
ボルボの新しいフラッグシップEV、EX90を青山から日光まで走らせる機会を得た。都心を抜けて東北自動車道を北上し、日光のいろは坂から中禅寺湖へ。市街地、高速道路、山岳路が連続するこのルートは、大型の3列シートBEVの実力を確かめるには格好の舞台である。EX90は、単にXC90を電気自動車へ置き換えたモデルではない。ボルボが長年掲げてきた「人を中心に考える」という思想を、電動化とソフトウェアの時代に合わせて再構築した車である。安全性を核に、サステナビリティ、快適性、デジタル化までをひとつにまとめている。
【画像】安全、快適性、電動化、ソフトウェアという異なる技術をひとつに束ねたボルボの最新フラッグシップEV、EX90(写真13点)
ボルボはBEVをカーボンニュートラルへ向かう重要な手段と位置づける一方、国や地域による充電インフラや市場環境の違いを踏まえ、かつて掲げた急速なEVシフトを修正している。BEVだけに一本化するのではなく、プラグインハイブリッドなども含めた柔軟な商品構成を維持する方針だ。日本では2022年のC40 RechargeからBEV展開を本格化し、XC40 Recharge、EX30へと拡大。特にEX30の販売が伸びるなか、その頂点に位置するのがEX90である。
基本骨格は第2世代のSPA2プラットフォーム。従来のSPAからさらに電動化を進め、BEVを前提としたパッケージングと電子アーキテクチャを採用する。さらに800V電気システムへ移行したことで、高出力化や急速充電性能の向上、熱管理の改善、システムの軽量化まで図られている。
ボディはXC90より全長が約80mm長い程度で、サイズ以上に室内空間の効率の良さが際立つ。3列目も単なる非常用ではなく、170cm程度までの乗員が快適に座れることを想定している。3列目は電動格納式となり、ラゲッジスペースの使い勝手も高い。
エクステリアではフラッシュサーフェイス化を徹底し、空気抵抗だけでなく高速走行時の風切り音低減にもつなげている。各種センサーも可能な限りデザインの中へ統合され、機能を後から付け加えるのではなく、デザイナーとエンジニアが最初からその存在を前提として造形していることが分かる。
フロントでは「トールハンマー」を進化させたヘッドライトが特徴的である。点灯時にはデイタイムランニングライト部分が上下に開き、その内側からメインライトが現れる。約130万画素級のHDピクセル技術を用いて配光を細かく制御し、対向車や前走車を眩惑させずに必要な領域を照射する。速度や走行状況に応じて照射範囲を変えるなど、視界そのものを安全性能の一部として考えたシステムである。
インテリアでは過度な装飾を避け、再生素材や責任ある調達による天然素材を積極的に使用する。シートにはNordicoやナッパレザーが用意され、ウッドパネルを含めて北欧車らしい抑制の効いた空間に仕上げられている。太陽光に近いスペクトルを再現するLED照明、ソフトクローズドア、エレクトロクロミック機能付きパノラミックルーフなど、長距離移動時の快適性を考えた装備も充実する。
室内空気にも配慮されており、揮発性物質の発生を抑えた素材選びに加え、高性能エアピュリファイヤーによって微粒子や花粉の侵入を大幅に抑える。長時間車内で過ごすことを考えれば、これも安全性や快適性の一部といえる。
オーディオはエントリー仕様にBOSE、上級仕様にはBowers & Wilkinsを採用。後者はルーフやヘッドレストを含む25基のスピーカーによって、高さ方向まで含めた立体的な音場を構築する。Abbey Road Studiosをイメージしたモードも備え、響きや音場を調整できるほか、車内マイクを使って前席と3列目の会話を補助する機能も用意されている。
EX90の大きな特徴が電子アーキテクチャの刷新である。多数のECUが個別に動く従来型から、車両情報を中央のコンピューターへ集約する方式へ移行した。NVIDIA DRIVE Orinを用いた高性能コンピューターを中心に、高速Ethernetで車内通信を行い、各センサーから得られる膨大な情報を統合する。OTAアップデートを前提としているため、購入後もハードウェアが対応する範囲で新しい制御や機能を追加できる可能性を持つ。Google MapsやGoogle Assistantを統合したインフォテインメントもその一環であり、スマートフォンをデジタルキーとして使用し、シート位置や各種設定、Googleのプロフィールまでドライバーに合わせて呼び出すことができる。
そして何よりボルボらしいのが安全技術である。レーダー、カメラ、各種センサーによって車外だけでなく車内まで継続的に把握する。ボルボが「Driver Understanding」と呼ぶシステムは、視線だけでなく頭部の動きなどからドライバーの状態を判断し、眠気や注意力低下が見られれば警告する。ドライバーが反応できない状態と判断した場合には、車両を安全に停止させ、必要に応じて緊急通報につなげる。
Occupant Sensingも特徴的である。車内のセンサーによって人間やペットの微細な動きを検知し、置き去りを防ぐ。単にシートへの荷重だけで判断するのではなく、呼吸などに伴うわずかな動きから生き物の存在を検知し、高温時には警告や空調の作動などによって事故を未然に防ごうとする。
運転支援もかなり洗練された。Pilot Assistは道路の曲率や交通状況を読みながら滑らかに車線中央を維持し、ステアリングは静電容量式となったことで、軽く手を添えるだけでもドライバーが操作していることを認識する。車線変更支援も自然で、条件が整えば方向指示器の操作に応じて周囲の交通を確認しながら車線変更を支援する。さらに車線内でも周囲の交通状況に応じた細かな位置調整を行うという。
こうした技術的な説明を聞いたうえで青山を出発すると、EX90の印象はスペックから想像するものとは少し違った。巨大で高性能なEVというより、非常に落ち着いたグランドツアラーなのである。都内では車体の大きさこそ意識するが、電動パワートレーンの滑らかな応答とカメラ、センサー類のおかげで扱いにくさは感じにくい。そして高速道路へ入ると、この車の美点が明確になる。
まず静かである。BEVだからエンジン音がないというだけではなく、ボディそのものの振動を抑え、ピラー内部などにも吸音対策を施し、上級仕様では合わせガラスを採用することでロードノイズや風切り音まで徹底して抑えている。高速巡航中でも前後席の会話を妨げるような音は少ない。
青山から日光まで走ると、この静粛性が疲労軽減に直結することが分かる。さらに乗り心地も良い。EX90は大容量バッテリーを床下に積むため決して軽くはないが、重量物が低い位置に集中し、高いボディ剛性と今回の試乗車に装備されたエアサスペンションが組み合わされることで、その重さがむしろ落ち着きとして感じられる。
高速道路では上下動がよく抑えられ、路面の継ぎ目を越えても動きが素早く収束する。速度が高まれば車高を下げて空力性能と安定性を高め、オフロードモードでは車高を上げることもできる。日光に入り、いろは坂へ向かっても印象は変わらない。車重を忘れさせるような軽快さこそないものの、低重心によってボディの動きは予測しやすく、大型SUVとして非常に安定している。必要以上にスポーティーに演出するのではなく、乗員を揺さぶらず安心して目的地まで運ぶことを優先したセッティングである。
パワートレーンは前後にモーターを持つツインモーターAWDで、今回の試乗車は高出力なTwin Motor Performance仕様であった。最高出力は500kW(680ps)、最大トルク870Nm、0-100km/h加速は4.2秒という性能を持つ。アクセルを深く踏めば大型SUVとは思えない加速を見せるが、絶対的な速さよりも、必要な瞬間に即座に、そして静かにトルクを引き出せることの方が印象に残る。
回生制御も自然である。ワンペダル走行やコースティングに加え、Autoでは前走車の減速などを判断して必要なときに回生する。高速道路と山岳路が連続する今回のルートでは、このAutoモードが使いやすかった。アクセルを戻すたびに強い減速が発生することなく、状況に応じて自然に速度を調整してくれる。そして今回最も印象に残ったのが、航続距離に対する安心感である。日本仕様のEX90は106kWhの大容量バッテリーを搭載し、一充電走行距離は650km(WLTCモード)とされる。大型の3列シートEVで東京から日光へ向かい、さらに勾配の大きないろは坂を走って再び青山へ戻っても、バッテリーにはまだ十分な余裕があった。この「まだ走れる」という感覚は、EX90をグランドツアラーとして考えるうえで非常に大きい。
800Vシステムの採用により、高出力のDC急速充電器を利用できる環境では10%から80%まで最短約22分で充電できる。日本ではその能力を最大限に生かせる高出力充電設備がまだ限られているものの、高い充電出力を比較的長く維持できることも長距離移動では重要である。今後国内の高出力充電網が拡充されれば、800Vシステムのメリットはさらに生かしやすくなるはずだ。
日光で訪れたのは、奥日光の中禅寺湖畔にある「ZEN RESORT NIKKO」。レストランやカフェに加え、グランピングやキャンプも楽しめる施設だ。レストランで提供される食事には日光産の野菜や湯葉、ブランドニジマスの「頂マス」などの地元素材が用いられ、身体に優しい。自然に寄り添ったシンプルで温かく居心地の良いスペースは、ボルボの世界観と相通じるものがあった。
青山から日光へ。そして、いろは坂を越えて再び東京へ。この距離を一日で走ると、EX90が目指したものが見えてくる。強烈な加速性能や巨大なディスプレイ、EVであることそのものを主張する車ではない。長い距離を静かに、安全に、快適に走り切り、到着しても乗員が必要以上に疲れていないこと。そしてBEVであることを過度に意識せず、まだ次の目的地へ向かえるだけの電力が残っていること。
安全、快適性、電動化、ソフトウェアという異なる技術をひとつに束ね、「長距離を安心して移動する」という自動車本来の役割を新しい方法で実現した。それがEX90である。
文:堀江史朗(オクタン日本版) 写真:オクタン日本版
Words: Shiro HORIE (Octane Japan) Photography: Octane Japan