
一夫多妻制を信奉する米宗教集団の指導者サミュエル・ベイトマンの「霊的な妻」だったナオミ ”ノムズ” ビストライン。服役を経て洗脳から目覚めたいま、音楽と心理学を通じて過去のトラウマと向き合い、自分の人生を取り戻そうとしている。
ナオミ ”ノムズ” ビストラインは現在27歳。カルト指導者サミュエル・ベイトマンの元「霊的な妻」のひとりであり、いまは音楽を作りながら、自らの過去と向き合っている。
彼女の人生は、Netflixのドキュメンタリーシリーズ『サミュエル・ベイトマンの狂気: 一夫多妻制カルト教団の闇』によって、広く知られることになった。同作は、末日聖徒イエス・キリスト教会原理主義派(FLDS)から派生した小規模な分派を率いていたサミュエル・ベイトマンと、その集団から女性たちを解放へ導いた人々の物語である。
FLDSは、モルモン教の主流派から分かれた原理主義的な宗教集団として知られ、一夫多妻制を信奉してきた。サミュエル・ベイトマンは、自らを「預言者」と称し、現在児童性的暴行の罪で終身刑に服しているFLDSの指導者ウォーレン・ジェフスの後継者だと主張していた。
ビストラインは、そのベイトマンの23人の「霊的な妻」のうち13番目だった。その中には、最年少で9歳の少女たちも含まれていた。ベイトマンは彼女たちに性的虐待を加えていた。
ビストラインは、隔絶された共同体の中で育った。彼女にとって、音楽もまた宗教の一部だった。
「ウォーレン・ジェフスのもとで育ったころは、すべてが宗教的なものでした」と彼女は語る。「私たちの歌は、カルト内の人々が書いたものか、FLDSの賛美歌のどちらかでした」
それでも音楽は、幼いころから彼女の身近にあった。ベイトマンの集団では毎日歌っていたという。ただし、それは合唱であり、「とてもクラシックで、穏やかで、いわばカルト的な歌唱」だった。
「それでも美しかった。ハーモニーは素晴らしかったんです」
13歳でギターを始めたビストラインは、そのころから自分でも曲を書くようになった。だが、当時の歌詞を読み返すことはいまもつらいという。
「心がずっと痛んでいた一方で、頭では彼の言うことをすべてやろうとしていた。その内側で、どれほどの葛藤が起きていたのかに気づくからです」
彼女はベイトマンを喜ばせようとし、彼の命令をすべて守り、「完璧な妻」になろうとしていた。だが、その痛みや苦しみ、そして罰が何を意味するのか、当時の彼女には理解できていなかった。
刑務所での日々
2022年9月、アリゾナ州コロラドシティにあるベイトマンの敷地にFBIの強制捜査が入り、ベイトマンは逮捕された。集団内にいた未成年者たちは州の保護下に置かれた。
しかし同年11月、ベイトマンはビストラインと他の信者2人に、少女たちを連れ出して州外へ移動させるよう指示した。3人はワシントン州で身柄を拘束され、逮捕されたのち、アリゾナ州へ戻された。
ビストラインは、州の保護下にあった未成年者を違法に連れ出した罪により、テキサス州の刑務所で21カ月の刑に服することになった。
皮肉にも、彼女がベイトマンの支配から距離を置き、自分の置かれていた状況を見つめ直すきっかけになったのは、その刑務所での日々だった。
「他の受刑者たちと話すようになって、彼女たちが自分の人生について教えてくれました」と彼女は言う。「私が自分の人生で起きたことを少し匂わせると、みんな『あなたの人生は普通じゃなかった』って言うんです」
そこから彼女は、自分の信じてきたものを疑い始めた。
「本当に怖かったんです。サミュエル・ベイトマンやウォーレン・ジェフスに疑問を抱いたら、雷が落ちてきて自分は死ぬんだと本気で思っていました。それくらい洗脳されていたんです」
刑務所の中で、彼女は少しずつ気づいていった。ベイトマンは預言者ではなかった。彼は、自分や他の女性たち、少女たちを虐待していたのだと。
その刑務所で、ビストラインは再び音楽と出会う。あるユニットマネージャーが、彼女がギターを弾けることを知り、ギターを持ってきてくれたのだ。
「ものすごく驚いたし、最高にうれしかったんですが、ある日、その人がギターを持ってきてくれたんです」と彼女は話す。「それでまた曲を書き始めて、独房で弾きながら歌うようになりました」
やがて、他の女性受刑者たちが彼女に刑務所内のバンドへ参加しないかと声をかけた。最初、彼女はギタリストとしてオーディションを受けるつもりだった。
「少し歌い始めたら、みんなに『ギターは置いて。歌だけ聴かせて』って言われたんです」と彼女は振り返る。「マイリー・サイラスの『Flowers』をアカペラで歌いました。そしたら『リードボーカルは決まりだ』って」
喜びはあった。だが同時に、人前で歌うことへの恐怖もあった。
「その夜、独房に戻ってから思ったんです。『怖い。こんなこと一度もやったことがない』って。でも同時に、自分はいま人生でいちばんどん底にいるんだ、という結論に至りました」
誰も携帯電話を持っていない。撮影されて笑いものにされることもない。そう思えたことで、彼女は一歩を踏み出した。
音楽は「解放の手段」
出所から18カ月が経った現在、ビストラインは音楽制作と心理学の勉強を通じて、自分自身の人生を取り戻そうとしている。
「彼女が自分自身の人生を歩み始める姿を見るのは、本当に深い体験です」と、『サミュエル・ベイトマンの狂気: 一夫多妻制カルト教団の闇』に関わった映像作家のクリスティン・マリーはローリングストーンに語る。「彼女は自立を見つけ、自分の道を歩き、自分で決断するようになっている。それが本当にうれしいんです」
左からナオミ ”ノムズ” ビストライン、クリスティン・マリー(©TOLGA KATAS/NETFLIX)
一方で、ベイトマンの集団にいた女性たちの多くは、いまも彼を預言者だと信じ、献身し続けている。
「サミュエル・ベイトマンの集団は、カルトの中のカルトだったのだと思います」とビストラインは語る。「ウォーレン・ジェフスが権力を握ったあと、FLDSはカルトになりました。でも、その中にいる多くの人たちは悪い人ではありません。本当に善良な人たちです。ただ、他のあり方を知らないだけなんです」
だからこそベイトマンが現れたとき、彼の集団はFLDSから枝分かれした別の支配構造のように機能した。彼はウォーレン・ジェフスの教えを利用しながら、信者たちを支配し続けていた。
いまのビストラインにとって、世俗の音楽はまだ新しい世界だ。現在はオリヴィア・ロドリゴ、ファウジア、ベンソン・ブーン、ブルーノ・マーズ、レディー・ガガなどを繰り返し聴いているという。
最近では、コートニー・ラブが自身のInstagram投稿にコメントしたことをきっかけに、初めてHoleを聴いた。
「あの時代の音楽がとても好きなんです。生々しさがあるから」と、彼女は1990年代のアーティストについて語る。「AI的なものもないし、オートチューンもかかっていない。すごく新鮮なんです」
現在、彼女はボーカルコーチとともに自分の音楽を作っている。ジャンルとしては「ほとんどポップで、少しカントリー」だという。
刑務所で最初に書いた曲は、いまとは少し違っていた。
「当時はビリー・アイリッシュのことすら知らなかったのに、すごくビリー・アイリッシュっぽい雰囲気がありました。悲しくて、メランコリックで」
彼女は過去について、そして若かった自分を許すことについて曲を書いた。その後、怒りが湧いてくると、サミュエル・ベイトマンに向けた怒りのアンセムを書くようになった。

©NETFLIX
音楽は、いまや彼女のトラウマ回復に欠かせないものになっている。
「解放の手段になっています」と彼女は言う。「刺激が強すぎたり、圧倒されそうになったりすると、たいてい音楽をかけるか、歌い始めます。すぐそこにある逃げ場なんです。何をしていてもできる。それが本当にいいんです」
ビストラインは現在、1stアルバムに取り組んでいる。
完成しているのは、刑務所での経験を消化するための曲と、サミュエル・ベイトマンに対する怒りのアンセムだ。
彼女は今後数週間以内に、最初のシングルとミュージックビデオをリリースしたいと考えている。
「実は待ちきれないんです。ずっと小さな秘密の執着みたいなものだったから」と彼女は言う。「でも実際に世に出て、自分に証明すべきものができたら、きっともっと良くなると思うんです」
現在も彼女は、アリゾナ州とユタ州の州境にあるショート・クリークに暮らしている。FLDSの信者家族が多く住む地域だが、彼女自身はすでにその支配から距離を置き、近いうちにこの土地を離れる予定だ。
「選択肢がたくさんあるんです」
モハーヴェ・コミュニティ・カレッジで心理学の学位を取得したら、ビストラインはカルトや支配的な関係の中にいる人々を支援するアドボケイトになりたいと考えている。その活動は、ドキュメンタリーシリーズで自身の経験を語ることによって、すでに始まっている。
「彼女は、サミュエル・ベイトマンによる他の被害者たちすべてに対して、大きな貢献をしました」とマリーは言う。「彼女は、彼女たちが前に出ることなく、その痛みを認めてくれたのです。そして反応がとても肯定的だったことで、他の被害者たちも、自分たちは恥じる必要などないのだと気づき始めています」
シリーズの中の自分を見ることは、当初はつらい体験だった。それでもいま、ビストラインは視聴者からの肯定的な反応を受け止めつつある。
「いまも圧倒されるような感覚の中にいます。でも同時に、安堵もあります。ここまで多くの支援があるとは思っていませんでした」と彼女は言う。「もっと反発される、もっと憎まれると身構えていました。私はあの空間に存在していたのだから、たとえそこで生まれ育ったのだとしても、みんなには私を憎む権利があると感じていたんです」
音楽、授業、自己省察の日々のなかで、ビストラインは一歩ずつ自分を作り直している。
彼女は最近、「My First Time Diary」という日記を始めた。初めて経験したことのレシートやチケットを取っておき、写真を撮り、そのとき感じたことを書き残している。
日記には、初めてレストランで食事をしたときのナプキンも貼られている。彼女が食べたのは、トマトサンドイッチ、フライドポテト、オレンジジュースだった。初めて劇場へ行ったときのチケットの半券もある。そのとき観たのは『モアナと伝説の海2』だった。
「私はまだ、自分のことを赤ちゃんだと言っている時期にいるんです」と彼女は言う。「まだ生後18カ月なんです」
