
ニューヨークを拠点に活動するネイト・エイモスは、ウォーター・フロム・ユア・アイズのメンバーであり、2012年からソロ・プロジェクトのThis Is Lorelei(ディス・イズ・ローレライ)として膨大な楽曲を発表してきた。今年9月には〈Matador〉移籍第1弾となるニューアルバム『The Singer in My Band』をリリース。MJレンダーマンやキャメロン・ウィンターらに曲をカバーされる存在となった今、自らが「ソングライター」として見られるようになった新たな立ち位置を、本人はどう受け止めているのか。
最新作『The Singer in My Band』の制作を方向づけた最初の2曲のひとつ「Oh No Now My」。後悔と警戒心を滲ませながら、飾りを削ぎ落としたギターロックへと踏み込んでいる
会話のなかでネイト・エイモスが初めて自分を「ソングライター」と呼ぶとき、彼は指で引用符を作る。「いまや僕も、カギ括弧つきの”ソングライター”になったわけだけど……」と、最近のインタビューでエイモスは何気なく口にした。ここ数年でも特に高く評価されているソングライターのひとり──この18カ月だけでも、ワクサハッチー、キャメロン・ウィンター、ヘイリー・ウィリアムス、ジェフ・トゥイーディ、MJレンダーマンに自作曲をカバーされている人物──が、なぜわざわざそんな引用符を必要とするのだろう?
「僕はずっと、自分のことをソングライターというより、作曲やプロダクション、コンセプチュアル・アートの人間だと考えていた」と、This Is Lorelei名義で活動するエイモスは言う。「ウサギの穴をどこまでも掘り進んでは底にぶつかる、みたいなことをずっと繰り返していて、ある時点で、その反動で一気に、可能な限り削ぎ落としたソングライティングまで戻ることこそ、創作的にいちばん攻めたことなんじゃないかと思ったんだ。あえて”ソングライター”になること自体が、ほとんどコンセプチュアルな実験だった。だから引用符をつけるのは、シンガーソングライターという役になりきってアルバムを作ったら、みんなから『シンガーソングライターのネイト・エイモス』と呼ばれるようになるなんて思っていなかったからだろうね。慣れるまで少し時間がかかったよ」
エイモスが言っているのは、2024年のリリースから2年を経て、思いがけない成功作となったアルバム『Box for Buddy, Box for Star』のことだ。それ以前の何年ものあいだ、ボーカリストのレイチェル・ブラウンと組むアートロック・バンド、ウォーター・フロム・ユア・アイズでも活動するエイモスにとって、This Is Loreleiはあくまで趣味のようなサイドプロジェクトであり、本人の言葉を借りれば「安全で秘密の世界」だった。そこで彼は、そのとき作っていた風変わりなポップソングを何でも放り込み、ごくわずかなリスナーに向けてネット上に公開していた。いま彼は、その情熱から始めたプロジェクトが、急速に軌道に乗りつつある本格的なキャリアへと変わっていくことの意味を理解しようとしている。
彼がこの9月にリリースした、ストレートに明るいルーツ志向のアルバム『The Singer in My Band』は、その未来がどんな姿になるのかを示す最初の例だ。これまで多くのThis Is Lorelei作品を特徴づけてきた、サンプリングによるバッキングトラックやデジタル加工されたボーカルを一切排したこのアルバムを、エイモスは「自分をむき出しにするための試み」と表現する。
「いまLoreleiはものすごく不安定な状態にある気がしていて。流れに身を任せて、なりたいものにならせることと、同時に責任を持ってその方向性を考えること、そのバランスを探している」と彼は言う。「長いあいだ、あれほど自分の心のよりどころだったものを、嫌いになるようなことにはしたくないんだ」
This Is Loreleiの将来についてこれほど実存的な話をしているにもかかわらず、最近Rolling Stoneの取材に応じたエイモス本人は、特に心配しているようには見えない。ベイプと紙巻きタバコを交互に吸いながら、完成したばかりのアルバムや、自身が掛け持ちする2つのバンドの現状について語る。彼のチームの提案で、取材場所にはアイスクリーム店を選んだ。エイモスはチョコレート・ミルクシェイクを飲み干し、最近その魅力に気づいたというフローズンヨーグルトについて力説する(「グミベアとか山ほど盛れるんだよ。最高すぎる」と感嘆している)会話を通して、自分の音楽がいまや外の世界からこれほど真剣に受け止められていることに、本人は面白がりつつ、どこか不思議そうでもある。迷彩柄のクロックスを履き、その日たまたま手に取ったスリップノットのTシャツでステージに立つ飄々としたギタリストが、いつの間にか2020年代インディーロック界のキャロル・キングのような存在になっているのだ。そのままの比較をエイモス本人にぶつけると、彼は笑い出した。
「『Box』が出てからの2年間で、何かが変わった」と彼は言う。「いまはもう、ただ違うんだ。具体的にいつそうなったのかはわからないけど」
何年ものあいだ、エイモスは、バンドのなかで曲を書くのは自分でも、歌うのは別の誰か、という立ち位置を好んでいた。ウォーター・フロム・ユア・アイズも、おおむねそういう形で、それで十分満足していた。彼の計画は、裏方の調整役として音楽を作り続け、決してフロントマンにはならないことだった。新作のタイトルには、その目標をどれほど見事に達成できなかったかという、自分自身への皮肉も込められている。
他人が歌うことで見えてきた、自分自身の声
エイモスが、自分のバンドのメンバーではない誰かが自作曲をカバーするのを初めて耳にしたのは、昨年のことだったという。MJレンダーマンが『Box for Buddy, Box for Star』収録の、オートチューンを効かせた「Dancing in the Club」を歌ったのだ(Rolling Stoneはレンダーマン版を2025年の年間ベストソング第2位に選んだ)。
レンダーマンがノースカロライナでこの曲を録音したセッションには、エイモス本人も立ち会っていた。「たしか、ボングを一服した直後だったと思う」と彼は振り返る。「彼が録音しているあいだ、僕はソファに座って、笑わないように必死だった。なんだかトリップしてるみたいだったよ。そこに座りながら、『これ、変だな』って思っていたのを覚えてる」
This Is Loreleiの曲をカバーした著名アーティストとしては、レンダーマンが最初だったのかもしれないが、そのあとすぐにほかのアーティストたちも続いた。エイモスが『The Singer in My Band』の録音を始めるころには、そうした流れを十分に意識するようになっており、それが新曲をどう提示したいかにも影響を与えた。以前のエイモスには、自分の声を「自分っぽく聞こえないように」変える傾向があった。たとえばオリジナル版の「Dancing in the Club」ではボーカルのピッチを上げている。だが今回は、できる限り装飾を削ぎ落とした形で曲を提示することを自分に課した。
「Dancing in the Club」オリジナル版とMJレンダーマンによるカバー
「Dancing in the Club」について言えば、自分の音楽をほかのアーティストがより広い聴き手に届く形へ”翻訳”していく現象のきっかけになったのが、よりによってこの曲だったことを、エイモスは面白がっている。「あの曲は、”ポップスターがカバーできる曲を作ってみよう”っていう、半分ネタみたいな発想だったんだ」と彼は言う。「書きながら笑っていたのを覚えてる。『こんなベタなクソ、あるかよ』って。まあ、ある意味では本当にそうなんだけど。でも当時の自分が思っていたより、ずっといい作品だったとも思う」
今回は、その”ネタ”を捨てることをエイモスは自分に課した。「自分の声が好きな人なんていないだろうし、自分のために何かを作るなら、自分が自分らしく聞こえないようにしたくなる」と彼は続ける。「このアルバムでは、それを乗り越えようとしたんだ」
エイモスのアルバム制作は、最初の2曲ができあがると一気に楽になる。「その2つのあいだに化学反応を起こせれば、あとはアルバムが勝手に自分自身を書いていく」と彼は言う。今回の新作でその最初の2曲となったのは、後悔と警戒心に満ちた荒々しいギターロック「Oh No Now My」と、カラオケ界の伝説的人物に捧げた疾走感のある讃歌「Billy Came Back」だった。
新作の起点となった「Billy Came Back」。旅先で出会う人物や出来事をフィクションと現実の間で描く
アルバムのほかの曲では、「I Will Eat My Heart in the Morning Light」やタイトル曲のように、エイモスが幼いころから身近にあったアメリカの伝統音楽のテンポ感を取り込んだルーツロックを鳴らしている。彼の父親はブルーグラス・ミュージシャンのボブ・エイモスだ。一方、「Dont You Cry in Lonesomeness」のような曲では、ハンク・ウィリアムズが書いたとしてもおかしくないような歌詞を歌いながら、エイモスがひとりでエレキギターをかき鳴らしている。
アルバムでこれまで以上に前面に出たカントリー・フォークのアレンジによって、すでにある記事の見出しではエイモスを「オルタナ・カントリー・スター」と呼んでいるが、本人はその肩書きをほとんど気にしていない。「”オルタナ・カントリー・スター、ネイト・エイモス”って書くと、実際よりずっと金を持ってるみたいに聞こえるよね」と冗談を飛ばす。
寝癖まじりのスラッカー然とした気だるさを漂わせるエイモスだが、2つの本格的な音楽プロジェクトを同時に成立させる綱渡りについて彼が語るのを聞けば、その気楽そうな物腰の裏に、膨大な努力と創作への強い献身が隠れていることがわかる。昨年、彼は厳しい締め切りのなかで『The Singer in My Band』を録音した。高い評価を得たウォーター・フロム・ユア・アイズのアルバム『Its a Beautiful Place』のプロモーション期間に入る前に完成させようと、大急ぎで制作を進めたのだ。最終的に、Loreleiのアルバムは1週間で仕上げた。
長期的には今後も両方のプロジェクトに全面的に取り組むつもりだが、当面エイモスはThis Is Loreleiに集中している。「僕らは[ウォーター・フロム・ユア・アイズを]少し休んでも、また戻ってこられるだけの余裕を持てるところまで育てられたと思う」と彼は言う。「いまは本気で腰を据えて、Loreleiの足場を固めることに集中しなきゃいけない気がしている。いま本当にものすごい速さでいろいろなことが起きているから、目を離した隙に自分が望んでいないものへ変わってしまわないよう、ここに全力を注ぎたいんだ」
では、彼が望んでいないものとは何なのか? 本人にもまだわからない。ただ、本人の言い方を借りれば、「駄目な曲まで全部作っていられる」贅沢が恋しいのだという。いまではLoreleiの曲がどうしてもうまくいかなければ、そのまま捨ててしまう。そういう駄目な曲が自分をどこへ連れていくのか、最後まで試してみる時間はもうないと感じているのだ。何より恋しいのは、何日もアパートに籠もって録音を続け、何の期待もせず、その成果をBandcampにアップしていた日々だ。
「僕はたぶん、あのレベルの創作の自由を一生追いかけ続けるんだと思う」と彼は言う。「面白いよね。当時はそこから抜け出そうと必死になっていて、しかも実際、それがうまくいったんだから……。本当に恋しいよ。いまは、まったく新しい曲の書き方を探そうとしている。それこそが肝なんだ」
だがエイモスは、いまやThis Is Loreleiに向けられるようになった大きな期待から逃げているわけではない。そして、この波が自分をどこまで運んでいくとしても、そもそもこのプロジェクトを自分にとってかけがえのないものにしていた、その精神だけは失いたくないと考えている。「これほどまでに個人的なものが商品化されていくのを、自分で目撃しながら、同時にその過程に自分も参加しているというのは、ちょっと怖いことだ」と彼は言う。「最悪なのは、それをもうどうでもいいと思うようになることだよ。本来ならちゃんとこだわりを持っているはずの2つについて、どっちがいいか聞かれたときに、『もうどうでもいい。疲れすぎてる……』ってなるところまで行ってしまったら。もしそこまで来て、それに気づいた瞬間、僕はものすごく落ち込むと思う」
いったい、どうしてこうなったのだろう? 裏方であれこれ手を加えていた人間が、どうして自分のバンドのシンガーになったのか? 奇妙なポップアート的サイドプロジェクトが、どうして”インディー界を代表するソングライター”の表現の場として、これほど注目されるようになったのか?
「自分のプロジェクトのなかで、という場合を除けば、ほかの人に歌ってもらうために曲を書こうとしたことなんて一度もなかった」と、エイモスはあるとき言う。そして、ひとりで笑みを浮かべる。「それも結局、”ソングライター”って言うときに引用符をつける話につながるんだよ。だってさ、こんなことになるなんて一体誰が想像した? 少なくとも僕はしてなかったよ」
ニューアルバムからの最新MV「The Kid With the Crown」
From Rolling Stone US.

ディス・イズ・ローレライ
『The Singer in My Band』
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