フィービー・ブリジャーズ『Lost Weekend』徹底レビュー 「失われた時間」を取り戻す、現代最高峰ソングライターの新たな傑作

シンガーソングライターのフィービー・ブリジャーズ(Phoebe Bridgers)が、愛と喪失を描いた壮大なソング・サイクル『Lost Weekend』とともに帰ってきた──彼女にとって6年ぶりとなる3rdアルバムは、まごうことなき傑作だ。

「どこかへ消えてしまおうよ」と、フィービー・ブリジャーズは『Lost Weekend』で宣言する。実際、彼女は2023年にルーシー・デイカス、ジュリアン・ベイカーと結成したインディー・ロックのスーパーグループ、ボーイジーニアスで新たなスターの地位へと駆け上がった直後、多少の違いはあれど、まさにその言葉どおり姿を消した。2024年のグラミー賞では、フィービーはその年のどのアーティストよりも多くの賞を獲得し、レッドカーペットで今後の予定をこう語っていた──「これからは夕日に向かって歩いていくの」。

シングル「Lost Boys」日本語リリック・ビデオ

そして今、6年ぶりとなるソロ・アルバムを携えて帰ってきた。語るべきことは山ほどある。フィービーは、この数年間──言わば「失われた時間(lost time)」──を埋め合わせるかのように、自身最長にして最も大胆な作品を届けた。それは、姿を消すこと、恋に落ちること、そして毎朝目覚めることさえつらくなるほど深い悲しみを抱えること、その芸術性を極限まで高めた圧巻の作品だ。しかし全16曲を通して彼女が証明してみせるように、すべてがそこまで陰鬱というわけではない。アルバム全体には、彼女らしい魅力と鋭いユーモアが随所にちりばめられている。幻想的な名曲「The Governors Waltz」では、近年の自身の生活を暗示する謎めいた描写を重ねながら、〈私は知事主催の舞踏会の華だった〉と歌い、さらに〈シェリー・デュヴァルみたいにトイレへ逃げ込んでいた〉と続ける。

仕事ばかりではフィービーも退屈になってしまう。だからこそ彼女は、オープニング曲「The Outside」のように、サウンド面で実験する余裕も見せる。新たなコラボレーター、ジャック・アントノフによるシンセに支えられ、ヴォコーダー越しの歌声で幕を開ける彼女は、おそらくボーイジーニアスとして駆け抜けた激動の一年と、その最中に抱えていた心境をほのめかすように、〈スーツにネクタイ姿で泣いていた/でもあいつのほうを見るといい/昔を懐かしんでもう一度/あいつが連れ去られていくのを見届けよう〉と歌う。

フィービーは最近アンビエント・ミュージックをたくさん聴いていると語っており、その影響は『Lost Weekend』にはっきりと表れている。加えて、レディオヘッドからの影響も感じられる(最近のポップアップ・ショーで彼女が着ていた『Kid A』のTシャツを、ファンはすぐに話題にしていた)。そうした要素は、瞑想的な中心曲「Panorama」をはじめとするグリッチを取り入れた間奏曲やインストゥルメンタルに、不気味なほど色濃く漂っている。「Panorama」では最初の2分間まったく歌わず、きらめくピアノ、ストリングス、ホーン、シンセに主役を譲る。この新たなアプローチは、彼女お気に入りのリリック・モチーフ──眠り、化学物質、病院──や、歓喜に満ちた叫び声をさらに引き立てている。その好例が、この夏マディソン・スクエア・ガーデンで初披露された傑作「As Above」だ。彼女は勝ち誇るように、〈もう魔法を信じなくてもいい〉と叫び、続けて〈私に任せて、実現してみせる〉と歌う。

フィービーは2020年の飛躍作『Punisher』を発表した当時、そのテーマのひとつは「麻痺」だったと語っていた。しかし『Lost Weekend』では、彼女はあらゆる感情を真正面から受け止め、そのすべてを感じ切っている。カントリー色を帯びた美しい「Haunted」(「Graceland Too」が好きな人にはたまらない一曲だ)では、〈私には秘密なんてない、あるのは感情だけ〉と打ち明ける。2023年、60歳で亡くなった父の死は本作全体に大きな影を落としている。胸を締めつける「Still Standing」では〈あなたが死んだなんて想像できない/でも毎日そうなんだ〉と歌い、「Lost Weekend (Reprise)」では〈僕は父さんの長男だ/壁に挑んだ。でも勝ったのは壁だった〉と綴る。さらに「Never Going Back!」には父親の留守番電話のメッセージまで収録されており、その喪失感はいっそう胸をえぐるものになっている。

とはいえ、どれほど孤独を感じていたとしても──本作にはタイトルに「lost」を含む曲が4曲もある──彼女は決してひとりではなかった。幸福もまた、このアルバム全体に通底している。とりわけ、おおむね公にはされてこなかったコメディアン、ボー・バーナムとの交際をめぐる楽曲ではそれが顕著だ。アップテンポなロック・ナンバー「Bobby」では、目もくらむような幸福感の中で彼に恋焦がれ、〈今夜うまくやっていけるかは分からない/でも残りの人生は何をして過ごす?〉と歌う。また「Liberty Tree」のような珠玉の楽曲では、ロックスターとして生きる自分自身と向き合う。かつてシャワーを浴びながら飲むビールや分割払いをロマンチックに歌っていたソングライターは、今や〈お金はあり余るほどある、でも失うものは何もない〉という立場にいる。

フィービーらしい特徴がもうひとつある。それは、アルバムの冒頭と終盤を呼応させる構成を好むことだ。2017年のデビュー作『Stranger in the Alps』では「Smoke Signals」がアルバムの始まりと終わりを飾り、『Punisher』では「DVD Menu」が「I Know the End」のコーダにひっそりと姿を現した。そして、ボーイジーニアスのEPで人気を集めた「Me & My Dog」が『The Record』収録の「Letter to an Old Poet」で続編を与えられたように、「Lost Weekend」もまた、ラストのリプライズによって見事に円環を閉じる。そこには彼女のキャリアでも屈指の美しい対句がある。〈もう空に星はひとつも見えない/夢がかなうと、ファンタジーは死に絶える〉。その一節は、なぜ彼女が現代の音楽シーンでもっとも魅力的なソングライターのひとりなのかを改めて思い出させてくれる。

『Lost Weekend』は、フィービーが32歳を迎えるタイミングで届けられた。「Kill Me」では〈21歳になる/違うけど、昔はそうだった〉、「I Cant Wait」では〈ゆっくりじゃなく歳を重ねていく/カリフォルニア・ソバーで〉と歌い、年齢を重ねることと向き合う姿を見せる。この曲はアルバム屈指の輝きを放つ瞬間でもある。ここにはSon-John Johnsonという偽名でスペシャル・ゲストが参加しているが、その歌声はどう聴いてもGeeseのキャメロン・ウィンターその人だ。彼もまた、名声によって常に注目されることに複雑な思いを抱いているように映るインディー・シンガーソングライターである。ふたりはこの曲で掛け合いを繰り広げながら、フィービーは今の自分自身をかつてないほど率直に映し出す。初めて完全なひとりの自分として。〈人生ずっと/並んで歩いてきた/ハイド、ジキル、ハイド/ようやくひとつになれた〉。彼女が戻ってきてくれたことを、心から歓迎したい。

From Rolling Stone US.

フィービー・ブリジャーズ

『Lost Weekend』

2026年8月14日リリース

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