今回は、1579(天正7)年から1580(天正8)年の様子が描かれた。以下では、最も注目されたシーン以外の見どころを紹介していく。
まずは織田信長への恐怖心から、最愛の妻・だしや家臣を見捨て、逃亡した村重の姿が挙げられる。小一郎の調略を受けただしの説得でついに村重は降伏を決断する。しかし、茶器を整理していた最中に安土城で信長から受けたパワハラの光景がフラッシュバックした村重は、あろうことか全てを捨てて逃亡するという最悪の行動を取った。これにはあれだけ仲睦まじかっただしですら、大きく取り乱し村重への恨み言を口にした。
SNSには「村重、よっぽど信長が怖かったんだな。とはいえ、あの行動はないわな」「だしさんのブチギレれるところ、ものすごい迫力があったな」と、村重のクズっぷりに関連するコメントが多く集まった。村重の逃避行だが、史実ではまず嫡男・荒木村次の居城・尼崎城へ逃げ込んだ。その後、親戚の荒木元清が守る花隈城に移るが、さらに毛利輝元を頼って尾道に潜んだ。そして本能寺の変で信長が死去すると堺へ移り、道薫を名乗り茶人として活動を始める。すでに亡くなっただしや家臣たちが知ったらどう思うだろうか。しかし、村重も当初は道糞と名乗っていたそうだから、自身のクソムーブに自覚はあったのかもしれない。のちに秀吉と再会した際に、道薫に改めさせられたと伝わっている。
今回起きた有岡城の悲劇は高山右近(市川知宏)と中川清秀(すがおゆうじ)が密かに安国寺恵瓊(立川談春)と内応したのが発端だった。右近は父・高山飛騨守とともにキリスト教に傾倒しており、1563(永禄6)年に洗礼を受けて公正という意味のジュストという洗礼名を授けられている。史実では有岡城の戦いが始まると、尊敬していたイエズス会員であるオルガンティノ神父の助言を受け、信長に降りた。清秀も居城である茨木城を包囲されると織田側に降伏している。信長は2人を許しているから、イメージとは違って寛大だ。
黒田官兵衛、改めて羽柴兄弟に忠誠を誓う
次に1年半近く有岡城に幽閉されていた官兵衛(倉悠貴)が、改めて羽柴兄弟に忠誠を誓うシーンが挙げられる。過酷な幽閉生活で官兵衛は肉体的にも精神的にも疲弊し、杖無しでは歩くこともできなくなっていた。自ら命を断つことも考えるほど追いつめられていたが、竹中半兵衛(菅田将暉)との約束が思いとどまらせたと語る。さらに松寿丸(森優理斗)も半兵衛の機転で救われたと知った官兵衛は、その恩義に報いるため羽柴兄弟に心からの忠誠を誓った。
SNSでは「疲弊する官兵衛の精神を現世に繋ぎ止めたのが半兵衛の言葉なのはグッときたな」「有岡城の幽閉をここまで重く描くとは思わなかったな。若い官兵衛だからこそ絶望感が伝わってきた」と、官兵衛のエピソードが話題となった。
別所長治(下川恭平)、潔く切腹する
最後に、秀吉(池松壮亮)の降伏勧告を受け入れ家臣の命を守るために切腹した長治の姿が挙げられる。1570(元亀元)年、父・別所安治の死去に伴い家督を継いだ長治は、まだ10代中頃の若さだった。後見人である別所賀相(田中美央)、別所重棟(忍成修吾)の2人の影響力が強く、思い通りの領国運営ができない状態だった。三木合戦が始まっても賀相が実権を握り傀儡のままの長治。織田勢に追い詰められても最後まで徹底抗戦の意志を崩さない賀相だが、長治は家臣たちのため降伏を決断し切腹する。当時20代中頃であったと伝わる。
SNSでは「家族や家臣を見捨ててでも自分だけ生き延びることを選んだ村重と、自らを犠牲にして一族や家臣たちを守ることを選んだ長治が対照的だったな」「長治、名君の素養はあったのかもしれないね。もう少し、気付くのがはやければなぁ」と若すぎる死が惜しまれた。
別所家は播磨の守護大名・赤松氏の庶流であり、代々続いた名門だった。下剋上でのし上がった荒木村重とは違い、武家としての誇りが切腹を選ばせたのだろうか。見事な最期だった。
きょう28日に放送される第25話「変事の予兆」では、安土城の完成を祝う宴の場で信長が家臣たちに相撲をとらせる。近習・森蘭丸(市川團子)と林秀貞(諏訪太朗)や佐久間信盛(菅原大吉)、安藤守就(田中哲司)が信長の命で対決するが、若い蘭丸には敵わず、3人はあっけなく敗れ、3人は何と追放を言い渡される。


