Mouse on Marsが語る、リー・“スクラッチ”・ペリーとの「クラウトロック×レゲエ」を超えたマジカルな邂逅

CANからボーカリスト、マルコム・ムーニーが去った後、その後釜に座ったのはまさかのリー・”スクラッチ”・ペリー……と、そんな妄想も浮かんでくるストレートにクラウトロックな先行曲「Rockcurry」にてそのアルバムははじまる。これはドイツのポップと電子音楽の冒険主義を行き来し続けてきたパイオニア、マウス・オン・マーズ(Mouse on Mars:以下、MoM)とレゲエ/ダブのレジェンド、故リー・ペリーのコラボ・アルバム『Spatial, No Problem.』だ。

その音楽性はクラウトロック、アフロビート、ファンクなどなど、「レゲエやダブ以外」、そして電子音楽のレフトフィールド・サイドを歩き続けてきたMoMの作品にして、サウンドの質感は「バンド」の演奏だ。リー、MoMの双方のディスコグラフィー的にも例外的な作風の作品となった(つまりどちらかの作風に「寄った」ありがちなコラボではない)。

MoMはドイツはデュッセルドルフで結成、現在はベルリン拠点の、ヤン・セント・ヴェルナーとアンディ・トマによるユニット1994年のUKのインディ・ロック系のレーベル〈Too Pure〉からデビュー。初期はほぼ同時期に〈Warp〉が展開したAIシリーズ──オウテカなどを輩出したテクノの実験主義とリスニングという価値観に依拠した、「Artificial Intelligence」というシリーズ(今日のいわゆる「AI」とは無関係)──やアンビエント・テクノへのドイツからの回答とも言えそうな音楽性で、以降、いわゆるIDMやグリッジの型にもはまらない、アイロニカルなポップ・センスを宿しながらも、遊び心溢れる電子音楽の実験を繰り広げるドイツのエレクトロニカの先駆となった。時に、ポストロックへの接近をしてみたり、ザ・フォールのマーク・E・スミスとのヴォン・スーデンフェッドというユニットをやってみたり、近作ではまだ話題になる前のAIをテーマにしてみたりと、その作風やコンセプトは作品ごとに違い、ともかく多岐にわたる。

かたやリー・ペリーは、1980年代以降、2021年の逝去まで、そのエキセントリックな出で立ちや発言によって奇異に扱われることもあるが、1970年代末まではジャマイカにおける偉大なるレゲエ/ダブのアーティスト/プロデューサーだ。世界デビュー前のボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズとルーツ・レゲエの基礎を作り、そしてキング・タビーらが発明した「ダブ」を音響的実験として発展させ、自身のスタジオでレゲエの表現を拡張させた。1970年代末に、その拠点であった〈Black Ark Studio〉を去ってからは、主にシンガーとしての活動が多くなるが、おそらくそれまで音だけに向けられていた表現の欲求がアートピースやそのファッション、「全身芸術家」としてそのライフスタイルそのものへと転化したものと言えるのではないだろうか。

この両者ともにそれぞれの音楽性に「寄せる」こともなく、異質な作品に仕上がっている。この作品にいかにたどり着いたのか、MoMのふたりに訊いた。

リー・ペリーについて「実はそんなに詳しくなかった」

─そもそもこのコラボは誰によってもたらされたものなんでしょうか?

ヤン・セント・ヴェルナー:宇宙船がベルリンにやって来たんだ。そこからものすごい光のビームが降り注いで、リーが降り立った。本来ならそのビームがリーをスタジオに運んでくれるはずだったんだけど、Patch Pointっていうモジューラ・シンセサイザーなんかを売っているショップに彼を降ろしてしまった。で、僕らは彼をそのショップまで迎えに行かなくちゃいけなかったんだけど、本人はもうその店にすっかり馴染んでいて。リーはその環境のまま「ここでレコーディングしてもいいな」という感じになっていたんだ。だけど僕たちは一応、礼儀正しく「通りの向かいにあるスタジオまで来てもらえないですか? マイクもすべてセッティングしてあるし、あなたのための準備がちゃんと整っているので」と。そしたら彼が、「ああ、ここスタジオじゃないの?」って言うから、「スタジオは通りの向かい側ですよ」って答えたら、「ああ。じゃあそれでもいいね」って。そんな感じで。彼はレコーディングに関して一貫して「全然問題ないよ」っていうスタンスだったんだ。

─あなたたちからオファーしたのですか?

ヤン:いや、そういうわけでもないんだ。個人的には、彼の音楽については実はそんなに詳しくなかった。でも、それが逆に良かったのかもしれないね。音楽を作るプロセス自体がとてもオープンでさ。彼がこれまでレゲエやダブをやってきたとか、そういう過去に縛られることのない、完璧に自由なプロセスでの音楽制作だったんだ。それこそが、まさに彼が気に入っていたところでもあるよ。

─ではリーの過去作などで好きな作品などは特にない?

アンディ・トマ:僕たちは彼の過去の作品はほとんど知らないんだ。

ヤン:もちろん、幾つかは聴いたことはあるよ。でも、そのレコードのタイトルが何だったとか、どの曲がどれかまではわからない。いわば音楽史の一部としてだね。たとえば、ベートーヴェンとかバッハ、カールハインツ・シュトックハウゼンとか。それに、マイルス・デイヴィス、リー・”スクラッチ”・ペリー、マッド・プロフェッサー、サイエンティストみたいな感じでさ。そういうものはすべて、巨大なライブラリーのなかのもので、知識としては頭に入っている。でも、どの作品のどの章がいちばん好きかと言われると、はっきりとは答えられない感じ。とにかく、彼の音楽に関しては”世界の知識の一部”という感覚なんだよね。

─それでもコラボレーションが実現したというのがとても興味深いですね。

ヤン:僕はとても理にかなっていたと思うんだよね。というのも、リーも僕たちのアーティストとしての先入観みたいなものがなかったし、過度な期待もしていなかったから。だからセッションをはじめたその”瞬間”からインスピレーションを受け取って、いまこの”瞬間”から創っていくという感じで。すべては”今、この瞬間”がベースになっているんだよね。一緒に集まって、”今だ”ってなったら、そこからすぐに始まる、というような感じだったんだ。

Photo by Constantin Carstens

祝祭のようなものを創る感覚

──あなたたちの作品にしては珍しくバンドとしての側面が強いですが、今回のコラボは、例えば楽曲があってそこにボーカルを乗せたのか、セッションっぽい作り方でスタジオで作ったのかどちらでしょうか?

アンディ:今回のレコーディングではレコーディング・ルームはもちろん、スタジオには大きなキッチンもあって、廊下も含めて、それら全てが録音スペースになっていたよ。食事中でさえも録音していたんだ。だから、ずっと録っては制作する、という状態が続いていて。人も出入りしていたし、つねに誰かしらが集まっている感じでね。ただそこにいて、ダラダラ過ごしている人もいる、みたいな。そういう全体に流れる空気感みたいなものを、彼も気に入っていたんだと思うよ。おそらく、彼が昔やっていたスタジオ……〈Black Ark Studio〉なんかも、同じような発想だったと思うんだよね。そういうオープンで社交的な場というかさ。でも、それは別に最初から計画していたわけではなくて、自然とそうなっていったんだよね。僕が最初に友だちに声をかけて、その人がまた別の友人に伝えて……というふうに、人が集まってきた。でも、「リーがいるらしいぞ!」という物見遊山なノリではなくて、単純にみんなが興味があって来ていた、という感じだったね。

──ではプリプロとかデモ的なものもなく、もっと自然発生的に曲ができていった?

アンディ:いくつかの曲はすごくベーシックな部分だけは準備してあったよ。いくつかのトラックは、完全にスタジオ内でのセッションから生まれたものだね。

─今回参加しているバンドのメンバーに関してですが、ずっと作品に参加しているパーカショニストのドドさん(Dodo Nkishi)以外のメンバーはどのように集められたんでしょうか?

アンディ:基本的には、以前のプロジェクトで一緒にやった人たちだね。たとえばアンドレア・ベルフィはMoMの作品やツアーに参加してくれているとても優れたドラマーだし、それにドドも。レジス・キンレ・モリーナはキューバ人のサックスプレイヤーでとても素晴らしいね。その彼が友人を何人か連れてきてくれて。それと、(ドラム/パーカッションの)クレステン・オズグッド。彼もツアーに参加してくれていた時から知っているけど、あちこち旅をしているから、ちょうど通りかかって参加してくれた感じなんだ。

ヤン:2018年の僕らの『Dimensional People』にも関わってくれた人たちもいたよ。あのアルバムもコラボレーションをすごく重視した作品だったんだ。ザ・ナショナルやボン・イヴェールのメンバー、スパンク・ロックのナイーム・ジュワン、ベイルートのザック・コンドンが参加してくれた。とにかくいろんな人が集まってくれたんだ。今回もそれに少し近い感覚があって。たくさんの人を集めて、ジャムしたりセッションしたりして、その中から何が出て来るのかを見守るみたいな。あとで少し編集することもあったけれど、ほとんど手を加えないでそのままというものもあるし、逆にカットしたり整理したりして形にしていくものもある。

重要なのは、これがリー・”スクラッチ”・ペリーのための作品というわけではないということなんだ。完全にコラボレーションが中心にあって、リー自身もその一部として関わって、色々なことが自然に起きていく感じと言えばいいのかな。彼が主役ではなく、彼も参加するひとつのコラージュ作品のような、アート作品やパフォーマンス、あるいは祝祭のようなものを創るという感覚に近かったかもしれない。だからこそ制限はほとんどなくて、ミュージシャンたちも自由に関わることができた。誰かがふとアイデアを思いついたら、「ちょっと録ってもらっていい?」みたいにマイクを渡して、テキストを考えたりオルガンを弾いたりして。一方で、ドドはソファに座って、ただその場にいて聴いていることも多かったんだけど、ある1曲(「To The Rescue」)ではギターを弾いていてね。普段のドドはMoMでは歌ったりドラムを叩いたりしているのに、その曲ではギターを担当していて、これがまたすごく美しいトラックになっているんだ。

─長いキャリアを通して、最も「バンド」としての音作りになった作品になったのではないでしょうか?

ヤン:いわばコレクティブというか、インプロビゼーション・バンドのような感じだね。フリージャズのバンドみたいな。

─リーはボーカル以外の部分でもどこかに関わっているんでしょうか?

アンディ:基本的に、彼はずっと喋ったり歌ったりしながら、録音に参加していたね。それでいて「ここのベースは君が弾いたの?」とか、周りにもちゃんと気を配っていたんだ。他のみんなと同じように参加している、という感じで、変に前に出て主張するわけでもなくて。自分の型を押しつけるようなこともなかった。ちゃんと周りをリスペクトしながら関わってくれたんだ。

─リーとはどんな話をしながら作ったんですか?

アンディ:正直に言うと、彼が何を話しているのかはあまりよく理解できなかったんだ(笑)。ジャマイカ訛りがかなり強くて。だから、どちらかというと言葉というより、ノンバーバル(非言語)なコミュニケーションに近かったね。でも、それでもすごく上手くやれていたと思うよ。さっきヤンが言ったように、その瞬間、瞬間を大事にしていたからこそ、とてもオープンな状態で制作をすることができたしね。ただ一緒に過ごして、何かをやろうとしているのをとらえるという感じだったんだ。

─言語的なテーマやコンセプトよりも、音楽を通してコミュニケーションを取っていたという感じでしょうか。

アンディ:そうだね。

フリーダムな空間、それこそが正義

─例えば1曲目や2曲目はCANやノイ!、初期クラフトワークのようなクラウトロックのバンドを彷彿とさせ、そこにリー・ペリーが乗っていて度肝を抜かれました。逆に他の曲では、あなたたちの作品でアフロビートやファンクっぽい生バンドが聞こえてくるというのもびっくりしたのですが。

アンディ : もし、このレコードをコンセプチュアルなものとして語るなら、最初の発想としては、ある種の”音楽史の旅”みたいなものにしたい、というのがあったんだと思う。いくつかのセクションがあって、アフロ・アメリカン──輸入されたアフリカン・ミュージックのような要素があったり、カリビアンなスタイルがあったり、あとはクラウトロック的なインスピレーションもあったり。そういう中で、自然に生まれてきたものなんだ。もちろんCANからの影響もあっただろうね。それぞれがとても強い音楽的アイデンティティを持っていて、しかもすごく美しい。リー自身も、彼ならではのものを持っていた。だから、最終的にはそういったものをひとつに結びつけて、音楽史の流れの中で融合させていく、という感じだったんだ。

─リーのスタジオでの発言や行動で一番はっとさせられたことはありますか?

ヤン:さっきも言ったように会話するようなことはほとんどなかったんだよね。もちろん、たまに喋ることはあるんだけど、どちらかというと詩を朗読するような感じで入ってくる。突然スタジオに入ってきて、「ドイツからロボットが攻めてくるぞ。ドイツ人の博士たちがロボットと戦っているんだ。お前たち、戦う準備はいいか?」みたいなことを言い出して(笑)。こっちも「ああ、準備は万端だ」って返したりしてね。なんだかちょっと演劇めいた感じなんだけど、でも、実際に芝居をやっているわけでもなくてという。でも普通だったらレコーディングだから、一旦止まって、舞台裏では帽子を脱いで「ああ、お腹空いたな」とか、「さっき録ったやつどうする?」とか「もう一度録り直してみる?」みたいな会話になると思うんだけど。でも 今回のセッションにはそういうことが一切なくて、途切れることなくパフォーマンスが続いているような感じだった。だから、いわゆる話し合いのようなことはほとんどなくて、つねに何かを演じている、パフォーマンスしている状態だったんだよね。

Photo by Constantin Carstens

─ちなみにコニー・プランクがリー・ペリーの作品のファンだったという話をきいたことがあるんですが、たしかにミニマルなグルーヴと音響的な冒険という意味でリーの〈Black Ark Studio〉時代の作品とクラウトロックに共通点を見出すこともできるような気がしますがこの意見にはどう思いますか?(※質問作成時は冒頭のように彼らがそこまでリー・ペリーに親しんでいないことを知りませんでした、あしからず)

ヤン:それとね、日本のエンジニアリングとか、Roland TB-303のベースライン、Roland Space Echo、それにベルリンの会社で、Native Instrumentsという音楽ソフトウェアを開発したステファン・シュミットが立ち上げた、Nonlinear Labs C15キーボードなんかとのつながりも見えてくると思うんだ。そういう機器を作ってきた人たちと同時に、20世紀を通してさまざまなコンセプトを発明してきた人たち……音に関する概念で言えば、ジョージ・ルイスとかカールハインツ・シュトックハウゼン、マイルス・デイヴィスのような存在もいて。そこにクラウトロックやより実験的な音楽、あるいは即興音楽……たとえば、ペーター・ブロッツマンやアルバート・アイラーといった流れもつながってくる。

つまり、ジャンルとかテクノロジー、演奏技術の境界線を押し広げてきた人たち、楽器の使い方を拡張したり、新しい楽器そのものを作ったり、あるいはコミュニティの在り方……どう共に生きるか、どう共に創るか、みたいなことまで含めてね。アート、サイエンス、音楽、そのすべてが混ざり合っているんだ。そうした表現するということはリー・”スクラッチ”・ペリーにとってもすごく重要なことだったし、僕たち自身もビジュアル・アートやリサーチ、テクノロジーに深く根差しているんだよね。リーはアート作品も手掛けていたし、コラージュや彫刻も作っていた。ポスト・ヒューマニズムに関する文章だけの書籍も出版しているし。それもコンピュータを駆使して文章を書いているんだ。

今回の作品に大きなテーマとしてあったのは、仏教とダダイズム。ダダは100年前のヨーロッパ、チューリッヒやベルリンで誕生したラディカルな芸術運動なんだけど、一方で、ヴードゥー的なものはスピリチュアルな原動力として、目に見えないものや未知のものを日常に引き込んでくる、そういう色々な要素が全部つながっていると思うんだ。だから、このレコードは、もっと大きな枠組みを表現していると思う。単にMoMとリー・”スクラッチ”・ペリーの作品とか、クラウトロックとレゲエの融合という話だけではなくて。テクノロジー、アート、思考、知識、政治、移住や国境、ステレオタイプ。そういうものが交差する”出会い”そのものを反映している。

だから、この作品は音楽だけに留まらないし、『Spatial, No Problem.』というタイトルもそこに関係しているんだよね。つまり、僕たちはその”空間”を共有していて、その中ではどんなことでも可能なんだ、ということ。コラージュのように色々なものを組み合わせて、時には何かを前面に打ち出して別のものを隠したり、逆に取り除いて背景を見せたりする。僕たちはある意味建築者なんだ。つねに何かを構築し続けている。リーもまさにそういう人で、スタジオの壁をデザインしたり、いろんなものを組み合わせたりしていたよ。パパイヤに米を詰めたり、ミキシングデスクの上にアヒルを置いたり、壁にステッカーを貼ったり、ペンで絵を描いたりね。僕たちのスタジオも同じように、ステッカーや奇妙なコラージュでいっぱいなんだよね。だから、それがすごくしっくりきたんだ。言ってみれば、リーとMoMが一緒にやるということ自体、ひとつのコラージュなんだよ。誰かがこの2つを組み合わせて、それが成立するのかどうか考えた。その発想自体がすでにコラージュなんだよね。

─そのように創られたこの作品から得た最大のものとはなんだと思いますか?

ヤン:フリーダムだね。空間的なフリーダム。やりたいと思ったことはなんでもやれる自由さだね。それこそが正義だった。

─ラストの楽曲はニューオリンズ・ファンク的だったり、いずれの楽曲にしてもストレートなレゲエのリズムをやらなかったのは、そうした理由からでしょうか?

ヤン:そうだね。たとえばあの曲も、ニューオリンズっぽいサウンドに聴こえるんだけど、実はニューオリンズのミュージシャンはひとりも参加していない。ブラスの大部分はキューバ出身のミュージシャンが担当しているし、ベイルートのザック・コンドンはアルプホルンとトランペットを少し吹いてくれているね。ドラムはアンドレア・ベルフィが叩いていて、そこに僕らがエレクトロニック・ドラムや不思議な感じのサウンドを重ねていく。そういうふうに色々な要素が混ざり合ってできているんだ。

─この作品を完成させたマウス・オン・マーズは、ここからどういった方向に向かっていくのでしょうか?

ヤン:実は今回レコーディングした素材がまだまだあって、もう1枚アルバムを出す予定なんだよ。

アンディ : このアルバムはある程度スタジオでしっかり準備されたセッションをベースにしてるんだけど、次のアルバムはもっとセッション・アルバムという感じになる予定なんだ。完全に自由な形で録った素材が中心になる。かなり即興的に録音されたもので、サウンド的にもリハーサルっぽいラフな質感のものも多いね。ある種、色々な”儀式”のようなものが詰まった感じになっていると思う。

ヤン:その通りなんだけど、今回のアルバム自体にも、かなり即興的な要素は入っているよ。「Yayaya」「State of Emergency」「Fire Dali」なんかがそうだね。そうした曲はすべてが作り込まれていたわけではなくて、かなり自然発生的な部分も多いんだ。一方で、今度のセッション・アルバムの方は、もっと喜びに満ちた感じになっているかもしれない。構造としては、『スター・ウォーズ』のように話が戻っていく感じだね。セッション・アルバムは今回リリースするアルバムよりも前に起こっていたことをまとめたものになっていて、最終的にはリーが再生するところで終わる、というような流れになっているんだ(笑)。

─リー復活のドキュメンタリーみたいな。

ヤン:そうそう。始まりの部分へと逆行していくドキュメンタリーを通して、彼の新たな再生のスタートが描かれているんだ。

―ワクワクしますね。では、質問はこれで以上です。ありがとうございました。

ヤン:せっかくの機会だからひとつ付け加えてもいい? 最近また自分たちのレコード・レーベルの〈Sonig〉からリリースを始めているんだよ。ケルン拠点の小さなレーベルで、A-Musikという、友人がやっているショップ兼レーベルがディストリビューターになってくれているんだ。最近、マッツ・グスタフソンの作品も〈Sonig〉からリリースしたんだよ。彼はサックス奏者で、ヨハン・バットリングがベースを弾いている。そこに僕が加わってトリオで活動しているんだけどね。以前、ヴェルナー・ヘルツォークの映画のためのサウンドトラックをMoM名義で作ったことがあるんだけど、その作品とか、30年くらい前のアーカイブ音源をまとめた、『Dustloop』と呼んでいる作品なんかもリリースしていく予定なんだ。リーとのプロジェクトと並行して、今もその〈Sonig〉向けに新しいアルバムを制作しているところなんだよね」

リー・”スクラッチ”・ペリー、マウス・オン・マーズ

『Spatial, No Problem.』

発売中

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