
ティファニー・デイ(Tiffany Day)の名前が初めてインターネットを駆け巡ったのは、今から約9年前。2017年、当時17歳だった彼女は、高校の合唱団の旅行で訪れたイタリアで、井戸に向かってレナード・コーエンの「Hallelujah」を歌う動画をSNSに投稿。その歌声が井戸の中で美しく反響する映像は瞬く間にバズり、一躍バイラルスターとなった。その後YouTubeで50万人以上の登録者を獲得し、大学進学を機にロサンゼルスへ。インディーポップ、R&Bなどを中心にオリジナル楽曲の制作を本格化し、長年にわたってリスナーから支持を集めてきた彼女だが、そのキャリアが大きく動き始めたのはここ1年ほどのこと。
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2025年から、エレクトロニック・ミュージックへと堂々と傾倒した「PRETTY4U」「AMERICAN GIRL」「BREAKUP」といった楽曲を発表。そして今年4月、2ndアルバム『HALO』をリリース。サウンド面でのハイパーポップの音像と、彼女が以前から得意としていた、不安や自己嫌悪を率直に綴るソングライティングの融合はシーンで唯一無二の存在感を放った。その歌詞には、中国系アメリカ人として育ち、自分の容姿やアイデンティティ、コンプレックスと向き合ってきた経験も色濃く反映されている。
その勢いは、9月6日に行われたサンフランシスコ公演にも驚くほど明確に表れていた。ソールドアウトとなった会場は、サンフランシスコのナイトライフを象徴するクラブのひとつ、1015 Folsom。開場の何時間も前から若いファンが長蛇の列を作り、フロアは超満員になった。スクリーンいっぱいにタイポグラフィを叩きつけるような大胆なVJから、シナモロールなどのキュートなモチーフまでが目まぐるしく切り替わるステージは、SNS世代ど真ん中の「ポップ・プリンセス」的な感覚と、鬱憤を晴らして思い切り踊りたい人のためのダンスフロアの熱狂を同時に成立させている。
ハイパーポップというジャンル自体が細分化し、その定義が曖昧になりつつある2026年において、ティファニーはその次の世代のシーンをつなぐ重要な存在になりつつあるだろう。会場には友人でフィギュアスケート金メダリストのアリサ・リュウの姿もあり、ステージとフロアを含めて、彼女の周囲に生まれつつある新しいコミュニティを感じさせる夜でもあった。
現在の成功だけを見れば、ティファニーが突然現れたニューカマーだと錯覚してしまうかもしれない。しかし実際には『HALO』に辿り着くまで、彼女は約9年間にわたって音楽を作り続け、その途中では音楽そのものを辞めようと考えたことさえあったという。だからこそ、急激なブレイクを本人はどう受け止めているのか。そして、長い試行錯誤の末に見つけた「自分に合うサウンド」を、これからどこに向けていきたいのか。
リアルなティファニーはインタビュー動画などと全く変わらず、ミームやくだらない冗談が大好きで、ユーモラスで、驚くほど気さく。インタビュー当日も、ホテルの床に座ってメイクをしながら話してくれた。その飾らなさや、オンラインと現実の人格が地続きになったような感覚も含めて、彼女には非常にリアルなZ世代らしさがある。そして、その親しみやすさと脆さ、時に自虐的ですらあるユーモアは、『HALO』の音楽やリリックとも切り離せない。サンフランシスコ公演の前に、滞在しているホテルで話を聞いた。[インタビュー・文:竹田ダニエル]



筆者が目撃した9月6日・サンフランシスコ公演のライブ写真
「EVERYTHING I'VE EVER WANTED」はどう生まれたのか
―1年前の自分と今を比べたとき、一番「現実じゃないみたい」と感じること、あるいはワクワクしたり、怖いと感じたりする変化は何ですか?
ティファニー:いきなりネガティブな話から入るつもりはないんだけど、現実味もないし、同時に怖くもあるのは、やっぱり今は私に注目してる人の数がものすごく増えたことかな。前は本当に何を言っても、何をしても、たとえそれがすごくバカなことだったり、誤解されたりしても、小さくてニッチなファンベースがいるだけだったから。もちろんみんな気にはしてくれてたけど、私のやること全部を細かく見て、揚げ足を取ろうとするような感じではなかった。
『HALO』を出してから、会場の規模が3倍くらいになったのはすごく嬉しい。でも、それと同時にネット上で細かく見られることも増えて、それはかなり怖かった。ただ今は、こんなにたくさんの人が音楽を聴いて、好きになってくれてることがすごく嬉しい。たぶん、それが一番大きな変化かな。
―これまでも何度かバイラルになる経験をしてきたと思います。今回のアルバムを通しての「バズ」は、以前とは違うものとして捉えていますか?
ティファニー:うん、今回はちょっと違うと思う。前にバイラルになったときは、それによって必ずしも新しいシーンに入っていったわけではなかったから。
でも『HALO』は、いわゆる「ハイパーポップのアルバム」みたいに捉えられて、そこからハイパーポップやエレクトロニック、EDMのコミュニティにも届くようになった。受け入れてくれた人もたくさんいたけど、その一方で「Who the fuck is this bitch?(こいつ誰だよ?)」みたいな人たちもいて(笑)。その両方が混ざってたし、これまでのキャリアの中では一番大きな反発とか論争を経験したと思う。
でも、やっぱりポジティブな部分に目を向けなきゃいけないとも思ってる。今夜こんなに大きな会場でライブができて、ツアーをソールドアウトできてるのも、私の音楽を本当に好きでいてくれる人たちがいるから。だから、もちろん良いこともたくさんある。

―『HALO』を聴いて改めて感じたのが、エレクトロニックなサウンドでありながら、歌詞はずっとすごくパーソナルだということです。嫉妬や不安、「他の誰かになりたい」という気持ちとか、すごく個人的だけど、多くの人が共感できる感情を歌ってきましたよね。今は、そういう歌詞を全部知っている大勢の観客の前で歌うわけですが、それはどんな感覚ですか? それから、ファンや注目が増えていく中で、自分自身との関係は変わりましたか?
ティファニー:正直、自分との関係はそこまで変わってないと思う。むしろ、自分の人生にこういう問題があるってたくさんの人に知られるようになったことで、ちょっと楽になった部分もある。「こう感じてるのって私だけじゃないんだ」って思えるから。
何かの真っ只中にいるときって、「こんなクソみたいなことを経験してるのは自分だけだ」って感じることがあるじゃん。でも実際には、こんなにたくさんの人が同じように感じて、共感してくれてる。それが見えると、すごく救われる。
私にとって音楽って、何かについて曲を書いたら、そこでその感情が終わることが多かったんだよね。紙に書いて外に出したら、「はい、もう外に出た。もう私はこういうふうに感じてない」みたいな。
でも面白いことに、『HALO』はたぶん唯一、今でもその感情が残ってるアルバムかもしれない。大勢の前でライブしてる今でもそう。ついこの間も、バスルームに座って「EVERYTHING I'VE EVER WANTED」を聴きながら泣いてて、「Damn! これ私が書いたんだ!」って(笑)。
なぜかわからないけど、その感情はまだ全然薄れてなくて、今でもかなり深く残ってる。だから今回のツアーは余計に特別に感じるし、ライブしてると、ある瞬間に自分でもびっくりするくらい感情的になることがある。
―あの曲は特に、ものすごく生々しいですよね。初めて聴いたとき、「こんな曲、今まで聴いたことがない」と思いました。曲作りは普段、どういうところから始まるんですか? 歌詞からなのか、トラックのリファレンスが先にあるのか。
ティファニー:基本はプロダクションから。ほかのプロデューサーとスタジオにいるときでも、家で一人で作ってるときでも、まず良いコードがあることが大事で、私にとってはそこがかなり大きい。コードが良ければ、言葉もずっと出てきやすくなるから。
逆に、本当に感情の真っ只中にいて、気分が最悪なときだけ、言葉が先に出てくることがある。「EVERYTHING I'VE EVER WANTED」はまさにそういう曲だった。あの曲はベッドの中で、半分寝ながら書いたの。もう寝ようとしてるのに心臓がバクバクして、気持ち悪くて、それで詩みたいに書いた。メロディもなかったし、インストも何もなかった。ただNotesアプリに、吐き出すみたいに最初から最後まで一気に書いた。
それで寝て、3日後くらいに一応デモみたいな形にしたんだけど、それが最悪で(笑)。最初はエレクトロっぽい感じだった。それを友達に聴かせたら、「もっとエモーショナルなものが必要なんじゃない?」って言われて、そこからもう一度作り直した。
だから本当に曲によるけど、基本的にはプロダクションが先。よっぽど何かの感情の真っ只中にいない限りは。
―「EVERYTHING I'VE EVER WANTED」を3年後にティファニー自身がどう聴くのかも気になります。誰かにとっては、ずっと共感できる曲であり続ける気がする。
ティファニー:うん、私もそう思う。3年後に聴き返しても、「これ、傑作だったな」って思ってる気がする(笑)。
「成功して見えること」と、実際に成功すること
―ツアーについては、経済的にかなり大変だということも率直に話していますよね。最近は、そういう現実について発信するアーティストも増えてきたと思います。以前から、音楽を続けるための苦労や犠牲についても話してきた。昔の自分の投稿を見返していたら、2021年にティファニーが「授業を受けて、中間試験もあって、その一方でMVも撮ってる」みたいな投稿をしていて、それを私がリポストしていたんです。外から見える「成功」と、実際にアーティストとして経験している成功とのギャップについて、どう感じていますか?
ティファニー:別に驚きはしないけど、なんでみんながそう思うのかはわかる。数字が大きかったりすると、それだけで「あ、この人には資金があるんだ」「お金持ちなんだ」って思われるじゃん。認証バッジがついてたり、フォロワーが多かったりすると、「この人はめちゃくちゃ稼いでるんだ」って思われるか、逆に「きっと気取った嫌な女なんだ」って思われる(笑)。実際、「投稿を見て、ちょっと気取った人なのかと思ってた」って言われたこともあって、「それヤバいね」って思ったけど、まあ、わかる(笑)。たぶん人間の心理ってそういうものなんだと思う。
でも、こういうことをもっとオープンに話すのは良いことだと思ってる。ツアーを作ることがどれだけ大変なのか、本当に知らない人が多いから。私にとってツアーって「よし、ここで稼ぐぞ」っていうものじゃなくて、投資なんだよね。まず座って予算を組んで、ツアーで稼いだお金をどう使えば、このツアーをできる限り最高のものにできるかを考える。だって私にとっては、ずっとアートが一番だから。
お金が目的だったら、そもそもミュージシャンになんてなってない。だってミュージシャンって、本当にそんなに稼げないから(笑)。
今はストリーミングの収入で家賃をちゃんと払えるようになったし、だったらツアーでケチる理由なんてないと思ってる。それより、自分がずっと夢見てたようなツアーにできるなら、そこにお金を使いたい。もちろん、そこはアーティストによって全然違う。もっと効率化して利益を優先したい人もいるし。でも私はずっとこういうやり方でやってきた。
だから、こういう現実をもっとオープンに話すのは大事だと思う。ただ、それもファンに「私、借金してるからお金ちょうだい!」って罪悪感を持たせたいわけじゃない(笑)。別にみんなのお金が欲しいわけじゃなくて、ただ、この体験を私たち全員にとって特別なものにするために、私がどれだけの労力を注いでるのかを知ってほしいだけ。

SNSで見せる自分と、自分の「平穏」を守ること
―そこはティファニーというアーティストの面白いところだと思っていて。ずっと「音楽を作っている普通の人」という感覚があるんですよね。今は誰もがインフルエンサーにならなきゃいけないような状況で、ものすごく「親しみやすい人」になるか、逆にみんなが憧れる「スーパースター」になるか、みたいな。その中間にいるのって意外と難しい。ティファニーは昔からSNSでもすごくキャラクターが立っていて、率直だし、面白い。活動が大きくなるにつれて、SNSとの付き合い方は変わりましたか?
ティファニー:めちゃくちゃ変な道を通ってきたと思う。ずっと行ったり来たりしてる感じ。カンザスで育って、最初にSNSである程度知られるようになった頃、一時期は何かを投稿すること自体が本当に怖かった。当時フォロワーが4万人くらいいたんだけど、Instagramのストーリーに何か一つ投稿することすら怖くて。頭にあるのは高校の人たちのことばっかりで、「みんなこれ見るんだろうな、私のこと話すんだろうな」って。
それから大学でLAに引っ越して、今度は逆にちょっとやりすぎた(笑)。あの頃は、ちょっとシェアしすぎてたこともあったかもしれない。でも今は、自分の心の平穏をちゃんと守りながら、何もかも共有しないっていう、かなり良いバランスを見つけられたと思う。そもそも一番パーソナルなことを共有するのは、結局音楽を通してなんだよね。曲以外では個人的なことについてほとんど話さない。
でも面白いのが、曲を書くときって、それを世界中に公開することになるっていう意識が全然ないの。ただ自分のために曲を書いてて、あとから「やば、これリリースしちゃった。もう世の中に出てるじゃん」って(笑)。
最近は、怒ってるときとか、ふざけてるときとか、そういう瞬間を通して自分の性格を見せつつ、自分の内側の平穏はちゃんと守る、みたいなバランスが取れるようになった。昨日の夜なんて、『フィニアスとファーブ』のミープを21回くらい投稿して、Ally(クリエイティブ・ディレクターのAlly Wei)と二人で「これバカすぎる」ってずっと笑ってた(笑)。そういうこと。ちゃんと自分のままで楽しみながら、自分の心も守れるようになったと思う。

―アーティストである以上、自分の音楽や作品に対して良い反応が欲しいという気持ちは当然あると思います。でも、そうするとレビューを読んだり、他人から自分がどう見られているのかも目に入ってくる。そういう反応とはどう付き合っていますか? 音楽の作り方に影響したことはありますか?
ティファニー:うん。『HALO』の後は、一時期かなり頭に入ってきちゃったと思う。あのアルバムは、今まで作った中で一番いろいろ言われた作品だから。本当にいろんな意見があって、いろんな人がいて。あとTwitterは私のこと大嫌い(笑)。マジで嫌われてる。でもまあ、別にいいや。
一時期は「いや、これは無理。なんでみんな私のこと嫌いなの?」ってなってた。でも、そもそもみんな私のこと知らないんだよね。それに、ただ暇だから言ってる人も結構いると思う。意見ですらないというか。「ティファニーって女、マジで嫌い」みたいに書いてる人に、私が「そうなんだ?」って返信すると、いきなり「Oh my God、ごめんなさいクイーン!注目されたくて言っただけです!」みたいになる(笑)。それで「あ、そういうことね」って。たぶん、そのときのノリに乗っかってるだけだったりするんだろうね。
ただ、『HALO』の次の音楽を作り始めたときは、かなり色々考え込んだ。今も次のプロジェクトにはゆるく取りかかってるんだけど、「『HALO』みたいなものをまた作らなきゃいけないの? 次は何を作ればいいの?」って。こんなに成功したアルバムを作った経験が今までなかったから、「こういうときってどうすればいいの? みんなは何を求めてるの?」って考えちゃった。
それで、仲の良い友達のAaron(Aaron Shadrow)とすごく良い話をした。彼はプロデューサーで、最近かなり一緒に作ってるんだけど、「ネットで他人が言ってることは何も考えずに、とにかく楽しむことだけ考えたほうがいい。だって『HALO』を作ったとき、他人がどう思うかなんて考えてなかったでしょ。ただ楽しんでたじゃん」って言われて、「マジでその通りだ」って思った。
だから今はかなり実験的に、ただ楽しみながら作ってる。いろんな声を気にしすぎて頭の中がいっぱいになったときも、それを自分に言い聞かせるようにしてる。結局、私は自分のために音楽を作ってるから。もちろん他の人のためでもあるけど、何より最初に自分のために作ってる。音楽は私にとってセラピーでもあるし、日記みたいに自分の物語を書くものでもある。だから、そこはブレちゃいけないと思ってる。
Ally Weiと作り上げた『HALO』の世界
―今回のアルバムでは、サウンドだけじゃなくて、ビジュアルのスタイルもかなり確立されたように感じます。そういう一つひとつの要素は、どうやって形になっていったんですか?
ティファニー:Allyが私のクリエイティブ・ディレクターなんだけど、実はクリエイティブ・ディレクターになる前から親友だったの。ある夏にニューヨークで一緒に住んでて、私が「ねえ、MV撮らなきゃいけないんだけど」って言ったら、「カメラあるよ、手伝うよ」って。それで結局、撮影だけじゃなくなって、ドレスを一緒に古着屋で探したり、髪やメイクも手伝ってもらったりして、「待って、一緒に仕事するの、結構楽しくない?」ってなった。
撮影が終わったあとに私が「私のクリエイティブ・ディレクターにならない?」って聞いたら、「それが何なのかよくわかんないけど、いいよ」って(笑)。そこから、とにかく二人でやってみるようになった。
最初のアルバム『LOVER TOFU FRUIT(以下、LTF)』のときは、「アルバムってこうあるべき」みたいなものに圧倒されちゃってたと思う。それで音楽にものすごく集中して、ビジュアルの世界観についてはAllyにかなり任せてた。でも『HALO』のときは、私自身ももっとそのプロセスに入って、自分の役割をちゃんと担えるようになった気がして。だから本当に、私とAllyのチームワークだった。
何日も何晩も二人でFigmaを開きっぱなしにして(笑)、新しいロゴに至るまで、本当に全部一緒に考えた。星のロゴも、最初の案は私が作ってAllyに送ったんだけど、たしか星の間に♾️のマークを入れてて、「なんか違うんだよね」って。そこから一人がアイデアを出したら、もう一人が「じゃあ、これは?」って返していく。私たちって、そうやってアイデアを投げ合ってると、最終的にちょうどいいところにたどり着けるんだよね。Allyがいなかったら、私はそこまでたどり着けなかったと思う。今回のビジュアルの世界観は、本当に二人で作ったもの。
もちろん、一緒に成長していく中では、ちょっと居心地の悪い瞬間もあった。ある撮影で、私が「こういう色味にしたい」って言ったら、Allyにとってはかなり新しいスタイルだったりして、二人で「うーん……」ってなったり(笑)。でも、そういうところも一緒に話しながら乗り越えてきたし、今は本当に、そうしてよかったと思ってる。
ティファニー本人とAlly Weiが監督を務めた「PRETTY4U」ミュージックビデオ
―『HALO』について、「エレクトロニック・ミュージックへの転向」と表現されることがあります。でも、実際には以前からずっとエレクトロニックな要素はありましたよね。個人的には、以前はティファニーの声がプロダクションの中心にあったのに対して、今はエレクトロニックなプロダクション自体にも、より大きなスペースを与えるようになった印象があります。「突然方向転換した」と捉えられることについて、どう感じていますか? 実際に『HALO』のサウンドを作っていたとき、自分の中では何が起きていたんでしょう。
ティファニー:私のことを「LARP(なりきり、フェイク)」って言う人たちは、マジでリサーチしてないだけだと思う(笑)。
私は心の底から、自分がずっとエレクトロニック・ミュージックを好きだったってわかってる。去年いきなりエレクトロニック・ミュージックの存在を知って、突然そっちに行ったわけじゃない。私のディスコグラフィーを遡れば、2021年の「CLOUDS」や「SPOILED BITCH」くらいまで遡っても、ずっとエレクトロニック・ミュージックから影響を受けてたことはわかると思う。
正直、その前の数年間は自分の中ですごく葛藤してた。『LTF』の頃なんて、人生で一番音楽を作ることが嫌いだった時期かもしれない。スタジオに行きたくなかったし、スタジオから出てくるたびにマジで最悪な気分だった。
Spotifyで「いいね」してる曲は全部ダブステップなのに、自分はスタジオでポップのレコードを作ってる。それがすごくフラストレーションだったし、悲しかった。セッションが終わったあとに泣いたりして、「8時間もかけて、くだらないアコースティックギターの曲作っちゃった」みたいな(笑)。本当に全部が嫌だった。
それでも続けてた理由の一つは、2020年頃にハイパーポップっぽい曲を何曲か出してみたけど、全然うまくいかなかったから。「SPOILED BITCH」はしばらく自分の一番好きな曲だったのに、誰もハマってくれなかった。ライブでやっても誰も反応してくれないし、みんな別の曲を聴きたがってた。自分ではそのサウンドからとっくに成長して先に行ってる感覚があったのに、周りは私にそこから動いてほしくないみたいで、それがすごく苦しかった。
2021年リリースの楽曲「SPOILED BITCH」
―なるほど。
ティファニー:でもこの1年くらいで、新しい世代のEDMアーティストたちからすごく刺激を受けるようになって、「もしかしたらポップとEDMをちゃんと混ぜる方法があるのかもしれない」って思えるようになって。
だからといって、完全なEDMアーティストになって、曲を書かずに自分のボーカルを切り刻むだけ、みたいな方向に行きたいわけではなかった。別にそういうことをやってる人へのディスじゃないよ(笑)。ただ、それは私じゃない。
私はポップを書くことから始めた人間だから。子どもの頃に聴いてたのも、大きく分けると二つのジャンルだった。移民の両親がラジオで流してたTop 40のポップと、SoundCloudにあったEDMとかフューチャー・ベース。高校生の頃はLouis the Childが一番好きなアーティストだった。
『HALO』を作る頃には、音楽との関係に苦しみすぎて、本当に辞めたいと思ってた。Allyにも「Fuck、これを最後のアルバムにしたい」って言ってたし、Allyやマネージャーにも何度も、「このアルバムが終わったら引退する。もうどうでもいい。マジで9時5時の仕事に就く。会社員になってAritziaで買い物する!」って(笑)。
そしたらAllyが、「じゃあ、これが最後のアルバムになるなら、好きなものを何でも作って、思いっきりやって終わればいいじゃん」って。それで私も「確かに」って思って。それで『HALO』が生まれた。もう「これがどれくらい成功するのか」なんて気にするのをやめたんだよね。『HALO』は、本当にただ私が楽しんで作ったものだったの。
DJについても同じで、その時点でもう何年もDJをやってたし、MONOLID(一重瞼)っていう別プロジェクトもあって、そこでダブステップを作ってた。ティファニー・デイとして活動しながらダブステップを作ってたんだけど、当時はティファニー・デイをやってるときより、MONOLIDをやってるときのほうが楽しかったくらい。
だからMONOLID名義でギグを取れるとすごく嬉しかった。ギャラなんて本当にひどかったけど(笑)。30分とか1時間のセットで100ドルとか、それくらい。それでもやってた。あるときなんて、プロモーターがライブの途中でいなくなって、結局ギャラをもらえなかった。それで4年後に「Yo、あのときのお金もらっていい?」って連絡したら、払ってくれた(笑)。ヤバくない?
だから、全部のストーリーを知らない人に「LARP」って言われると、「いやいや」って思う。でも、わからなくもないんだよね。今まで私の名前を見たことがなかったのかもしれないし、私はずっとアンダーグラウンドのハイパーポップ・シーンにいたわけじゃなくて、どちらかというとインディーポップの世界にいたから。
自分たちのニッチなシーンに突然誰かが入ってきたように感じたら、嫌になる人がいるのも理解はできる。でも、それが私の意図だったことは一度もない。いろんなジャンルが本当に好きだし、リスペクトしてる。それらを自分なりに最高の形で混ぜて、自分だけのレーンを作りたい。
とはいえ、人間って何でもカテゴリーに入れてラベルを貼りたがるじゃん。そうしないと脳が処理できないんだと思う(笑)。だからまあ、そういうものなのかなって。
Tiffany DayがDJセットを披露する「BASS FLUFF AT THE GYM」。スクリレックスやNinajirachi、glaive、2hollis、ISOxoらを織り交ぜながら自身の楽曲もプレイ。ポップとEDMを自由に行き来する音楽観/ルーツがよくわかる映像
アジア系というラベルを越えて
―今のインターネットの難しさって、自分が考えていることや感じていること、実際に聴いている音楽まで、自分の100%をオンラインに出すことなんて不可能なのに、ネットに出ているものだけを見て「これがこの人のすべてだ」と判断されてしまうことだと思います。それと関連して、アジア系アメリカ人としてのアイデンティティについても聞きたいです。2010年代後半には、アジア系アメリカ人の音楽やカルチャーをめぐって、もっと一つの目に見えるコミュニティが存在していたように感じます。でも今は、その状況もかなり分散していますよね。一方で、ティファニーの音楽には今でも、移民二世だったり、移民の親を持っていたり、アメリカでマイノリティとして育った人たちが共感する部分があると思います。オーディエンスが広がっていく中で、そのコミュニティとの関係や、「アジア系アメリカ人アーティスト」として見られることへの気持ちは変わりましたか?
ティファニー:オーディエンスの多様性は、本当に広がったと思う。ここ数回のライブを見ててもすごく面白くて、前は『LTF』の頃ですら、ライブに来る人はほぼ全員アジア系だったの。たまに白人の男の子とか黒人の男の子が一人いて、「Yeah!」ってなるみたいな(笑)。
でも今は、本当にいろんな人がいる。私がアジア系であることを好きでいてくれたり、そこに共感してくれる人もいるし、一方で、単純にハイパーポップが好き、このシーンが好き、ほかのアーティストも好きで、「ティファニーも観に行こう」って来てくれる人もいる。
正直、それはずっと私が望んでたことだったと思う。誤解してほしくないんだけど、アジア系の女性や男性、それ以外のどんなアイデンティティの人にとっても、私がrepresentation(自分を重ねられる存在)になれることはすごく嬉しい。でも同時に、ずっと「アジア系アメリカ人アーティスト」っていうラベル以上の存在になりたいと思ってた部分もあった。
アジア系のプレイリストにしか入れてもらえなかったり、「注目すべきアジア系アーティスト」としてしか紹介されなかったりするのは、やっぱりフラストレーションだった。「注目すべきハイパーポップのアーティスト」とか、「注目すべきエレクトロニック・アーティスト」として紹介してほしかった。
だから今の状況は、正直すごく嬉しい。もちろん、自分がアジア系であることを小さく見せたり、そこから距離を取ったりしたいわけでは全然ない。それは今でもすごく大きなことだし、私みたいな人がステージに立ってる姿を見ることに、representationを感じてくれる人もたくさんいると思う。ただ、今はそれだけじゃなくて、本当にいろんな人がいる。そのバランスがすごくいいなって思うし、今はすごく嬉しい。
「AMERICAN GIRL」は、”アメリカ人の女の子”でありながら周囲との違いを意識し、どうにかその世界に溶け込もうとする不安や自己像を描いた楽曲。〈I know I don't look like you yet(まだあなたたちみたいには見えないけど)〉という一節に、アジア系アメリカ人として育ったティファニーのアイデンティティをめぐる葛藤が滲む
「究極の目標は、アリーナを埋められるアーティスト」
―この1年だけでも、本当にいろんなことが変わりましたよね。5年後の自分の人生やキャリアを想像したとき、どんな姿になっていたいですか? 音楽でも、それ以外の人生でも、やってみたいことや達成したいことはありますか?
ティファニー:面白いことに、私は「何年後までにこれを達成する」みたいな長期計画を立てるタイプじゃないんだよね。もし昔からそういうことをしてたら、たぶんもっと早く辞めてたと思う(笑)。
音楽を始めて、LAに来て……もう8年くらいかな? 8年くらいやり続けて、やっと今になってブレイクできたような感覚だから、「5年以内にこれを達成したい」みたいなことは、あんまり真剣に考えないようにしてる。
一番大事なのは、これからも自分が楽しいと思える音楽を作り続けること。もちろんファンはもっと増えてほしいし、もっともっと大きな会場でライブもしたい。アワードショーにも行ってみたいかな。それは楽しそう。まあ、ああいう場所に行ったら刺激が多すぎて、めちゃくちゃ疲れそうだけど(笑)。
でも、究極の、究極の目標は、スタジアムとかアリーナを埋められるアーティストになること。それは10歳くらいの頃からずっと夢見てきたことだから、いつかそこにたどり着けるまで続けたい。
ただ、それに何年かかるかは自分で決めないようにしてる。だって、本当にわからないじゃん。この先2年で突然とんでもないことが起きて、神様が「はい!」って、世紀の大ブレイクをくれるかもしれない(笑)。逆に神様が「じゃあ、あと10年そこで待ってて。またあとで来るから」って言うかもしれない。
だから、宇宙には宇宙の計画があるって信じて、自分はできるだけ一生懸命やる。それで、いつか何が起きるのか見てみよう、っていう感じかな。

Photo by Ally Wei

ティファニー・デイ
『HALO』