「年齢的にも『グループを離れよう』って、両親にも相談した」――。アイドルグループ・=LOVEの諸橋沙夏が、本気でグループ脱退を考えていたことを明かす。さらに高松瞳も、センターを務める重圧からアイドル引退を考えていたという。
=LOVEは、18日深夜に放送される日本テレビ系音楽番組『夜の音 -TOKYO MIDNIGHT MUSIC-』(毎週火曜24:24~)に出演。菊池風磨(timelesz)と畑芽育がMCを務める中、メンバー10人がそろい、デビューから9年間の歩みを振り返る。
昨年、18枚目のシングル「とくべチュ、して」がSNSで大きな反響を呼び、TikTokでの再生数は22億回を突破。今年6月にはMUFGスタジアム(国立競技場)で単独ライブを開催し、2027年には結成当初から目標としてきた東京ドーム公演を控える=LOVEだが、現在の飛躍にたどり着くまでには長い道のりがあった。
不遇の時期が長く続き…
グループは2017年、当時AKB48のセンターとして活躍していた指原莉乃のプロデュースによって活動をスタート。しかし、オーディションを突破したメンバーたちを待っていたのは、思い描いていたアイドル生活とは異なる苦難の日々だった。
スタジオでデビュー当時の映像が流れると、齋藤樹愛羅は「思い出してまた泣きそうになる」と当時を回顧。佐々木舞香も「これが終わったら絶対辞めてやるんだ!って思いながらやってました」と明かし、メンバー全員が泣いていたという日々を振り返る。
不遇の時期が長く続き、グループ全体が次第に元気を失っていく中、最年長の諸橋は自身の年齢も意識するようになり、「年齢的にも『グループを離れよう』って、両親にも相談した」と告白。本気で脱退を考えるところまで追い詰められていたという。
一方、デビュー以来、多数の作品でセンターを務めてきた高松も、責任を一人で背負っているように感じていたと振り返り、そのプレッシャーからアイドルそのものを辞めることまで考えていたことを打ち明ける。
2人を踏みとどまらせた指原莉乃
そんな諸橋と高松を踏みとどまらせたのが、プロデューサーの指原だった。
指原は楽曲の作詞だけでなく、ライブや衣装など=LOVEの演出にも携わってきた存在。番組では、苦しい時期に指原が2人を支えた知られざるエピソードが明かされ、ほかのメンバーからも「知らなかった!」と驚きの声が上がる。
長い時間を経て、昨年「とくべチュ、して」で大きなブレークを果たした=LOVE。リーダーの山本杏奈も「本当に指原さんに感謝しています」と語り、指原からかけられた忘れられない言葉を披露するほか、プロデューサーとメンバーの意外な交流、長年を共にしてきたメンバー同士の思いも明かされる。
スタジオライブでは、「とくべチュ、して」「青春“サブリミナル”」「恋、はじめました。」の3曲を披露。「恋、はじめました。」では、シャボン玉演出のプロフェッショナル集団「AWABITO」とコラボしたステージを届ける。
【編集部MEMO】
諸橋沙夏は1996年8月3日生まれ、福島県出身。アイドルグループ・=LOVEのメンバーで、グループ最年長。趣味は映画鑑賞、特技はフラダンスとタヒチアンダンスで、水泳泳力検定2級を持つ。








