じ楽器構成のバンドをスタートさせることを発表したのだった。メンバーは、ヘンドリックスがボーカルとギター、バディ・マイルスがドラムスとボーカル、アーミー時代からの旧友ビリー・コックスがベース。バンド・オブ・ジプシーズ。それがその新しいバンドの名前だ。

さまざまな話を聞くかぎり、彼らはかなり力強いサウンドを鳴らしていたようだ。サウンドの方向性はエクスペリエンスとほとんど変わらないし、レパートリーも固まっていない。バディ・マイルスのボーカル・パートが長すぎるという不満の声もあった。ところが、フィルモア・イーストでのライブで彼らは観客を圧倒し、ビル・グレアムは彼が運営するそのホールで観たなかでそれは最高のものだろうと語ったのだった。

と、出足はよかったのだが、やはりと言うべきか、ヘンドリックスはバンド・オブ・ジプシーズを封印してしまった。棚上げにした、ということだろうか。

Message To Love (Live At Berkeley - 1st Show)

そのような経緯をへて今、ヘンドリックスは、全エネルギーを傾注すべき新たなバンド、つまり彼にとってもっとも大切なものを手にした。そして、広報代理人を通じて、現在の状況や、新しいバンド、今後の展望などについて話す用意ができたと発表したのだった。

まず、これは大きなニュースだが、新たなバンドのメンバーは、オリジナルのエクスペリエンスと同じ、ミッチ・ミッチェルとノエル・レディング。ジ・エクスペリエンスが復活したということだ。彼らは絆を取り戻し、お互いにもう悪い感情は抱いていない。去年1年間でロックンロールの世界から消えていったバンドの多さを考えると、これはもう、リチャード・バートンとエリザベス・テイラーのいわゆる「お試し別居」に匹敵するようなニュースだ。しかしともかく、ヘンドリックスの広報代理人としてはこの話題こそが、大ニュースとして広く伝わってほしいと考えるものだった。そういったこともあり、ジミのマネージャー、マイケル・ジェフリーがワインやウイスキーを運んできてくれるのを待って、まずその話題からスタートさせることにした。

先方から伝えられた最初の計画は、ヘンドリックス一人から話を聞くというものだった。しかし実際には、暖炉の周りには数人が顔を揃えることとなる。ヘンドリックスが仲間の会話も喜んで聞くという、そういう気分の日だったのだろう。

そしてまた、ジミの、意思疎通にあたってのきわめて独特な表現という問題があった。たとえば、正確にどんな質問だったか覚えていないのだが、ヘンドリックスはこんなふうに答えている。「シャベルからはじめて、スプーンで締めくくる」。素晴らしくパンチの効いた表現だ。誰か、このジョークを理解できるだろうか。

私たちの会話は、なかなか進まない。その状況を打開し、話を前に進めるために、私はブラック・パンサーの話題を振ってみた。ここ数カ月間、ヘンドリックスに関してしばしば伝えられてきたことの一つが、彼は黒人の過激派集団との関係を深めているということだった。つまりブラック・パンサーと……。

私がそこまで話すと、ヘンドリックスは大きな笑い声をあげた。「その話は僕も聞いたことがある。そう、Rolling Stoneだったな。詳しく話してくれないか」。彼は目を大きく開いて、ニヤリと笑う。

その記事を書いたリポーターは、たしか、ヘンドリックス本人から情報を得ていたはずだ。

「まあ、それは」とミッチ・ミッチェルが割って入り、きっちりとした英国式の発音でこう言った。「ホワイト・タイガーのことかな」。エクスペリエンスの3人が静かに笑みを交わす。彼らだけに通じるジョークということだろう。

つまり、ジミとブラック・パンサーの関係を伝える記事は正確ではないということか?

「うん、そういうわけじゃない。いいかい、誰だってそれぞれの闘いを内に抱えている。なにかに取り組んでいれば、それで誰かと闘うことになるだろ。まあ、そういうことさ」

ジミ・ヘンドリックスは特定の人種や団体だけを相手にしているわけではない。肌の色などに関係なく、すべての人に向けて音楽を届けている。それをきちんと理解してほしい。彼はそう思っている。

つまり、ブラック・パンサーと個人的なつながりはないということだろうか?

「彼らとは関係ない、という意味ではないよ……」と言うと、彼は口をつぐんでしまった。 

彼らの行動には賛同できないということなのか?

「彼らがやっていることは、認めているよ。関心も持っている。でも、人は誰でも、それぞれのやり方ってものを持っているはずだろ。互いに認めあうことで、その行動が正当化される。そうやって、みんながそれぞれの自由を手に入れる。そういうことさ」

では、ヘンドリックスは彼らを支持しているのか?

「そうだな。でも、まあ君たちがどんな言葉を使ってもかまわないけど、攻撃性とか暴力ということじゃない。ゲリラ的な武力闘争なんて、僕は受け入れない」

ミッチェルが、猿のように肩をすぼめ、言葉をはさんだ。「ゴリラ?」

ヘンドリックスはニヤリと笑い、そして、床に目を落とす。「ペットに猿を飼っていてね、チャーリー・チャンって呼んでいるよ」。彼らは大声で笑い、ブラック・パンサーの話はそこまでとなった。ヘンドリックスは膝をつかみ、姿勢を低くして、燃えさかる薪を見つめている。

黒人の音楽業界関係者によれば、オーティス・レディングはかつて、黒人だけによるレコード事業を計画していたという。スタジオから、レコード制作、広報宣伝から流通までのすべて。ソングライティングからそれを聴き手に届けるまでのすべて、ということだ。亡くなる直前、彼はそのプランに相当のめり込んでいたらしい。そして、その計画が掲げる目標の一つが、忘れられかけていた往年のスターをふたたびヒット・チャートに送りこむことだった。たとえばファッツ・ドミノやチャック・ベリーといった人たちだ。しかし、オーティスはこの世を去ってしまい、誰もその計画を引き継ごうとはしなかった。この話がヘンドリックスの心を動かすことはなかったのだろうか? 彼こそは、黒人ミュージシャンのなかでもっとも、そういった事業を主導するにふさわしい男だと思うのだが。経済的にも、名声の面でも、ということだ。

しかしジミは、対象が一つの人種に限られてしまうということを理由に、この発想を否定する。「カトリックだけとか、そんなのと一緒さ」と言い、そこでこの話は終わり。

ジミ・ヘンドリックスの素顔と曲作り

つい先日、麻薬所持の件でトロントの裁判所に呼ばれたとき、ヘンドリックスはそこで「クスリはもう卒業してしまった」と語っている。完璧な弁明ではないか! マリファナ乱用から立派に更生した「好人物」がハイスクールや婦人会での講演で、聴衆に向けて語るような言葉ではないか。光明を見出し、そして理解した。麻薬は才能を枯渇させる。だから、もう麻薬なんて必要ない。卒業してしまったのだ。ヘンドリックスは裁判所でそう語った。麻薬はもういらない、と。そして長年にわたるいわば洗脳の力によって、彼らはジミを再評価してしまったのだ。髪をきれいに切り揃え、スポーツ・ジャケットとスラックスに身を固めた若者が、「麻薬はもうやめました」と言うなら、彼は品行方正な男に違いない、と。こうしてヘンドリックスは無罪放免となった。

今彼は、マンハッタンの壮麗なリビングルームで、足を組んで座っている。身にまとっているのは、緑色の光沢を放つVネックのシャツ、巨大な腕時計、宝石で飾られたペンダント、そしてヴァイオレットのベルボトムとピンクのブーツ。いつもどおりのヘンドリックスだ。このいつもの表情の男が、麻薬と決別したというのか。もうやめた?

「まあ、少なくとも」と、軽く笑いながらヘンドリックスは言う。「控えてはいるよ」。エクスペリエンスの三人が、口の端でつぶやくようにしながら、笑いを交わす。陽気な笑い、大きな笑い声、冷めた笑い。ほんとうにクスリをやめたのか?

しばしの沈黙。ジミは真剣な表情を浮かべ、深刻そうな声で「よくわからないな。なんというか……」すると、一転して少年のような笑顔で「今は、かなり……効いているみたいでね」。コメディアン、ジミ・ヘンドリックス。みんなが愛しているのは、彼のそういった一面なのだろう。肩をすくめ、視線を落とし、やや大げさなアクセントで話す。彼は一瞬でそれをやってのけてしまう。それが彼の魅力の本質であり、結局のところ、そういう姿勢で音楽に取り組みつづけてきたのだ。「きちんと調べてもらうことになる」と、真面目な声に戻って彼は付け加えた。麻薬について、ということだ。「ほんとうだよ。もう、そんなにたくさんはやってない。裁判所で言いたかったのは、そういうことさ」

ジョンとヨーコがトロントで開催したピース・フェスティバルについてジミはほとんどなにも知らなかったが、過去に裁判で訪れた街であっても、今ならまた気楽に行けそうだと話した。そしてともかく、過去の出来事に関してあれこれと考えるのは好きじゃないと語る。「僕が抱える悩みの種は、過去の出来事にとらわれてしまうことなんだ。だから、そうならないようにしている」

Photo by Richard Peters / © Authentic Hendrix, LLC

この冬のあいだに、ヘンドリックスは多忙な毎日から少し解放されていた。たくさんのミュージシャンたちと暮らしていた家を離れたのだ。「自分自身のためにもっと時間を割きたいと思うようになった」と、彼はその理由を語る。「もっと作曲に専念したい、ということだ」

どんな作品を書こうとしているのか?

「漫画みたいな作品だな。ひょうきんな若者が主人公で、ちょっと現実離れした場面がつづく。その漫画みたいなストーリーを音楽に放り込む。ブルースを音楽に放り込むみたいにね」

つまり、長尺の音楽作品ということだろうか?

「いわゆる楽曲ってことだよ。曲のつながり。楽章って呼んでもいい。ここのところ、そういう音楽に取り組んでいるんだ」

ジミが音楽を楽譜に書き起こせれば、頭に浮かんだものをいちいち記憶しておく必要がなくなり、曲を書くのも難しいことではなくなるだろう。実際、ずっと以前から彼は、楽譜の読み書きを習得したいと考えてきた。彼の頭のなかにある大きなコンセプトをきちんと伝えるためにも、それは必要なことなのだ。

「要するに、漫画みたいな作品に取り組んでいるということだよ。聴いていると、愉快な記憶がよみがえってくるような音楽さ」この会話を、あのジミ独特の靄がかかったような弾力のある声で聞いてもらえたら、もっとよく伝わるだろう。彼が歌うときのように、話し声のなかから逡巡と耳に障る金属音が聞こえてくるようなあの感じ。「音楽が物語と一つになる。たとえば『フォクシー・レディ』のようにね。音楽と言葉が一体になるのさ」

実際、彼はどうやって曲を書いているのだろう? なにか方式のようなものがあるのか?

「頭のなかにある音楽をギターでは表現しきれないんだ。たいていの場合、ごろごろしながら、白日夢を見て、そこから音を聴きとる。そのあとギターを抱えて、それを弾こうとしても、うまく表現できない。まったくダメ。だいたい、そんなにギターがうまいわけじゃないから、白日夢で耳にした音をきちんとまとめ上げられないのさ」

そして彼は、繰り返し語る。いろいろな楽器の演奏者に楽譜で指示できるようになりたい、と。間違いなく彼は、なにか大きなことを成し遂げたいと考えているのだ。そう、いつの日にか。

ジミがきちんとした音楽教育を受けていなかったから、ということなのかもしれないが、エクスペリエンスの曲のほとんどは、レコーディング・スタジオのなかでまとめられている。「フォクシー・レディ」もそうだ。ヘンドリックスは歌詞だけを手にスタジオに入り、三人で演奏しながら、旋律、ベース、ドラムスのパターン、そして全体的な構成を固めていった。そういう経緯もあって、ヘンドリックスはエクスペリエンスを復活させたのだろう。グループのなかにいろいろと感情の衝突があると噂されてはいるが、彼らはそのスタイルでうまくやってきたからだ。(少し前、ノエル・レディングはヘンドリックスのバンドに戻ることは絶対にない、と語っていた。しかし、その話はもう忘れた、ということだろう。彼とミッチェルによれば、エクスペリエンス3年間の歴史のなかで、全員が大きな声で叫びあうほどの大きな喧嘩は2回しかなかったそうだ)

レディング:まあ実際のところ、スタジオに入ってからすべてを練り上げていったのは、よりライブでいきいきとした音をつくりたかったからなんだ。

ヘンドリックス:たとえば「ヴードゥー・チャイルド」。あのときは、誰かがカメラを回していてね。撮影が目的だと思っていた。なにを演奏しているかなんて、意識してなかった。そんな感じで3回やったかな。

ミッチェル:リフだけ決めて、やっただけだ。

ヘンドリックス:そうだ。それを連中が撮影していた。

ミッチェル:カメラのためにやったのさ。

ヘンドリックス:いいか、みんな。レコーディングしているみたいな雰囲気でやるんだ。そんな感じ。そしてそこはスタジオだから、もちろん録音もされていた。いつものようにカウントしてから「ヴードゥー・チャイルド」に入っていったわけだ。

ヘンドリックスは演奏していきながら歌詞を考え、すべてが即興でつくりあげられていった。それが素晴らしい結果を生み、アルバムにも収められたのだ。

「新作」の構想とバンドの転機

次のヘンドリックスのアルバムに関してなんらかの計画が進んでいるとしても、その内容を予想することは難しいだろう。これまでのスタジオ・ワークで残された何百時間にも及ぶ音源は、どれも作品化される可能性があるものなのだ。さらに、エクスペリエンスのライブ音源が数十時間あり、バンド・オブ・ジプシーズはもちろん、エクスペリエンスにジュマ率いるアヴァンギャルド・アンサンブルが加わったライブ(これはウッドストックで録音された)も残されている。ヘンドリックスはまた、一つの作品にジプシーズとエクスペリエンス双方の音源を収めることはしない、という方針だ。当面の課題として考えているのは、方向性の異なる2枚のシングル。一枚はジプシーズによるもので、タイトルは「スカイ・ブルース・トゥデイ」。

アルバムは、しかしながら、ただシングルのような曲を並べただけのものではなく、一つの作品としての一貫性を打ち出したものになるだろう。レディングも、ミッチェルも、ヘンドリックスも、『エレクトリック・レディランド』から「クロスタウン・トラフィック」がリリースされたときのように、アルバムの流れのなかからシングルが抜き出されることはまったく望んでいない。あれはリプリーズ側のミスだったと彼らは感じている。音楽的な誤りということであり、売り上げは問題外だ。

ニュー・アルバムに関して彼らは、まず、いわゆる「先行」シングルをリリースしようと考えている。収録曲のなかからアルバムの基本的な流れを象徴する曲の一つを選び、それによってより大きな作品全体の方向性を示すことになるだろう。これまでと同じように彼らは、エンジニアのエディ・クレイマー、長年の仕事仲間であるチャス・チャンドラーをプロデューサーに迎えている。

© Experience Hendrix, L.L.C.

『エレクトリック・レディランド』では、ヘンドリックスがプロデューサーと記されていた。このクレジットには、どんな意味があるのだろう? そこでの彼の役割は?

「僕にはよくわからない」と、ヘンドリックスは率直に答えた。「まだ解明できていないけれど、音全体が、どんよりと濁った感じがする。くすんでいる、というか」

では、靄がかかったようなあのくすんだ感じは、意図したものではなかったということか?

「カッティングの過程でなにかが失われてしまったのさ」彼はさらりとそう言う。「完成するのを待たずに、ツアーに出てしまったからね」

伝えられるところによると、ヘンドリックスはバンド・オブ・ジプシーズとのリハーサルを、1日最大18時間も行なっていたらしい。そのことに関する質問に彼は、笑いながら応えた。12時間から14時間くらいプレイしていたことは認めたが、それはリハーサルではなく、ジャム・セッションだったというのだ。彼らはそれを心から楽しんでいた。コックスとマイルスの二人とプレイすることが大好きだし、彼らは大切な友人だと、ジミは何度か繰り返し語った。

そのバンド・オブ・ジプシーズになにが起こったかというと、大きな意味を持つコンサートがはじまるとすぐ、ヘンドリックスがステージを降りてしまったのだった。以来、二人とは姿を見せていない。それは、1月にマディソン・スクエア・ガーデンで行なわれたモラトリアム・ベネフィット・コンサートでのこと。演奏開始直後に彼は音を止め、ギターを肩から下ろし、マイクに向かってこう言ったのだった。「まったくダメだ。音がまとまってない」。そして、ステージから去ってしまった。これは、ビル・グレアムにそのライブを大絶賛されてからちょうど1カ月後のこと。私はジミに、ジプシーズにいったいなにが起こったのか質問してみた。

「おそらく、ギターそのものに目を向けるようになったんじゃないかな。はじまりの終わりとか、なにかそういうことだよ。マディソン・スクエア・ガーデンは、大きくて長いおとぎ話の締めくくりのように思えたんだ。素晴らしいことじゃないか。僕が思いつくかぎり、最高のエンディングだな」

「バンド・オブ・ジプシーズは、僕に言わせれば最高だったよ。ただ……自分の心のなかでいろんな変化が起きていたんだ。うまく言えないけれど……自分でもよくわからない。とにかく、すごく疲れていた。あれやこれやと頭のなかに積み重なってきたものが、思いもよらないタイミングで一気に押し寄せてくることってあるだろ。それがたまたま、あのピース・コンサートのときだったんだ。僕はあのとき、それまでに経験したことのないほど大きな闘いをしていた。人生でいちばんの闘いを。自分の内側でね。でも、あそこはそんな闘いをする場所じゃなかったんだ」

しかしともかく、その結果、あらためてエクスペリエンスが彼にとっての最大の関心事となったわけである。

「今は、僕らが目指すもの、やりたいことをあらためて確認しているところだ。たとえば、友人たちとプレイする時間もちゃんととれるようなスケジュールを組むつもりだ。だから、ビリーとバディともジャムをやっていくつもりだし、たぶんレコーディングもするだろう」

再出発することとなったエクスペリエンスが新たに目指す音楽的方向性は、どんなものなのだろう?

「さて、そうだな」と、ヘンドリックスはミッチェルとレディングに笑いかける。「もちろん、より高いものを目指すよ」。二人もうなずく。「どこか山のなかに行って、静かな環境で腕を磨くとか、どんなふうに受け止めてもらってもいいけど、そこで新しい曲を書いて、アレンジも仕上げて、作品としてまとめ上げていく。ともかく、なにか新たなものを聴いてもらえると思う。これまでと違うかどうかは、別にしてね」

新たにスタートラインに立ったエクスペリエンスの最初のライブは、4月中旬にロサンゼルスのフォーラムで行なわれる。3月半ばに彼らはイギリスに渡り、周囲の雑音が届かない場所で、1カ月にわたって、ワークアウトに取り組む予定だ。

ジャズと音楽仲間、ジミが見据えた未来

ヘンドリックスと彼のマネージメント・サイドが、かつてエクスペリエンスを分裂させてしまった感情のもつれをどう修復したのかまでは、私にはわからなかった。しかしともかく、ミッチェルとレディングは、このスケジュールを好意的に受け止めている。彼らそれぞれのプロジェクトに取り組む時間も考慮されているからだ。たとえばレディングは、ちょうど今、ファット・マットレスとしての2枚目のアルバムを仕上げているところ。彼らとツアーに出ることはないようだが、レコーディングをつづける可能性はあるらしい。一方のミッチェルは現在、ジャック・ブルース、ラリー・コリエル、マイク・マンデルとのスーパー・ジャム・バンドでツアーをつづけている。そして、今後もこういった活動をもっとやっていきたい、とも語った。

ミッチェルはまた、彼が好きなミュージシャンについても話してくれた。とくに好きなのは、ドラマーのトニー・ウィリアムス。まったく誰のものでもない彼だけのドラミングに強く惹かれているという。

しかし、バンドとしてのエクスペリエンスの影響源について尋ねると、3人ともすぐに、誰かから多くを取り入れて今の音楽にたどり着いたわけではない、と答える。セシル・テイラーやアルバート・アイラーといったアヴァンギャルドなジャズに取り組むミュージシャンたちとは演奏スタイルやサウンドがかなり近いとは認めているようだ。ジミは、ドラミングが重要だと考えている。「ドラムスがすべての鍵を握っている」と彼は話す。

ミッチェル:実際このバンドでは、ドラマーとベース・プレイヤーの役割が逆転することが多い。ノエルがきっちりとタイム・キープしてくれるから、僕がそれを意識しなくてもよくなるんだ。ベースとドラムスの仕事がある段階で入れ替わるわけさ。瞬間で、と言ってもいい。

また、コンテンポラリー・ジャズとの類似性も否定できない。

昨年ロンドンでの、ローランド・カークとのジャム・セッションについてもジミは話してくれた。ジャズ界を代表する盲目のマルチ・ホーン奏者に対してジミは畏敬の念を抱いていて、彼のプレイを邪魔してしまわないかと心配したという。その口ぶりから感じられることだが、ヘンドリックスはカークを巨匠的な存在と認めているようだ。いったんジャム・セッションがはじまると、ジミはいつものように弾き、ローランドはいつものように吹いた。そしてそれが、しっかりと一つになったのだ。「なあ、ローランド・カークだぜ!」と、ジミは口をすぼめるようにして言う。楽しい思い出なのだろう。

ヘンドリックスはまた、いつの日かスティーヴ・ウィンウッドとバンドを組みたいという淡い期待を抱いている。ウィンウッドがエクスペリエンスに加わるという手もあるかもしれないが、ともかくどんな形であれ、定期的に彼と演奏したいと思っているのだ。

興味深く感じたのは、ヘンドリックスが今もボブ・ディランを高く評価していて、たとえば『ナッシュヴィル・スカイライン』から”漂流者を歌った曲”を取り上げようと考えているのに対して、エクスペリエンスの二人はあのバンドをあまり認めていないということだ。ヘンドリックスは、あのバンドには聴き手を彼らの旅に誘う力があると認めている。もしもそこに行きたいと感じているのなら、ということだ。ミッチェルは軽く笑いながらこう言う。「パイプと口ひげの、あの連中か」

© Experience Hendrix, L.L.C.

そのあと、ヘンドリックスは西37番街に立った。夜が深まり、気温は急激に下がっていく。冷たい空気で、彼は少ししゃきっとしたようだった。公式なインタビューはもう終わっていたからか、このとき、彼は気楽な感じで話してくれた。彼とブラック・パンサーの関係について書かれた記事を読んだときは、とても驚いた、と。まったく事実ではない、と。

黒人の青年が近づいて、声をかけてきた。「やあ、ジミ!」

ヘンドリックスは彼と握手を交わす。「ああ、元気か?」

ジミの知人なのかどうかはわからなかったが、青年はさっそく話を切り出した。「『VOICE』に載った写真、見たよ」と彼は言った。「デヴォンと一緒だったね」

「モラトリアム・コンサートのときだ」ヘンドリックスがそう応じる。

「とてもいい写真だったよ」

「ありがとう」とヘンドリックスが答えたとき、彼の巨大な黒塗りのリムジンが歩道の縁石に寄ってきた。

「バンドはうまくいってる?」

「今、それを話していたところさ。いい感じだよ」

「もうすぐ新しいレコードも出るのかな?」

「うん、そんなに待たせない。これからスタジオに向かって、録音の終わっているテープを聴き返して、ミキシングをするんだ」

「いいね!」

青年はもう一度ヘンドリックスと握手を交わし、軽く肩を叩いた。そして「次にニューヨークでコンサートをやるときは必ず行くよ。また話せたら嬉しい」と言うと、さらに暗さを増した華氏5度の空気のなか、真っ白い息を雲のように吐き出しながら、歩道を歩いて行った。

ヘンドリックスは物憂げに笑い、こちらを安心させてくれるような言葉を口にした。「僕ら全員にとって、結局、これがいちばんいい解決策なんだ。そう思うだろ」そう、ジ・エクスペリエンスの復活ということだ。

もう一度笑みを浮かべながら、ジミは私に手を伸ばし、そして、リムジンに乗り込んだ。熱気で曇ったカー・ウィンドウの向こうに姿を消したのだ。リムジンが、排気ガスをたっぷりと吐き出す。しかし、黒塗りの巨大なリムジンに道を譲ろうとする車はない。私が歩いて角を曲がったとき、リムジンはその場からまだ動けずにいた。

2週間半後、ヘンドリックスの広報担当者から電話がかかってきた。ジミはもっと話したかったというのだ。しかし、もう遅い、遅すぎる。このようにして書かれた記事はすでに印刷過程に進もうとしているのだ。それにしても、なにかもっと重要な事実があったというのだろうか? それが、あったのだ。あとでわかったことだが、ノエル・レディングはジェフ・ベックのツアーに参加することを決め、そのためヘンドリックスは、バンド・オブ・ジプシーズのベーシストだったビリー・コックスを代わりに起用することとなった。それ以外の点では、すべてに関して、大きな変化はない。しかも、レディングはいずれまたグループに復帰する予定だという。つまり、ジ・エクスペリエンスは依然としてエクスペリエンスなのだ。その新事実があったからといって、この記事をどこか修正することができただろうか?

Ezy Ryder (Live At Berkeley - 1st Show)

※初出:ローリングストーン1970年3月19日号

From Rolling Stone US.

ザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス

『マジック・ボーイ:ライヴ・アット・バークレイ-1st Show』

発売中(2026年10月16日リリース)

価格:3,300円(税込)

仕様:Blu-spec CD2(日本盤のみ)

最新リミックス:エディ・クレイマー

〈収録曲〉

1. 「ファイア」 / Fire

2. 「ジョニー B. グッド」 / Johnny B. Goode

3. 「ヒア・マイ・トレインAカミン」 / Hear My Train A Comin'

4. 「マシン・ガン」 / Machine Gun

5. 「自由」 / Freedom

6. 「レッド・ハウス」 / Red House

7. 「恋のメッセージ」 / Message To Love

8. 「イージー・ライダー」 / Ezy Ryder

9. 「星条旗」 / Star Spangled Banner

10. 「紫のけむり」 / Purple Haze

11. 「ヴードゥー・チャイルド(スライト・リターン)」 / Voodoo Child (Slight Return)