札幌市の中心部からわずか約6キロ、国道から100mほど山側に入った住宅街の奥で今、北海道電力藻岩発電所のリプレース(古くなった設備や機器を新しいものに交換する)工事が行われている。
2022年8月に着工、今年(2026年)7月までに、水圧管路(水槽から水車に水を送るためのパイプ)や発電所基礎の新設工事、放水池の改造工事など、主要な土木工事の95%が完了。2029年3月の営業運転再開に向け、発電所建屋の建築工事や電気工事といった、工事終盤の工程に進んできた。
2022年の工事開始から作業に関わってきた北海道電力(以下、ほくでん)藻岩発電所リプレース工事建設所土木課の中村健太郎さんは、「『やっとここまできたか』というのが率直な思い。土木工事が9割方終わって、ゴールが見えてきて、滞りなく建築工事に引き継いだところです」と、工事の現状を説明する。
札幌の発展を支えてきた藻岩発電所
1918年、それまでの馬車鉄道が電化されて路面電車となり、札幌市内の主力交通網として整備が進んだ。また、札幌市は1922年に市制が施行されて以降、大正から昭和にかけて山鼻、豊平、白石、苗穂、札幌村などを編入することで市域を拡大。ニシン漁で栄え、日本銀行、三菱銀行、三井銀行などが置かれ、「北のウォール街」とも称された経済都市・小樽に衰えが見え始めると、北海道の経済・政治の中心的なエリアとなり、人口が大幅に増加した。
1916年に8万6,680人だった札幌区の人口は、その約20年後には20万人を超えるまでに急増し、電力を安定供給できる大規模発電所の建設が求められるようになった。札幌市と千歳市の境界にそびえる標高1,235mの小漁(こいざり)山を水源とする豊平川は国内でも有数の急流河川で、それまでも定山渓、簾舞(みすまい)、豊平川、一の沢と、4つの水力発電所が整備されており、さらに下流の市街に隣接する藻岩地区に白羽の矢が立った。
1934年に着工された藻岩発電所は、1936年に運転を開始。それまでにあった4つの発電所の出力を大きく上回る12,000kWの電力を、北海道内を中心に届けてきた。1960年代に一度、水圧管路の交換を実施。2004年には出力を600kW増強したが、発電機の老朽化が目立つようになったことから、2022年8月にリプレース工事がスタートし、同年10月には運転を停止した。
天然記念物の原始林と住宅街の中で進むリプレース工事
86年間運転を続けてきた発電所の新装工事は、計画段階から困難を極めた。最大斜度35度、長さ225mあまりの3本の水圧管路の両側は、ともに天然記念物の藻岩原始林で、土地の改変はもちろん、樹木の伐採もできない。工事に支障となる最低限の枝払いのみを行った。そのため、古い水圧鉄管の直上に交換用のインクライン(傾斜した斜面に敷いたレール上を、台車で貨物を上下させる装置)を設置し、作業を進めた。
また、原始林内には国蝶・オオムラサキの幼虫が食べるエゾエノキが生えており、発電に使った水を放流する山鼻川には、サクラマスなどが生息する。発電所と豊かな自然が同居する環境を維持するために、事前の綿密な調査と周辺住民や公的機関への説明、そして事後の植栽などの計画も必要となった。
さらに、藻岩発電所は、札幌市内一部の水道原水を供給する役割も担っている。大量の降雪に見舞われる地域の流雪溝(流水によって雪の塊を流して排雪するための施設)にも接続されており、市民生活に支障をきたすこともできない。流水の勢いで水車を回し、電気を発生させる発電機のある建屋は、マンションや一般住宅、入院施設のある病院などが立ち並ぶ住宅街の中にある。
建屋の防音・遮音設備の強化はもちろんのこと、住宅から国道に出る仮設の歩道には、工事中の騒音状況をリアルタイムで表示するデジタルサイネージ(電子看板)を設置。騒音を生じる作業は原則午前8時40分から午後5時20分に限り、日曜日の作業も実施しないなどのルールも守り、地域の理解を得ながら一歩ずつ完成に近づいてきた。中村さんは「デジタルサイネージにはニュースも表示されますが、そのニュースでご近所の方とコミュニケーションをするようなこともあります」という。
こうした地域への配慮は、工事の進め方にも表れている。地域から残してほしいと要望があった発電所周辺の大きな桜の木は、一部の枝葉を切り落としただけでその場に残し、今春も美しい桃色の花を咲かせた。
リプレースで藻岩発電所はどう変わる?
リプレース工事後も、藻岩発電所で電気を起こすために使う水量は工事前と変わらないが、高効率の水車・発電機への更新により発電効率が向上し、完成後の最大出力は、工事前の12,600kWから13,400kWへと800kW増加する。また、発電に燃料を使用しない再生可能エネルギーであり、二酸化炭素を排出しないクリーンエネルギーでもある。
ほくでんグループが推進する「2050年、北海道カーボンニュートラル(二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量と吸収量を差し引きゼロにする状態)」の実現にも大きく貢献、完成後は原則無人で運営されるという。
「クリーンエネルギーや、再生可能エネルギーという今後期待されるエネルギーを供給する発電所をつくり替えるというリプレース工事に携われていることは、本当に幸せですし、恵まれた環境で仕事ができていると思います。これまで安定して北海道民に電力を届けてきた施設が生まれ変わるわけですから、この工事で新しくなった発電所もまた、90年以上しっかりと動いてくれるとうれしいですね」と中村さん。
2029年3月の運転再開後も、住宅街の片隅から、次の時代の北海道民の生活を支えていくことだろう。










