ヤクルトで1軍監督、シニアディレクター、ゼネラルマネージャーなどを歴任した小川淳司氏が16日、YouTubeチャンネル『荒木大輔チャンネル』で公開された動画「【村上宗隆と清宮幸太郎】小川『九州学院・村上vs早大・清宮を見た時は…』『ドラフトで清宮を引きに行った』荒木×小川 part2」に出演。村上宗隆をドラフトで獲得した当時のポジションに関する球団内の評価を振り返った。
村上宗隆をキャッチャーで起用しなかった理由
聞き手を務める荒木大輔氏からの「もともと村上くんってキャッチャーじゃないですか。メジャーに行ったらほとんどファーストじゃないですか。ヤクルト時代はサードで。どうですか?」という問いかけをきっかけに、村上の守備位置についてのトークがスタート。
この問いかけに対し、小川氏は村上を獲得した当時の経緯を述懐。まず前提として村上の資質や人柄に触れ、「高校3年生はずっとキャッチャーをやってて、キャプテンですごく声を出す、チームを引っ張るっていう存在。もちろんバッティングっていうのはもう抜けてるんだけど」と語り、高校生離れした打撃力はもちろん、当時から際立っていたキャプテンシーや姿勢の高さを評価していたと明かした。
その上で、プロ入り後のポジション構想について、小川氏は「バッティングを生かすためには、キャッチャーというポジションだと高校から出て1年目から試合に出るのはなかなか難しさがあって、何年かキャッチャーとして自分のところのピッチャーを把握していかなきゃいけないし、勉強しないことがきゃいけないことがたくさんあるっていうこともあった」と説明。捕手というポジションの専門性の高さが、高卒早期での1軍出場への障壁になり得ると判断した背景を語った。
続けて小川氏は、「とにかくバッティングを活かそうということで、キャッチャーっていうのは一切考えてなかったんですね、フロントは」と、天性の打撃センスを1軍の舞台で発揮させるため、当初から捕手としての起用を一切想定していなかったという舞台裏を打ち明けた。
さらに小川氏は、「彼は自分が打てなくても周りが打ったりチームが勝ったりするとすごく喜ぶ。そういう選手なんですよ」と付け加え、高校時代からNPB、メジャーへと至る今も変わらない村上のフォア・ザ・チームの精神を称賛していた。
【編集部MEMO】
早稲田実業学校時代に、チームを準優勝に導いた投球や、甘いルックスから一大ムーブメントを引き起こしたことで知られる荒木大輔氏。世間では「大輔」が新生児の人気名前ランキングの1位になるなど、社会現象となって、「大ちゃんフィーバー」と言われた。
