
米フロリダ出身のポップ・パンク・バンド、ニュー・ファウンド・グローリー(NEW FOUND GLORY)の結成メンバーであり、リードギタリストのチャド・ギルバートが死去した。45歳だった。ニュー・ファウンド・グローリーは日本でも人気を集めたポップ・パンク・バンドで、2003年、2008年、2017年に「SUMMER SONIC」に出演するなど、来日公演も重ねてきた。
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バンド側が、現地時間9月20日(日)にSNSでギルバートの死を発表した。ギルバートが悪性脳腫瘍で闘病中であることを明かしてから、6カ月後のことだった。2021年にも、がんとの闘いを経験していた。
「9月20日の朝、チャド・エヴェレット・ギルバートは眠りの中で安らかに息を引き取りました」とバンドは綴った。「友人や家族に囲まれ、本人が望んでいたとおり、妻と母親に寄り添われながら最期の時を迎えました」
メンバーはこう続けた。「あまりにも早い別れに、僕たちは打ちのめされ、ショックを受けています。それでも、彼が穏やかに、安らかに旅立てたことには、心から感謝しています。知らせを受けてすぐに、病院のロビーを埋め尽くすほど多くの人が駆けつけてくれたことが、チャドがどれほど愛され、大切にされてきたかを物語っています。その思いは、これからも変わりません。彼は伝説的なミュージシャンでしたが、何よりも誇りにしていたのは、夫となり、父親となったことでした。彼のいちばん大きな夢はかなったのです」
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「チャドのギタープレイ、ソングライティング、ユーモア、そして飽くなき意欲は、30年近くにわたってニュー・ファウンド・グローリーを形づくってきました」と、メンバーは20日の投稿に記した。
「12枚を超えるアルバム、世界各地を巡る数え切れないほどのツアー、想像もしなかったほど多くの称賛。そのすべてを通じて、チャドは僕たち一人ひとりに、ミュージシャンとして、パフォーマーとして、そして人間として成長するよう働きかけてくれました。彼を失った悲しみは計り知れません。それでも、彼が生きた素晴らしい人生、共に刻んだ思い出、そして兄弟のように結ばれた絆に、心から感謝しています。彼の影響は、これからもずっとニュー・ファウンド・グローリーの一部であり続けます。僕たちが立つすべてのステージに、奏でる一音一音に、彼の魂は息づき続けるでしょう」
ギルバートはニュー・ファウンド・グローリーの一員として、2000年代初頭のポップ・パンク・シーンを支えた。フォール・アウト・ボーイ(Fall Out Boy)のアルバム『From Under the Cork Tree』収録曲にゲスト・ボーカルとして参加し、同バンドの2007年の楽曲「The Take Over, The Breaks Over」ではギターリフを提供した。パラモア(PARAMORE)のボーカリスト、ヘイリー・ウィリアムスとは、別れと復縁を繰り返しながら長年交際。2016年2月に結婚したが、2017年後半に離婚している。
訃報を受け、ブリンク182(blink-182)のマーク・ホッパスも追悼の言葉を寄せた。「出会う人みんなにとって、チャドは最高の友人だった。どこにいても、誰よりも前向きで、クリエイティブなエネルギーにあふれていた」。2021年にリンパ腫と診断され、自身も闘病を経験したホッパスは、ギルバートが病に向き合う姿をこう振り返った。「この数年間、彼は明るさを失わず、勇敢な戦士のように病と闘い続けた」。そして、「君が想像する以上に多くの人が、君との別れを惜しむだろう。向こうでまた会おう」と綴った。
今年の「Vans Warped Tour 2026」ワシントンD.C.公演では、ニュー・ファウンド・グローリーのメンバーがステージの途中で「チャドに大きな拍手を!」と観客に呼びかけ、がんと闘う仲間にエールを送っていた。このときギルバートは、3つの腫瘍が脳を圧迫した影響で左半身の感覚を失い、ステージに立てない状態だった。
ギルバートは4月、Rolling Stoneのインタビューで過酷な闘病生活について語っていた。「まだ闘い続けられるし、ここから回復して、もっと強くなれる。そう思えたのがうれしかった」。妻のリサ・チモレリとともに、効果が期待される免疫療法を取り入れ、がんが脳に広がるのを防ぐという治療方針も明かしていた。
闘病のさなかも、ギルバートは前を向き続けた。「僕だって泣くことはあるよ。誰だって、気持ちを吐き出さなきゃいけないときはあるからね」と彼は語った。「でも、それをポジティブなものに変えていけるのがいいと思うんだ……。人を勇気づけて、僕らのライブに来て、笑って、楽しい時間を過ごしたいと思う人たちの輪を広げていく。それがずっと、僕の目指してきたことなんだ」
ギルバートはニュー・ファウンド・グローリーの一員として、2000年代初頭のポップ・パンク・シーンを支えた。フォール・アウト・ボーイのアルバム『From Under the Cork Tree』収録曲にゲスト・ボーカルとして参加し、同バンドの2007年の楽曲「The Take Over, The Breaks Over」ではギターリフを提供した。パラモアのボーカリスト、ヘイリー・ウィリアムスとは、別れと復縁を繰り返しながら長年交際。2016年2月に結婚したが、2017年後半に離婚している。
訃報を受け、ブリンク182のマーク・ホッパスも追悼の言葉を寄せた。「出会う人みんなにとって、チャドは最高の友人だった。どこにいても、誰よりも前向きで、クリエイティブなエネルギーにあふれていた」。2021年にリンパ腫と診断され、自身も闘病を経験したホッパスは、ギルバートが病に向き合う姿をこう振り返った。「この数年間、彼は明るさを失わず、勇敢な戦士のように病と闘い続けた」。そして、「君が想像する以上に多くの人が、君との別れを惜しむだろう。向こうでまた会おう」と綴った。
今年の「Vans Warped Tour 2026」ワシントンD.C.公演では、ニュー・ファウンド・グローリーのメンバーがステージの途中で「チャドに大きな拍手を!」と観客に呼びかけ、がんと闘う仲間にエールを送っていた。このときギルバートは、3つの腫瘍が脳を圧迫した影響で左半身の感覚を失い、ステージに立てない状態だった。
ギルバートは4月、Rolling Stoneのインタビューで過酷な闘病生活について語っていた。「まだ闘い続けられるし、ここから回復して、もっと強くなれる。そう思えたのがうれしかった」。妻のリサ・チモレリとともに、効果が期待される免疫療法を取り入れ、がんが脳に広がるのを防ぐという治療方針も明かしていた。
闘病のさなかも、ギルバートは前を向き続けた。「僕だって泣くことはあるよ。誰だって、気持ちを吐き出さなきゃいけないときはあるからね」と彼は語った。「でも、それをポジティブなものに変えていけるのがいいと思うんだ……。人を勇気づけて、僕らのライブに来て、笑って、楽しい時間を過ごしたいと思う人たちの輪を広げていく。それがずっと、僕の目指してきたことなんだ」