
マックルモアがステージ上で「Free Palestine」と訴えたことをきっかけに、エド・シーラン(Ed Sheeran)の「LOOP Tour」から外され、さらにフィニアスら残るオープニングアクトも相次いで離脱。シーラン本人にも批判が向けられるなか、声明と余波が続いた1週間を経て、9月19日にフィラデルフィアで騒動後初の公演が行われた。抗議やボイコットの動きも広がるなか、会場には大きな注目が集まった。
Photographs by HANNAH BEIER
世界中の視線が集まった一夜
9月19日(土)の夜、フィラデルフィア。午後8時15分になろうとしているが、リンカーン・フィナンシャル・フィールドにいる誰も、このあと何が起きるのかわからずにいた。エド・シーランは今にもステージに立つはずだが、本人の姿はまだ見えない。
高くせり上がった円形ステージの中央では、スタッフが1本だけ置かれたマイクスタンドを調整している。背後の鮮やかなピンク色のLEDスクリーンには「LOOP Tour」の文字。ファンは自分の席を探し、あるいは隣同士で言葉を交わす。「彼、どこにいるの?」と女性が尋ねる。「やっぱり、いつもより空いてる感じがする」と別の女性。「あっちなんて、誰もいない区画が丸ごとある」と、深い緑色の空席を指さす人もいる。開演直前になってもスタジアム内の複数エリアではTicketmasterでチケットが販売されており、フロア席は90ドルほどまで値下がりしていた。
やがてLEDスクリーンが暗転すると、誰もが周囲の空席のことなど忘れてしまう。エドが現れた。そして、何かを話そうとしている。「今夜、何曲か演奏する前に、この1週間について少し話してもいいかな」。35歳のスーパースターはそう切り出した。テレプロンプターを読み上げるその姿からは、緊張がありありと伝わってくる。
スタジアムにいる数万人の観客も、ネット上の人々も、この瞬間を待っていた。イスラエルとガザをめぐる戦争、表現の自由、億万長者が持つ権力──現代社会でもとりわけ激しく意見がぶつかる問題をめぐる騒動の渦中に置かれて以降、初めてのコンサートで、シーランはいったい何を語るのか。
エド・シーランの公演を前に、リンカーン・フィナンシャル・フィールド付近で抗議する親パレスチナの参加者
9月14日(月)、ツアーのオープニングアクトを務めていたマックルモアが残りのスタジアム公演から外されたことが明らかになると、彼を擁護しなかったとしてシーランにも批判が向けられた。マックルモアは9月4日のMetLife Stadium公演で、ガザとヨルダン川西岸のパレスチナ人への支持を表明し、「Free Palestine」と呼びかけていた。その後、ロバート・クラフトが所有するGillette Stadiumを含む複数の会場が、そうした発言を理由にマックルモアの出演を認めないとプロモーターのMessina Touring Groupに伝えたとされ、彼はツアーの残りの日程から外された。
当時シーランは、「全員にとって納得できる解決策を見つけようとしたが、会場とプロモーターの決定が最終的なものだった」と説明していた。翌9月15日(火)の午後までには、残るオープニングアクトだったフィニアス、ルーカス・グラハム、アーロン・ロウも全員ツアーから離脱。セットの一部でシーランのバックバンドを務めていたベオガも降板した。
マックルモアの降板が決まった時点で、「LOOP Tour」はすでにかなりの公演数を重ねていた。ツアーは2026年1月16日、ニュージーランド・オークランドで開幕している。だが今回の騒動を受け、世界の視線は次の開催地フィラデルフィアに集中した。シーランは公演中止に追い込まれるのか。オープニングアクトなしで、どうステージを成立させるのか。抗議活動は起きるのか。会場へ行っても安全なのか。そもそも客は来るのか──ネット上でシーランに向けられていた激しい反発が、そのまま実際の客足にも表れるのなら、なおさらだった。
「行く」「行かない」それぞれの選択
ダン・シャピロさんのように、チケットを持っていながら行くべきか迷ったファンもいた。2人の子を持つ父親であるシャピロさんは、家族で出かけるつもりで2025年9月にチケットを購入していた。「うちは家族みんな、音楽の好みが全然違うんです」と、9月19日(土)の朝に彼は話した。「でもエド・シーランなら、みんなそれなりに好きなんですよ」
ところがマックルモアの降板をめぐる騒動が起き、家族全員が行きたいとは思わなくなった。「家では、一人が『パパ、それでも本当に行きたい』と言っていて、もう一人は『パパ、私は本当に行きたくない』と言っているんです」。シーランの大ファンである14歳の息子は、今も「Castle on the Hill」を生で聴くことを楽しみにしていた。一方、11歳の娘は違った。「安全だと思えないみたいなんです。抗議活動もあるだろうし、何か騒ぎも起きるだろうって。正直、僕自身も完全に安全だとは思えていません」とシャピロさんは言う。自分一人で決めるなら、家にいただろう。だが彼と妻は役割を分担することにした。妻は娘と家に残り、彼は息子を連れて、客入りはそれほど多くないだろうと予想していた会場へ向かった。
シャピロさんは幸い、使わなかった2枚分についてTicketmasterから返金を受けることができた。「もう、その分は損するしかないと思っていました」と彼は話す。コンサートチケットに関する動画を投稿しているTikTokユーザーでもあるシャピロさんは、ネット上で返金を受けられたという人たちの投稿を目にし、自分もTicketmasterに申請してみたという。「特に抵抗されることもありませんでした」
別の来場者ブリジット・ゴーズさんも、Ticketmasterに電話して返金を受けることができた。ただし彼女の場合、2025年のクリスマスに恋人からプレゼントされた席よりも良いフロア席を、彼が支払った金額より安く買い直したかっただけだった。「少なくとも、使ったお金が少なくなったことには少しホッとしました」とゴーズさんは言う。「でも大きな意味で言えば、それで誰かの命を救えるわけではありません」。そしてこう続けた。「私はイエスを信じています。いま中東で起きていることを見たら、彼はきっととても悲しむと思う。戦争や爆撃、飢餓を支持することはないでしょう」
キリスト教徒であることに誇りを持ち、マックルモアのファンでもある彼女は、彼がツアーから外されたと知ったとき、葛藤したという。「要するに、『自分が口にしていることを、本当に行動に移すのか?』ということですよね」。結局、公演をボイコットするのではなく、現場で実際に何が起きているのかを伝えるため、TikTokのフォロワーに会場からリアルタイムで発信すればいいと考えた。「ネットでこれだけ怒りの声が上がっていても、結局は口だけなんだということを確かめたくて来たんです」とゴーズさんは言う。「みんながここまで真剣に考え、強い思いを持っていること自体は素晴らしい。でもコンサートは実際に開催されたし、ここには今もものすごく大勢の人がいます」
抗議する人、音楽を求める人
シーランがステージに立つ数時間前、会場があるスポーツ施設群のすぐ外、SEPTAのNRG駅には、少人数の親パレスチナの抗議者たちが集まっていた。大きなパレスチナ国旗を振り、「Free Palestine」と書かれたプラカードを掲げ、戦争への米政府の関与を批判していた。
数十人ほどの参加者はクーフィーヤを身につけ、〈お前らのコンサートなんてクソくらえ、予定なんてクソくらえ、俺たちが求めるのはパレスチナだ(Fuck your concert, fuck your plans, Palestine is our demand)〉と声を上げた。Writers Against the War on Gaza(WAWOG)など、フィラデルフィアを拠点とする複数の団体による連合が主催したこの抗議では、参加者の関心がシーランのコンサートだけに向けられていたわけではない。「そもそも彼のことだけが問題なんじゃない」と、抗議に参加したショーナ・ライボルドさんは語る。「パレスチナの人たちに、私たちはあなたたちと共にいると知ってほしい。それだけです」

ショーナ・ライボルドさん
一方で、マックルモアが外されるまでは実際にコンサートへ行く予定だったという抗議者もいた。「本当は、マックルモアを見るほうを楽しみにしていたんです」とジョージ・マルティネスさんは、同じく抗議に参加した友人エミリーさんについて触れながら語った。「もう行く気にはなれませんでした。私たちは『Free Palestine』を強く支持しているので、声を上げられない人たちのためにも、ここへ来て自分たちの声を届けたかったんです」
「残念ながら250ドルは戻ってこないけど、少なくとも、この状況に対して何かはできます」とエミリーさんは話す。友人にチケット代を支払っており、返金を求めるつもりはないという。「あの席は空席のままになります」
大きなパレスチナ国旗をマントのように首からかけていたブラウン大学の学生ブランドン・アテケさんも、公演に行かないと決め、自分の席を空席のままにするつもりだった。「みんな彼の音楽をバカにするけど、昔は僕も本当に好きだったんです」と、シーランについて語る。だが今では、政治的立場を示さないシーランの姿勢を批判している。「人が死んでいるのに、誰からも愛される人間でいようとすることなんてできない。その人たちは、もうあなたを愛することすらできないんだから」。さらに18歳のアテケさんは、「ジェノサイドに加担している人物を支持する」ことは自分にとって「決定的に受け入れられない」と述べた(複数の人道支援団体と国連の調査委員会は、イスラエルによるガザでの行為がジェノサイドに当たるとの見解を示している。一方、イスラエルおよび米国を含むその同盟国はこれを否定している)。

ブランドン・アテケさん
Kosha Dillz名義でラップするイスラエル系米国人のラミ・イーブン=エシュは、フィラデルフィアで行われているイスラエル系レストランへのボイコットなど、抗議者たちが支持する運動について話を聞こうと現場を訪れていた。「『イスラエル人とは話さない』と言われました」とイーブン=エシュは話す。自身もパフォーマーであるだけに、この公演をめぐる状況には思うところがあり、ニューヨークから車でやって来たという。「マックルモアにはイスラエル人アーティストの知り合いもいるのに、僕たちには一度も連絡を取ろうとしなかった」と話し、「僕自身、イスラエル系米国人アーティストだというだけで”キャンセル”される、この世界のある意味では被害者でもあります」と付け加えた。
抗議が終わると、イーブン=エシュは会場のゲート前でフリースタイルを披露した。「ここでイスラエル国旗を振っているわけじゃない」と彼は言う。「人を楽しませ、つながるために来ているんです」
実際、シーランの公演へ向かう途中だったフォレスト・パーディさんと2人の娘がこのラッパーに出くわし、スマートフォンでパフォーマンスを撮影し始めると、まさにそんな交流が生まれた。「ストリートパフォーマーが大好きなんです」とパーディさんは言う。「全部その場で即興でやっているわけだから、頭を使うパフォーマンスですよね」
元米海兵隊員のパーディさんは、この公演を取り巻く政治的状況についてもはっきりした意見を持っていた。「マックルモア自身、この問題の専門家ではないと言っている。それなら、専門家でもない問題についてステージに立って話すべきじゃない」とパーディさんは言う。同じように、マックルモアが発言した9月4日の公演以降に起きたすべてのことについて、シーランが説明する必要もないと考えていた。「彼はただ音楽をやればいい」とパーディさん。「これまでほかの政治問題について発言してきたからといって、この件についてまで意見を述べなければならないわけじゃない」

エド・シーランのフィラデルフィア公演を前に、リンカーン・フィナンシャル・フィールド付近で抗議する親パレスチナの参加者
葛藤、涙と希望
I-95の向こうに日が沈む頃には、張りつめた空気はすっかり消えていた。会場の外は、いつもの公演と変わらない光景だった。駐車場のあちこちではテールゲート・パーティーが開かれ、売り子たちがPhilly Pretzel Factoryのプレッツェルや非公式グッズを売っていた。

エド・シーランのフィラデルフィア公演を前に、リンカーン・フィナンシャル・フィールドへ向かう人々
大半の来場者は、この公演を取り巻く政治的背景について話したがらず、とにかく会場へ入ることだけを考えていた。「あまりにも複雑な問題だから」と、通りすがりの一人は記者に語った。そうした状況に、楽しみな気持ちを削がれていない人もいた。
「ただ楽しい夜を過ごしに来ただけです」とジェス・ガリーさんは言う。「こういうこと、普段は全然しないんです」。そう言って彼女が指したのは、会場外の駐車場で一緒にテールゲートをしていた友人ローレン・ターピノさん。2人はそれぞれ娘を連れており、どちらの娘にとっても人生初のコンサートだった。だからこそ、この体験を思い切り楽しもうとしていた。「LOOP Tour」のTシャツを着て、この日のためにフレンドシップ・ブレスレットも作った。「私たちが本当にここへ来た理由は、音楽です」とガリーさんは付け加えた。
”Linc”の中にはChickies & Petesの名物Crabfriesの香りが漂い、ビールが注がれ、ラインストーンを使ったアイメイクも仕上がっていた。誰もが公演の始まりを待っていた。

ローレン・ターピノさんにフレンドシップ・ブレスレットをつけるジェス・ガリーさん

スタジアム近くで、父親に付き添われながら写真撮影のポーズをとる2人の少女
シーランがステージに姿を現した瞬間、スタジアムのファンから甲高い歓声と叫び声が上がった。「今夜、僕と一緒にここにいてくれてありがとう」と、声を詰まらせながらシーランは言う。「Castle on the Hill」を熱唱した時点で、ここにいる観客の多くが筋金入りのファンか、あるいは純粋に楽しい時間を過ごしたいだけなのは明らかだった。その熱気に後押しされ、オープニング曲を終えたシーランは少しずつ肩の力を抜いていく。「今夜、自分がここにいられるのかどうかもわからなかった」と打ち明けた。さらに何かを言おうと口を開いたものの、首を振る。「今夜は楽しむための夜だ。みんなと一緒にいられて本当にうれしい。言わなきゃいけないことは、もう言ったから」──そう言ったそばから、その言葉はあっさり覆ることになる。
観客が実際には自分に物を投げつけようとしているわけではないとわかると、シーランは曲間でほとんど話すのをやめられなくなった。途中ではステージにあぐらをかいて座り、そのまま話し続けた。「今夜どうなるのか、本当にわからなかった」と彼は打ち明ける。「自分が安全なのか、みんなが安全なのかもわからなかった……でも、みんなから本当にたくさんの愛を感じた。心から感謝しています」。そう語るシーランの目には涙が浮かんでいた。ポップヒットを畳みかけるアンコールに入る前、彼は力強い言葉でこの夜を締めくくった。「今、世界は怖い場所になっている。アメリカも怖い場所になっている」。涙を流しながら、そう言った。「でも、こういう瞬間が希望をくれる」
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エド・シーランが涙を浮かべ、支えてくれたファンに感謝。「僕はこれからもステージに立ち続ける」マックルモア降板をめぐる騒動のさなか迎えた初公演にて。#EdSheeran
▼エド・シーランが沈黙破る「もう自分の気持ちを隠してはいられない」
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