
ベックが、7年ぶりとなるニュー・アルバム『Ride Lonesome』を9月18日にリリースした。『Mutations』『Sea Change』『Morning Phase』を共に作り上げたメンバーが再集結し、スモーキー・ホーメル、ジョーイ・ワロンカー、ジャスティン・メルダル=ジョンセン、ロジャー・ジョセフ・マニング・ジュニア、ジェイソン・フォークナーらが参加。壮麗な寂寥をたたえたフォークへと回帰した。
ベックにとって7年ぶりとなるアルバムは、2002年の『Sea Change』や2014年の『Morning Phase』といったキャリア屈指の傑作を思わせる、陰影に富んだフォークロックへの見事な回帰作だ。アルバム冒頭を飾るタイトル曲「Ride Lonesome」が悠然と流れていくなか、彼は〈涙が川になるほど泣かなきゃならない(Youve got to cry a river)〉と歌う。ここでは、その涙の川が、まろやかな黄金色の海へと注ぎ込んでいく。壊れそうなアコースティックの旋律、荒涼とした歌詞、そして抑制の効いた繊細なスタジオ・アレンジ。『Ride Lonesome』は、ニック・ドレイクの呟くようなフォークの傑作『Bryter Layter』を、失恋に沈むローレル・キャニオンのソフトロック詩人が作ったかのような作品だ。ベックが冗談めいたポストモダン的アイロニーと結びつけて語られていた時代から、すでにずいぶん長い時間が経った。それでも、実存的な憂鬱を癒やすための処方箋として、これほどまでに美しいメロディを徹底して鳴らす彼は、これまでにもそう多くなかった。
「Run Away」では、〈荒廃の日には/もう何も言うことは残っていない(theres nothing left to say/On desolation day)〉と歌い、歌詞に漂う陰鬱な放浪への衝動を、甘く上昇していくカリフォルニア風フォークロックで明るく照らし出す。「In The Night」は、まさにニック・ドレイク直系の極み。脆く繊細なアコースティックの旋律に、月影のようなストリングスが寄り添い、闇が嘘を葬り去ること、そして教師や聖人たちが墓場まで付き添ってくれることを歌う。「Failed Words」は、70年代のAMラジオから流れてきた古いピアノ・バラードの遠い記憶のように響く。「Bleed」での彼は、70年代の悲嘆に暮れるニール・ヤングさながらに打ちひしがれ、〈秘跡も、神聖視されてきたものも全部/今なら、もうお前たちなしで生きていける(the sacraments, all you sacred cows/I can live without you now)〉と歌う。多重録音された彼の声は、取り乱した天使たちの合唱のように曲のなかを反響していく。
「Run Away」ミュージックビデオに浅野忠信が出演
『Ride Lonesome』は、輪郭が溶け、霞み、まだらな光を帯び、ほとんどあり得ないほど美しい。聴いていると、羊水のなかを漂っているような感覚さえ覚える。だが、決して曖昧にも眠たくもならない。一曲一曲が、それぞれ鮮明な輪郭を持っている。「Falling Through My Hands」は、彼がこれまで書いてきた、報われないものをめぐるバラードのなかでも屈指の一曲だ。消えゆく愛を歌ったそのメロディには、レディオヘッドの「No Surprises」をわずかに思わせるところがあり、胸を打つ木管楽器の伴奏、心を癒やすビーチ・ボーイズ風のハーモニー、そして仕上げのひと筆のように添えられたハーモニカ・ソロが彩りを加える。「If You Dont Know What Love Is」は、グラム・パーソンズ版「Wild Horses」の面影を、恐怖と闇のただなかでも心の火を絶やさずにいることへの賛歌へと変容させる。そしてアルバムの最後を飾るのは、別れのあとに捧げる胸が張り裂けるような祝祷「Beyond The Light」。これ以上ないほど孤独に旅を続けながら、ベックは今なお絶頂にいる。
”1994年の俺は高校生で、野球に打ち込んで広がる将来の可能性の狭さに薄々勘付きながらも、知らぬふりをして白球を追いかけていた。地球温暖化などという言葉が世に流通する以前だったが、それでも夏のグラウンドはクソ暑く、ほとんど傍観者みたいな精神で最後の大会は終了して、涙ひとつ流さずに学業という荒野に放り出された。通知表は真っ赤で、延焼中の焼け野原のようだった。
暗澹たる青春がきっちりと焼け落ちたことは、いくつかの大学の合格発表が教えてくれた。このまま生まれ育った町に居たのでは、どんどん自分が萎んでいくような気がして、新聞奨学生に申し込んで東京へ出た。風呂もトイレもなく、畳の真ん中が抜けそうなアパートの2階で、もうダメかもしれないという気持ちを救ってくれたのが音楽だった。年上の友達が貸してくれた3枚のアルバム。そのうちの1枚がベックの『メロウ・ゴールド』だった。
──後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)によるライナーノーツより冒頭部分を抜粋
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ベック
『Ride Lonesome』
発売中
日本盤:3,300円(税込)
ライナーノーツ:後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)
歌詞・対訳付
日本独自紙ジャケット仕様
再生・購入:https://umj.lnk.to/B_RL