にしな、ツアー2026「日々散漫」総括ー散漫な日々の中に宿る、自由という確信

3月末から約3カ月間にわたり行われた全国ツアー『にしな ツアー2026「日々散漫」』が、6月20日(土)の熊本 B.9 V1公演をもって無事に終幕を迎えた。この記事では、4月18日(土)のZeppDiverCity公演、および、5月14日(木)のSpotify O-EAST公演を観た音楽ライターの松本侃士が、自由というキーワードを軸にしながら同ツアーについて総括していく。

【写真を見る】にしな、ツアー2026「日々散漫」(全10枚)

今回のツアーは、3月にリリースされた約3年半ぶりの3rdアルバム『日々散漫』を掲げて敢行された。「日々」と「散漫」という言葉を掛け合わせた造語をタイトルとして冠した2枚組の大作アルバム『日々散漫』で表現されているのは、文字どおり、「散漫」な「日々」、または、「日々」の「散漫」。私たちの日常は、人生は、そして生そのものは、得てして「散漫」であり、時としてそうした様は、可愛らしく、愛おしくも映る。そうしたフィーリングを胸に、私たちの「日々」はとりとめもないままに続いていく。いや、意志をもって、その「日々」を続けていく。そうした祈りや覚悟にも似た想いが、ディスク1『日々』とディスク2『散漫』に収録された全21曲に貫かれていた。

そんなアルバムの収録曲を軸にした今回のツアーの公演について、はじめに結論から書いてしまえば、『日々散漫』に込められた何気ない日々を慈しむ愛、心の安寧や世界の平和への願い、また、自由の意志を、ライブだからこその豊かな実感を通してより深く感じられる時間・空間だった。

まず、4月18日(土) のZepp DiverCity公演について。全編を通して驚かされたのが、ステージとフロアの距離の近さ、そして、会場全体に満ちるフィーリングの温かさと熱さだった。振り返ると、にしなは、3月17日(火)公開の「Rolling Stone Japan」掲載のアルバムインタビューの中で次のように語っていた。

Photo by 増田彩来

「ライブでお客さんを前にした時とか、もちろん、ステージの上と観客席ではありますけど、なんか変な話、すごく友達みたいだなって思ったりします。最初の頃からそういう気持ちはあったんですけど、どんどんさらにその気持ちが大きくなっていて。たまたま同じ場所で、同い年で生まれたら、絶対いい友達になってた人たちだなって」

「自然とお客さんに対して、味方だったり、友達っていう意識がどんどん強まってます。世の中生き抜く仲間だと思ってます」

アーティストと観客という関係性を超えて、友達、仲間として向き合いながら、エネルギーをぶつけ合い、エモーションを交感し合う。一体感という言葉では表現しきれないような親密な距離感がとても印象的だった。『日々散漫』に辿り着くまでの約3年半の間に重ねてきた数々のライブ経験が、こうした時間・空間を実現させたのだと思う。この期間、関東圏におけるワンマンライブに欠かさず足を運び続けてきた筆者は、あの日の会場に満ちていた温かく熱いフィーリングに触れ、とても感慨深い気持ちになった。

Photo by 増田彩来

特に忘れがたい時間となったのが、終盤の展開。「weekly」では、札幌公演の際に現地で買ったというあざらしのリュックを背負ったにしなが、自由にステージを練り歩いたり、ステージ中央の円台に設置されたソファーに腰掛けたりしながら、快活な歌声を高らかに届けた。「ケダモノのフレンズ」では、にしなも観客も、それぞれ手に持つ"ケダモノのしっぽ"やタオルを自由に振り回し合い、「パンダガール」では、ステージとフロアの境界線が溶けてしまうほどの猛烈なエネルギーの応酬が繰り広げられた。「クランベリージャムをかけて」では、さらに規格外な狂騒感が会場全体に生まれていった。その後の「シュガースポット」「ねこぜ」では、にしなからマイクを託されるのを待つまでもなく、観客がお決まりのコールが次々とばっちりときめてみせた。ライブとは、本来、これほどまでに自由な時間・空間であっていい。ライブでは、会場に集まった誰しもが、これほどまでに自由になれる。そう強く感じる瞬間が何度も訪れる公演だった。

ツアー後半の幕開けを飾った5月14日(木)のSpotify O-EAST公演は、前半と後半の間に約1カ月の休憩があったからか、まるでツアー初日のようなエネルギッシュさがあった。何より、ZeppDiverCity公演と比べて、さらにどんどんにしなのライブパフォーマンスが自由になっているように感じられた。一言で言ってしまえば、最高に痛快な公演だった。

この記事を通して、筆者が自由という言葉を繰り返して使っているのには、明確な必然性がある。先述したインタビューの発言を振り返ることで、今のにしなにとって、自由という言葉がとても重要なキーワードになっていることが分かると思う。以下、インタビューの発言を引用する。

「私の中で、自由には、けっこう不安がつきまとうものだと思うんですよ。ちょっとうまく言えないんですけど、最大の恐怖であり、最大の喜びなんだなっていうのを今は感じていて。星で例えるんだったら、どっかの星が消えたとしても、悲しいことに誰にも気付かれないかもしれない。けど、だからこそ、自分は自由だと思える。どこにだって行けるし、変な話ですけど、死のうと思えば死ねるけど、生きることも選べる。それが自由だなって、すごく私には感じられて」

Photo by 垂水佳菜

自由という、ネガティブにもポジティブにも捉えられる概念を抱えながら、「散漫」な「日々」を生きていく。そして、日常を、人生を、続けていく、進めていく。そうした逞しく、しなやかなメッセージが凝縮されているのが、アルバムのラストを飾る楽曲「Twinkle Little Star」である。今回のツアーの各公演の最後に披露されたのも、この曲だった。にしなは、Zepp DiverCity公演のアンコールで同曲を披露する前、次のように語っていた。

「めちゃくちゃ当たり前だけど、私も、みんなも、すごい自由な存在なんだなっていうことを感じていました。音楽で言ったら、続ける、続けないも自由だし、みんなが、仕事とか学校で嫌なことあった時に、続ける、続けないも自由だし。逃げたって、向き合ったっていい。答えがない自由の中なので、不安になることとか、迷うこともたくさんあるけど、それすら、我々が自由の中にいる証なんだな、生きてる証なんだなって思って。美しいことだな、なんていうふうに思ってます」

「社会とか、世界とか、人の心とか、自分のこととか、複雑だからあんまり分かんないなって思うことも多くて、頭の中が行ったり来たりするんだけど、でも、そんな中で大切なことは、いつもシンプルなのかもしれないって思う。例えば、自分がその場所で自分らしくいれるかどうかとか、人のことを好きになった時に好きだって言える気持ちとか、みんながみんなそうなのか私にはまだ分からないけど、私にとってはすごく大切なことなんだなと、このアルバムを作りながら気付きました。それを大切にできたら、自分がこれから何を選んでいこうが、世界がどう進んでいこうが、大丈夫なのかな、大丈夫にしていけるんだって思うようになって、そんな気持ちを込めて、アルバム、そして、最後の曲を作りました」

Photo by 垂水佳菜

アコースティックギターの弾き語りで披露したラストナンバー「Twinkle Little Star」。先ほど引用した一連の言葉と相まって、〈どこへでも自由に飛ぶだけさ〉という終盤の一節が、特に深く胸に響いた。私たちはみな、本来、自由な存在である。この曲を通してそうした確信を授けられたことによって、救われた人、心が軽くなった人、また、奮い立たされるような気持ちを抱いた人は、きっと多かったと思う。

今回のツアーを通して、大作アルバム『日々散漫』に収めた大切な楽曲たちが確かに目の前の一人ひとりのリスナーに届いているという実感を得られたことは、きっと、にしなにとって何ものにも代え難い経験になったと思う。一つひとつの公演の経験や思い出を糧にしながら、にしなの『日々散漫』な歩みは、またここから続いてゆく。これからも、どこまでも、自由に。楽曲制作やライブ活動を重ねるたびに、どんどん鮮やかに解放されてゆくにしなの旅路を、これからも追いかけ続けていきたい。

ツアー2026「日々散漫」セットリスト

https://nishina.lnk.to/hibisanman_setlist