
2026年を代表するブレイクアーティストとなったステラ・レフティ(STELLA LEFTY)。シカゴ郊外出身の彼女を一躍スターダムへと押し上げた「Boston」は、全米シングルチャートの最新8月29日付で自己最高2位を記録。20週にわたってチャートインを続け、エラ・ラングレー「Choosin Texas」に続く今年最大級のカントリー・ヒットとなっている。さる8月21日には、「Boston」も収録したデビュー・アルバム『Long Way Home』をリリース。カントリーを愛しながら「南部出身ではない」ことに葛藤してきた彼女は、いかに世界へ羽ばたいていったのか?
2026年屈指のヒット曲「Boston」
TikTokから始まった快進撃
ようやく、ステラ・レフティに何か食べさせることに成功した人が現れた。
「フィグ・ニュートンを渡したよ!」。チームのひとりが、まるでオリンピックで金メダルを決めるバトンをつないだかのように誇らしげに声を上げる。2時間足らずの間にCMA Fest(※毎年6月に開催されるナッシュビルの大型カントリー音楽フェス)で3つの出演をこなすため、慌ただしく移動を続けるレフティは、自分の手に何かが握られていることにすらほとんど気づいていない。「あ!」。ひと口かじったレフティは、ほとんどいつもそうするように満面の笑みを浮かべる。「これ、大好き!」
6月のナッシュビル。白いタンクトップにジーンズ姿の23歳、レフティは、たったいまCMA Festでの正式なデビューを果たしたところだ。彼女のチームが最初にこのイベントへの出演を決めた頃には、レフティの曲の大半はまだリリースすらされていなかった。それが今や、バイラルヒットとなった「Boston」はSpotifyだけで約1.7億回再生されている。ナッシュビルのブリヂストン・アリーナ前に設置された屋外のGood Molecules Stageで行われた彼女のショーケースは、あまりの盛況ぶりで、フェスの運営側が定員に達したことを知らせるプッシュ通知を出さなければならないほどだった。通りの向かいにあるPalm Steakhouseでは、料理を待たせたまま、店員たちが彼女をひと目見ようとテーブルを離れていた。私たちは近くのRiverfront Stageへ向かうバンへ急ぐ。そこでレフティは、恋人のヴィンセント・メイソンとデュエット曲「Something to Lose」を披露する予定だ。その途中でも彼女は足を止め、ギターにサインをし、何枚かセルフィーを撮る。「Lefty」と書かれた迷彩柄のキャップをかぶったファンたちが「大好き」と声をかけると、彼女はキャップのつばに名前を走り書きし、自分も大好きだと返す。時間までに次の場所へたどり着けないのではないかと、周囲はみんな少し焦っているように見える。レフティ本人を除いては。
だが、ちゃんと間に合った。レフティはほとんどバンからそのままステージへ駆け込み、軽く何度か跳ねてウォーミングアップすると、観客の歓声──そして掲げられた大量の、本当に大量のスマートフォン──に迎えられながらメイソンと合流する。そしてまた移動だ。次はエリック・チャーチのクラブ、Chiefsへ向かい、バッグの底から黒いレースのドレスを引っ張り出して着替える。「Boston」のアコースティック・バージョンを含む4曲のセットを披露し、関係者との歓談もこなす。
「疲れてるけど、心地いい疲れだね」。セットを終え、楽屋で腰を落ち着けるとレフティは言う。1週間分の予定を詰め込んだように感じられた数時間を過ごしたあと、突然、私たちは完全にふたりきりになり、辺りは静まり返った。「ちょっと声が心配。ずっと歌ってると、『ああ、まずい!』ってなるんだよね。もともといつもハスキーなんだけど、今回はちょっとハスキーすぎるかも」。とはいえ、今日の彼女にはまだもう一度歌う予定がある。Nissan Stadiumで、メイソンとまた「Something to Lose」を披露するのだ。この列車は止まらない。
レフティは同じことを何度繰り返すのも苦にならない。ここ4年間、TikTokでずっとそうしてきたからだ。タイラー・チルダース「All Yourn」といった曲のカバー、未発表のオリジナル曲の断片、そして2024年のデビュー・シングル「Kiss Me」を投稿してきた。最近のEP『Is This Heaven?』に収録された曲の大半もTikTokで少しずつ披露され、そこで育っていった。なかには、完成する前から投稿されていた曲さえある。親友でクリエイティブ・パートナーでもあるグレイス・エンガーと、バイラルヒット「Thinkin Bout You」を練っている様子を収めた動画は約1200万回再生されている。レフティがパーカー姿ですっぴんのままカメラを真っすぐ見つめ、「Boston」のコーラスを歌う動画も、それに迫る再生数だ。もしそれを見逃していても心配はいらない。ほかにも動画はいくらでもある。
ニューオーリンズのテュレーン大学に通っていた頃、友人たちは、あまりにも頻繁に投稿する彼女をよくからかっていた。「投稿するの、大好きなんだよね」と、自分でもよくわかっている様子で笑う。「1日に700回だってできる。みんなには『ちょっと落ち着いて』って言われてた」。最初の頃は、ほとんどが大学生らしいくだらないおふざけだった。流行のダンスを踊ったり、ウィーラー・ウォーカー・ジュニアの「Drop Em Out」に合わせて歌ったり──歌詞の一例を挙げるなら、〈そのおっぱいを見せてくれ(Let me see them titties)〉──グレイトフル・デッドのTシャツを着てパスタを一杯食べたり。だが2022年、彼女はそれまで人知れずやってきたこと──歌うこと──を、人に見せるために録画し始める勇気を出した。
@stellaleftymusic ♬ original sound - Stella Lefty
投稿するのは、タイラー・チルダースやザ・バンド・ペリー、そしてノア・カーンの「Stick Season」といったカバーのこともあった。「Stick Season」は、のちにその一部を「Boston」に取り入れることになる。オリジナル曲もたくさんあった。一度は、ミランダ・ランバートに歌ってもらえたらと考えていた曲のクリップを、「カントリー・シンガーのみんな、これはあなたたちに!」というキャプションとともに投稿したことさえある。リクエストにも応じた。ネットの外で実際にライブも行い、ステラ+ハック(Stella + Huck)という名義のデュオで出演することも多かった。いいねやシェアの数はどんどん積み上がっていった。初のオリジナル曲「Kiss Me」がバイラルヒットとなり、やがて〈Atlantic Outpost〉と契約を結んだ。レフティが突然どこからともなく現れたように感じるとしたら、それはおそらく、あなたが四六時中ネットに張りついているタイプではないからだ。
とはいえ、彼女の成功がきわめて現代的な物語であることは否定できない。ビリー・アイリッシュをはじめ、多くのアーティストがキャリアの初期から、インディーで地道に下積みを重ねる従来の道を飛び越え、ソーシャル・メディアを通じて直接、しかも即座にファンへとリーチしてきた。一部の純粋主義者には気に入らないかもしれないが、だからといって、その才能の正当性が損なわれるわけではない。「本当に、ありとあらゆるものと、ありとあらゆる人が混ざり合う場所なんだと思う」とレフティは言う。「とにかくすごいよ。昔なら必要だったものが、今は何ひとつなくてもいい。まったく別の世界になってる」
シカゴ育ちの彼女がカントリーを選んだ理由
音楽でキャリアを築くというその世界は、レフティにとって、夢見たことはあっても現実に自分が進む道として考えたことはなかった(アーティストになることを夢見るのは、「小さな男の子が、大きくなったらスーパーヒーローになりたいって言うようなもの」だったと彼女は話す)。ステラ・レフコフスキー(Stella Lefkofsky)として生まれ、シカゴ郊外で育ったレフティは、10歳になる前から楽器を弾き、歌っていたが、そのほとんどは自分の寝室の中だけでやっていた。CMA Festの一連のイベントにも同行している母親は、娘が四六時中あまりにも歌い続けるので、よく「もう少し静かにして」と言わなければならなかったことを覚えている。家ではカントリー・ミュージックがよく聴かれていて、レフティはテイラー・スウィフト、マイリー・サイラス、キャリー・アンダーウッドが大好きだった。父親も筋金入りのカントリー・ファンだった。「あの人以上のカントリー好きはいないよ」とレフティは言う。
13歳のとき、レフティの母親ががんと診断された。家族全体が完全に揺さぶられた。米企業グルーポン創業者である父親のエリック・レフコフスキーは、それを機にバイオテクノロジーの分野へと転じた。「医療がどれだけ画一的で、めちゃくちゃなのかに気づいたんだと思う」と彼女は言う。「穴だらけだって。母を良くしたい、医療そのものも良くしたい、何が起きているのか理解したいって、父は取り憑かれたようにのめり込んだ。当然、私にとってもすごく刺激を受ける姿だった」
その数年後、高校時代の親友もがんと診断された。彼女は助からなかった。レフティはその喪失を受け止めるために曲を書き始め、やがてその曲をTikTokに投稿した。「そこからずっと、『どうして人はこんなことに向き合わなきゃいけないんだろう?』って考えるようになった。もっとちゃんと理解したかった」と彼女は言う。レフティは公衆衛生学の学位取得を目指し、病気に影響を及ぼしうる環境要因を明らかにしようとした。「ニューオーリンズみたいな場所にすごく興味を持つようになった。自然災害の被害を受けやすいような街のつくりになっていることとか。本当におかしいよ。水道の水さえ飲めないんだから」
曲を書くこと──そしてそれをネットに投稿すること──は、勉強のいい気晴らしになった。だがやがて、それは大学で取り組んでいたことよりも大きなものになっていった。卒業後はナッシュビルへ移り、ソングライターになるつもりだったが、男性ばかりのチームと考えが合わず、その話は立ち消えになった。「彼らに『君はソングライターというより、アーティストっぽい』って言われたんだけど、そのときは本当に腹が立った。『男たちに自分が何をするべきか決められてたまるか』って思ったから」と彼女は言う。ただ、その男たちはある意味では正しかった。結局、レフティはアーティストになる道を選ぶことになる。
ナッシュビルでの音楽出版契約を断ってからほどなくして、彼女の受信箱にDMが届いた。送り主は「J Kash」名義で知られ、レディー・ガガ、マルーン5、モーガン・ウォーレンをはじめ数多くのアーティストを手がけてきたプロデューサー、ジェイコブ・ヒンドリンだった。もう一度テネシーへ来て、会ってみないかという。両親はすっかり不安になった。「『絶対に行っちゃダメ。この人いったい誰なの? 誘拐されたりしない?』って感じだった」とレフティは振り返る。結局、犯罪に巻き込まれることはなく、彼女とJ Kashは意気投合した。
J Kashも、新たに彼女のマネジメントを担当することになった〈Disruptor Records〉のチームも、ロサンゼルスへ移り、そこで共作をしてみるようレフティに勧めた。彼女はいまもロサンゼルスに暮らしている。だが、最初の数年間にそこで生まれた曲は、よりポップやインディー寄りで、バンジョーの音も、カントリーらしい節回しもまったくなく、どうにも自分らしいとは思えなかった。「Thinkin Bout You」が完成したとき、彼女はようやく探し求めていたものを見つけたと確信した。肩の力が抜けたシンプルなメロディで、思わず一緒に歌いたくなる。そこにカントリーの楽器使いがさりげなく流れ、ギターを抱えて悲しげに歌う男たちがひしめく中で、彼女は飾らず、真っすぐに歌っている。
「ステラは僕たちのところへ来て、『ずっと探していたものをついに見つけた。もう何をすればいいかわかる。感覚でわかる』と言ったんです」と、〈Disruptor Records〉で彼女のマネージャーを務めるアダム・アルパートはRolling Stoneに語る。「ほとんど『もうフィードバックはいらない』と言っているような感じでした。マネージャーにとって、これ以上うれしい言葉はありません」
「Boston」の種が生まれたのは、曲作りのためにナッシュビルを訪れていたレフティが、付き合い始めて間もないメイソンとのデートに出かける直前のことだった。迎えが来るまで、あと数分しかなかった。「『とりあえずピアノの前に座って、何が出てくるかやってみよう』って思った」とレフティは言う。いつものように動画を撮って投稿したものの、本人は特に気に留めていなかった。「あまりにも反応が良くて、正直、戸惑った。まだ自分ではそこまで好きな曲じゃなかったから。それで『じゃあ、完成させなきゃいけないってことか!』ってなった」。そして実際に完成させた。ただし、リリースまでには、同じ笑顔、同じパーカー姿で何本ものTikTok動画を投稿している。その繰り返しをうっとうしく感じた人も少なからずいたようだが、それ以上に、何度でも見たいという人がはるかに多かった。カントリー・ラジオも反応し、複数の局が「Boston」をローテーションに加えた。自らを「中西部、シカゴの女の子」と呼び、ナッシュビルのミュージック・ロウに自分が馴染めるのか不安に思っていた彼女にとって、それはまさに必要としていたお墨付きだった。
「何よりもカントリー・ミュージックが大好き」とレフティは言う。「本当に、心も魂も全部で愛してる。でも私は南部出身じゃない。ずっと『南部出身じゃなきゃいけないのかな?』って不安に思ってた」
カントリー・ファンは気にしていないようだった。正式なラインナップにすら入っていなかったにもかかわらず、この春のStagecoach(※米カリフォルニア州インディオで毎年開催される、世界最大級のカントリー・ミュージック・フェスティバル。コーチェラと同じ会場で、その翌週に開催されるのが恒例)でレフティは最も話題を集めたパフォーマーのひとりになった。ワイアット・フローレスと「Boston」を歌い、ディプロのセットにも登場し、キャメロン・ウィットコムとタイラー・チルダースの曲をカバーした。いわば横道からカントリー界に入ってきたことで、彼女はナッシュビルにつきもののしがらみをことごとくかわしてきた。「Chickedされる」──ザ・チックスのような目に遭う──と警告されたこともなければ、その言葉自体を聞いたことすらなかった。ただ、ザ・チックスの好きな曲を語り合うのは大好きで、彼女のお気に入りは「間違いなく」「Theres Your Trouble」だという。
「ステラは、これまで僕が一緒にやってきた中でも屈指の才能を持つソングライターでありパフォーマーだけど、一番感心するのは、これだけ成功しても彼女自身がまったく変わっていないことなんだ」と、レフティを何度かオープニング・アクトに迎えているワイアット・フローレスはRolling Stoneに語る。「いい人にスポットライトが当たるのを見るのはいつだってうれしいし、ステラは本当にまだ始まったばかりだと思う。才能はあり余るほど持っている。でも、それ以上に大事なのは、心から応援したくなる人だってことだよ」
ダン+シェイのダン・スマイヤーズも同意する(レフティがCMA Festで行ったまた別のステージでは、3人でデュオのヒット曲「Tequila」を歌った)。「初めてステラの音楽を聴いたとき、圧倒された」とスマイヤーズは言う。「それ以来、ずっと曲を繰り返し聴いてる。成功してほしいって思わせるタイプのアーティストだよ」
「作られたスター」というレッテルを一蹴
もちろん、インターネットはインターネットだ。レフティの正当性を疑う声の大きな一派もいる。父親が裕福であることから、「industry plant(業界が仕込んだ存在)」だとか、父親の金でキャリアを築いているといった非難を浴びてきた。さらに容姿についても、口元や歯の細部に至るまであれこれ詮索されている。
「これだけ大勢の人が私についてあれこれ意見を持っているって、本当に不自然なことだと思う」とレフティは言う。「TikTokでは、私の笑顔ですら物議を醸すんだから。みんなずっと『歯茎どうなってるの?』みたいなことを言ってる。私のことが嫌いな人、私の音楽が嫌いな人、私の何かが気に入らない人は、絶対にいる。でも結局、私は好きでいてくれる人たちのことだけを見るようにしてる。これは自分で選んだ道だから。諸刃の剣だよ」

ステラ・レフティは2026年のCMA Festで最も人気を集めた出演者のひとりで、少なくとも1回のステージでは定員に達し、入場が締め切られるほどの盛況となった(Photo by Jack Balaban)
「Industry plant」というのは、妙な言葉だし、たいていの場合ほとんど意味をなさない。ラナ・デル・レイ、ビリー・アイリッシュ、グレイシー・エイブラムスといった、今ではスーパースターとなったアーティストたちも、急速に成功したように見えるたびに、これまで何度となくそう呼ばれてきた。親が裕福なら、その疑いはいっそう強まる(エイブラムスやテイラー・スウィフトを見ればいい)。若い女性なら、なおさらだ(デル・レイ、アイリッシュ、エイブラムス──というより、太古の昔からほとんどの女性がそうだ)。もちろん、レフティがほかのアーティストたちとまったく同じような苦労をせずに済むことは否定できない。お金があれば、何事も楽になる。ツアー生活も、成功への道のりも、より快適になる。彼女自身、自分がどんな環境から来たのかを隠してはいない。母親も父親もツアーに同行し、客席で踊っている。だが、ふたつのことは同時に成り立つ。恵まれた環境に生まれた人間でも、本当に、本当に素晴らしい曲を書くことはできる。結局のところ、お金を払って誰かに自分を好きになってもらうことはできない。
「音楽業界の外から誰が何を言おうと、どう思おうと、”industry plant”なんて存在しません」とアルパートは言う。「人に好きになってもらえる素晴らしい曲を作らなければならない。そして、”industry plant”と呼ばれているアーティストたちが成功しているのは、まさにそれをやってきたからです」
その成功のひとつが、全米ツアーの完全ソールドアウトだ。ニューヨーク公演ではケルシー・バレリーニが客席に姿を見せ、すっかりファンになった様子で自身のSNSに投稿していた。そしてレフティは海外にも向かう。7月4日にはマムフォード&サンズとともにHyde Parkのステージに立ち、その後ほどなくしてオーストラリアへ渡る予定だ。ヨーロッパ公演の多くは数分でソールドアウトし、秋にはアルバムのリリースも予定している。カントリー・ミュージックの世界では温かく迎えられてきたが、これから作る新しい音楽がどこにカテゴライズされるのかについて、彼女は特に気にしていない。その考え方には、エラ・ラングレー(そしてテイラー・スウィフト)から大きな影響を受けているという。また、自分のカントリー的な側面とポップ的な側面がぶつかり合うことも心配していない。何しろ、パーカーにはジャンルなんてないのだから。
「世界がジャンルに対してどんどん柔軟になっているのって、すごくいいことだと思う」とレフティは言う。「みんな、好きなものは好き。それだけなんだよね。エラが、これまであったあらゆる境界を越えていくのを見るのもすごくいい。彼女はただ、自分が好きな音楽を作っただけだから」
レフティのチームのひとりが部屋から顔をのぞかせる。次の出演者のために部屋を空ける時間だ。このあとスタジアムへ向かうまでの間に、メイソンや両親と食事をする時間も取れそうだ。「夕食食べられる!」とレフティはうれしそうに声を上げる。エレベーターへ向かう途中、別のスタッフが先ほどの満員の観客について話題にする。「本当にすごすぎる」とレフティは言う。廊下を進む人の流れについていきながら、笑顔を浮かべる。「正直、想像もつかないくらい。なかなか頭で理解できないんだよね。でも私としては本当に、『とにかく家に帰って、もっと曲を書かなきゃ!』って感じ」
From Rolling Stone US.