FKJが明かす「境界のないサウンド」の作り方 『Tyber』の新境地と日本で広げた映像世界

FKJの最新作『Tyber』には、長年にわたるツアー生活のなかで直面した私生活の変化や、大切な人々との関係の揺らぎ、その先でたどり着いた新たな心境が刻まれている。世界各地で制作された楽曲群は、多彩なコラボレーションや土地ごとの空気を取り込みながら、長い時間をかけ、ひとつの魅力的な作品へと結実した。

本インタビューでは、アルバム制作の背景をはじめ、サンプリングや録音に対する考え方、現在の創作姿勢について話を訊いたほか、日本のクリエイティブ・チームとの仕事を通じて得た刺激や、日本で撮影された映像プロジェクトについても話してもらった。12月10日には東京国際フォーラム ホールAにて来日公演が開催されるが、新作の世界観がライブでどのような広がりを見せるのかに期待が高まる。

人生の転換期から生まれた『Tyber』

―本作のコンセプトについて教えてください。

FKJ:『Tyber』というアルバム・タイトルにはストーリーがあるんだ。”Tyber”というのは、言うなればひとつの”存在”。僕自身が、それまで経験したことがないほど深い静寂の中で体現した存在というか。その存在として生き、それほどの静けさを体験したんだ。少なくとも僕自身は、それを別の現実に存在する、より高次の自分の姿のようなものだと捉えている。それ以来、僕はその存在を理想的な状態として見つめるようになった。今の僕たちが生きている世界では簡単なことではないけれど、日常生活の中でもその状態を体現したいと思っているんだ。非常に賢明で、深い静けさを湛えた存在の在り方というか。

こうした体験は、僕が参加したリトリートと、ある植物との出会いによってもたらされたものなんだ。その植物はイボガと呼ばれるものなんだけど。ただ、そのリトリートは最初から計画して参加したわけではなかった。むしろ、何が待っているのか、その植物が何なのか、その背景にある伝統についてもよく知らないまま飛び込んだようなものだった。その植物はガボンに由来し、ブウィティの伝統と結びついたものだったんだ。

だからTyberは、僕にとってひとつの最高の状態を表しているんだよね。僕の人生に多くの変化や移行が起こる中で、33歳という年齢には何か特別な意味があることも知った。ヨガの伝統では、太陽の周期との関係から、33歳は大きな転換の時期とされているそうなんだ。実際、その時期には本当にいろんなことが起こった。たくさんの困難もあったね。でもTyberとその体験を通じて、すべての答えが見えてきて、さまざまなことが解決していった。すべてが美しい形で収まったんだ。それは、ある意味ひとつの章の終わりだった。僕の人生における、ある時期の終わりだったんだよ。

―本作を制作する以前は、ワールドツアーを続ける一方で、大変な時期でもあったそうですね。

FKJ:決して肉体的に疲弊していたわけではなかったんだ。精神的には、人生の中で起こったさまざまなことによって大変な時期ではあったけどね。でも、ライブやツアーそのものが原因だったわけではないよ。世界中をツアーして、たくさんの人たちと出会えたことには本当に感謝しているんだ。キャリアという意味でも素晴らしい経験だったし、こうした活動ができていることをとてもありがたく思っているよ。

僕にとって精神的に大変だったのは、その傍らで起きていたさまざまな出来事だった。それはキャリアの問題というよりも、僕自身のプライベートな生活に関することだったんだ。ただ、そうした私生活で起きたことの一部は、僕が長い間家を離れて、ツアー中心の生活を送っていたこととも無関係ではなかった。僕にとって非常に大切な人たちとの関係が、感情的な面でも仕事の面でも、少しずつ崩れ始めてしまったんだ。

だから、僕が疲弊していた原因はツアーそのものではなかった。むしろ、ツアー生活を送る中で生じた、私生活におけるさまざまな出来事や困難の方が大きかったね。

Photo by Jack McKain

―前作『V I N C E N T』はコロナ禍のフィリピンで制作され、その環境からも大きな影響を受けていました。本作は、いつ頃から、どこで制作されたのでしょうか。

FKJ:『Tyber』をいつから作り始めたのかを正確に言うのは、ちょっと難しいかな。そもそも、アルバムを作ろうと決めて始めたわけではないからね。どこかに行って、自分を閉じ込めてアルバム制作を始めようと考えたわけでもないし。僕は常に音楽を作っていて、その中で音楽やプロジェクト自体が少しずつ形を成していく。作っているうちに、だんだんその姿が見えてくるんだよね。

だから、あまり計画を立てて制作するタイプではないんだ。「よし、今から新しいアルバムを作り始めよう!」という感じではなくて、常に音楽を作っていて、ある時からそれがひとつの作品として意味を持ち始める。たしか、ツアーの合間に家に戻っていた時期に、1曲目の「Journey」を作ったのを覚えているよ。その後またツアーに出て、ツアー中にも音楽を作れる場所を見つけながら、少しずつ制作を続けていった。そうしているうちに、プロジェクト全体がゆっくりと形になっていったんだ。

だから『Tyber』は、世界中の本当にさまざまな場所で作られたということになるね。そうした場所の音や環境も、ある意味でこの作品に影響を与えていると思う。その点が、ひとつの場所を中心に制作した前作とは大きく違うところだね。

―『Tyber』にはラビリンス、Bas、エリン・アレン・ケイン、ベイビー・ローズ、ルーシー・パークといったアーティストが参加しています。彼らとはもともと知り合いだったのでしょうか? 参加に至った経緯を教えてください。Basとは以前にも「Risk」で共演していましたよね。

FKJ:そうだね。Basは昔からの友人だよ。エリンとは2019年に出会って、そのときに「Soulmates」のデモを録音したんだ。そのほかにも別の時期に作った曲がいくつかあって、それを『Tyber』の制作期間中に改めてアレンジした。今回のアルバムにすごくしっくりきたからね。それで去年、エリンともう一度会って、一緒に仕上げたんだ。

ルーシー・パークについては、ここ2年くらい彼女の音楽をよく聴いていて、僕の方から連絡を取った。DMで何度かやりとりして、僕がロンドンにいるタイミングでスタジオに入ろうということになったんだ。

ベイビー・ローズとは偶然出会った。ロサンゼルスでジャム・セッションのような夜があって、そこで同じパーティに出席していたんだ。僕は彼女の音楽を知っていたし、彼女も僕の音楽を知っていて、その夜に意気投合した。それで、確か翌日にはスタジオに入って、いろいろな曲を一緒に作ったんだ。そのうちの1曲がアルバムに収録されることになったんだよね。

ラビリンスもルーシー・パークと似たような感じで、確かオンラインで知り合ったんだったと思う。その後すぐに電話で話したよ。お互いに以前から相手の活動をフォローしていたからね。それから2回会って、ロサンゼルスとロンドンで、それぞれ1回ずつスタジオ・セッションをしたんだ。

こうしたコラボレーションは全部、あらかじめ計画していたというより、自然な成り行きで実現したものなんだ。それぞれのアーティストと、とても自然で個人的なつながりがある。みんな友人でもあるし、僕にとっては、まずその人との経験や絆があることが大切なんだよね。そこから一緒に音楽を作ることにつながっていくんだ。

―それがある意味、世界中のさまざまな場所で音楽を作ることの利点なのかもしれませんね。

FKJ:そうだね。そこで生まれた美しい人間関係が、最終的に音楽へと変わっていくんだ。

エリン・アレン・ケインが参加した「I Want U」

「サンプルもひとつの楽器」FKJが明かす音作り

―「Journey」や「Leaving」「Open」では、鍵盤が前面に出ていますよね。あなたは以前、自身の楽曲をピアノのみで演奏した『Just Piano』という作品も発表しています。さまざまな楽器を演奏するあなたにとって、ピアノはどんな存在なのでしょうか。

FKJ:ピアノというのは、ある意味、すべての作曲家が使う楽器だと思うんだ。というのも、幅広い音域を指先で扱える楽器だから。音を持続させることもできるし、ほぼすべての音を同時に鳴らすこともできる。それができる楽器って、実はあまりないんだよね。

それに、僕自身は自分のことを必ずしもギタリストやサックス奏者、ピアニスト、ベーシストだとは考えていない。むしろコンポーザー、つまり作曲家だと思っている。自分のことはプロデューサーであり、コンポーザーだと考えているんだ。僕が受けてきたさまざまな音楽的影響の中でも、特にインストゥルメンタル・ミュージックから大きな影響を受けていると思うからね。

だから、ピアノが自分にとって一番好きな楽器とまでは言わない。それぞれの楽器を使うのには理由があって、それぞれが必要になる瞬間がある。例えば今は、ずっとベースを弾いている時期だったりするんだ。もしピアノしかなかったら、きっとほかの楽器が恋しくなると思う。だから、特別に好きな楽器がひとつあるというわけではないんだけど、ピアノは間違いなく僕にとって、とても大きな力を持った楽器だよ。ピアノを弾いていると、とても心が安らぐんだよね。

―好きなピアニストがいれば教えてください。

FKJ:もちろん、これまで聴いてきたたくさんのピアニストから大きな影響を受けているよ。モンティ・アレキサンダーもそのひとりだし、上原ひろみもそうだね。ハービー・ハンコックも、僕の音楽家としての歩みに多大な影響を与えてくれた。それから、ショパンやドビュッシー、モーリス・ラヴェルといったクラシックの作曲家、特に印象派の作曲家たちからも大きな影響を受けている。彼らは僕の音楽的なバックグラウンドや、これまでの歩みにおいて非常に大きな存在で、今作っている音楽にも多大な影響を与えているよ。

―一方で、「How Much Does It Take To Shift It All」のアコースティック・ギター、「I Want U」のシャープなカッティング、「Soulmates」の印象的なギターリフやギターソロなど、本作ではさまざまなタイプのギターを聴くことができます。前作『V I N C E N T』ではカルロス・サンタナを「Greener」に迎えていましたし、ギターにもこだわりがあると思います。先の3曲ではどのような意図でギターを使ったのでしょうか。また、これまでどのようなギタリストに影響を受けてきましたか?

FKJ:特に何かを達成しようとして音楽を作っているわけではないんだ。少なくとも、今はそうだね。もちろん、これからもクリエイティブなプロセスは変わっていくと思うけど、今のところは何か特定のものを実現するために音楽を作っているわけではないんだよね。むしろ、ただ演奏しているというのかな。10代で音楽を始めた頃と同じように、演奏しているうちに物事がだんだんと意味を持ち始める。そういう感じなんだ。

ギターは僕が最初に手にした楽器だから、ある意味、すべての始まりだった。12歳の頃、姉がアコースティック・ギターを弾いていて、家にあったそれを手に取ったのがきっかけだったんだ。それからインターネットを使ってギターを覚えていった。当時はまだYouTubeすらなくて、ギターのタブ譜を使っていたね。6本の線がギターの6本の弦を表していて、誰でも簡単に読めるようなものなんだけど。それを見ながら、自分の好きな曲を弾いて覚えていったんだ。同時に、ギターソロもたくさん練習したよ。

僕は若い頃からギタリストたちにものすごく影響を受けていて、いわば音楽的なヒーローがたくさんいた。もちろん、サンタナはそのひとりだし、B.B.キングもそう。ジャンゴ・ラインハルト、ウェス・モンゴメリーからも多大な影響を受けているよ。

―「Clear」ではクレイロの「Impossible」をサンプリングしていますよね。彼女の歌声が楽曲にとても自然に溶け込んでいますが、このサンプルを選んだ経緯と、「Clear」の制作プロセスについて教えてください。

FKJ:僕はクレイロの音楽が大好きなんだ。特に『Immunity』というアルバムが大好きで、それをきっかけに彼女を知ったんだよね。音楽を聴いていて、美しいボーカルやサウンドに出会うと、その曲をサンプル用のプレイリストに入れておくんだけど、そうしたボーカル・サンプルを使って作業するのが大好きなんだ。声って、いろいろな意味で最も美しい楽器だと思うから。でも、自分自身ではその楽器を完全に扱えるわけではない。だから、ほかの人の声からテクスチャーや豊かな響きをもらって、それを自分なりに加工していくのが好きなんだ。

ボーカル・サンプルを加工することは、昔から自分の音楽でずっとやってきたことだね。力強いボーカルに出会って、それを使っていろいろ試し始めると、本当にたくさんのことが表現できるんだよね。

「Clear」を作っていたとき……最初からこの曲が「Clear」というタイトルだったわけではないんだ。クレイロの歌詞がきっかけで、あとから「Clear」というタイトルになった。サンプル用のプレイリストを聴き返していたときに「Impossible」と再び出会って、それを使っていろいろ試し始めたんだ。その中で、僕にとってすごく意味のあるフレーズを見つけた。〈I know that its right(それが正しいってわかっている)〉と彼女が歌っていたんだ。それは、自分の中にある直感というか、何かを「これは正しい」と感じる感覚のことだった。

当時、まさにそういうことが自分の中で起きていたんだ。人生で起きたさまざまな困難に対して答えを見つけようとしていて、自分の直感を信じることが重要だったから。だから、そのフレーズを使ってみたら、本当に美しくぴったりとはまった。それで、そのまま残すことにしたんだよね。

―初期の作品では、アイズレー・ブラザーズやマーヴィン・ゲイなどの楽曲をサンプリングしていましたよね。一方、『French Kiwi Juice』以降は、そうしたサンプリングの比重が以前より減ったようにも感じます。その背景には、サンプルの許諾を得る難しさもあるのでしょうか?

FKJ:そうだね。サンプルの許諾を得ることは、やっぱり大きな問題だと思う。今回のクレイロのケースでも、もちろん勝手に使ったわけじゃなくて、使い続けるためにまず彼女に許可を求めたからね。僕が試しに使って、そのまま採用したということではなくて、僕のチームから彼女のチームに連絡して、きちんと許可を得てから使ったんだ。

サンプルについては、実際、どうなるかわからないところもあるんだよね。過去に作った曲の中には、サンプルの権利をクリアできなくてストリーミング・サービスから削除されたものもある。それは本当に初期の頃のことだけど。当時は僕たちもサンプルをどう扱えばいいのか、あまりよくわかっていなかったんだ。サンプルがほんのごく小さなものだったとしても、とりあえずその曲をオンラインに載せて、それから権利元のチームに連絡する、というようなやり方をしていた。でも、サンプルの使用を一切認めない権利者もいる。そうなると曲を公開することはできないから、実際に削除された曲もあったというわけなんだ。だから、そういう経験が何らかの形で影響している可能性はあると思うよ。

それに、意味をきちんと伝えたいのであれば、自分で曲を書いて、まさに自分が作りたいと思っているものを誰かに歌ってもらうというやり方も、すごくいいと思うんだ。そうすれば、その曲に込めた意味をそのまま伝えることができるからね。

でも、クレイロとの曲のような、いわゆる幸せな偶然というものもある。サンプルを使った曲でも、それがそのプロジェクトと自然にはまって、ちゃんと意味を持つことがある。僕はサンプルが大好きだし、今でも使っているよ。今回のアルバムでも、例えば「Burst」では別のサンプルを使っているし、今でも常にサンプルを使っていろいろ実験しているんだ。

だから、なぜ以前よりサンプリングが少なくなったのか、正確な理由は自分でもわからないな。おそらく、自分の頭の中にアイデアがあって、メロディが浮かんでいて、歌詞もあるのなら、それを自分で歌ってみるか、誰かに歌ってもらおうとするからだと思う。だから、必ずしも必死にサンプルを探しているわけではないね。でも、サンプルを使って遊ぶこと自体は今でも大好きだよ。

―サンプリング・カルチャーについて、どのように考えていますか?

FKJ:僕自身、サンプリングを使った音楽からすごく大きな影響を受けてきた。フレンチ・タッチやエレクトロニック・ミュージックからヒップホップまで、そういう音楽が大好きなんだ。サンプリングによって得られる音の質感って、本当に独特で特別だと思う。

ただ、サンプルの権利をクリアできなくて、録り直さなければならないこともあるよね。そういうときは、かなり難しいこともあると思う。というのも、元の録音が行われた当時の録音環境や、そこで使われていた機材、素材そのものから生まれる質感があるからね。もちろん、その曲で使われていたすべての楽器のレイヤーや、それらがミックスされることで生まれた質感も、ひとつのサンプルの中に含まれている。そういうものがとても複雑で、音響的にもすごく興味深いんだ。

だから、サンプルを使うのは本当に素晴らしいことだと思う。僕にとってサンプルは、まるでひとつの楽器のようなものなんだ。ただ、その楽器との付き合い方、つまりどうやって演奏するかという方法が、ほかの楽器とはまったく異なる。でも、サンプルも音響的にはひとつの”楽器”なんだよ。

―以前のインタビューで、DAWは主にレコーダーとして使っていて、プラグインもそれほど多くは使わないと話していましたが、今作でもそのスタイルは変わっていませんか?

FKJ:そうだね。僕は、ほかのプロデューサーのようなプラグイン・マニアではないからね。使うものはほんの少しで、たぶんいつも同じコンプレッサーを使っているよ。コンプレッサーも2つくらいしか持っていないんじゃないかな。Abletonに入っているプラグインもかなり使うけれど、僕の場合、楽しさを感じるのはソフトウェア上の楽器よりも、実際に手で触れられる機材の方なんだ。アウトボードの機材を触るのが好きだね。アウトボードのディストーションだったり、実際に手で触って操作できるものだったり。モジュラー・シンセも大好きだよ。

DAWは基本的に、録音と編集のために使っている。曲の構成についてはかなり編集するけれど、音の素材そのものは外部の機材から来ることが多い。テープ・マシンに録音するような感覚で、その代わりにDAWへ録音している感じかな。ただ、DAWなら編集ができるよね。それがテープ・マシンに録音することとの一番大きな違いだと思う。複数のテイクを録って、その中から好きなものを選ぶこともできるし、曲の一部分を飛ばしたり、複製したりすることもできる。

だから僕にとってDAWは、何よりもまず録音と編集のためのツールなんだ。もちろん、ミックスにも使うよ。今回のアルバムは僕自身でミックスして、その後ステム・マスタリングをしたんだ。マスタリングの段階でトラックをいくつかのグループに分けたから、さらにもう一段階、ミックスに近い調整を行ったような感覚だね。だからミックスではプラグインも使う。でも、たくさん使うことはないかな。使うプラグインは本当に少ないね。

―今作ではヘバ・カドリー(※)がミキシングとマスタリングに参加しています。あなた自身もこれまでエンジニアリングやミキシングを手掛けてきましたが、今回はなぜ彼女と一緒に仕上げることにしたのでしょうか?

※ブルックリンを拠点に活動するエジプト出身のマスタリング/ミキシング・エンジニア。ビョークや坂本龍一、ビッグ・シーフらの作品を手掛けてきた。

FKJ:作品から少し距離を置いて聴いてくれる人がいるのは、本当にいいことだと思うんだ。英語で何と言うのかわからないけど、一歩引いた視点を持って、作品を客観的に見ることができる人ということだね。僕とは違う耳で聴いてもらえるし、自分が曲を録音してミックスするときには思いつかなかったようなことを提案してくれる。

自分でミックスしていると、間違ったところに意識を集中してしまうこともある。自分が作った曲の細部を全部知っているから、「ここはもっと聴いてほしい」とか、「これはボーカルだから、もっと聴こえるようにしなきゃ」とか、「自分が書いたこの歌詞をみんなにしっかり聴いてほしい」とか、そういうことを意識してしまう。だから、自分が何を意図して作ったのかをそこまで知らない人に聴いてもらうのは、本当にいいことだと思うんだ。

ヘバは、アルバム全体を僕のミックスからそのまま仕上げたわけではなくて……彼女には、各曲のトラックをいくつかのグループに分けて渡した。例えば、ドラム、パーカッション、オーバーヘッドやハイハット、バッキング・ボーカル、メイン・ボーカルといった具合にね。それをもとに、彼女がひとつの提案を返してくれる。ときには、僕がミックスしたものや、自分が頭の中で思い描いていたものとはかなり違うものだったりした。

ステレオのリファレンス音源をバウンスして聴いてみると、自分だったら絶対に思いつかないような仕上がりで、すごく驚かされることもあったよ。でも、ほとんどの場合……いや、ほぼ毎回、彼女が示してくれた方向性をすごく気に入ったんだ。

例えば「Burst」では、もともとベースはもっと後ろにあって、ベースラインとして聴こえるような感じだった。でも、彼女はそれを前面に出して、ほとんどリード楽器のように扱ったんだ。それがすごく面白いと思ったね。「Soulmates」では、リード・ボーカルがかなり前面に出ていたけれど、彼女はそれを少し後ろに引いて、ほかの音と一体化させた。それもすごくいいアイデアだと思った。一方で、「How Much Does It Take To Shift It All」については、彼女はほとんど何も変えなかった。つまり、ときには「このミックスでいい」と判断することもあるんだよね。

彼女とは、僕のマネジメント・チームが以前から一緒に仕事をしていたことがきっかけで知り合ったんだ。その縁で、以前『Live From The Greenhouse』というプロジェクトで一緒に仕事をすることになった。そのときはステレオ・マスタリングだけだったんだけど、彼女との仕事がすごく気に入ってね。素晴らしい耳を持っているし、音楽に対する感受性もとても鋭い。自分にどう聴こえているかを、恐れずに提案してくれるんだ。それに、すごく思慮深いエネルギーを持っている人で、僕は彼女を本当に信頼している。

―本作のサウンドデザインで、特にこだわった点はありますか?

FKJ:このアルバムのサウンドについて、あらかじめ決めていたものは特にないね。そもそも僕の制作プロセスは、そういう感じではなくて。僕は常に音楽を作っていて、曲を作っていく中で、そこに込められた意味とサウンドが少しずつつながっていく。そして、すべてがひとつの形として意味を持つようになっていくんだよね。

実際、アルバムに収録しなかった曲もあるよ。曲そのものが悪いということではなくて、サウンドがアルバムの方向性から離れすぎていたからなんだ。だから、常に音楽を作っていて、その時期や自分がいる場所がサウンドに影響を与え、そこに込める意味にも影響を与える。そうしたものすべてが最終的につながって、ひとつの作品として意味を持つ。「このアルバムはこういう音にしなければならない」と、サウンドを意図的にコントロールしようとはしていない。むしろ、作っていくうちに自然と意味を持つようにしている感じかな。

ただ、今回のアルバムは、以前の作品よりも明らかにドラムが多いね。特にアコースティック・ドラムが増えている。ここ3年くらいで自分でもドラムを叩くようになって、自分のスタジオで録音するようになったから、それは間違いなく作品に影響しているよ。

それと、今回はいくつか新しいテクニックも試した。そのひとつが、いわばマニュアル・サイドチェインなんだ。サイドチェインというのは、ある音が入ってきたときに、別の音をコンプレッションして抑えるような処理なんだけど、例えばキックが入ったときにベースを抑えて、お互いにぶつからないようにする。

でも今回のアルバムでは、それをコンプレッサーに自動でやらせるのではなくて、自分でオートメーションを書いて、音が入ってくるタイミングに合わせてどう変化させるかをコントロールしたんだ。しかも、単純に音量を下げるだけではなくて、ディストーションやEQ、リヴァーブといったエフェクトも使った。曲の中でキックが入ってくるたびに、それらを手動で変化させることで、強いインパクトを作るんだ。「Journey」や「Clear」、「Burst」なんかでそういうことをやっているよ。手動でやることで、より細かくコントロールできるんだよね。

もっとも、僕はどの曲でも常にいろいろなことを試しているから、今回のアルバムのサウンドを決定づけたものがひとつあったとは言いづらいね。曲ごとに、それぞれ独自のサウンド上のアイデンティティがあると思う。いろいろ試していくうちに、最終的にすべてが意味を持つようになっていくんだ。

―前作『V I N C E N T』では、MIDIをほとんど使わずに制作していたように思いますが、本作ではいかがでしょうか?

FKJ:そうだね。楽器が手元になくて、オーディオとして録音できない場合には、MIDIを使うこともあるけどね。でも、僕にとっては楽器を演奏することが、制作プロセスの中でいちばん楽しい部分なんだ。だから、わざわざ音をプログラムしたり、マウスで音符をひとつずつ書いたりすることはないね。そこが制作の中でも特に楽しいところだから。

日本で広げた『Tyber』の世界観

―先ほど、『Tyber』にはあなたが厳しい時期を経験したことも反映されていると話していましたが、最終曲「In Heaven」は美しく、それでいてポジティブな感覚でアルバムを締めるナンバーです。歌詞も含め、この楽曲について教えてください。

FKJ:とても楽観的なところでアルバムを終わらせたかったんだ。その説明がいちばんしっくりくるかな。僕の音楽はいろんな方向に行くんだよね。だから、誰かに「どんな音楽を作っているんですか?」と訊かれても、ジャズとは言いたくないし、エレクトロニック・ミュージックとも言いたくない。どれかひとつのジャンルで説明するのは、ちょっと違う気がして。普段は「ポジティブで楽観的な音楽」と説明することが多いね。実際、それが僕の音楽の大部分を占めていると思うから。

だから、アルバムの最後から2曲目の「Little Little Voice」のような曲のあとには、すごく軽やかで、ポジティブなものへと戻りたかったんだ。「Little Little Voice」には、このアルバムの中でも最も重い部分が詰まっている。僕自身がかなり落ち込んでいた時期に書いた曲だからね。だから、そのあとにすごく明るいものを持ってきたかった。

歌詞について言えば、これは「どこにいるか」ではなくて、「誰といるか」についての曲なんだ。たとえ天国にいたとしても、正しい相手と一緒にそこにいなければ、思い描いていたような天国にはならない。完璧な場所にひとりでいるよりも、たとえもっと大変な場所にいたとしても、大切な人と一緒にいる方がいいこともある。そんなことを歌っているよ。

―『Tyber』の世界観には、日本で撮影された映画的・アートハウス的なライブ映像シリーズ「Tyber Live Session」も含まれています。なぜ日本で撮影したのでしょうか?

FKJ:まず、日本で撮影しようと思った理由だけど、韓国のアーティストで、僕の友人でもあるDEANと「NASA」という曲でコラボレーションしたときに、OSRINという映像ディレクターと出会ったことがきっかけだったんだ。2024年のことだったと思うけど、DEANのアイデアで日本でミュージック・ビデオを撮影することになって、OSRINと一緒に仕事をしたんだよ。それが彼らのチームとの出会いだったね。

実際に一緒に撮影してみて、その経験が本当に気に入ったんだ。もちろん、すべての日本の撮影チームが同じように仕事をするのかはわからないけれど……僕が一緒に仕事をしたことがあるのはOSRINのチームだけだからね。でも、ヨーロッパやアメリカでミュージック・ビデオを撮影するときとは、僕にとってまったく異なる経験だったんだ。現場にはとても穏やかな空気が流れていて、ストレスとは正反対というか、本当にまったくストレスを感じない撮影だった。みんながお互いをとても尊重していて、撮ったテイクも全員で一緒に確認する。僕がこれまで経験してきたミュージック・ビデオの撮影では、みんなすごく急いでいて、ディレクターが主にテイクを確認して、すぐ次のテイクに進むということも多かった。

でも、僕は映像のクリエイティブなプロセスには常に参加していたいんだ。時間をかけてテイクを見返したり、それぞれのテイクにどんなフィーリングがあったのかを確認したりするのが好きだから。それで、DEANとの撮影でこのチームと仕事をした経験が本当に気に入って、もう一度同じようなアイデアで彼らと一緒にやりたいと思っていた。だから、今回もOSRINと彼のチームと一緒に撮影することになったんだよね。

それに、日本は僕にとって身近な場所でもある。僕が住んでいる東南アジアからだと、ヨーロッパへ行くよりもずっと日本に行きやすいからね。そういう2つの理由があって、ぜひ彼らと一緒にやりたいと思ったんだ。

―日本の映像作品で、好きなものはありますか?

FKJ:そうだね……よく息子と一緒にスタジオジブリの作品を観ているよ。息子は最近5歳になったばかりなんだけど、時間があるときは一緒に観ているね。だから、スタジオジブリは間違いなく僕に大きな影響を与えていると思うよ。

OSRINはPERIMETRON所属の映像作家/アートディレクター。King GnuやMr.Childrenなど数多くのアーティストのMVを手掛け、DEAN「NASA (feat. FKJ)」の映像も監督した

FKJ

『Tyber』

発売中

国内盤CD:3,300円(税込)

解説書/歌詞対訳付

Tシャツ付きセットも販売

詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15855

FKJ: Tyber Tour

2026年12月10日(木) 東京国際フォーラム ホールA

開場 18:00 / 開演 19:00

来日公演特設サイト:https://www.livenationhip.co.jp/all-events/fkj-tickets-ae1212035

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