
スーパースポーツ・カーの試乗会で、長距離のルートが設定されることはさほど多くはない。ヨーロッパやアメリカで開催される試乗会では、たまには一日中そのステアリングを握り続けるというタフなプログラムもあるけれど、日本ではそのようなスタイルはあまり好まれないらしい。舞台がサーキットなら、ドライブできるのはわずかに数ラップのみというのもよくあるパターンではある。なぜか、スーパースポーツ・カーの試乗会は、常に大きなリスクと隣り合わせであるからだ。走行距離が長くなればなるほど、基本的にそのリスクは大きくなると考えてよいだろう。
【画像】広島から大分・湯布院までをスーパースポーツ・カー、アルトゥーラで旅する(写真24点)
だがそれとは対極のコンセプトで、自らのスーパースポーツ・カーが持つ魅力をアピールしてくれたブランドがあった。イギリスのマクラーレンがそれだ。すでに報じられているとおり、マクラーレンは今年の6月30日をもって、「750S」シリーズと「GTS」の日本市場向けモデルの生産を中止。今後は「アルトゥーラ」が日本でのセールスでは実質的には主役となるわけだから、もちろん今回の試乗車もアルトゥーラの「クーペ」と「スパイダー」の両モデルだ。
注目のルートは東京をスタート地点として、長野、金沢、福井を経て大阪に至るレグと、大阪から淡路島、岡山、広島へのレグ、そして広島から北九州、由布院、福岡までのレグを3泊4日のスケジュールでリレーしながら、まずはトータルで約1600kmの距離を、日本を北から南へ縦断する方向で走破しようというもの(実際にはその後に、さらにもうひとつのレグが用意されていたのだが)。筆者がドライブしたのは、初日は広島から由布院まで、翌日は福岡でゴールする約500kmの長さに及ぶルートだった。
広島でのスタート地点となっていたのは、前日のレグが約600kmの走行を終えてゴールした、中国・四国地方をセールスのメインテリトリーとしているマクラーレン広島だった。
ここで試乗車として与えられたのは、その名も「トウキョウシアン」と呼ばれる、薄いブルーの色調が鮮やかなアルトゥーラ・スパイダー。ちなみにこのボディカラーはマクラーレンのインディビジュアル部門であるMSO(マクラーレン・スペシャル・オペレーション)によるスペシャルカラーで、一方インクブラックを基調色とするキャビンは、それだけでこれから始まるロングツーリングへの期待、そして走りへの没入感を高めてくれる。改めて考えてみれば、左ハンドル仕様のマクラーレンに乗るのも、個人的には久々の経験であることに気づく。
今日の走行ルートは、広島から大分県の湯布院まで。と書いてしまえば簡単だが、スタートした頃にはすでに時計は12時を大きく回っていた。せっかくの機会だからどこか広島の雰囲気が感じられるところで何点かの写真を撮っておきたいねということで、先のことは考えずにまずは広島の中心部を目指す。シートの背後に7.4kWhのリチウムイオンバッテリーを搭載し、その残量が十分であればこれまでの経験上は130km/h付近まで、エレクトリックモーターのみを使用した、いわゆるゼロエミッション走行が可能になるPHEVのアルトゥーラは、ほぼ無音で混雑した市街地を走り抜けていく。
キャビンからの視界もボディデザインから想像するよりははるかに良好だ。全長×全幅×全高で4540×1915×1195㎜というスリーサイズは、750Sの「スパイダー」よりわずかに小さいというレベルなのだが、同様の比較で30㎜が短縮されたホイールベースの影響もあるのだろう。その取り回し性はとても優秀だ。
広島での撮影を終えたところで、アルトゥーラのノーズを山陽自動車道に向けて、あとは一路由布院までの道をクルーズする。実は先ほどこのレグのスタートポイントとして立ち寄らせていただいたマクラーレン広島では、アルトゥーラと540Cを所有されている、ふたりのオーナー様のお話を伺う機会があったのだが、その中で最も興味深かったのは、アルトゥーラの走りでいつも感じるという快適性についてだった。特にシートの座り心地は素晴らしく、それは某高級車ブランドの印象さえ大きく超えるともいう。
それを思い出したのは、市街地を離れて高速道路をかなりの距離走ってからのことだった。たしかにここまでアルトゥーラというスーパースポーツ・カーをドライブし続けてきたのに、身体は少しも疲れを感じていないのだ。そもそもアルトゥーラが持つ基本構造体は、マクラーレンとしては最新世代となるMCLA(マクラーレン・カーボン・ライトウエイト・アーキテクチャー)。それが驚くほどに軽量で高剛性であることは良く知られているが、カーボンモノコックのもうひとつの魅力は、それに加わる振動を効率的に収束させてくれる点にある。
フロントにダブルウイッシュボーン、リアにはマルチリンク方式を採用し、それにプログレッシブ・プロアクティブ・ダンピングコントロールを組み合わせるサスペンションも、そのセッティングはもちろんのこと、こちらも剛性の高さが大きな美点。それらの相乗効果によって生み出される素晴らしい乗り心地を、最終的に人間の構造を徹底的に研究したと言わざるを得ないシートが、さらなる高みへと導いていたのだ。ちなみに試乗車に装着されていたこのワンピースのバケットシートを、マクラーレンはクラブスポーツシートと呼ぶ。
山陽自動車道をクルージングしている頃になると、すでに8速DCTに組み合わされる構造で搭載される95psの最高出力と225Nmの最大トルクを発揮するエレクトリックモーターは、基本的にはその動きを止めている。シートの背後に搭載され、同時に剛性向上のためのクロスメンバーとしての役割をも担う、7.4kWhの容量を持つリチウムイオンバッテリーはすでにその残量がゼロになっているからだ。それでもメーターナセルに備わる右側のロッカースイッチで、パワートレーン・モードを「トラック」か「スポーツ」に設定すれば、バッテリーは再び充電モードに入るようだ。「コンフォート」、そしてもちろん「エレクトリック」のモードではリチャージの制御は期待できない。
参考までにこのパワートレーン・モードのスイッチとは逆の左側には、それとは独立してハンドリング・モードを設定することができるロッカースイッチがある。モードは「コンフォート」、「スポーツ」、「トラック」の3タイプ。今回はほとんどの行程を、パワートレーンもハンドリングも「スポーツ」を選んでドライブすることを強いられた。不運にも試乗中、天候には恵まれた時間は少なかったのだ。
それにしても、マクラーレンはいったい何というスーパースポーツ・カーを作り上げてくれたのだろうか。前で触れた実際のスリーサイズよりもはるかにコンパクトに感じるアルトゥーラは、このスパイダーでもドライウエイトは1395kg。それに対してミドに搭載される「M630型」、2966ccのV型8気筒ツインターボエンジンは、それ単体でも605psの最高出力と585psの最大トルクを誇り、さらにそれぞれ95ps、225Nmのエレクトリックモーターのサポートによって、システム全体では700psの最高出力と720Nmの最大トルクを誇るのだ。そもそもアルトゥーラは2021年に誕生した時には680psのスペックを掲げていたが、その改良型として2025年モデルで700ps仕様となった時の進化というものはきわめて大きかった。サスペンションの制御も、あるいはフロントに備わるリフティングシステムの作動速度も、この時に改められたようだ。
広島県を抜けて山口県に入ると、山陽自動車道は高速コーナーの連続になる。このシチュエーションで最も強く感じるのは卓越したエアロダイナミクスと正確の一語に尽きるステアリングだ。ドライな路面を見つければ、さらにパワートレーンもハンドリングもトラックモードを試してみたくなるが、日本の高速道路というシチュエーションでは、その本来の魅力を味わう前にリミットが訪れる。アルトゥーラの真価を知りたいのならば、そのステージはサーキットに求めるほかはないだろう。
快適な、けれども刺激的な走りを楽しみながら訪れた由布院のホテルでは、素晴らしいホスピタリティを味わうことができた。そして翌日は福岡までの約200kmのドライブ。天候は相変わらず思わしくないものの、アルトゥーラでそのルートを走ることができるのならば、それも悪くはない。と考えながらホテルを出発してわずかな時間が経った時、メーターパネルのウォーニングランプが全灯するや、エンジンもエレクトリックモーターも、一切のパワーが失われてしまいました。
ということで、私の2日目のドライブはここで終了。幸いにも今日のゴールに指定されていたマクラーレン福岡さんのレスキューで、ここはどこかも分からぬ山中から救出されたのだけれど。マクラーレンのディーラー・ネットワークは、いざという時もそのサービス体制は万全の備え。それを我が身で体験したのは、今回のロングツーリング試乗会参加者の中でも、筆者くらいのものだったのではないでしょうか。怒ってないからね。これも楽しい思い出だからね。
文:山崎元裕 写真:マクラーレン
Words: Motohiro YAMAZAKI Photography: McLaren