ピンク・フロイドを聴きながら眺めたい、 「ポップアート」なマクラーレンF1 GTRのオークション

今年8月15日、アメリカ・カリフォルニア州「モントレー・カー・ウィーク」期間中に開催されるRMサザビーズのオークションに、自動車史上もっとも名高いスーパーカーの一台が姿を現す。1996年式マクラーレンF1 GTR、シャシーナンバー10Rである。予想落札価格は3,500万ドル(約55億円)超とされ、実現すれば公表されているマクラーレンF1最高額となる可能性が高い。また、この手のオークションとしてはめずらしく、現所有者が明かされている。10Rの所有者はイギリスの伝説的なロックバンド「ピンク・フロイド」のドラマー、ニック・メイソンである。

【画像】レッド×イエローのユニークなリバリーをまとった唯一無二のマクラーレンF1 GTR(写真32点)

マクラーレンF1 GTRは、市販車のマクラーレンF1をベースにBPRグローバルGTシリーズ参戦用へ仕立て直したモデルとして1995年に誕生した。軽量化とボディ形状の変更、大型リアウイング、カーボンセラミックブレーキを追加しつつ、トランスミッションは市販車のものを流用。1995年仕様の1台(シャシー01R)が、デビュー戦のル・マン24時間で総合優勝を飾った。

翌1996年、ポルシェ911 GT1のような専用設計のライバルが登場すると、マクラーレンはGTRをさらに磨き上げた。前後のボディ形状を拡大し、より攻撃的なフロントスプリッターでダウンフォースを増強。トランスミッションもマグネシウム製の軽量ハウジングに置き換え、前年型より38kg軽量化。これが「1996年仕様GTR」であり、全9台が製造されたGTRシリーズ最速のバージョンだ。翌年登場する最終進化形「ロングテール」より速かったとも言われる。

今回出品される10Rは、この1996年仕様として最初に完成した記念すべき1台である。テスト車両としての役割を担い、マグニー・クールでの1996年シーズン冬季テストでは、1995年のル・マン優勝ドライバーJJレートら、マクラーレンのトップドライバーがステアリングを握った。BPRグローバルGTシリーズの各戦にも登場し、ブランドのプロモーション役も担った。

「ブラッドレッド」と呼ばれる真紅なボディにイエローの”96 GTR”グラフィックをまとった唯一無二のリバリーから”ポップアートF1”と呼ばれ、全F1の中でも最も見分けやすい一台として知られる。1996年のル・マン予選にも参加した経歴を持ち、マクラーレンは10Rを長く手元に置いた後、1999年にメイソンへ直接売却。以来、個人所有者はメイソンただ一人だ。

当該車両、華やかなヒストリーを持つ反面、波乱万丈の経歴でも知られている。2009年には自動車ジャーナリスト(詳細不明)が試乗中に麦畑へ突っ込み、2017年にはグッドウッド・メンバーズ・ミーティングでメイソン自身がタイヤバリアに接触。いずれもイギリスのマクラーレン・スペシャリスト「ランザンテ」によって修復され、現在も最高のコンディションを保っている。

ちなみにランザンテの創業者、ポール・ランザンテは1995年のル・マン優勝チームの監督を務めた人物で、以来マクラーレンF1・F1 GTRの整備とロードカー化転換を専門とする「かかりつけ医」的存在となっている。現在は息子ディーンが会社を率い、メイソンは走行のたびに車をランザンテへ戻す徹底ぶりで、10Rを現存するF1の中でも最良のコンディションに保ってきたと言われている。

マクラーレンF1は、ゴードン・マレーが理想を追求して生んだ妥協なきロードカーである。中央運転席の3人乗りレイアウト、カーボンモノコック、BMW製6.1L V12を搭載し、1998年には市販車最速の時速386kmを記録。以来、ル・マンの総合優勝を飾るのは最初からレース専用に設計されたプロトタイプばかりとなり、市販車をベースに改造した車が総合優勝することはなくなった。GTRは、ロードカーとレーシングカーが同じDNAを共有していた最後の時代の象徴でもある。

現在のクラシックカー市場は二極化が進んでいる。ブルーチップ級のクラシックカーが最高額を更新する一方、量販的なクラシックカーの平均価格は下落基調にある。現在、10Rのような唯一無二の物語を持つ個体に資金が集中しやすい。

マクラーレンとル・マンの栄光を体現する10Rはロックスターの愛車であり、ポップアートを纏った唯一無二のテスト車両でもあったヒストリーまで着いてくる。オークション当日は、ピンク・フロイドの「マネー」を聴きながら競りを眺め、衝撃的な落札価格を目の当たりにした後に「コンフォタブリー・ナム」で興奮を落ち着かせようと思う。

文:古賀貴司(自動車王国) Words: Takashi KOGA (carkingdom)