「その心の傷が一番つらかった」――。ABEMAのバラエティ番組『エイジレスボーイズ』(毎週木曜21:00~)が3日にスタートし、ハワイ在住のモデル・長谷川潤が登場。2人の子どもを出産後、32歳で経験した離婚の苦しみを語る一方、再婚したアメリカ出身の夫との出会いや結婚までの経緯についても、カメラの前で初めて明かした。
番組では、“年齢不詳な人”たちの「老けない秘密」を探る企画「エイジレスピープル」で、現在40歳の長谷川に密着。美容法だけではなく、家族や過去の経験、年齢を重ねることへの考え方まで、その現在の暮らしを映し出した。
夫との出会いは「友だちの紹介」
密着中、長谷川は再婚したアメリカ出身の夫について、カメラの前で初告白した。出会った場所はサンフランシスコで、きっかけは「友だちの紹介」。当時、夫はサンフランシスコに暮らしており、ハワイに住む長谷川とは遠距離で交際していたという。
その関係が大きく動いたのがコロナ禍だった。リモートワークができるようになり、夫がハワイへ引っ越せることになったことで、長谷川は「『じゃあ結婚だね』みたいな。自然とそうなりました」と振り返る。
夫の魅力については「子どものような遊び心がすごくある楽しいタイプ」と笑顔を見せ、「好奇心のある人」と紹介。言葉の端々から、自然体で築かれている夫婦関係がうかがえた。
32歳で離婚「想像していた家族の形が壊れることの悲しさ」
一方、現在の穏やかな生活にたどり着くまでには、大きな痛みも経験している。2人の子どもを出産した後、32歳で離婚した長谷川は、その当時について「結婚する時って『一生一緒にいる』って思い込んでいるから……」と振り返り、「自分が想像していた家族の形が壊れることの悲しさ、つらさ。その心の傷が一番つらかった」と胸の内を明かした。
離婚そのものだけではなく、心に傷を抱えたまま日常を続けなければならなかったことも苦しかったという。「その傷を抱えながらの子育てが大変だった」といい、さらに「抱えながら仕事を続けるとか、それがすごくつらかった」と、言葉を詰まらせながら当時を振り返った。
小田切ヒロ「過去を話せるのもひとつの美」
密着の最後に長谷川が向かったのは、自身にとって特別な場所。「私のどん底も見守ってくれたし、めでたい時も祝ってくれた。支えてくれた場所」と、人生のさまざまな局面をともにしてきた場所への思いを語った。
そうした経験を経た現在、年齢を重ねることについては「怖くない。怖いと思いたくない」ときっぱり。「いきいきと年を重ねて、キラキラしたおばあちゃんになりたい」と笑顔を見せる。
スタジオでその姿を見守った小田切は「過去を話せるのもひとつの美」と受け止め、「心の中にみんな傷やトラウマがあったりするじゃない? 解放することによって、もっとステキな笑顔になったんじゃないかな」とコメント。「解放BEAUTYよ」と長谷川の現在の美しさを表現した。
「美容医療はいかない」長谷川潤の美容観
番組では、長谷川のアンチエイジング習慣にも密着した。
ハワイの強い日差しの中で暮らしていながら、「日焼けは気にしない」「日焼け止めはデイリーにはつけない」と話す長谷川。「植物もそうだけど、太陽と水が一番大事」「“太陽ありがとう”って感じ」と、自身ならではのポジティブな考え方を明かした。
一方で食事は重視しており、毎日飲んでいる特製のレモン水も紹介。「美容医療はいかない」といい、「最低限自分でできることをしている」「ノーメイクでいられる自分のために、スキンケアや健康的な生活をしている」と、自分自身の生活を整えることを大切にしている。
顔のマッサージや、あごのラインを美しく保つための「舌の姿勢」といった習慣も披露した長谷川。美容法だけではなく、離婚という過去も、再婚して築いた現在の家族も隠さず語った姿から、“エイジレス”という言葉の意味が外見だけではないことが浮かび上がった。
【編集部MEMO】
長谷川潤は、1986年6月5日生まれ、アメリカ出身。15歳でハワイ島から来日してモデル活動を始め、ファッション誌『ViVi』の専属モデルとして人気を集めた。その後、女性誌やCM、テレビなど幅広く活動し、現在はハワイを拠点にモデルとして活動している。
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