社会問題化する人手不足、さらに少子化によって、特に若年船員の確保を至上命題とする海運業界は、せっかく入社した若年船員が、早期退職してしまうという課題にも直面している。中国地区内航船員対策協議会は、中国地方を中心に活動する海運企業を対象とした「第3回 若年船員離職対策セミナー」を、7月10日、鳥取県境港市のみなとテラスにて開催した。
若年船員を受け入れる海運企業のノウハウ
今年で3回目となる「若年船員離職対策セミナー」。過去に開催した2回では、隠岐水産高校の進路指導担当教員を講師として招き、若年船員を送り出す側から見た、現代の若者の思考・行動などが紹介されていた。今回は視点を変え、若年船員を受け入れる立場の海運企業から、おうら海運 代表取締役の横道数昌氏が講師を担当。「若年者の心をつかむ船社とは」と題し、定着率90%以上という同社の教育方針、ノウハウなどが成功事例として紹介された。
冒頭、「離職対策セミナーで離職は止められません」と断言する横道氏。「離職はするものと思ったうえで話を聞いて下さい」と不安を煽りつつ、「船員が辞めない会社ではなく、働き続けたいと思う会社をつくる」ことが重要だと続ける。少子化など問題もあり、人手不足はもはや一過性のキーワードではなく、海運業界でも大きな課題だ。「若手が入らない」「定着しない」「大手に取られてしまう」「高齢化」「求人の仕方がわからない」といった諸問題は、横道氏自身も経験したことだと振り返る。
そのうえで、「辞職は止められないので、辞めたい人を引き止めるのではなく、働きたいと思える環境をつくる」ことが重要だと繰り返す。さらに、給与の高さが辞職を引き止めるということも否定。「給与を高くしても、より好条件の会社がたくさんある」ことから、「お金で来る人はお金で出ていく」のは間違いないとし、ただ給与を上げていくという施策は「人件費がかさんで経営が危うくなるので、絶対にやめてほしい」と釘を刺す。
そして、「給与は必要条件。十分条件ではない」との考えから、人が残るのは「給与」や「福利厚生」ではなく、「やりがい」「信頼」「仲間」「理念」が重要であり、特に「信頼こそが最大の離職対策」だと訴える。「仕事ができる人と仕事がしたいんじゃない。信頼できる人と仕事がしたい」と話す横道氏。この「信頼」のためには「現場との距離をなくす」ことが大事であり、実際に「現場へ行く」「顔を見る」「話を聞く」ことが現場との信頼関係構築には重要であるとの考えを示した。
そして横道氏は、サッカー日本代表の森保一監督を例に挙げ、発信より「傾聴」の重要性を示唆。そして「現場の声を聞く」ことはもちろん、「考えを押し付けない」ことも大事であり、あまりうるさく考えを押し付けることで“指示待ち人間”になってしまうことを危惧した。また、「自責」と「他責」という観点では、「森保監督は、試合に勝ったら選手のおかげ、試合に負けたら自分の責任だという。そこにすごく共感する」という横道氏。「船員が辞めたら船員のせい」「若手が育たないのは若手のせい」「求人が来ないのは時代のせい」といった「他責」ではなく、「成功は周りのおかげ」「失敗は自分の責任」という「自責」こそが大事だと指摘する。
人手不足でも譲ってはいけないこととは?
そして、「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という言葉を引用し、「やはり現場が第一なので、経営者や会社のトップは現場に対してリスペクトを持って頭を下げるという姿勢が大事」との見解を披露し、「社長だから偉い、管理職だから偉いといったプライドは捨ててください」と語気を強める。さらに「利益は追うものではなくついてくるもの」という考え方を提示し、「社員教育」「訪船」「地域活動」「社会貢献」などの活動が投資となり、その積み重ねによって人材が集まり、その結果として利益がついてくると説明する。そして、船を箱とした場合、「箱を先に用意するのではなく、船員を確保してから箱を用意する」という横道氏は、事業拡大を目指して船を増やしても、その結果として船員が回せなくなるのは本末転倒であるとし、「船員を確保することで船が増え、事業が拡大していけば、自然と利益につながる」という流れが重要であることを示す。
そして、「採用で大切なこと」として、「理念や文化に共感してくれる人」や「価値観が合う人」が定着しやすいとの考えを明かす。人手不足の際は、船員を一人でも確保したいという気持ちが強くなり、面接をせずに入社させてしまうパターンも少なくないが、そうすると船内でもうまく馴染めず、すぐ辞めてしまう結果につながりかねない。なお、横道氏は履歴書を見る際、“自己PR”を重視。「確かに経歴も大事」としながらも、自己PRが書かれていないと興味を示さないという。そして実際の面接も世間話が中心。そこで人柄を見て、会社の文化に合うかを見て、「一緒に働きたいという気持ちになったら即採用」と、自身の採用方針を紹介する。
さらに、船内の様子や日常、社会的取り組みをSNSなどで発信することにより、「入社前から会社の解像度を挙げてもらうことも重要」という横道氏。かつて海運とは関係のない業界の採用強化セミナーに参加した際、最近の学生は社内の雰囲気を重視するという話を聞き、「給与や休暇も大事ですが、やはり社内の空気感、つまり船内の空気感を良くしていかないと定着しない。これは陸上も海上も一緒」と結論づける。
そして、「人手不足でも譲ってはいけないもの」として“ハラスメント”を挙げ、「パワハラする船員、モラハラする船員、フキハラする船員は放置してはいけない」と強い口調で訴える。「うちは実際にパワハラで2人辞めてもらっている」という横道氏。不当解雇で訴えられても断固とした姿勢を貫いたところ、その本気の態度に「それ以降、ハラスメント気質の船員が、自分を抑えるようになった」のと同時に、これまで被害を受けていた若手船員に「この会社は守ってくれる」という意識を持たせられるようになったという。ハラスメントの放置は「若手の退職」、「信頼の失墜」、「組織の崩壊」につながる。しっかりと対策を行うことで、船員たちは、「会社が自分たちを守ってくれた」という思いに加え、問題をより会社に相談しやすくなる雰囲気を作り出せることが可能。「向き合うべき問題と向き合うことが離職対策になる」と断言する。
最後に、離職対策は、「信頼を築くこと」であり、「現場の声を聞くこと」であり、「働く人を守ること」であり、「働き続けたい文化をつくること」であり、「謙虚であること」であると結論づける横道氏。「船員さんと向き合うことが会社の安定であり、皆さんの生活安定であり、事業の拡大につながる、船が何隻になろうが、船員が何人なろうが、ひとりひとりと向き合っていくことが重要である」と締めくくった。




