
ジョルジェット・ジウジアーロが手がけたコンセプトカーを1960年代のアストンマーティンから、2000年代の12気筒VWまで一挙に紹介する。
【画像】テスチュード、マンタ、イグアナ、ブーメランなど、ジウジアーロによる著名なコンセプトカーの数々(写真27点)
BERTONE ASTON MARTIN DB4 JET
ベルトーネ・アストンマーティンDB4ジェット
ジェットのベースとなったDB4GTのプラットフォームは、1960年12月にイギリスを発った。ジウジアーロは新しいフォルムを猛スピードでひねり出し、ベルトーネの職人がボディを3カ月足らずで造り上げて、1961年3月のジュネーヴ・モーターショーでのデビューにこぎつけた。
INNOCENTI 186 GT
イノチェンティ186 GT
フラッグシップ GTを造ろうというフェルナンド・イノチェンティの念願から、1963年に誕生したクーペで、フェラーリと手を組んで1.8リッターの V6を搭載した。ジウジアーロはベルトーネ在籍中にスタイリングを担当。2台製造されたものの、この端正なGTが量産に至ることはなかった。
FERRARI 250GT BERTONE SPECIALE
フェラーリ250GTベルトーネ・スペチアーレ
1960年に1台造られたベルトーネ・フェラーリに続く、美しいワンオフ。この時期のフェラーリはピニン・ファリーナの独壇場だった。そうした環境のなかで、ジウジアーロは250GT SWBに独自のボディを架装した。ピニン・ファリーナがデザインしたドナーカーの要素は微塵もない。テーマは DB4ジェットと共通している。
ALFA ROMEO CANGURO
アルファロメオ・カングーロ
カングーロが初めて姿を現したのは1964年のパリ・サロンだった。TZ1のシャシーをベースとし、全高はわずか 1060mm、車重は 650kg。イタリア語でカンガルーを意味する車名からは、モータースポーツとのつながりも感じられるが、最初からワンオフで終わることが決まっていた。
BERTONE TESTUDO
ベルトーネ・テスチュード
シボレー・コルヴェアをベースにしたテスチュードは、今もマエストロのお気に入りだ。1963年のジュネーヴ・モーターショーで披露され、ジウジアーロは自身の結婚式でも使用した。 1965年にベルトーネを辞したあと買い取ろうとしたが、申し出はむげに断られた。ようやく手に入れたのは2011年5月のことだ。
AUTOMOBILE QUARTERLY FORD MUSTANG
オートモビル・クォータリー・フォード・マスタング
この1965年の1台は、アメリカの高級自動車誌『Automobile Quarterly』を創設したL.スコット・ベイリーの夢から生まれた。ファストバックのマスタングをベースに、イタリアン・アメリカンGTの理想形として構想。外観で流用されたのは、グリルバッジとフィラーキャップのみだった。
OLDSMOBILE THOR
オールズモビル・ソー
ソーは、既存の量産車を脚色した変わり種だ。ギアに在籍していた1967年の作品で、前輪駆動を採用したオールズモビル・トロネードをベースに、大幅に手が加えられている。ジウジアーロは、オーバーハングを短縮し、ベルトラインを下げ、バルクヘッドを前方に動かして、ボンネットラインを低くした。
ABARTH 1600GT
アバルト1600GT
1969年のトリノ・モーターショーで、アバルトのブースに展示された1台。フィアット850のプラットフォームをベースにしているが、もっとパワフルな1592cc、DOHCの 4気筒エンジンを搭載する。後方で跳ね上がるウィンドウのラインなど、ジウジアーロらしいスタイリングが随所に見られる。
BIZZARRINI MANTA
ビッザリーニ・マンタ
ジウジアーロが独立して最初に手がけたのがマンタだ。設立したストゥーディ・イタリアーニ・レアリッザツィオーネ・プロトティピ(ほどなくイタルデザインに改名)の名刺代わりとなった。ビッザリーニ P538のシャシーをベースに、シボレーのスモールブロックV8を搭載。1968年のトリノ・モーターショーで発表された。
ALFA ROMEO IGUANA
アルファロメオ・イグアナ
イグアナは、1969年のトリノ・モーターショーで発表された。アルファのティーポ33をベースに、部分的にグラスファイバー製のボディを架装し、グレーの”メタルフレーク”塗装を施した。一方で、スケルトンルーフの構造材とA、Bピラーはブラッシュ仕上げの金属製で、この手法はのちにデロリアンDMC12で採用された。
PORSCHE TAPIRO
ポルシェ・タピーロ
ポルシェ914/6をベースにしたタピーロは、1970年のトリノでベールを脱いだ。のちにスペインの実業家が手に入れたが、原因不明の火災によってひどいダメージを負ってしまった。タピーロ発表の頃から、ジウジアーロのデザインは直線を生かしたものに変化していく。タピーロのデザインがデロリアンDMC12に影響を与えたことは一目瞭然だ。
MASERATI BOOMERANG
マセラティ・ブーメラン
1971年のトリノ・モーターショーで発表されたときはエンジンがなく、デザイナー用語でいう”プッシュモービル”だったが、翌年のジュネーヴ・モーターショーでは自走できる状態で展示された。310bhp、4.7リッターのマセラティV8をミドに搭載し、後輪を駆動する。この徹底的なウェッジシェイプは一世を風靡した。
ALFA ROMEO CAIMANO
アルファロメオ・カイマーノ
1971年のトリノ・モーターショーでは、自身が手がけたアルファスッドが注目の的となったが、ジウジアーロはそのプラットフォームを利用した独自のコンセプトも発表した。カイマーノの特徴はドーム型キャノピーで、そこにドアも一体化している。B、Cピラーにつながるスポイラーは、コクピットで調整できた。
MASERATI MEDICI I & II
マセラティ・メディチI&II
メディチの 1台目は、1973年に発表したアッソ・ディ・ピッケ(スペードの A)で確立したテーマをさらに発展させて、1974年のトリノ・モーターショーで展示された。2台目は、マセラティ・インディの後継モデルとして考案され、2年後のパリ・サロンでデビューした。
ALFA ROMEO NEW YORK TAXI
アルファロメオ・ニューヨークタクシー
1976年、ジウジアーロは他のデザイナーと共に、ニューヨーク近代美術館の企画に招かれ、”個人向け都市交通”を構想した。ジウジアーロが考案したのは、フラットフロアで、格納できるスロープや車イスの収納スペースも装備する、バリアフリーを実現させた進歩的なタクシーだった。
AUDI ASSO DI PICCHE
アウディ・アッソ・ディ・ピッケ
アウディのバッジを付けた1973年のアッソ・ディ・ピッケ(スペードの A)は、一連のコンセプトカーの第 1弾だった。続く1976年トリノ・モーターショーでは、BMW320をベースにしたアッソ・ディ・クアードリ(ダイヤの A)が登場。次のアッソ・ディ・フィオーリ(クラブの A)は、いすゞ・ピアッツァとして製品化された。
LANCIA MEGAGAMMA
ランチア・メガガンマ
一般的な意味では最初の”ピープルキャリアー”でないとしても、1978年のトリノ・モーターショーに登場したメガガンマは、私たちのよく知る特徴を備えたMPV(多目的乗用車)の原点といえる。ランチアの親会社フィアットが量産化に二の足を踏んだのが残念だ。
ITALDESIGN MARCO POLO
イタルデザイン・マルコポーロ
イタルデザインは、抵抗係数がわずか0.24であることを盛んに宣伝した。しかし、ランボルギーニのバッジを付け、ガルウィングドアを擁する1982年のこのコンセプトカーは、実は頓挫したデロリアンのプロジェクトから生まれたといわれている。販売されていたなら、スタイリッシュな4座席スーパースポーツカーになったはずだ。
ITALDESIGN PROJECT CAPSULA
イタルデザイン・プロジェクト・カプスーラ
1982年、ジウジアーロはバスの設計をヒントに、ある車を考案した。"ダブルフロア"式のローリングシャシーに、エンジンからスペアタイヤまで、すべてを詰め込む。そこに、ハッチバックからピックアップ、救急車、タクシー、牽引トラック、消防車まで、どんなボディでも架装できるというものだ。
LOTUS ETNA
ロータス・エトナ
1984年の英国国際モーターショーで発表されると、エトナは世界中の雑誌の表紙を飾った。ボディの抵抗係数は、わずか 0.29を誇る。惜しむらくは、ロータスの経営不振で開発が遅れたことだ。結局、91%の株を取得した GMによって打ち切られてしまった。だが、プロトタイプは生き残った。
ITALDESIGN AZTEC
イタルデザイン・アズテック
常識外れのアズテックは、固定ルーフのクーペであるアスピッドと、8人乗りワゴンのアスガルドと共に、1988年にトリノで発表された。プラットフォームは共通だが、走行可能なのはアズテックのみだった。動力はアウディ200ターボの 5気筒エンジンで、スポーツカーの進化はこうあるべきという、彼の考えを体現していた。
ITALDESIGN KENSINGTON
イタルデザイン・ケンジントン
1990年のジュネーヴでモックアップが披露され、6カ月後の英国国際モーターショーでは走行可能な形で展示された。当時最新のジャガー・ソブリンのイタリアンバージョンであり、このシルエットは、その後のイタルデザインの様々な作品に引き継がれた。
ITALDESIGN NAZCA C2
イタルデザイン・ナスカC2
1990年代初頭、ジウジアーロは BMWを引き込んで、新種のスーパーカーを生み出そうと目論んだ。こうして生まれたナスカC2は、850iの V12エンジンをミドに搭載。ボディはカーボンコンポジット製で、ドアは一般的な形状だが、ガラス製のルーフパネルがガルウィング状に開いた。
LAMBORGHINI CALA
ランボルギーニ・カラ
カーボンファイバーボディのカラは、1995年に発表されるや、大反響を巻き起こした。スーパーチャージャーとインタークーラーを搭載し、ロータス V8を動力とする量産バージョンが検討され、様々な当事者の間で交渉が進んだものの、最終的には無に帰した。
ITALDESIGN SCIGHERA
イタルデザイン・シゲラ
BMWがナスカC2の製品化を見送ると、ジウジアーロはこれに手を加えて、1997年のシゲラが誕生した。引き継がれた部分も多いが、カーボンファイバーパネルの下は、アルファロメオの 3リッター V6をミドシップ。そこに2基のターボチャージャーと、加えて補助のスーパーチャージャーまで搭載していた。
ITALDESIGN LUCCIOLA
イタルデザイン・ルッチョラ
このキュートなシティカーは、1992年にトリノ・モーターショーでモックアップとして展示されたIDチンクエチェントを基に生まれた。ジウジアーロは現代の小型フィアットとして考案したが、フィアットが理解を示すことはなかった。代わりに、このデザインは大宇マティスのベースとなった。
VOLKSWAGEN W12
フォルクスワーゲンW12
VWのフェルディナント・ピエヒCEOは、ジウジアーロとそのチームに対し、W12エンジンをミドに搭載し、VWの4WDシステムであるシンクロを備えるスーパーカーを造るよう求めた。こうして1997年にW12シンクロが登場。続いて1998年にオープンカーのW12ロードスターが、2001年には数々の新記録を樹立したW12ナルド(写真)が発表された。
編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curatorsLabo.) 原文翻訳:木下 恵
Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curatorsLabo.) Translation:Megumi KINOSHITA
Words:Richard Heseltine Images:Giorgetto and Fabrizio Giugiaro archive