トム・モレロが語る音楽と政治、エド・シーラン騒動「ファシストとは、ありとあらゆる方法で闘わなければならない」

トム・モレロ(Tom Morello/レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン)が、ヘヴィなニューアルバム『Everyone Gets Everything They Want』を発表。ブルース・スプリングスティーンとツアーを回り、フェス「Power to the People」を立ち上げるなど、彼にはまだまだ言いたいことがあるようだ。

トム・モレロは今年、ミネアポリスでの抗議コンサートからスタートし、3月にはブルース・スプリングスティーン&Eストリート・バンドの反トランプ・ツアーに参加した。10月には、中間選挙を目前に控えて自らオールスター・フェス「Power to the People」を開催。その直前には、ここ数年で最もヘヴィなアルバム『Everyone Gets Everything They Want』をリリースした。62歳になった今、以前にも増して熱を帯びているように見えるが、本人に言わせればこうだ。「むしろ、熱くならずにいられる理由がどこにある?」

『Everyone Gets Everything They Want』では、シンガーソングライターとしての顔も覗かせ、「Soldier in the Army of Love」では自らラップにも挑戦している。ゲストには、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンを彷彿とさせる「Adjourn It」に参加したサージ・タンキアン(システム・オブ・ア・ダウン)、ニーキャップ、そして15歳にして非凡なギターの才能を見せるモレロの息子ローマンが名を連ねる。

モレロはRolling Stoneの取材で、政治からエド・シーランをめぐる騒動、新作まで幅広く語った。「これは、アーティストとしての自分のすべて、そしてギタリストとしてできることのすべてを受け止めた作品なんだ」と彼は話す。

エド・シーラン騒動、ファシズムと言論の自由

―初のソロ・ロック・アルバムが出て、さらに自分のフェス「Power to the People」も開催する。相変わらず忙しいですね。

トム:ああ、本当にそうだね。アルバムについて言えば、たぶん僕ら全員が刑務所にぶち込まれる前に作る最後の作品になるだろうから、ならば思い切りやろうじゃないか。フェスも同じだ。僕たちの民主主義が歴史的な岐路に立っている今、自分たちにあるものを使って、できることをやるんだ。

―アルバムでは、自分がブラックリストに載っているという話が出てきます。本当にそう感じているんですか?

トム:今の時代なら、ブラックリストに載るのはむしろ名誉なことだよ。それに僕たちが生きているのは、ファシズムのように見え、ファシズムのように語り、ファシズムのように振る舞い、ファシズムのように嘘をつき、ファシズムのように人を殺すものは──みんな、それはファシズムなんだ、という時代だと思う。今日だって、トランプは自分の望む形でニュースを伝える、自前の国営ニュースネットワークを立ち上げると発表したばかりだ。だから今の時点でブラックリストに載っていない人間こそ、まだ十分にやっていないんじゃないかと僕は思うね。

―あなたは、ジューダス・プリーストからラッシュまで、政治的ではないバンドや音楽もたくさん好きですよね。そのうえで、エド・シーランをめぐる一件をどう見ていますか?

トム:ある意味では本筋から目をそらす話だし、ある意味では問題の核心そのものでもある。目をそらす話だというのは、エド・シーランは被害者ではないし、僕たちが注目すべき相手でもないからだ。マックルモアも同じだ。マックルモアのステージ上での発言によって浮き彫りになった戦争犯罪こそ、第一に目を向けるべきものだ。エド・シーランが今日泣いているのか、明日泣いているのか、そんなことに気を取られるべきじゃない。僕はそう思う。

一方で、これはまさに問題の核心でもある。ひと握りの支配階級の億万長者たちが、コンサートのステージで何を言っていいのかを決める。そんな状況は非常に危ういと思う。でも、それこそが今という時代を象徴している。誰が真実を決めるのか? 誰が、誰に何を言う権利があるのかを決めるのか? ごく少数の、とてつもなく裕福な人たちは、あらゆる場面で自分たちがそれを決めるべきだと考えている。僕はそうは思わない。そして民主主義が岐路に立つ今、それを許すのかどうかを決めるのは、あなたや僕と何ら変わらない人たちなんだ。歴史は勝手に起きるものじゃない。僕たち自身が作るものだ。そして今この瞬間に、中立なんてものは絶対に存在しない。

―エド・シーランに注目が集まること自体、本来目を向けるべき問題から人々の意識をそらしている、という見方もできますか?

トム:ああ、100%そうだよ。今この瞬間、彼を批判するのは構わない。批判されて当然だからね。でも、彼を問題の中心に据えるべきじゃない。僕やあなたが払った税金が、中東で凄惨な戦争犯罪を犯すために使われている。それこそが目を向けるべき問題であり、僕たちが全力で食い止めるべきことだと思う。

これはクリックベイトで、扇情的な話なんだ。「なんてことだ、かわいそうなエド・シーラン」ってね。そもそもエド・シーランは、この3年間、マックルモアのパフォーマンスを一度も見たことがなかったのか? 自分がどういう場に足を踏み入れようとしているのかくらい、当然わかっていたはずだ。

ただ、これに関連してひとつ言えるのは、今は発言することが悪とされ、犯罪扱いされる時代だということだ。真実が犯罪になり、肌の色が犯罪になり、移民であることが犯罪になり、ジェンダーが犯罪になり、性的指向が犯罪になる。でも僕が思うに、本当の犯罪は権威主義の台頭であり、本当の犯罪は自由が侵食されていることであり、本当の犯罪は目前に迫った環境破壊なんだ。だから僕はライブのたびに、観客を反ファシズムの「犯罪捜査官」に任命している。今の世界は、そういうふうに見なければいけないと思うんだ。実際に起きている本当の犯罪は何なのか? そして、それを止めるために、あなたと僕に何ができるのか?ってね。

母メアリーから15歳の息子へ、受け継がれる反骨精神

―すっかり熱くなってもらったところで、「Power to the People Festival」について聞かせてください。このフェスのいちばん大きな目的は何ですか?

トム:これはPRでも誇張でもなく、本当に平和と愛と正義と音楽のフェスなんだ。戦争が称賛される時代だからこそ、平和を掲げる。憎しみと分断がはびこる時代だからこそ、愛を掲げる。不正義が当たり前になっている時代だからこそ、正義のために闘うことを祝う。それに、クソみたいな音楽が山ほどある時代だから、このステージでは最高の音楽をたくさん鳴らす。4つすべてを取りにいくんだ。

―開催時期を決めるうえで、中間選挙はどのくらい意識していましたか?

トム:102歳で亡くなった僕の愛する母メアリー・モレロは、とても政治意識の強い人で、こう言っていた。「ファシストとは、ありとあらゆる方法で闘わなきゃいけない」。その方法のひとつが投票だ。でも、それが唯一の方法ではないし、投票したからそれで終わりだと思ってはいけない。投票はチェス盤の駒のひとつにすぎない。選挙と選挙の間にも、より公正で、より平和で、より平等な世界のために闘える状況を作っていくことが大切なんだ。

だから、フェスは中間選挙の3週間前なのか? そうだ。フェスの収益は投票権を守る団体に寄付されるのか? そうだ。でも、このフェスが目指しているのは、それよりもっと大きなことなんだ。自分は本当はどんな世界に生きたいのか。その世界のために闘うのか、それともオリガルヒたち(一握りの超富裕層)から一方的に与えられる世界を、そのまま受け入れるのか。そういうことなんだよ。

2026年10月3日(現地時間)、米メリーランド州コロンビアのMerriweather Post Pavilionで開催された、トム・モレロ主催「Power to the People Festival」のライブ配信。13時開演(日本時間10月4日2時)。ブルース・スプリングスティーン、フー・ファイターズ、デイヴ・マシューズ、ジョーン・バエズ、パブリック・エナミーらが出演

―選挙の話にはあとで戻りたいのですが、その前に、お母様のこと、本当に残念です。彼女が亡くなったことで、以前にも増して奮い立たされたのでしょうか?

トム:いや、母の存在そのものが、僕がまだほんの子どもの頃からずっと僕を奮い立たせてきたんだ。とてもつつましい人生だったけれど、強い使命感と力に満ちた人生だった。人が晩年を迎えると、一緒に過ごす時間の多くは、その人の健康を気遣うことに費やすようになる。でも母が亡くなったあと、アフガニスタンの10代の少女難民たちから、彼女の人生に励まされたという連絡が届いた。チリの大統領からも連絡があった。彼は2010年にレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのモッシュピットにいて、その後もメアリー・モレロの生き方を追っていたそうなんだ。僕の大好きなアーティストの何人かは、自分たちのコンサートで、イリノイ郊外に暮らし、人を助けること以外には何の野心も持たなかった小柄なおばあちゃんのために黙祷まで捧げてくれた。

大恐慌の時代には、夜になると家の裏のポーチで行き場のない人たちに食事を与え、80年代や90年代には石油をめぐる戦争に反対してデモをした。100歳の誕生日には、願いが2つあった。ひとつはロサンゼルス中心部のMidnight Missionでホームレスの人たちに食事を配ること。もうひとつは、UNITE HEREの組合員とともに、ストライキ中のホテル労働者のピケラインに加わること。彼女は車椅子でそれをやってのけた。

だから、彼女の死で僕が奮い立たされたかって? ものすごく会いたいよ。母はいつだってモレロ家で最も急進的で、最も人気のある人だった。それには誰も異論を唱えない。

―まるで実在のトム・ジョードですね。

トム:本当にすごいよね。ああ、そのとおりだと思う。僕はこう考えている。誰かに認められる見込みなんてなくても、自分より恵まれていない人たちのために立ち上がる人がいるなら、そこに母はいる。親が、子どものけたたましいパンク・バンドに地下室で練習させてやるなら、そこにも母はいる。白人が人種差別に反対して、あるいは移民の権利のために立ち上がるなら、そこには間違いなくメアリー・モレロがいる。

―今回のアルバムは、お母様が亡くなってから作ったんですか?

トム:いやいや。母は亡くなる前にちゃんと聴いてくれたよ。最後の1週間くらいのときに聴かせることができたんだ。母は僕の音楽について、昔から遠慮のない批評をしてくれる人だった。17歳の頃、母の家の地下室で練習していたときからずっとね。母は僕のスタジオのすぐ隣に住んでいたんだけど、実を言うと、母が100歳になってからも僕はその地下室で練習していた。どの曲が好きで、どの曲はいまひとつなのか、いつも率直に言ってくれたよ。幸い、このアルバムはメアリーから合格をもらえた。

―このアルバムには、あなたがキャリアを通じてやってきたことがすべて詰まっているように感じます。世間が思っている以上に、幅広いことをやってきましたよね。

トム:一方では、これは最初のレイジのアルバム以来、僕が作ったなかで最もヘヴィな作品だ。それは間違いない。10点満点で10点と言えるような強烈なリフを、アルバム全体に散りばめたかった。でも、それが片方のゴールポストだとすれば、もう一方には、僕が大好きな『Darkness on the Edge of Town』や『Nebraska』、初期のディランのレコードがある。The Nightwatchman(トム・モレロがアコースティック/フォーク寄りの作品を発表する際のソロ名義)として表現してきた、Cafe Wha?(60年代フォーク・シーンの象徴的な老舗クラブ)に通じるフォーク・ミュージックの側面も、今なおしっかり息づいているんだ。

とはいえ、そもそもの狙いはヘヴィなアルバムを作ることだった。そして、この作品のミューズになったのが15歳の息子、ローマン・モレロだ。ここ3年、夏になると一緒にツアーを回っていて、僕は彼の部屋のドアに耳をそばだてて、このアルバムに使えそうな最高のリフを盗み聞きしていた(笑)。彼は5曲に参加している。ちょうど一連のライブを終えたところだけど、今ほど音楽を演奏することにも、曲を書くことにもワクワクして、幸せを感じたことはないよ。

―どのリフが彼のものなんですか?

トム:「Soldier in the Army of Love」。「Adjourn It」、サージ・タンキアンが参加している曲。それから「Unconquered」。ほかにも何曲かあるよ。ローマンからリフをもらって面白いのは、まず、彼が僕の曲をよく知っていること。次に、モレロ的なリフを書くDNAを持っていること。でも、それが彼自身のまったく違う感覚を通して出てくるんだ。どこか馴染みがあるのに、「うわ、最高のリフだな。これ、自分で書きたかった」って思わされる。一緒にやっていると本当に楽しいよ。そして、とんでもないシュレッドをかました直後には、また謙虚な15歳の少年に戻る。すごく特別なことだと思う。

―その「まったく違う感覚」というのは、具体的にはどういうものですか?

トム:彼自身の個性だよ。そもそも、うちの子どもたちは僕が何をして生計を立てているのか、あまり知らなかった。レイジを聴かせたこともなかったし、オーディオスレイヴを聴かせたこともなかった。僕はただ、リトルリーグの試合に車で連れていく父親だったんだ。そうだろ? それが2022年、レイジがツアーに出ることになった。ある晩、ベビーシッターが見つからなくて、嫌がる子どもたちを無理やりリハーサル・スタジオに連れていったんだ。彼らがレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンを初めて聴いたのは、その音が目の前で鳴っている部屋の中だった。それで、「ああ、パパってただ朝寝坊してるだけの人じゃないんだ」って(笑)。どうやら別の顔もあるらしい、と。

その夏は一緒にツアーを回って、それまでK-POPをはじめ、あれこれいろんなアーティストを聴いていた彼らが、ブラック・サバスやレッド・ツェッペリン、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのカタログを深く掘るようになったんだ。

数々の「失敗」が切り拓いたキャリア

―あなたがギターを始めたのは、ローマンよりずっと遅かったんですよね。

トム:そうだね。僕がギターを始めたのは17歳だった。

―じゃあ、彼はかなり先を行っているんですね。

トム:はるかに先だよ。ずっと先。今ではもう僕より先を行っている。ギターの技術に関しては、僕が一度も到達したことのないレベルにいる。

―そうなると、才能は生まれつきなのか、それとも環境によるものなのかと考えたりしますか? もし自分ももっと早く始めていたら、さらに上手くなっていたと思いますか?

トム:まあ、誰にでもそれぞれの道があるからね。僕にギターの才能が少しでもあるとしても、あるいはクリエイティブな面で何か成功を収められたとしても、その土台になっているのは、どれも根本的な失敗なんだ。

最初の失敗は、13歳のときにギターを手に入れたことだった。レッスンを2回受けたけど、うまくいかなかった。僕はレッド・ツェッペリンの「Black Dog」やKISSの「Detroit Rock City」を弾けるようになりたかったのに、先生はCメジャー・スケールやギターのチューニングを教えようとした。だから僕は「結構です」と言った。それからセックス・ピストルズのカセットを手に入れるまで、ギターは4年間ほこりをかぶったままだった。つまり、レッスンで挫折したことが、ギターでは完全に自分独自の道を見つけようという発想につながったんだ。

次の失敗は、80年代にアラン・クランストン上院議員のもとで働いて、初めて給料をもらったときだ。その金でカスタム・ギターを作ったんだけど、それが史上最悪のギターだった。自分が求める音を出せるギターを手に入れることに失敗したんだ。機材を買ったり、あれこれ試したりした末に、とうとう諦めた。そして、自分にあるこの音──不完全で、「出来損ないのおもちゃの島」みたいな音──を、そのまま自分の音にしようと決めた。それで音楽を作ればいい、と。そのギターは、結局22枚のレコードで弾くことになった。

その次の大きな失敗が、一番重要だった。僕はロックスターになってアルバムを作るためにハリウッドへ移った。レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン以前にやっていたLock Upというバンドでゲフィンと契約して、おそらく西洋音楽史上最悪のタイトルがついたアルバム『Something Bitchin This Way Comes』を作った。そして、あっさりレーベルから契約を切られた。15分間の名声どころじゃない。僕らの電話に折り返してくれる人がいたのは、せいぜい15秒くらいだった。僕は27歳だった。自分がやりたかったことに失敗したんだ。ロックスターにはなれない。レコードも作れない。でも、それでも僕はミュージシャンだった。

僕らは周りに言われたことを全部やった。プロデューサーが一番わかっている。A&Rが一番わかっている。そう信じて従った。でも、何ひとつうまくいかなかった。だから僕は、自分が信じていない音を二度と一音たりとも演奏しない、と固く誓った。そしてそのときから、のちにレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの1stアルバムを形作ることになるリフを書き始めたんだ。

そして最後の決定的な失敗は、そのバンドを続けられなかったことだった。僕は、自分はひとつのバンドにずっといるものだと思っていたんだ。ジミー・ペイジならレッド・ツェッペリンにいる。それがすべて、みたいにね。でも、僕の場合はそうならなかった。それはとてつもない失敗に感じたよ。夢は本当に実現したんだ。自分が信じる政治思想と、自分が愛する音楽を両立させたまま、Rolling Stoneの表紙にまで載ることができた。それなのに、それが突然なくなった。

でも、そのことでオーディオスレイヴへの扉が開き、ブルース・スプリングスティーンと演奏する扉が開き、ジョーン・バエズからウータン・クランまで、あらゆる人たちとコラボする扉が開いた。そして今は息子と一緒に演奏していて、それが僕の人生で最高の音楽体験になっている。ひとつの扉が閉じたら、100万もの美しい窓が開いたんだ。

―バンドを続けられなかったことについて、自分にも責任があると思っているんですか? 今のお話を聞いていると、そう感じました。

トム:そういう失敗は全部、自分のせいだと思っている。でも、そのどれもが、僕にとって起こり得た最高の出来事だった。

2026年9月、ニューヨークで撮影(Photo by Griffin Lotz for Rolling Stone)

―あなたがロック・バンドのフロントに立つ姿を初めて見たのは、Eストリート・バンドで、ブルース・スプリングスティーンと「The Ghost of Tom Joad」をデュエットしたときでした。

トム:あのときは少し事情が違ったんだ。僕はフォーク・ミュージックの世界でシンガーソングライターとして活動することに、アーティストとして十分満足していた。これまでいろんなレコードでたくさんギター・ソロを弾いてきたし、ギターを前面に出した作品もたくさん作ってきた。でも「The Ghost of Tom Joad」で82小節ものソロを弾いたことで、エレクトリック・ギターを弾く感覚にもう一度引き戻されたんだ。社会正義について歌うことには馴染みがあったけれど、それを轟音のバンドと燃え上がるようなギター・ソロのなかでやる。それはある意味、『Everyone Gets Everything They Want』へと続く道の重要な転機になったと思う。

スプリングスティーンの作品やProphets of Rageなんかも数えるなら、これは僕のキャリア22枚目のレコードになる。でも、これまで歩いてきたすべての道が、この作品につながっている。これは、アーティストとしての自分のすべて、そしてギタリストとしてできることのすべてを受け入れた作品なんだ。さらに重要なのは、ステージであれ一曲のなかであれ、ひとつの芸術体験をどう作り上げるか、その全体を取り仕切る自分自身も含まれているということだと思う。

―アルバムでは、あなた自身がラップに近いことをしている瞬間もありますよね。

トム:ああ。「Soldier in the Army of Love」だね。『Sandinista!』でのジョー・ストラマーみたいなものだよ。自分をラッパーだと思うことは絶対にないけれど、力強いメッセージを込めて、韻を踏む言葉を畳みかけることには何の抵抗もない。

―やる前に、自分を奮い立たせたりする必要はありました?

トム:いやいや。自分が真実だと信じていることを書いたなら、わざわざ気持ちを作る必要なんてない。あとは、それをきちんと届けるだけだよ。

―バラード的な瞬間もあります。今まで以上に、レナード・コーエンとロジャー・ウォーターズを掛け合わせたように聞こえました。

トム:まあ、僕らみたいに、深くて豊かなミルクチョコレートのようなバリトンという、祝福であり呪いでもある声を持っていると、どうしてもそういう領域に入っていくんだ(笑)。もちろん、レナード・コーエンは歌詞の面でも、テーマの面でも、歌声の面でも大好きだよ。それから「Im Not Yours to Command」は、このアルバムで最初にピアノで書いた曲で、驚く人もいるかもしれないけれど、かなりそういう方向性の曲だ。

―ローマンの存在がいい刺激になって、もっと練習しようという気になったりしますか?

トム:実際には、彼はある意味で僕のやることをすごく補ってくれていると思う。ライブでは、スポットライトをほかの誰かに渡せるのも素晴らしいことだからね。昨日の夜もライブをしていたんだけど、彼が「Mr. Crowley」で2つのソロを弾くと、観客はみんな唖然としている。身内びいきだと言いたければ言えばいい。でも、自分の子どもがあれだけクソ上手かったら、それは身内びいきじゃないと思うよ。

スプリングスティーンとの共闘、選挙、レイジの現在

―スプリングスティーンとのツアーを何公演か観ました。素晴らしいロックンロール・ショーでした。以前にもEストリート・バンドとは演奏していますが、今回は違いましたよね。あのツアーから何を得ましたか? 何が違ったのでしょう。

トム:ツアーのきっかけになったのは、僕がレネー・グッドとアレックス・プレッティの遺族のためにベネフィット・ショーを開いて、ブルースにも出演を頼んだことだった。その頃、ちょうど「Power to the People」の話もしていたんだ。あの殺害事件をきっかけに、アーティストだけじゃなく、あらゆる人が「これは本当に深刻な事態だ」と感じるようになったんだと思う。政府がアメリカ市民を路上で殺しても、何の罰も受けない。じゃあ、それに対して自分は何をするんだ?ってね。

それでブルースと話していたら、彼が「Streets of Minneapolis」という曲を書いたと言って、その公演で僕に一緒に演奏してほしいと頼んできた。曲を送ってくれて、聴いた瞬間に「なんて美しい曲なんだ」と思ったよ。彼は、あまりにも直接的すぎるんじゃないか、言いたいことをそのまま言いすぎているんじゃないかと気にしていた。でも僕は、「あなたには、繊細で素晴らしい詩を書いてきた40枚ものアルバムがある。たまには相手の歯を蹴り飛ばすくらいストレートに言ってもいいんじゃないか」と言った。

彼は曲をリリースしたあと、僕に電話をかけてきてこう言った。「いい知らせと悪い知らせがある。いい知らせは、この曲が世界のYouTubeで1位になったこと。悪い知らせは、ミネアポリスの君のライブには出ないことにした」。僕は「え? なんで?」って。ブルースはすごく思慮深い人なんだ。自分の曲を宣伝するために出演したように見られたくなかった。曲を売り込もうとしていると思われるのが嫌だったんだ。それでかなり長く話し合った。僕は、「でもアクティビストの立場から考えれば、今あそこにいる人たちは、あなたを必要としているかもしれない。あなたが来ることで、彼らに立ち向かう力と、前に進む勢いを与えられるかもしれない」と言った。

でも最後の決め手になったのは、僕が上の息子のローズと車に乗っていたときだった。当時、彼は国内で起きている出来事にすごく関心を持っていて、こう言ったんだ。「パパ、ブルース・スプリングスティーンがミネアポリスに来なかったら、一番喜ぶのは誰だと思う? ICEだよ」。それをブルースが聞いていて、「本当に痛いところを突く方法を知ってるな」って。

それで彼は来てくれた。僕自身、これまでたくさんライブをやってきたし、ブルースにも、魂を揺さぶるという意味では10点満点で20点みたいなライブがいくつもある。でも、あの会場には特別な空気があった。「僕たちは今まさに闘いの渦中にいる。そして、その行方を変える力が自分たちにもあるかもしれない」という感覚があったんだ。その数日後、彼のマネージャーから電話が来て、「4月と5月は何をしてる?」と聞かれた。それで、あの会場にあったエネルギーを20のアリーナへ持っていった。ブルースの見事な決断だったと思うし、その一員になれたことは光栄だった。そして、何ひとつ妥協せず、その精神を一切薄めることのないライブを体感できた。それが、願わくば潮目が変わる瞬間になればと思っている。

―「Clampdown」を選んだことに、あなたがどのくらい関わっていたのか気になります。

トム:最初に「Clampdown」を演奏したのは2014年で、そのときは僕の提案だった。でも今回、ザ・クラッシュ最高の反ファシズム・ソングを復活させて、セットの中心に据えたのはブルースのアイデアだ。

―あなたとブルースの関係は、中道寄りの左派と、さらに左にいる人たちが共通点を見つけ、協力していくことのひとつの比喩とも言えるでしょうか。

トム:100%。まったくそのとおりだと思う。僕たちはみんな同じ問題に直面しているんだ、ということを理解する必要がある。そして大事なのは、今何が問題なのかをきちんと見極めて、それにどう対処するかを考えることだ。問題はトランスジェンダーのアスリートじゃない。わかるだろ? 問題は、この世界を所有し、支配している人間たちに、その資格がないことだ。彼らはあなたの利益のためにやっているわけじゃない。僕の利益のためでもない。

それに、今の状況を考えたら、街に熊手や松明やギロチンがもっと溢れていないことのほうが、僕には驚きだよ。現時点でアメリカは、たしか先進国のなかで子どもの貧困が35位、識字率が36位、乳児死亡率が54位。それなのに、刑務所と収監人口では1位、学生ローンの負債でも、医療費の負債でも1位、そして世界中で戦争犯罪を行うために納税者の金を使うことでも1位だ。いったい何なんだよ? 今はもう、やるなら今しかないという瞬間なんだ。地球の生態系そのものが危機にさらされていて、何十億もの人々の健康と暮らしが瀬戸際にある。エド・シーランやトランスジェンダーのアスリートについて議論している場合じゃない。本当に立ち上がって、何かをしなきゃいけない瞬間なんだ。

―あなたとブルース・スプリングスティーンは、政治的な意見の違いについて話し合うことはありますか?

トム:大事なことについては、僕らは同じ方向を向いていると思うよ。それに「Power to the People」と同じで、僕はもっと小規模なライブでもずっと、できるだけ大きく開かれた場を作ることが大切だと思ってきた。わかる? 今回の判断基準はすごく単純なんだ。「アメリカのファシズムに賛成か、反対か?」。どちらかにチェックする。それだけ。反対のほうにチェックするなら、ステージは開かれている。

―約束どおり、選挙をめぐる話に戻ります。左派のなかには、「選挙なんて意味がない。投票する必要もない。どちらの側も同じだ」と考える人もいます。「レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンを聴いてきたからわかる。結局みんな同じだ。大事なのは権力構造そのものを壊すことで、誰に投票するかなんて関係ない。自分は投票しない」と言う人に、何と答えますか?

トム:一方では、反抗すること自体がある種のセルフケアでもあると思う。でも、その話にはもう答えたよね。メアリー・モレロが言っていたことは100%正しい。ファシストとは、ありとあらゆる方法で闘わなければならない。まず、この国で僕と同じ肌の色をした人間にも投票する権利を持たせるために、大きな犠牲を払ってきた人たちがいる。僕が心から尊敬している人たちだ。そのために命を落とした人も、リンチされた人も、背中を撃たれた人もいる。投票しないというのは、そうした人たちの記憶に対してとても失礼なことだと思う。

ただ、投票だけで権力のあり方が大きく変わるわけじゃない。それはない。本当にない。投票はするべきだ。でも、「よし、投票した。じゃあ翌日からまた動こう」ということなんだ。自分が本当に望む世界のために、妥協せず、謝ることもなく、もっと懸命に動く。その選挙で、どうにか飲み込んで票を入れた企業寄りの民主党候補に、すべてを委ねるんじゃない。最も困っている人たちを助け、最も責任のある人たちに責任を取らせるために、自分が「こうあり得る」と思う世界を作るのは、自分自身の仕事なんだ。

―左派の人たちは、カマラ・ハリスに投票するべきだったと思いますか?

トム:はっきり言えるのは、人は、自分が根本的に間違っていると信じていることを、良心に逆らってすることはできないということだ。僕はアラン・クランストン米上院議員のスケジュール担当秘書をしていた。企業寄りの民主党政治がどう作られていくのか、その舞台裏を見てきた。あなたが思っている以上にひどいよ。企業と金に支配された今の選挙制度に対して怒りを抱くのには、まっとうな理由がある。ガザで起きたことに責任があると考える候補者に、どうしても票を入れられない人がいる。それは理解できる。どうしてもできない人はいるんだ。僕はその人たちを責めるつもりはない。

でも、その責任を彼らに押しつけるのは、いちばん卑怯なやり方だと思う。責任を問うなら、クソみたいな民主党に問うべきだ。そもそも、世の中を変えることを民主党だけの責任だとは思っていないし、彼らがいつも正しいことをしてくれるとも思っていない。自分たちが望む世界を一緒に作っていくのは、僕たち全員の責任なんだ。「良心が許さなかったから投票できなかった」という人を指差して、「だからお前のせいだ」と責めることじゃない。僕はそんな考えには絶対に賛同しない。

―カマラには投票しました?

トム:もちろん、投票していない。

―していないんですか?

トム:してない。できなかった。

―それは知りませんでした。

トム:『Vフォー・ヴェンデッタ』にあるだろ。自分という人間の最後の1インチだけは、自分自身のものだ。そこまで彼らに奪わせることはできない。まあ、僕が住んでいる州では、僕の一票が結果を左右することはなかったかもしれない。でも、それでも僕にはできなかった。どうしてもね。

―最後に民主党の候補へ投票したのは、いつですか?

トム:最後に投票したのがいつだったか、思い出せないね。

―そうなんですね。少し考えが穏健になってきたのかと思っていました。

トム:最後に投票したのがいつだったか、思い出せない。

―では、これはブルース・スプリングスティーンとの意見の違いのひとつですね。

トム:彼は、自分の政治的な信念や個人的な判断に従って、正しいと思うことをしている。僕も同じだ。僕は彼の考えを尊重しているし、彼も僕の考え方を尊重してくれていると思う。

―比喩の話を続けると、「左派は派閥争いや分裂に陥りやすい」とよく言われますよね。それについてはどう思いますか?

トム:決まり文句なんかじゃない。実際、いつもそうなんだ。

―それで、「レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンを見てみろ。あのバンドこそ、その比喩そのものじゃないか」と言う人もいます。それについては?

トム:あのバンドの問題については、クリックベイトの材料を与えたくないから、ここで話すつもりはない。でも、左派にとって分裂は昔からずっと問題だった。だからこそ、僕がライブでやっていること、そして「Power to the People」でもやろうとしていることのひとつは、そのショー、その瞬間のなかで、自分が見たいと思う世界を少しだけ作ることなんだ。そこにひとつの連帯を生み出し、抵抗することを祝う。この音楽を愛し、ファシズムに反対するということで、今日ここに集まった人たちを受け入れる。それが僕にとって、前へ進むひとつの道に思えるんだ。

―ブラッド・ウィルクは、レイジはもう二度とライブをしないと言っています。同意しますか?

トム:レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンが最後にアルバムを作ったのは26年前だ。この15年間でやったライブは19公演。もしまた何か話すべきことが出てきたら、真っ先に君に電話するよ。

―とはいえ、数年前には実際にライブをしましたよね。

トム:この15年間で19公演だよ。ひとつ言っておくと、これを口にすることすら少しためらうんだ。ジャーナリズムがどういうものか知っているからね。僕らがほかのことを山ほど話しても、結局抜き出されるのは「トム・モレロ、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの現状を語る。『まだわからない』」みたいな見出しになる。それもジャーナリズムの一部なんだろうけど。本当に何も言えない。だから、この話はここまでにしておこう。もしレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンについて何かニュースがあるなら、4人全員から発表するよ。

「燃えずにいられる理由がどこにある?」

―ソロでライブをすることについて教えてください。あなたにとって、何が違いますか?

トム:このアルバムは、この4、5年にわたってやってきたライブから大きな影響を受けている。そこで僕は、自分のキャリア全体の楽曲を受け入れて演奏するようになった。今この時代に、人々がレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのリフを必要としていることを、僕はうれしく思うし、大切にしたい。それに僕自身、すべてのライブでクリス・コーネルの記憶を称え、オーディオスレイヴの曲を演奏する必要がある。The Nightwatchmanの曲やアコースティックの曲も、僕にとって心から大切な音楽だ。絶対に手放すつもりはない。そして今ほど、新しい強烈なリフを演奏することを楽しんでいる時期もない。今のライブは、そういうものなんだ。

この3年間で、素晴らしいバンド、Freedom Fighter Orchestraと一緒に、世界中でおそらく200万から300万人の前で演奏してきた。だから、その感覚を反映したレコードを作りたかったんだ。リフのヘヴィさ、自分たちの視点に嘘がないこと、そして一曲一曲、一つひとつの会場で、いつか実現してほしいと願っている世界の一端を、その場に作り出そうとすること。そういうものを反映した作品にしたかった。

―実話をもとにした「Date Night」の背景についても聞きたいです。

トム:ああ。僕は反人種差別主義者に向けて反人種差別の歌を作り、反ファシストに向けて反ファシズムの歌を作る。「Date Night」の場合は、反ナチの人たちに向けた反ナチの歌だ。「Date Night」は実話に基づいている。第二次世界大戦中、ナチ占領下のオランダで、ナチの将校たちを誘惑して森へ連れ出し、殺害した3人の10代の少女たちの実話だ。ハニー・シャフトは14歳でゲリラ活動を始めた。仲間の少女たちは戦争を生き延び、長生きした。ハニーは戦争末期にナチに捕らえられ、拷問を受け、殺害された。それでも最後まで仲間を売らなかった。僕は、そんな英雄たちを讃えて「Date Night」を書いたんだ。

信じられないことだけど、2026年には反ナチの歌を歌うことさえ物議を醸す。この曲にもかなりの反発があった。第二次世界大戦のナチは悪で、彼らに抵抗し、闘った人たちが正しかった──そんなことは、とっくに決着のついた話だと思っていたよ。それが2026年になって、また議論の対象になっているんだ。

―この話はずっと映画向きだと思っていました。でも、少なくとも曲にはなりましたね。

トム:ああ、そのとおり。僕もそう思っていた。ロサンゼルス中の映画スタジオや制作会社を回って、テレビドラマか映画にしてくれないかと説得して回ったんだ。でも誰も作ってくれなかった。だから自分で曲にした。

―今でもリフを書くときは、ナイロン弦のアコースティック・ギターを使うんですか?

トム:今はいろいろだよ。昔、レイジやオーディオスレイヴのリフをナイロン弦のギターで書いていたのは、ハリウッドのアパートで、ひらめくたびにマーシャルのアンプを爆音で鳴らすわけにはいかなかったからなんだ。今も家には曲を書くときに使うメインのギターがあって、今はスティール弦のアコースティックを使っている。実はウェイン・クレイマー(MC5のリードギタリスト)が使っていた古いギターで、今は僕の家にある。それで新しいリフを書くときは、彼の魂を呼び起こそうとしているよ。ローマンからリフを盗んでいないときはね。

―ナイロン弦からスティール弦になって、少しエレクトリックに近づきましたね。

トム:ああ、そうだね。でもナイロン弦でもスティール弦でも、アコースティック・ギターで弾きながら、そのリフがレディング・フェスティバルで、後ろにバンドの轟音を従えたらどう鳴るかを頭の中でイメージできるんだ。

―今はエレクトリック・ギターでリフを書くこともあるんですか?

トム:ああ、ときどきね。たとえばアルバムの冒頭を飾るインスト曲「Beth From Electronics」。あれは別の曲のギター・ソロを録っていたとき、エンジニアが機材を調整している間に、何となく最初から最後まで一気に弾いたんだ。完全に即興だった。それで「今の録ってた?」と聞いたら、「うん、録ってたよ」と言うから、「じゃあ、これでアルバムを始めよう」と。それはエレクトリック・ギターで書いたというだけじゃなく、作った瞬間をそのままワンテイクで録音した曲なんだ。

―これが一番揉めない質問なのか、それとも一番揉める質問なのかわかりませんが。今は多くの人が実機のアンプを使わず、デジタル・エミュレーションに移っています。しかも、かなりいい音がしますよね。それについてはどう思いますか?

トム:わかるよ。まず、僕はかなり習慣に縛られるタイプなんだ。ギターをワイヤレスで使ったことすらない。別に音の純粋さにこだわっているわけじゃないよ。92年に十分いい音がしていたし、2026年の今も十分いい音がしている。ただ、最近の何公演かでステージ上のアンプが壊れることがあって、長年一緒にやっているギター・テックから、「せめて予備として、確実に使えるものを用意しておいたらどうか」と提案された。僕は断ったけどね。

―そこはかなり信念が強いんですね。

トム:ものすごくね。まさにそう。僕がいちばん頑なに守っているのは、ワイヤレスは使わないし、そういうデジタル機材も使わない、ということだ。

―最近、未発表のオーディオスレイヴ曲がたくさんあると言っていました。いつか聴けるのでしょうか?

トム:聴けない理由は何もないよ。実現を止めている人もいないし、逆に実現に向けて動いている人もいない。ただ、曲自体は確かに存在している。僕自身ファンとして、いつか聴けたらいいなと思っているよ。

―レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの存在感があまりにも大きいせいもあると思うのですが、オーディオスレイヴは、あれほど大きなバンドだったにもかかわらず、少し過小評価されている気がします。素晴らしいバンドですよね。

トム:ああ。「素晴らしいバンド」という点については、これ以上ないくらい同感だよ。さっきも言ったように、2001年にレイジがなくなったことで開いた、たくさんの美しい窓のひとつだった。僕はもともとクリス・コーネルの大ファンだったし、今も大ファンだ。その彼と友達になって、6年間同じバンドをやれた。彼と、そしてオーディオスレイヴのみんなとあの曲たちを作れたことは、間違いなく僕のキャリアのハイライトのひとつだ。

―バンド名については、あまり理想的ではなかったと思いますか? もっといい名前があったかもしれない、と。

トム:いや、理想的なバンド名なんてないよ。そんなものは存在しない。これについてははっきり言える。バンド名なんて基本的にはどうでもいいんだ。ただし、あまりにも人を遠ざける名前をつけてしまって、音楽そのものを楽しむところまでたどり着けなくなるようなら話は別だけどね。バットホール・サーファーズとか(笑)。まあ、あれは多少彼らの足を引っ張ったかもしれない。わかるだろ? 少しくらいはね。

でも、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンも本当に初期の頃は、バンドの4人中3人にも、友人たちにも、新聞にも不評な名前だった。LA Weeklyなんて、まともに名前を書けたことがなかったんじゃないかな。何て呼ばれてたっけ? 「Rage and If the Machine」みたいな感じだったと思う。でも最終的にはうまくいった。少なくとも、バットホール・サーファーズみたいにはならなかったからね。

―当時、Audioslaveという名前は、いろいろ話し合った末に妥協して決まったような印象がありました。

トム:(笑)。実際には、『Audioslave』のアルバムを全部録り終えたあと、発売前に一度バンドが解散したんだ。そのあと、もう一度やり直そうということになって、「本当にバンドとして続けるのか? だったら名前が必要だ」ってなった。リック・ルービンがかなり力を貸してくれて、話を前に進めてくれた。Audioslaveという名前はクリスのアイデアだったんだ。

―バンドのフロントに立つとき、誰をお手本にしていますか?

トム:間違いなくブルースは、いくつかの点ですごく共感できる存在だね。ひとつは、自分も含めて、誰一人として一滴の汗も出し惜しまないこと。二つ目は、毎回「今日のライブを最高のライブにする」と決めていて、翌日にはそれをさらに超えようとすること。三つ目は、観客がブルース・スプリングスティーンのライブやトム・モレロのライブをどれだけ楽しみにしていたとしても、その場にいる誰よりも本人が一番ワクワクしていること。僕のライブでも、あの会場で僕以上にそこにいることを楽しみにしている人間はいないよ。

―今、本当に燃えていますね。

トム:(笑)。むしろ、燃えずにいられる理由がどこにある?

―レイジが始まった頃、つまりクリントン政権時代と比べると、いろいろな意味で状況はかなり悪化したとも言えます。そんななかで、どうやって絶望せずにいられるのでしょう?

トム:僕はあまりそういうふうには考えないんだ。歴史を学べばわかる。過去にも大きな不平等があり、大きな困難があり、権威主義やファシズムがあった。そして、そのたびに人々は立ち上がってきた。僕はそういう人間なんだ。「今も良くなっていないから絶望する」という発想にはならない。それより、「それでも僕らが何かをしてきてよかった。もし誰も立ち上がってこなかったら、いったいどれほどひどいことになっていたんだろう」と考える。

ここで言う「僕ら」は、僕自身や僕のバンドだけのことじゃない。それぞれの時代に立ち上がってきた人たちのことだ。僕自身、ほかの人たちがやっていることから常に刺激を受けている。それに、革命がどう起こるべきかを62歳のミュージシャンが指図するのが役目だとも思っていない。世界を変えるアイデアを生み出すのは若い世代だ。あるいは、世界が奈落へ落ちていくのを許すのも彼らかもしれない。僕は、そのためのサウンドトラックを提供しに来ているんだ。

―今の状況にもあまりひるんでいないように見えるのは、トランプのような存在が出てくることを、ほかの人たちより早く予見していたからなのでしょうか。

トム:いろいろな意味で、僕自身もいくつかのことには驚かされたよ。でも、自分にコントロールできることと、できないことがある。自分が何を考え、何をするかはコントロールできる。その一方で世界ではいろいろなことが起きる。そして、それにどう応えるかを決めるんだ。

もちろん僕はランディ・ローズが大好きだし、ザ・クラッシュも大好きだ。でも、僕が本当に影響を受けたのはブラックパンサー党や、ウェザー・アンダーグラウンド(ベトナム戦争などに反対し、1970年代に爆破闘争を行ったアメリカの急進左派組織)だった。世界に関わり、世界を変え、闘うことができるという発想だよ。僕はギタリストになったことに祝福されてもいるし、呪われてもいる。自分で選んだわけじゃない。ギターのほうが僕を選んだんだ。だから、もう逃げられない。

あとは、自分の信念を自分の仕事にどう織り込んでいくか。それをこの35年間ずっとやってきた。もっと直接、歴史の舵を握ることのできる道を選んでいたら、より大きな影響を与えられたのかもしれない。でも、僕に配られたカードはこれなんだ。これが自分に一番得意なことであり、一番好きなことでもある。そして、誰にも僕を止められない。

―ウェザー・アンダーグラウンドの行動についても聞きたいです。彼らが行ったことを、どこまで支持しているのでしょう?

トム:まず、バーナディーン・ドーンとビル・エアーズは、僕の子どもたちにとって妖精の名付け親みたいな存在なんだ。地球上でも最高に善良な人たちだよ。それにザイド・ドーンと僕は、ミュージカル『Revolutions』を一緒に書いたし、曲「Revolutions」も一緒に書いた。

―でも、彼ら自身、過去の行動の一部については否定していますよね?

トム:ああ、そうだね。でも民主党政権や共和党政権と違って、彼らは何百万人ものベトナム人を殺してはいない。それこそが、彼らが怒り、立ち上がって闘った理由だった。そして彼らは白人でありながら、白人至上主義に真正面から立ち向かった。ジョン・ブラウン以来、あれほどの形で立ち上がった白人は、おそらくほかにいなかったんじゃないか。それは称賛に値することだと思う。

From Rolling Stone US.