
石川紅奈は、マイケル・ジャクソン「Off the Wall」をウッドベースで弾き語りする動画で一躍注目を集め、そこからメジャーデビューを果たした。また、壷阪健登とのプロジェクトsorayaでは、ジャズに軸足を置く二人が、ティン・パン・アレーやシティポップなど、日本の「うたもの」の系譜にも連なる音楽を奏で、注目を集めてきた。
そんな石川がリリースした2作目のアルバム『Garden』で、先行シングルとして公開されたのが「Les Fleurs」だった。後にスティーヴィー・ワンダーのプロデュースでも知られるようになるミニー・リパートンが、キャリア初期のデビュー作『Come to My Garden』(1970年)に収録した楽曲のカバーだ。さらに、続いて公開したのは、ロイ・エアーズ「Searching」のカバー。どちらもフリーソウル/レアグルーヴの定番であり、後者はエリカ・バドゥによるカバーをはじめ、数々のヒップホップやR&Bでサンプリングされてきた重要曲でもある。
この2曲を聴くだけでも、『Garden』が向かう方向はおぼろげながら見えてくる。しかし興味深いのは、石川がそれらを単に自分の好きな曲として取り上げるのではなく、自身の声とウッドベースを軸に、まったく独自のアレンジへと作り変えていることだ。そこから感じられるのは原曲への思い入れだけではない。ジャズ・ミュージシャンとして、自分なりの解釈を提示しようとする意志がある。そして、その姿勢はカバー曲と地続きに鳴るオリジナル曲にも貫かれている。
石川紅奈は自身の音楽をどう生み出しているのか。『Garden』を手がかりに、その背景にある音楽観についてじっくり話を聞いた。
アルバム・リード曲の「In the Rain」をバックに、東京郊外の牧場のフラワーガーデンで行われたジャケット写真の撮影風景が垣間見られるティザー映像
ソウル、ブラジル音楽、ジャズとの出会い
―Rolling Stone Japanには初登場なので、まずはもう少し広い話から聞かせてください。今の自分につながっているもので、昔から好きだったアーティストや作品というと、どんなものがありますか?
石川:幼い頃、家で流れていたのはスティーヴィー・ワンダーやマイケル・ジャクソンなどソウルが多かったです。それと、ブラジル音楽ではボサノヴァのオムニバスみたいなものが流れていました。いろいろなアーティストが入っていて、1曲ごとに違う人が演奏しているので、そこから気になった人を掘っていくような感じでボサノヴァを知っていきました。そういう音楽が自分の土台にはあります。ジャズに関しては、高校のときにジャズ研に入ってから聴き始めました。
―実家のレコードやCDのコレクションを聴いていたということですか?
石川:はい。父親はソウルやロックが好きで、レッド・ツェッペリンやレッド・ホット・チリ・ペッパーズ、パール・ジャムなどのCDもあって、物心がつく前から、そういう音楽が身近にありました。
―ソウル系だと、その後はどういうものを気に入っていったんですか?
石川:今につながるもので言うと、やはりミニー・リパートンがすごく好きですね。歌という点でも好きです。あとはマーヴィン・ゲイを聴いたり。ベースにフォーカスしていたわけではなくて、そういったアーティスト自体が好きで聴いていたことが多いです。
ニューアルバムでカバーした、ミニー・リパートン「Les Fleurs」のオリジナル版
―そういうものはどれも家にあったんですか? それとも自分で買ったり、レンタルしたり、YouTubeで聴いたり?
石川:途中までは家にあったものを聴いていて、途中からはTSUTAYAの「5枚1000円」みたいなレンタルで、気になるものを3枚ぐらい選んで、あとはジャケ借りみたいな感じで、その付近にあるものを借りたりしていました。
―ギリギリTSUTAYAを使っていた世代なんですね。ということは子どもの頃は、まだSpotifyで何でも聴けるという感じではなかったと。
石川:そうですね。初代のiPodを使っていました。
石川による、マーヴィン・ゲイ&タミー・テレル「Ain't No Mountain High Enough」のベースカバー映像(2020年公開)
―ブラジル音楽だと、その後に好きになったのは?
石川:アントニオ・カルロス・ジョビンと、エリス・レジーナがとても好きです。私が一番聴いたのは『Elis Regina in London』です。CDをジャケ買いして好きになりました。
『Elis Regina in London』
―もともと家にそういういい音楽がたくさんあって、そこから自分でもいろいろと聴くようになったと。昔の音楽だけではなくて、同時代のものも聴いていました?
石川:その頃に流行っていたものも聴いていました。東京事変をコピーバンドでやったりもしていて。私は歌ではなくてベースをやっていました。あとはレッド・ホット・チリ・ペッパーズですね。当時、音楽番組やフジロックなど日本に来たりしていて、その付近の時期にはiPodに入れて、とにかくたくさん聴いていました。
―その次に聴くようになったもので、今の自分の音楽につながっていそうなものというと?
石川:ジャズですね。高校に入ったとき、普通の県立高校なのですがジャズバンド部というジャズ研のような部活があって。いわゆるビッグバンドではなくて、コンボをやるという変わった部活だったんです。そこに入ったことが大きかったですね。顧問の先生がデューク・エリントンを好きな人で、いろいろなCDを貸してくれたり、「この曲をみんなでやってみるよ」と言って、その先生が書いた譜面をみんなで演奏したりして。そこでジャズが一気に入ってきました。
―吹奏楽などは通っていないんですか?
石川:通ってないです。
―じゃ、楽器を本格的にやり始めたのも、そのジャズ研から?
石川:ベース自体は父親がエレキベースを持っていて、それが家にあったので、中学生の後半ぐらいから触っていました。それを使って、高校でベースを弾ける部活を探したんです。
最初は軽音部に入ろうかなと思っていました。エレキベースをそのまま使えばよかったので。でも、確かその頃はアニメの『けいおん!』の影響もあったりして、すごい軽音ブームみたいになっていたんですよ。それで人数が増えすぎて、(部室に収まりきらず)外で練習したり、アンプが足りなくてベースも生音で練習していたりして。私はそれがちょっと嫌で(笑)。ほかにこの楽器を弾けるところはないかなと思ったら、ジャズバンド部があったんですよね。
それでジャズバンド部に入ったので、もともと「すごくジャズがやりたい」という経緯ではなかったんです。でも、そこで自分が好きだった音楽ともリンクしていきました。学校生活で身近に音楽の話ができる人は少なかったですけど、ジャズ研を見学しに行ったら先輩と話が盛り上がって、「あ、ここに入ったほうがいいかな」と思って。
そうしたら顧問の先生がコントラバスを持ってきて、「ベース希望だったら、これもやるんだよ!」みたいな感じで(笑)。そこでコントラバスと出会いました。だから、ウッドベースは高校から弾いています。
―じゃあ、『けいおん』ブームがなかったら、ジャズをやっていなかった可能性もあると。
石川:そうですね。もし軽音部にすんなり入っていたら、また違っていたかもしれないです。
「歌」にめざめるまで
―高校時代は、基本的には昔のオーセンティックなジャズをみんなで演奏していたんですか?
石川:そうです。スタンダードだったりとか。
―石川さんは32歳で、当時はロバート・グラスパーも出てきた頃ですよね。そういう新しいジャズについては?
石川:当時は知らなかったですね。先生がいわゆる「名盤」と言われる昔のものを教えてくれて、それを聴くという感じだったので、当時の新しいジャズは全然聴いていなかったです。そのあと大学に入ってから、先輩や同期が教えてくれて聴くようになりました。エスペランサ・スポルディングとか。
―エスペランサは、何かのきっかけになっていたりしますか? 彼女はベースを弾きながら歌うし、ブラジル音楽もやっていたりして、石川さんと共通点がありそうな気がしますが。
石川:あると思います。エスペランサ自体はすごく好きで聴いているし、音楽もずっと追っています。でも、自分がベースを弾きながら歌うようになったきっかけとしては、意外とそこではなくて。コロナ禍で誰とも会えなくなったときに、自分で練習していて、「自分だけで成立させることができるかも」と思ってやり始めたのが大きなきっかけだったんです。だから、コロナ禍がなかったら今のような活動をやっていなかったかもしれないです。
―じゃあ、歌でステージに立つようになったことに関しても?
石川:コロナ禍がきっかけです。
―大学時代は、歌については勉強してました?
石川:一応、みんなが取る歌の授業は受けていたんですけど、特別に習っていたわけではないです。私はベーシストとしてライブやセッション・ホストをやることも多かったので、そこでも特に歌っていなかったです。
大学時代は歌のレッスンも受けていなくて、卒業してからも何年かは受けていませんでした。でも、途中でやっぱり興味が湧いて、習ってみようと思って、ジャズ・ボーカルの先生のレッスンを受けるようになりました。その頃はライブの最後に1曲だけ、アンコールでちょっと歌わせてもらう程度。好きでやっていた感じです。
コロナ禍に本格的に歌うようになって、そこからボイス・トレーニングに行くようになりました。そこからいろいろな可能性が見えてきて、どんどん面白くなっていきました。
―マイケル・ジャクソンの「Off the Wall」をカバーした動画がバズったのって、歌い始めてからどのくらいの期間だったんですか?
石川:「Off the Wall」がバズったのは2021年頃だったと思いますが、歌うようになったのは2019年とかなので、2年ぐらいですね。
―たった2年であそこまで……最初から今みたいなスタイルでした?
石川:いや、全然できてなかったです(笑)。でも、普通に楽しかったから、その動画はシェアしていました。コロナ禍って、みんな動画を上げていたじゃないですか。もうそれしかコミュニケーションの方法がなかったから。
私はカラオケ館で一日中練習していたんですよ。家ではずっとは音が出せなかったので。それで、本当に時間があって、やりすぎて、「何か面白いことないかな」みたいになっていて。私はリフが大好きなんです。音楽の中の「リフ」というもの自体がすごく好きで。「Off the Wall」のリフをなんとなく聴いたときに「あ、いいな」と思って弾いていたんですけど、リフだけだと寂しいじゃないですか。そこで「一人で歌えばアンサンブルにできるかも」と思って、歌を足したんです。それで最初は1分弱の短い動画を上げるようになって。それがきっかけになりました。
―そうでしたか。1stアルバム(2023年作『Kurena』)もそうだし、sorayaでの活動も含めて、もともと歌もやりたかった人なのかなと思っていました。歌い始めたのが遅かったんですね。
石川:そうですね。歌はずっと大好きでしたけど、自分が歌えるとは思っていなかったので。すでにベースをやっていましたし。でも、歌もののサポートはよくやっていたんですよね。だから、そういう音楽はすごく好きでした。
―その頃から、もし自分で音楽を作るなら歌を入れたい、あるいは誰かボーカリストを入れたいというイメージはあった?
石川:それはありました。

Photo by Yasutomo Ebisu
ジャケ買いで育んだ想像力と「もふもふ感」
―1stアルバムの頃から、いわゆる「ジャズ」という感じでもないじゃないですか。自分自身で音楽を作るとしたら、どういうものをやりたいというイメージがあったんですか?
石川:それは今回、すごくやらせてもらえたなと思っています。私は「これはいったいどこに所属している音楽なんだろう?」と思うような音楽が好きなんです。プレイリストを作るのも好きなんですけど、それを見ていると、一言では捉えづらいアルバムが多い。いわゆるレアグルーヴと言われるようなものとか、そういう音楽がもともと好きで、よく聴いていました。
でも、それをそのまま今やるというのは無理じゃないですか。年代も違うし。私が好きな70年代の音楽やアートワークって、音質にしても写真にしても、何か1枚フィルターがかかっているような感じがある。でも、それはその年代、その時点で存在していた技術によってそうなっているのであって、彼らは「ああいうふうにレトロにしよう」と思って作っていたわけではないですよね。だから、私はレトロっぽいものを作りたかったわけではないんです。
キャロル・キングが一つの部屋にみんなで集まって録音している写真を見せてもらったことがあって、でも、それを見ると、全員に相当な技術があって、それができる人たちが集まっていたんだろうなと思うんです。そこにも熱いものを感じるし、「いいな」と思うポイントなんですよね。つまり、人力でやっているイメージです。少なくとも私は70年代の音楽に対して、そういう印象が強い。80年代になると、そこからまた少し変わっていく。70年代の、何て言うんだろう、「もふもふ感」と、その力強さが大好きなんです。そこは自分のリファレンスとしてありました。
―なるほど。
石川:そこで「それを今の自分がやるとしたら、どうやるんだろう?」と考えたときに、別にレトロっぽい音質にするためのフィルターをかけたいわけではないんです。でも、あの時代の音楽みたいに、いろいろなものがミックスされたものを自分なりにやりたい。それを実際に作らせてもらったのが、今回の『Garden』だと思います。
―さっき話していた、一つのジャンルに収まらないような音楽ということで言うと、例えばどんな曲がプレイリストに入っています?
石川:最初のほうに入れていたのは、ドクター・バザーズ・オリジナル・サヴァンナ・バンド(「Sunshower」)。コロナ禍にジャケ買いしました。
私、ジャケ買いが好きなんですよ。どうして自分がそのアートワークを好きなのか、音楽がその答え合わせになることもあるから。ドクター・バザーズ・オリジナル・サヴァンナ・バンドは大好きなんですけど、あれって「何のジャンルですか?」と言われたときに、何なんでしょうね……。例えば、エキゾチカ みたいな言葉もあるかもしれないけど、それって音楽を知っている人たちが使う言葉で、知らない人が聴いたら「何これ?」ってなるじゃないですか。「ジャズだね」ともならないし。私はそういう音楽が面白くて好きだったんですよね。
それからアイアート・モレイラ(「Stanley's Tune」)とか。あとは、ドロシー・アシュビーの黒いジャケットで、カーペットが写ってる『The Rubáiyát Of Dorothy Ashby』。ホレス・シルヴァーの70年代に入って歌が入ってくるあたり。『Total Response』とか。ロイ・エアーズはライブも大好きなんですけど、音源だったら「Searching」が入っている『Vibrations』あたりが好きです。
―ミン・ヒジンとかと趣味が合いそうですね。あの人はこういうフリーソウルやレアグルーヴみたいなのが好きなんですよね、たしか。
石川:そうなんですね。だから、NewJeansってああいう感じなんだ。
―こういう音楽ってどうやって探してきたんですか?
石川:SpotifyやApple Musicを使うようになる前は、ディスクユニオンに行っていました。けっこうジャケ買いをしていましたね。今思うと、ジャケ買いをすると、そこからその周辺を調べられるじゃないですか。そこからYouTubeで聴いたりしていました。今は「これが好きかも」というレコメンドがあるので、そこからけっこうスイスイ探せますけど、私の場合はジャケ買いが大きかったです。
―周りにそういう音楽をシェアできる人はいました?
石川:いなかったですね。そこはずっと個人戦でした。ジャケ買いも、一人でずっと探していました。私は「もの」自体が好きなんですよ。収集することも大好きで。「これは部屋に飾りたいかどうか」みたいなことも含めて、とにかく見た感じから選んでいくことがありました。
―石川さんがどうやってロイ・エアーズやロータリー・コネクションに辿り着いたのか、そこがすごく疑問だったんです。個人戦、しかも、ジャケ買いだったとは。そういう自分の好きな音楽があって、自分が好きなものを自分なりに表現するときにどう解釈しようと思ったんですか? さっき「レトロにはしたくない」と言っていましたよね。
石川:「今やるとしたら、どういうものにしたいか」は、最初から見えていたわけではないんです。制作のプロセスを一つずつ経ていくうちに、だんだん着地していったという感じです。
―そのプロセスはどんな感じですか?
石川:「今の私がやるんだったら、弾き語りでやりたいし、リフの上で歌いたい」という自分の希望がある。だから「Searching」はリフからアレンジを作っているんです。「こういうリフがやりたい」と思ったら、それをまず自分でベースを弾いてマイクで録って、その上で歌ってみる。そういうプロセスを一つずつ経て、最終的に着地しました。
ニューアルバムでカバーした、ロイ・エアーズ「Searching」のオリジナル版
―ところで、石川さんって「ジャズ・ミュージシャン」のアイデンティティはありますか?
石川:あります。でも、いろんなところにアイデンティティがあっていいんじゃないかと思っているんです。例えば、私はブラジルの音楽をずっと聴いてきました。ブラジル人ではないし、ブラジルにも行ったことはないけど、ずっとブラジル音楽のラヴァーだったから、そこにも自分のアイデンティティはあります。ジャズに関しても、大学ではジャズ科にいたし、高校時代のジャズ研を経てジャズが好きになりました。大学のジャズ科には小曽根真さんのスピリットがあって、そこから得たものもたくさんある。だから、ジャズにも自分のアイデンティティがあります。
私がベーシストとして最初に好きになった人であり、一番大好きなベーシストはジェームス・ジェマーソンだったから、ソウルにもアイデンティティがある。そういうものが、いくつもあっていいんじゃないかなって、自分では思っています。
英語と日本語のあいだで探す「自分の歌」
―石川さんは歌詞も自分で書いてますよね。歌詞を書くときに、自分なりのルールや方法論はありますか?
石川:ないです。今回は基本的に先に音楽が全部できていました。ただ、「Erica」だけは、「Erica」というフレーズが音と同時に出てきました。それ以外は先に音楽があります。
例えば、インストゥルメンタルだったとしても、何かしら思いがあって曲を作るじゃないですか。その思いはインストだったら抽象的に表現できるけど、歌詞となると、そこから具体的な言葉を抽出する必要がある。その曲を作った時点で何かしらの思いがあって、それを「じゃあ、あとからどう組み立てていこうかな」と考える。そのなかで「こういう単語が欲しい」と考えながら、順番に作っていった感じです。特に決まりはないですね。
―「こういう言葉はあまり使わないようにしよう」とか、逆に「こういう言葉が好きだから、つい入ってしまう」とか、そういうものはあります?
石川:そのときに必要だったら使うので、「使いたくない言葉」というのは今のところないです。でも、今回『Garden』というアルバムになったのは、出来上がった曲が揃ってから『Garden』というタイトルが決まったところもあって。振り返ってみると、そういう要素が多かった気がします。花とか、芽とか、種とか。
―自然にまつわる言葉が多いですよね。
石川:そうですね。
―カバー曲の歌詞も含めて、現代を生きている人間が作ったことを強く感じさせるような言葉があまり入っていないなと思ったんです。例えばスマホとか。
石川:たしかに。
―あと、時代や場所を特定するような言葉をあまり使っていない。カバー曲にも入ってないんですよ。
石川:そうかもしれないです。でも、狙ったというより、私が好きなものがそうだからなのかもしれないです。自分で「想像できるもの」が好きなんですよね。
聴いたときに、歌詞が普遍的だと、自分の心情を重ねやすいというか。固有名詞や時代・場所を特定するものがたくさん入っていると、どうしてもそれについて考えざるを得なくなるじゃないですか。
でも、例えば「Times Lie」の歌詞とか、すごく普遍的というか、かなり飛んでいる感じがある。チック・コリアの曲の歌詞には、けっこうそういうところがある。どんな状態にいるときでも、自分とコネクトする部分がある歌詞が好きですね。だから結果的にそうなったのかもしれないです。
―石川さんの歌詞ってすごく普遍的なんですよね。自分なりの哲学というか、「自分はこういうふうに世界を捉えている」というものが歌詞から感じられます。1stアルバム『Kurena』でカバーしていたチック・コリアの「500 Miles High」やスティーヴィー・ワンダーの「Bird Of Beauty」の歌詞もそういう感じですよね。
石川:そうですね。
―だから、カバー曲では歌詞も含めて自分が表現したいことに近いものを選んでいるのかなと思ったんです。自分が書く場合もそれに近い感覚で歌詞を書いているのかなと。あと、スピリチュアルなものも多いですよね。
石川:スピリチュアルだと思いますね。「スピらざるを得ないよな」みたいな気持ちになることはあります(笑)。
―どういうことですか?
石川:だって、音楽自体が見えないものじゃないですか。今こうやって話していることだって、何か見えないものについて、ここに集まった人たちが話していて。音楽そのものだって見えないものを信じて扱っているわけじゃないですか。それってスピリチュアルだなって思います。
―歌詞もそうですし、音楽的にもそれを感じました。
石川:そういうものに惹かれるところはあります。余白が多いというか、捉え方にいくつもの道があるもののほうが好きですね。

Photo by Yasutomo Ebisu
―自分の内面に入っていくようなものもあれば、外へ解放していくようなものもある。ベクトルはさまざまですけど、歌詞のスケールが大きいものが多い気がしました。あと、今回は英語で書いている曲がありますよね。最初から英語で書いているんですか?
石川:英語で歌詞を書いて自分で歌うということをやってみたかったんです。でも、私はネイティブでもないし、自分だけでは英語の歌詞を書けないんですよね。だから、欲しい言葉やイメージをたくさん集めて、ユニバーサル ミュージックで翻訳などをされている方に一緒に見てもらって、組み立てた歌詞です。
―英語で歌うのと、日本語で歌うのでは違いますか?
石川:洋楽を圧倒的に聴いてきているので、自分から出てくるイメージが全部、英語のリズムになっているんです。それに日本語を当てるというのは難しくて。例えばキリンジの「エイリアンズ」とか、すごく素敵じゃないですか。洋楽から音楽的な影響を受けながら、そこに日本語でいい歌詞を書いている。それってすごく難しい……。
だから、英語で書くと、自分の中にある音のイメージはそのまま出せるはずなので、一度やってみたかったんです。日本語はまだ自分の前に立ちはだかっているもの、という感じがします(笑)。やっぱり日本人だし、日本語で歌いたい気持ちはすごくあります。それに関しては、sorayaでは作詞家の方に入ってもらったりしました。でも、それを自分で書くとなると全然違うんですよね。抽象的な気持ちを表現したいと思っても、日本語だと基本的には一音につき一文字しか入れられない。その難しさがすごくあります。
―石川さんが書いた歌詞の内容も日本語と英語で違う気がします。英語はすごく抽象的なものが出てくるのに対して、日本語はまっすぐなものが出てくるような印象があります。
石川:そうかもしれないです。抽象的な気持ちを表現できる日本語の歌詞を、私はまだ普通に書けないんだと思います。
―でも英語だとできるんですね。
石川:英語のほうが、いろいろ入れられるところはあると思います。言葉の数も多く入れられるし。日本語でも技術がある人なら、少ない言葉でも伝えられると思うんですけどね。でも、今のところ、自分の思いを伝えるための手段としてのチョイスは、あの形で。だから、結果的に日本語ではまっすぐ歌っている歌詞になったんじゃないかなと思っています。
―今は、日本語で書くことのほうがチャレンジなんですね。それと、石川さんの歌い方はいかにもジャズっぽい歌い方とか、ソウルっぽい歌い方とかでもないですよね。ジャンルやスタイルではなく、自分自身で表現したいものを歌うためのやり方を探している感じがします。歌に関して、ロールモデルのような人はいます?
石川:技術的なところはわからないですけど、「まっすぐ歌う」ということに関しては、絶対にそういうふうになりたいと思っています。まっすぐ歌っている人のロールモデルはたくさんいます。ジャズ・ボーカルだったら、エラ・フィッツジェラルドはものすごくジャズのボーカリストですけど、私は「あの人の声」でまっすぐ歌っている人だと思っているし、ブロッサム・ディアリーだって、まっすぐ歌っている人だと思います。その人自身である状態で歌っている。そういうロールモデルはたくさんいます。
―日本語で歌う場合はどうですか?
石川:日本語だったら、堀込泰行さんや曽我部恵一さんの歌が大好きです。それから、私は美空ひばりさんもまっすぐ歌っているように感じるんです。おばあちゃんが美空ひばりさんをすごく好きで、一時期よく聴いていたんですけど、私にはそういうふうに聴こえますね。
―ところで最近のアーティストでも、70年代っぽい感覚を取り入れている人ってけっこういるじゃないですか。そういうものも聴きますか?
石川:聴きます。クレイロはまるであの時代の人みたいで好きです。おしゃれでかわいいし。 他にも70年代っぽいサウンドが増えている感じがするので、一通り気になって聴いています。
―でも、そこに寄せる気はないわけですよね。例えばアナログ機材を使って、ヴィンテージっぽくすればいいということではないと。
石川:そうなんですよね。今は便利な機材がたくさんあって、それを使えば「そういう音」にできる。でも、それは私がやりたいこととは違うのかもしれないと思って、結果的に今の形に着地しています。私は「解釈したい」と思うんです。「あの音楽のスピリットって、どういうものだったんだろう?」。それを自分なりに想像したいんです。

石川紅奈
『Garden』
発売中
再生・購入:https://kurena-ishikawa.lnk.to/garden
1. Les Fleurs
2. Erica
3. Animara
4. In the Rain
5. Searching
6. Times Lie
7. Witch of the North
8. Oyasumi
石川紅奈:bass, vocals
大林武司:piano, Fender Rhodes on 2, 3, 7
Taka Nawashiro:acoustic & electric guitars on 4, 5, 7, 8
守真人:drums on 2, 7
ジーン・ジャクソン:drums on 3, 6
Kan:percussion on 1-5, 7, 8
Kurena Ishikawa "Garden" Release Tour
2026年9月21日(月・祝)兵庫・KOBE QUILT
2026年9月22日(火・祝)大阪・雲雷寺
2026年10月6日(火)東京・COTTON CLUB
2026年10月23日(金)愛知・名古屋市千種文化小劇場(ちくさ座)
2026年10月24日(土)静岡・ジャズと喫茶 フィガロ
2026年11月13日(金)宮城・LIVE RESTAURANT J'Z
〈出演メンバー〉
兵庫・大阪・愛知・静岡公演:
石川紅奈(Bass / Singer)、Taka Nawashiro(Guitar)、Kan(Percussion)
東京・COTTON CLUB公演:
石川紅奈(Bass / Singer)、Taka Nawashiro(Guitar)、Kan(Percussion)、Gene Jackson(Drums)、大林武司(Piano)
宮城・LIVE RESTAURANT J'Z公演:
石川紅奈(Bass / Singer)、大林武司(Piano)