MASS OF THE FERMENTING DREGSはなぜ世界に届いたのか? 最新作『祝おう』に重ねた死生観をメンバーが語る

MASS OF THE FERMENTING DREGSが、いま世界中のリスナーに求められている。轟音と疾走と静けさを描くバンドサウンド、そのただ中で響く、魂が乗った宮本菜津子の歌。2002年に神戸で生まれたスリーピースの音は、2023年のバンド初の北米ツアーを全公演ソールドアウトさせ、以降も欧州、アジアとツアーを重ねている。大きな資本に頼らないインディペンデントな活動を展開するマスドレに起きたこの現象を、日本のリスナーの多くはまだ知らない。長年交流のある筆者も、いつの間にかマスドレが海外ですごいことになっていた、という感覚だ。

前作『Awakening:Sleeping』から約4年ぶりとなる6作目『祝おう』は、ボーカル、ギター、ベース、ドラムだけで鳴らされる、生々しくむき出しの全6曲。海外のステージで得たフィジカルな実感と、身近な人との別れといったメンバーそれぞれの人生の変化が、その音と歌に映し込まれたセルフプロデュース作だ。

取材が行われたのは、29カ国49都市50公演のワールドツアー「"祝おう" THE TOUR」初日である東京公演の前夜。宮本菜津子(Vo/Ba)、小倉直也(Gt/Vo)、吉野功(Dr/Cho)の3人は、海外で起きていたことの一部始終と、この4年間の人生、そして『祝おう』というタイトルにたどり着くまでを語ってくれた。メンバー同士でも初めて知る話が飛び出した、ツアー前夜の記録である。

他人だったら羨ましいですよ(笑)

ー僕も含めて日本のリスナーが知らない間に、マスドレが海外でこれだけ強い求心力を得ていたという事実は本当に大きいと思っていて。海外に届く日本のアーティストにもいろんなパターンがあるけど、今までとは全然違う様相で。

宮本:逆に、どういう印象なんやろって、いつも気になってて。私らって、周りからどういうふうに映ってるんやろな?

吉野:自分で言うのもなんですけど、ロックバンドをやっていたら、この感じは憧れじゃないですか。「好きなことをやってるんだろうな」という印象が強いと思うから、俺、他人だったら羨ましいですよ(笑)。「かっこいいバンドが、そのまんま海外ですごいことになってる」って。よく言われるんですよ、タイアップでもないし、アニメとかじゃないし、なんで?って。でも、こっちも「なんで」って聞かれたら分からないっていう(笑)。

ー本人たちにも分からない(笑)。

吉野:ただ阪谷さん(※海外ブッキングとマネジメントを担う阪谷友二氏)からしたら、海外に行ける下地はもともとあったという話で。YouTubeに海外からのコメントがすごい前からあったから、僕らが阪谷さんにお願いしたいって言ったときから「もういける。むしろ海外展開しないともったいない」って言ってくれていて。

小倉:それでも結果的には、阪谷さんが思っていたよりも全然反響があったみたいで。

宮本:最初の北米ツアー(2023年)が結局、全公演ソールドアウトして。

小倉:ニューヨークが最初、キャパ270とかの会場だったんですよ。それがベニューのアップグレードで700になって、その700が売り切れて、追加公演も同じ700で、それも売り切れて。270が2公演で1400みたいな。

宮本:ニューヨークでやれるだけで、270でもすごいやん、って思ってたのに。

吉野:2023年に最初に北米をやるってなったとき、阪谷さんからは「なかなかアメリカで黒字にするのは難しいし、一発目だし」と言われていて。お金が足りなかったら、自分たちの貯金から出すつもりでした。

小倉:爪痕を残すぐらいしか考えてなかった。30人ぐらいしか来ない日があっても、全然おかしくないでしょうって思ってたし。けど、阪谷さんも予想がつかなかったぐらいで、「あれ、すっげえ売れてるぞ」みたいな感じになって。

ー翌2024年には2度目の北米ツアーで25都市27公演。規模もさらに大きくなって。

吉野:LAとか、1000以上のキャパって、もうよく分からないじゃないですか。それも追加が出て。会場に行くとびっくりするんですよ。「でかくね? 本当にここに来るの?」みたいな。

小倉:2024年のLAは1350キャパでツーデイズ、両方ともソールドアウトです。

ーしかも、どこのレーベルにも頼らず、完全にインディペンデントのままそれが起きている。

宮本:私らは、阪谷さんっていう人がいてくれることが本当にラッキーやなと思う。海外の売り上げを、いろんな手を使って日本の口座に集めて分配してくれるところまでやってくれるから。自分たちだけやったら絶対できひん。

小倉:今回もまた自分たちのプロデュースで本当にピュアなものを出して、バイナル(アナログレコード)を刷って、それが会場ですぐ売り切れる。どこかのレーベルから出すのもすごい夢なんですけど、自分たちでできているのは──地に足をつけながら、めちゃくちゃ夢をかなえまくってるみたいな感じがあるんです。

2023年の北米ツアーで人生が変わった

ーなっちゃん(宮本)はオリジナルメンバーがもう自分だけで、2012年9月に一度活動を止めて、2015年12月にこの3人で再始動した経緯があって。走り続けてる最中に振り返るのは難しいかもしれないけど、体感としてどうですか。

宮本:言葉にするのは難しい。ただ、「幸せやなあ」とはずっと思ってます。ここまでめちゃめちゃ時間かかったけど、自分にとって大事な人たちがそばにいてくれて、あんまり関わりたくないような人たちとは関わらずに済んでいて。ほんまにヘルシーなんですよね。心もずっと穏やかやし。昔の自分がどんな感じやったか、もう思い出せないんですよ。

ー小倉くんは、こういうバンド人生は自分にとってどうですか。

小倉:理想です。本当に、理想的としか言いようがないです。今、バンドのみんなも含めて、多分、本当に好きなことしかやってなくて、そこに全然妥協してないのを、すごく誇りに思えます。

ーなっちゃんは、もともとシャイで人見知りだったと思うけど、人とのコミュニケーションにすごく積極的になった印象があります(笑)。

宮本:親しい友達に「鎧がやばい」って言われたことが昔あって、それはそうやったなと思います。今はほんまに、裸なんちゃうかなぐらいの勢いというか、自分を何かに仕立てる必要もない、そのまんまやから。この3人になったぐらいから、それがどんどん剥がれていって。音楽やってるときと、普段生きてる自分との境界線がなくなったかも。

ーなっちゃんが「人生変わった」と言うほど、2023年の北米ツアーは何がそんなに決定的だったんですか。

宮本:もう私の中では、ほんまにそこから世界線が変わった。「私の人生、ここから最高やな」と思って、多分死ぬまで最高やなと思ったから。そこまでが割とハードモードな人生やったから、より一層。自分が自分でそのままおることが、人の力になってるみたいな。自分をそのまま生きることが、独りよがりじゃない何かになっていくっていう体感があったんですよ。

ーそれは、ステージから見えた景色として?

宮本:単純に、ステージに立って見える人たちが違う国の人たちの顔じゃないですか。言葉も通じない人たちが、自分たちが演奏している空間に存在していて、しかもすごいうれしそうで、空気がどんどんうねってグルーヴしていって。それを異国で感じて、「こんなん、もう絶対大丈夫やん」っていう気持ちになった。

これまでも「私たちはかっこいい」と思ってやってきたけど、自分たちが思いのままやってきたことを丸ごと受け止めてもらえる場所があるんや、っていう。「間違ってなかった」っていう大きな答えがバーンと出た。だから「合ってた! イェーイ!」みたいな感じでした(笑)。

ー吉野さんは、2023年のツアーはどういう体感でした?

吉野:僕らの場合、コロナでいろいろずれたんですよ。北米ツアー自体は、コロナ前の2020年の時点で組もうとしてたんです。だから2023年は「やっと実現した」っていう感じで。実際にやれたし、お客さんがいっぱい入ってくれたってことは「またやれるんだ」と思えた。ただ、個人的にはこの数年間って、僕らの年齢的には大事じゃないですか。コロナによってスタートが遅れて、俺の大事な40代後半をどうしてくれたっていう(笑)。

ー当時、まさに40代半ばだったわけで。

吉野:やっぱり50代って怖いですよ。昔は事務所も体力面を考えて、何日も続けるツアーを組まないようにしてた時期があったし、バンド人生を含めてこんなにやるのは初めてで、「50過ぎた俺にできるのか?」っていう不安は正直あった。

ーでも、いざ長いツアーを回ってみたら違った。

吉野:今のところ、ツアーの最初に5本ぐらいやったら仕上がるんですよ。筋肉が戻ってくる(笑)。むしろ移動日が2日続くとライブの感覚が抜けて体がおかしくなるから、変に休まない方が体は保てるんです。どうしても衰えるものだから、ドラムの練習っていうより「体を戻す練習」なんです。ボクシングの試合に向けて仕上げていくみたいな気持ちです。

ー小倉くんの体感で言うと?

小倉:僕の場合は、2023年のツアーの前、パンデミックの期間が、自分たちをめちゃめちゃ認知してもらう時間でもあったなと思っていて。2019年の年末に台湾と中国に行ったんですけど、上海と北京のワンマンは50人ぐらいしか入らない感じで。「まだまだこれからだな」っていう年の終え方をして、そこからすぐコロナ禍で、見通しが全く立たない中で、海外の人たちが自分たちを知り出したんです。いわゆる「おうち時間」用に、自分たちが原盤権を持ってる曲で回せるミックスをYouTubeに上げようっていう話になって、「こんなにめっちゃ聴いてくれるんだ」みたいな実感があった。

ー動けなかった時間が、世界中で聴かれる時間になっていたと。

小倉:そうなんです。だから2023年は、信じられない形で成功したなと思うけど、「それだけだと、まだ何もやってない」みたいな気持ちが正直すごくあって。2024年3月に行った初めてのヨーロッパも軒並みソールドアウトで成功したけど、「1回行って、珍しいからっていうのもあるのかな」とも思っていて。それで2024年の秋、40日間27本の2度目の北米ツアーがあって。2023年が「信じられない」だったとしたら、2024年は本当に自分の足で歩いてきた、みたいな感じですね。そこからレコーディングとツアーを並行して、2025年の2回目のヨーロッパも成功して。でも、僕らとしてはまだこれからだって感じなんです。全然、まだ。始まったばかり。

ー年間で相当な本数ですから、疲弊した時期もあったんじゃないですか。

宮本:よくみんなで話すんですけど、メンバーと阪谷さんがどれだけ健康で元気でハッピーでこの旅を続けられるか、っていうところが本当に一番大事で。阪谷さんも「次のツアーは、みんなが無理しないことに重きを置く」って言ってくれてます。ヘルシーであるってことは、すごい重要ですね。

ライブでそのまま鳴らせる6曲

ー作品の話をすると、前作『Awakening:Sleeping』は2022年、つまりバンドが大きく変わる前夜のリリースで。あのときは、まだ視野に国内のことがあったのかなという感じもしたんだけど。

小倉:いや、結構逆ですね。『Awakening:Sleeping』は「海外で聴かれてる」っていう認識をしながら作ってたんです。『No New World』(2018年)を初めて配信で出したときに「サブスクで可能な限りいろんな人に届けたい」と思って作ったのが実際に届いたから、「届くんだ」っていう感じで作れた。国内のことは、ぶっちゃけあんまり考えてなかった。

宮本:「日本以外の人も聴いてくれているんだ」というのが下地にあったよね。ただ、まだ出会ってないから、想像上の「日本の外の人たち」っていう感じ。

ーなるほど。それで言うと今作は、音の鳴り自体が全然違う。前作に録音芸術的な側面があったとしたら、今回は明らかに生々しくて、海外でのリアルな体感を経た音になっている気がしたんです。

小倉:海外でライブをして得たものが相当大きいですね。『Awakening:Sleeping』は、ライブができてなかった時期にデスクトップ上で作ってたから、曲はあるけど、3人では演奏できない曲が多かった。同期もあるし。今回は6曲全部、3人で演奏できる。すごくシンプルで、ボーカル、ギター、ベース、ドラムだけ。

宮本:エンジニアのシンマくん(Yusuke Shinma/STUDIO REIMEI)は以前から気になっていた若手のエンジニアさんで、最後の最後まで私たちに寄り添ってくれたし、付き合ってくれた。ミックスの際は「できるだけナチュラルな音でミックスしてほしい」ってお願いして。トリオの素の音の時点でほんまに良かったから、「この音のまま出してほしい」って。ライブ感っていうより、自分たちが鳴らしてる音をそのまま出したいっていうことなんです。この間、旧知のミュージシャンがうちらのライブを観に来てくれて、終わってから「生々しい」「今までよりすごく近い」って言ってくれて、自分では全然そんなふうに思ってなかったから「へー!」って(笑)。

ー6曲というサイズも、今のマスドレのベストとして必然だった?

宮本:もう1曲作ろうとしたんですよ。でも「共存させるのちゃうな」ってなって。「6曲でええやん」って。45回転のレコードに収められるっていうのもあって、自分ら的にはレコードとして想像して作ってたのもある。何より、意味のある曲やったらいいんですよ。曲数稼ぎで入れるのはちゃうな、って。

「昔の自分の救済」──10年以上前に書かれた歌を、今歌う理由

ー歌詞の話をしたいんですが、今回、「待ってしまう」(「Simmer Summer」)、「待ち望んでいる」(「誰かが傷を負うその瞬間を」)、「光待つ、その手」(「祝おう」)と、「待つ」という感情、状態がすごく印象的に使われていて。

宮本:確かに使ってた! ……無自覚でしたね、今言われて「そういえば使ってる」って(笑)。今回ね、2曲は結構前に書いてる歌なんですよ。「Hers」と「誰かが傷を負うその瞬間を」。バンドが止まってる間に書いたんです。下北沢GARAGEで、私が1人で弾き語りをやっていた時期。書いたときの心境は明確に覚えてるんだけど、その渦中にいるときに歌うのはちょっと違うかなって。「誰かが〜」とか特に。

ーすごい歌詞ですよね。「誰かが傷を負うその瞬間を/わたしだけに幸せがくる日を」「待ち望んでいる」って。誰も見ないようにしていることをむしろあぶり出して、向き合って歌うっていう。

宮本:本当にとんでもない歌詞やなと思う(笑)。それを、2025年のヨーロッパツアーのときに演奏し始めてたんですよ。ヨーロッパに行ったとき、ちょうど戦争もあったりして、国々で、どうしても話したいってお客さんがいたり、後でDMをくれたりする人がいるんですよ。自分たちの国の苦しさみたいな、いろんなものを、私がちょっと受け取りすぎて。それを受けてなお、「この曲はもう今やな、今歌わないと意味ないわ」って思って、絶対収録したい曲になった。書いたのは10年以上前になるけど。

ー今のなっちゃんだったら、書けない歌詞かもしれない。

宮本:書けへんと思う。そして、逆に今の自分じゃないと歌えないとも思う。だから今回、この2曲には「昔の自分の救済」みたいなのもあるんですよ。渦中にいるときは、歌が出てきても、人前で差し出すところまでは行けなかったと思うんです。「Hers」も。でもツアーを回って、いろんな人に出会って。若い子が多いんですよ、10代の子とか。そういう若い子たちの顔を見たら、跳ね返って、自分の10代とか若い時と対峙するみたいな感じになって。そのときに「あ、あの歌、今歌いたいかも」と思って、2人に「やりたいんだけど」って言って。

悲しい別れではなく、人生を祝う

ー「祝おう」というワードは、今のマスドレの状態にも言えることだと思うけど、それ以上に、傷を持ったまま向き合えたり、並び立ってる状態に対して「祝おう」と思えている。そのことの方を強く感じるんです。

宮本:うれしいです。「なんでこういうタイトルなんですか」の説明がめちゃめちゃ難しくて。でも今言ってくれたようなことは、海外にツアーしに行くようになって見てきた風景とか、出会った人たちに対して思っていて。よく「音楽は万国共通」とか言うじゃないですか。それを普通に感じたし、「人類みんな兄弟」やなって。そう思ったときに、みんなの人生を称えたい気持ちが、すごく大きくありまして。それと、これは、あんまりはっきり言うと曲の解釈の幅を狭めてしまうからあまり言ってこなかったんですけど、話したいから話すね。タイトル曲の「祝おう」は──結果的になんですけど──その中には、私の亡くなったお父さんがいるんですよ。

ーやっぱり、今回の作品には死生観がすごく大きい。セミの生き方、死に方に対して何を思うかという「Simmer Summer」から始まって「幽霊」で閉じる、死者へのまなざしが通底するアルバムですよね。

宮本:それはそう思ってもらえるのがうれしい。お父さんはがんで亡くなったんですけど、パンデミック中のことです。亡くなる前から「お前と肩を並べ」っていう歌詞の冒頭はあったんですよ。「このお前って誰なんやろう?」って自分で思いながら歌を作ってて。最初は、何の歌か自分でも分かってなくて。「祈ることもできない」あたりからは、お父さんが亡くなってから書いた。お父さんを思って書き始めたわけじゃないけど、結果的にそうなったっていうだけで。そのときはまだタイトルもなかった。でも、お父さんが亡くなったときに、お父さんの人生を称えたくなったというか。「祝おう」っていう言葉は歌詞に一個も出てこんし、でも、自分の中では「もうこれ、『祝おう』しかないな」ってなって。で、制作の途中で「アルバムのタイトルも『祝おう』にしたいかも」と思って、2人に相談したら「めちゃくちゃいいと思う」って言ってもらえて。

小倉:僕もね、今日、初めて知ったことがすごくいっぱいあった。「祝おう」が、お父さんが亡くなる前からあった曲で、誰の曲なのか自分でも分かってなかったっていうのは、初めて知った。一緒に演奏するときには、なっちゃんの中ではもうお父さんの曲だと分かってた時期だったから。

宮本:そっか、言ってなかったかもね。この話は、関係値がない人やったら黙っとこう、と。今日は話したいなと思ったから。ほんまに、私だけじゃなくて、2人もやっぱりこの4年でいろいろあったし。

小倉:これは僕だけじゃなくて、全員にあったことなので。それをこのアルバムで総括した、っていう感じです。

ーアルバムを閉じる「幽霊」は、小倉くんの作詞作曲で。

宮本:「幽霊」は、最初プレゼンしてくれてなかったんですよ。オグ(小倉)の家で他の曲を詰めてるときに、「実はあの曲があって、ちょっと暗いかもしれへんねんけど」って言うから、「聴かして」って。聴いてみたら、暗いとかじゃなくて、もう全然良くて。それこそ夏のお盆とか、「まさに」っていう感じで。

小倉:自分の曲を人に伝えるのって、すっごい苦手で。暗い曲っていうのは、自分が傷つかないためのバリケードでもあって。「Simmer Summer」を聴いたときに、自分の持ってる曲の中で、すごく合うなと思ったんです。「めっちゃいい、すごく合う」って思うけど、「違ったら嫌だな」って。

宮本:それで聴かせてくれて、「めっちゃええやん」「絶対合うと思うで」って。出来上がってきてる曲の中に存在してる質感を汲んで、「あの曲がある」って言ってくれたんだろうなとも思ってる。あと、歌詞ね。デモの段階では知らなくて、収録中にオグに「送って」って言って初めて読んで、「いい歌詞やな」って3人のグループLINEで(笑)。

ー「幽霊」を聴いたとき、小倉くんにも何かあったんだな、というのは感じていました。

宮本:ちなみに、吉野さんもお父さんのことがあってな。

吉野:そうなんです。今年の初めに。年末に「年を越せるか分からない」って言われて。うちの父親、誕生日が1月1日なんですよ。「この人、絶対誕生日は迎えるな」と思って(笑)。ちょうど88歳で。最後は、1月3日に実家に帰って会って、その明け方に亡くなりました。最後までゴルフやって、好きなことして、大きい病気もしない人で。だから「めっちゃいい人生じゃん、この人」と思って。涙というより、むしろ拍手だし、憧れの死に方だと思ったし。葬式も、悲しい別れっていうより「ありがとう」だったんですよ。そのあとバンドでスタジオに入る日があって、そのロビーでなっちゃんに「『祝おう』ってさ」って言った瞬間、2人で泣き出すっていう(笑)。俺、葬式でも泣かなかったのに。それで、四十九日が終わった直後に、今度はうちの猫が父親と同じすい臓の病気になって、1カ月半ぐらい、パートナーと交代で朝方まで看病して。だから家では、「Simmer Summer」が「放送禁止曲」なんです(笑)。あの曲にすごく救われたんですけど、今聴くと泣いちゃうから。

宮本:ほんまに、図らずも、いろんなものがこの音源に乗っかってしまったっていうか。初めて、こんだけ共通の思いを抱えながらものを作ったかも。

小倉:スフィアン・スティーヴンスとかマウント・イアリ(Mount Eerie)とか、個人が大事な人の死生観を書いた名盤はすごくあるんですよ。自分たちの場合は、たまたま、それがバンドで起きたっていう。

宮本:しかもアルバムがお盆ぐらいに出たから。私はほんまにうれしくて。

今回のツアーが本当の海外デビュー

ー国内の話も少しすると、もう「日本のシーンのために何かする」という感じでもないじゃないですか、正直。俺はそれでいいと思っていて。

宮本:J-POPと向き合ってやってる人はすごいと思うし、それはそれですごいことやと思う。昨日、Base Ball Bearのライブ(9月4日のLINE CUBE SHIBUYA公演)を観に行かせてもらって、すごく日本的なライブ空間というか、私があまり知らない感覚で。ベボベはこれをやれるぐらい積み重ねてきてすごいなあと思ったけど、自分たちが国内のホールみたいなところでやる姿は、ありえへんなと思って。

小倉:ホールっていう場所への違和感じゃなくて、日本のシーンの中で、ライブハウスを経てホールでやる、っていう出来上がってる道のことだよね。

宮本:そうそう。そこはほんまに向いてへんなって、改めて体感した。どっちが良い悪いっていう話じゃなくて、私たちは、たまたま日本人のバンドやけど、日本よりもフィットする場所が他にあったっていうだけやと思ってる。海外でのシェアを上げようとか、そういうことをやってるわけでもないし。

ー明日からいよいよツアーが始まります。26カ国46都市47公演というアナウンスでしたが(※取材後、29カ国49都市50公演に拡大)。

小倉:さらに増えたんですよ。

宮本:南米が2カ国と、まだ発表になっていない都市も増えて。すぐ発表になります。

ーこの巨大なワールドツアーはどんなものになりそうですか。

吉野:要は、海外に行き始めてから初めてのリリースなんですよ。今までは、既存の曲を「そんな場所で聴いてくれてたんですか」っていう海外の人たちに、生で演奏しますっていうことだった。それが今回は、その人たちとの出会いも含めて、いろいろあってできた作品を引っさげていく。ある種、本当の海外デビューというか。ここで初めて体感することがあって、また違う感覚を得るんだろうなって。それに、いい段階を踏んでるんですよ。2023年のツアーで下地ができて、1,000人以上のお客さんの会場で、リリースしたものを演奏できる。長いツアーを経験したから、何を大事にしなきゃいけないかも分かってる。今回の規模をいきなりやってたら、絶対に崩壊してたと思う(笑)。

宮本:私は、シンプルに楽しみ。新しい気持ちに出会えるのってうれしいじゃないですか。この年になると、マジでそういうのが難しくなってくるから。このタイミングでそこにワクワクできてるのは、ほんまに幸せなことやなと思うし。これから絶対出会うからね、新しい気持ちに。

ー改めて、3人の現在地は。

小倉:まだこれからだって感じです。全然、まだ。始まったばかり。

宮本:ここまで細かい話は、ほんまに誰にもしてこなかったから。今日話せてよかった。今はとにかくこれから先が楽しみです。

吉野:俺の50からの10年間、またこの3人と人生を一緒にするって面白いなと思っていて。50になったときに55が見えて、来年から55と思ったら、ちょっと60が見えてくる(笑)。こうやって一緒にやれてなかったら、俺の60までっていう楽しみはないわけじゃないですか。

<リリース情報>

MASS OF THE FERMENTING DREGS

『祝おう』

発売中/配信中

CD:3000円(税込)

品番:FLAKES-315初回限定デジパック仕様

レーベル:FLAKE SOUNDS

=収録曲=

Simmer Summer

Let It Go

Hers

誰かが傷を負うその瞬間を

祝おう

幽霊

録音・ミックス:Yusuke Shinma(STUDIO REIMEI)

マスタリング:山崎翼(Flugel mastering)

アートワーク:こざき亜衣

公式サイト:https://www.motfd.com/

<ツアー情報>

MASS OF THE FERMENTING DREGS”祝おう” THE TOUR

2026年9月6日の東京・新代田FEVER公演を皮切りに、アジア、オーストラリア、北中南米、ヨーロッパを巡る、29カ国49都市50公演のワールドツアー。

<ツアーファイナル>

2027年11月7日(日)東京・恵比寿LIQUIDROOM

オフィシャル2次先行受付:2026年11月6日(金)10:00〜11月23日(月・祝)23:59

料金:5500円/U-22チケット4500円※別途ドリンク代600円

一般発売:2027年初夏予定

料金:6000円/U-22チケット4500円※別途ドリンク代600円

ツアー日程・チケット情報:https://linktr.ee/iwaouthetour

ファイナル詳細:https://www.motfd.com/iwaouthetourfinal