
ジョシュア・レッドマンとドン・ウォズが惚れ込んだシンガーであるガブリエル・カヴァッサ(Gabrielle Cavassa)が、5月1日にブルーノートからアルバム『Diavola』でメジャー・デビューする。
ガブリエル・カヴァッサはイタリア系のバックグラウンドを持つアメリカ人で、カリフォルニア州サンディエゴ郡に位置するエスコンディードで生まれ、2017年からニューオーリンズを拠点に活動。2021年にはサマラ・ジョイらを輩出したサラ・ヴォーン国際ジャズ・ボーカル・コンペティションで見事優勝を果たし、その後、ジョシュア・レッドマンが自身のアルバム『Where Are We』とそのツアーに彼女を抜擢。「ジョシュア・レッドマン・グループ featuring ガブリエル・カヴァッサ」の名義で2024年5月にブルーノート東京公演も行なわれた。また昨年12月にカヴァッサは自身の名義でもブルーノート東京公演を行なったので、それを観てメジャー・デビュー・アルバムに大きな期待を寄せていた人も多かったはずだ。
アルバム『Diavola』は、ジョシュア・レッドマンとドン・ウォズの共同プロデュースで制作。ジェフ・パーカー(Gt)、ラリー・グラナディア(Ba)、ブライアン・ブレイド(Dr)、ポール・コーニッシュ(P)、それにジョシュア・レッドマン(Sax)と最高峰のメンバーたちが参加してレコーディングされた。有名なポップスにジャズ・スタンダード、ガブリエルによるオリジナル曲まで幅広く収録されているが、カバーとオリジナルの差異もジャンルの違いも感じさせることなく、ドン・ウォズの言う「耳元で秘密を囁いてくれているような」彼女のボーカルがそれらを美しく繋いでいる。底知れぬポテンシャルと芸術性を有した彼女に、ここに至るまでのキャリアとアルバム『Diavola』についての話を聞いた。
ビリー・ホリデイからロザリアまで、独学で広げた音楽観
―まずはバックグラウンドについて聞かせてください。あなたはカリフォルニア州サンディエゴのエスコンディード生まれだそうですが、ご両親も音楽に携わっている人なのでしょうか?
ガブリエル:いいえ、まったく違う。父も母もビジュアル・アーティストで、創造性がとても豊か。父は陶芸の教師だけど、建築もしている。母は美術の教師。ふたりとも自分のことをアーティストだとは言わないでしょうけど、私からしたらこんなにアーティスティックな人たちはそうそういないと思う。
―家のなかで音楽はよく流れていましたか?
ガブリエル:そこまでではなかったけど、父はホイットニー・ヒューストンが大好きだった。あと、祖父母がイタリア系で、彼らの影響で私もイタリア・オペラを少し聴いたりした。フランク・シナトラも。だけど私にとって、音楽を聴くというのはかなり個人的なことで。自分ひとりで見つけた世界という感じだった。現実逃避の場所とでも言うのかな。みんなで共有するものというよりは、自分ひとりで秘密の探求をしているというような。音楽は私にとって友達みたいな存在で、私は音楽と一緒に大人になったと思っている。
―音楽が支えであったと。
ガブリエル:うん。自分は音楽に理解されているという感覚があった。だから私も音楽というものを何より信頼した。子供の頃にしたいろんな体験のなかで、一番”本当だと思えたもの””正しいと感じられたもの”が音楽だった。だから私は音楽を人生の指針としてきた。音楽のある方向にただ進んでいったの。
Photo by Roeg Cohen
―ジャズ・ボーカルを学ぼうと思ったきっかけは?
ガブリエル:ティーンエイジャーになるまで、そもそもジャズが何なのかを知らずにいた。私が育ったのは、そうしたカルチャーがまったくない田舎だったから。ビリー・ホリデイが初めて私に何かを感じさせてくれた人だったと思う。とにかく彼女の歌が大好きで。だけど、それがジャズと呼ばれる音楽だとは思っていなかった。
―いくつのときにビリー・ホリデイを聴いたんですか?
ガブリエル:高校生のときだったかな。ビリー・ホリデイのクリスマスのレコードを親が持っていて、それに夢中になった。あとナンシー・ウィルソンも。そして18歳で大学に進んだときに、持っていたお金を全てつぎ込んでレコードプレーヤーを買ったの。タクシーで帰るお金がなかったから、買ったプレーヤーを抱えて歩いて帰ったのを覚えてる(笑)。そのときに買ったレコードの1枚がビリー・ホリデイで、もう1枚がアート・ブレイキーの『Moanin』。それからレコード・ジャケットの裏面の解説を読み、それを手がかりにいろいろ調べていって。新しいレコードを聴く度にそうやって新しいミュージシャンに出会い、その人の作品も聴いてみる……というのを繰り返していた。
―ビリー・ホリデイの歌を聴いて、それを真似してみたりもしました?
ガブリエル:初めはね。それによって教えられたの。なろうとしてもビリー・ホリデイにはなれないってことを。つまり、ビリー・ホリデイのようになりたいのなら、自分自身のスタイルを探し出すしかないってこと。彼女の歌い方は決して真似のできるものではない。彼女は大きな声を出すタイプのシンガーではないし、派手な歌い方をするわけでもないし、いかにも技巧的というわけでもない。だから再現するのが難しい。自分は自分自身であることを貫き通す以外にないって気づかされたわけ。
―ビリー・ホリデイのほかに好きだったミュージシャン、影響を受けたミュージシャンは?
ガブリエル:ベン・ウェブスター。彼はサックス奏者としてビリー・ホリデイの作品に参加し、彼女の魅力を引き出していた。だから惹かれて、ビリーと同じように研究の対象として聴いていた。自分の歌い方、ビブラートのかけ方など、いろんな面に彼からの影響が出ていると思う。シンガーではサラ・ヴォーン、シャーリー・ホーン、エタ・ジョーンズら、たくさんの人から影響を受けているけど、そういう人たちと同じくらい、ベン・ウェブスターから受けた影響は大きい。
ベン・ウェブスターが参加、ビリー・ホリデイ「Fine & Mellow」
―現在活躍している人のなかで凄いなって思う人はいますか?
ガブリエル:ロザリアね。彼女のことが大好き。初めてビリー・ホリデイを聴いたときと同じような驚きがロザリアの歌を聴いたときにもあった。彼女の歌には強さだけでなく弱さや柔らかさがあり、とても芸術的で心が動かされる。もう大ファンなんだ。ロザリアの『Los Ángeles』は無人島に持っていく1枚に選ぶくらい。
―歌手を目指す上で特に勉強になった作品、研究した作品には、どんなものがありますか?
ガブリエル:研究したという意味ではやっぱりビリー・ホリデイで、コロムビアのボックスセットを持っていて、テディ・ウィルソンと共演していた初期の音源を中心に徹底的に聴きこんだ。ほかには大学時代に『ナンシー・ウィルソン&キャノンボール・アダレイ』をすごく聴きこんだし、サラ・ヴォーンの『After Hours』も夢中で聴いた。シャーリー・ホーンはもう少しあとになってから深く聴くようになった。
ニューオーリンズでの学び、ジョシュア・レッドマンとの出会い
―2017年にあなたは生まれ育ったサンディエゴからニューオーリンズに移住されたそうですが、どうしてその地を選んだのですか?
ガブリエル:選んだというよりは、その地に選ばれたという感じ。休暇で訪れたんだけど、わずか1時間で「ここに住みたい!」と強く思った。この街には私が学ぶべきものがたくさんあると感じたの。ニューヨークに住む金銭的余裕がなかったというのもあるけど、とにかくニューオーリンズはとても寛容で、開かれていて、自分を受け入れてくれる場所だと感じた。実際に音楽を学ぶ場所として最高の環境だった。大学を出たあとだったけど、まだまだ私は学ばなくてはいけないことがたくさんあるとわかったし、本当に来てよかったと思う。

Photo by Roeg Cohen
―2020年に、あなたは自主制作で初めてのアルバム『Gabrielle Cavassa』をリリースしました。どんな作品を作ろうと思っていたのですか?
ガブリエル:その頃の私は、サラ・ヴォーン国際ジャズ・ボーカル・コンペティションに落ちたばかりで。結果的にその後、(2021年に)優勝したんだけど、アルバムを作る前の時点では入賞すらできなかった。だからジャズの世界に対して、少しばかりフラストレーションを感じていて。落選という結果が、違う方向に進むべきだというサインのようにも思えた。それで初めてのアルバムは、人から求められている自分像を拒否するようなものになった。ニューオーリンズは文化的伝統をすごく重んじるところがあって、”こういうふうに歌うべき”というようなプレッシャーが強くてね。ライブをするために人から求められる曲を歌おうと努力もしたけど、どうしてもしっくりこなかった。だから私は開き直って、自分が本当にやりたいことをやるアルバムを作ろうと思ったの。ジャンルとしてのジャズを否定したかったわけではもちろんないけど、何かの枠にはまることなく、自分らしい表現をしたかったわけ。
それ以前から一緒に仕事をしていたプロデューサーがいて、その人は「ジャズ・シンガーとはこうあるべき」というような理念があり、型にはめようとしてきたんだけど、私はそれが窮屈で、不自然で、まったくしっくりこなかった。なので、その人と仕事するのをやめて、友人のジェイムソン・ロス(ジャズドラマー兼ボーカリスト)に連絡した。彼はとても信頼できるミュージシャンで、丁寧かつ誠実に私の初めてのアルバム作りを手伝ってくれた。彼のプロデュースは自然だったし、バンドの仲間たちと一緒に私は自分がやりたかったことをやれたと思っている。そのようにジャズという枠組みにとらわれずに作ったアルバムだったけど、それがある程度評価されたことによって、皮肉なことにジャズの世界から多くのチャンスが舞い込んできた。あれは自分でも驚きだったな。そしてそういう経験のおかげで、”ジャズ・シンガーとはこうあるべき”なんていう基準に縛られることが完全になくなった。要するに自分自身を見つけられたってこと。
―今のあなたから見ても、あのアルバムはとても誇れるものであるわけですね。
ガブリエル:うん。私にとって、”歌う仕事をしている人”から”作品を生み出すアーティスト”へと意識を切り換えるのは大変なことだったし、大きなステップではあったけど、それを成し遂げた当時の自分を誇りに思うし、あのアルバムにも誇りを持っている。あの作品によって、より深く音楽を追求する道が開けたわけだからね。
―そんなあなたの才能をいち早く見抜き、『Where Are We』というアルバムのボーカルに招いたのがジョシュア・レッドマンでした。きっかけは何だったんですか?
ガブリエル:私が結婚式で歌っているのをジョシュアのマネージャーがたまたま聴いていたのがきっかけ。普段は結婚式で歌ったりなんてしないんだけどね。で、彼女がそれを録音してジョシュアに送ったらしいの。彼女は長年のキャリアのなかで誰かを人に推薦したことが一度もなかったそうで、私が初めてだと言っていた。”何か特別なものを感じた”って言ってたな。彼女と会って、「ジョシュア・レッドマンのマネージャーをしているんだけど、彼の音楽に興味ある?」って聞かれたときは驚いた。私はベイエリアの大学に通っていて、そこはジョシュアの地元でもあり、彼はそのエリアでキングのような存在だからね。なので、もちろんジョシュアの音楽をよく知っていて、興味があるどころじゃなかった。初めて彼と話したときは現実じゃないような気がした。無名の私が彼からアルバム参加やツアーの誘いを受けるなんて、まるでシンデレラ・ストーリーみたいなことじゃない?
―ジョシュア・レッドマンのアルバム『Where Are We』の13曲中、インストゥルメンタルを除いた9曲をあなたが歌ったわけですが、その際、ボーカルに関しての彼のディレクションはどういうものでしたか?
ガブリエル:それが何もなかったの。
―そうなんですか?! 『Gabrielle Cavassa』での歌い方とはずいぶん違うように感じましたが。
ガブリエル:時間が経つなかで自然と変わったんだと思う。『Gabrielle Cavassa』を録音したのが2019年で、『Where Are We』が2022年(リリースは2023年)だから、その3~4年の間に私自身が大きく成長できたってことじゃないかな。意図的に歌い方を変えようとしたわけではないし、どう歌ったらいいか彼と話し合ったりもしなかった。素晴らしいバンドとのレコーディングだったので、彼らにインスパイアされて自分なりにベストを尽くすことができたってところはあるかもしれない。
ジョシュア・レッドマン・グループと一緒に歌うガブリエル・カヴァッサ
『Diavola』に込めた二極性
―そしてあなたは2024年にブルーノートと契約しました。名門レーベルと契約することができて、どんな気持ちでしたか?
ガブリエル:ジョシュアが雲の上の存在だったのと同様、ブルーノートも私にとって雲の上のレーベルって感じだったから、”この運は自分で引き寄せたのかな?”って思ったぐらいで。正直、ほかのレーベルに行きたいと思ったことは一度もなくて、ブルーノートが唯一、自分が夢見ていたレーベルだった。契約したのは2024年だけど、それよりも前にドン・ウォズから直接連絡をもらっていたんだ。私の歌声を聴いてすぐに会おうと思ってくれたらしく、ちょうどボブ・ウィアーと演奏する仕事で彼がニューオーリンズに来ていたので、一緒に朝食をとった。そこで難しい質問をいくつかされたの。恐らく私の本気度を確かめたかったんだと思う。何をどう答えたかは緊張していたのもあってよく覚えてないんだけど(笑)、最後に握手したときに”よし、納得してもらえたはずだ”って思ったことを覚えてる。
―ドン・ウォズはあなたについてこうコメントしています。「ガブリエルの歌声を聴くことは、まるで彼女が耳元で秘密を囁いてくれているような体験だ」。2023年にセシル・マクロリン・サルヴァントが『Melusine』というアルバムをリリースした際に、Rolling Stone Japanのインタビュー(インタビュアーは柳樂光隆さん)でこう言っていたんです。「”秘密”は非常に親密なもの。単に物語を演じるよりも面白いと思う」「”本当は言っちゃいけないのかもしれないけど、あなたには話すわ”というような親密さを保ちながら、私は自分のオーディエンスと接したい」と。あなたもそのような感覚を大事にしていたりしますか?
ガブリエル:うん。(セシルの言っていることが)よくわかる。私は子供の頃からとにかく歌うことが好きで。幼かったのに妙に感受性が強いところがあって、深い悲しみやロマンティックな愛情を強く感じたりしていた。自分で言うのもなんだけど、へんに大人びたところがあったのね。だから歌ってみると、そうした悲しみやロマンティックな感情、愛の痛みやセックスについてさえ表現できると感じていた。だけどそれをみんなにアピールしようとは思わなかった。私にとってそれは、自分だけの秘密だったから。周りから見たら8歳かそこらのただの子供なんだけど、ひとりでそんなことを感じていたわけ。もしも歌以外の方法でそんな自分を表現しようとしたとしても受け入れられなかったと思う。でも歌なら受け入れられる。あるときそのことに気づいてね。それはパフォーマンスと呼ばれたりもするけど、私にとっては決して偽物じゃない。その瞬間だけだとしても、それはリアルな感情。それが私の秘密であって、感じ取れる人には必ず伝わると思っている。私はその考え方がとても好き。音楽が有する神聖さだと思うから。音楽って大きな秘密みたいなものなんだよね。現実の世界においては真実とかリアルな感情にたくさんの代償が伴ったりもするけど、音楽のなかにはそんな代償なんてなくて、全てアートとして受け入れられるところがある。それも音楽のいいところなんじゃないかと思う。
―ブルーノートからの1stアルバム『Diavola』も秘密を打ち明けるようなイメージで作られた作品なのでしょうか?
ガブリエル:そう思う。ディアヴォラというのはタイトル曲のキャラクターであり、アルバム全体を通しての重要な存在でもあるのだけど、同時に自分のなかでこれまで向き合いたくなかった一面でもある。例えば怒りとか嫉妬、憎しみといった感情。そういうものを持つ自分を認めたくなかったし、人に見せたくなかった。そういう意味ではディアヴォラこそが秘密のようなもの。ネガティブな感情を表すために必要なキャラクターだったというか。”もしも自分が悪だったとしたら?”と想像するのを自分に許すというようなこと。それ自体もまた秘密だよね。だって、そんなことを考えているなんて本当は知られたくないわけだし、誰もそうは思わないだろうから。
―では、『Diavola』というアルバムのコンセプトを改めて話してくれますか?
ガブリエル:コンセプトアルバムとまでは言えないだろうけど、でもそういうところもあるにはあって。テーマは二極性。天使と悪魔、楽観と悲観、完璧さと不完全さ、天国と地獄……。そうした対極にあるもののバランスをどうとるのかみたいなこと。女性として、あるいは人として、その両方を内包しながら生きていくことについての作品。
―二極性をテーマにしようというのは、何か本を読むなどして考えついたものなのですか? それともご自身の経験のなかから自然に生まれたものなのでしょうか?
ガブリエル:出発点はやはり自分の経験からだったと思う。私たちはよく人を理想化して……特に女性を理想化して、持ち上げてしまうことがあるじゃない? まるでその人が神聖な存在であるかのように。だけどその人の欠点だとか嫌なところに気づいた途端、さっきまで天使のように思っていたはずなのに、悪魔のように感じてしまったりする。その中間がない。私にもそんな経験があって。それは自分の闇の部分でもあるのだけど、興味深いことでもあったりする。だから、じゃあ、あえて悪の側に自分が立ってみたらどうなるんだろう?って考えてみたわけ。そんなふうにして「Diavola」という曲のコンセプトを深めていった。そして曲を書くうちに気づいたのは、ディアヴォラは決して悪そのものではないということ。悪だと誤解されているだけで、天使と同じものを求めている存在なんだということ。それがわかったから、私はディアヴォラというキャラクターを通して自分のなかにある両極を体験しようと試みた。それによって怒りや嫉妬といった本来なら受け入れ難い感情を完全に受け入れて表現できるようにしたわけ。
―いろいろな曲をカバーして歌っていますが、それらは今話されたテーマが先にあって選んでいったのか、それとも歌いたい曲を選んでいくなかでそうしたテーマが見えていったのか、どちらでしょうか。
ガブリエル:両方あったと思う。「Diavola」という曲は書き始めてから完成までに長い時間を要した。長年一緒にやっているアレキサンダー・ワルシャウスキーと共作したのだけど、形にするのがすごく難しくて。その曲の制作と並行してほかの歌う曲を探していたのだけど、そうするなかで私は”全てをディアヴォラというレンズを通して歌いたい”と思うようになった。彼女はとてもロマンティックな存在なんだよね。で、例えば(ウクライナの歌劇/映画作曲家であるニコラス・ブロツスキー作の)「Be My Love」なんかも本来はすごくロマンティックな歌詞なんだけど、ディアヴォラの視点で歌うと、そこに不協和音的なものが生まれる。彼女は自分の望むものを手に入れられないかもしれないし、そもそもそれを手に入れていいのかどうかもわからない。つまりそこには渇望がある。満たされない欲求がある。痛みを抱えて生きている人、あるいは誰かに痛みを与えてしまうような人には、そうした切望が伴うのだと私は思う。
―ちなみに今作はカバー曲のほうがあなたのオリジナル曲よりも多いわけですが、初めからそういうふうにしようと思っていたのですか?
ガブリエル:カバーを多く歌ったのは、この世界における新人ボーカリストとしての通過儀礼的な意味合いもあって。初めてのブルーノート・レコード作品でもあったので、その文脈に対して自分なりにちゃんと応えたいという気持ちがあった。もちろん自分なりのやり方でね。実を言うと初めはスタンダード・アルバムを作ろうと思っていた。でも結果的にそうはならなかった。スタンダードだけではなく、それほど知られていない曲や自分の曲がミックスされた作品に仕上がった。
―この先はシンガー・ソングライターとして、自分で書いた曲をたくさん歌っていきたいと考えていますか?
ガブリエル:そう思っているし、次のアルバムではそっちに向かっていきたい。ただ、既存の素晴らしい楽曲を自分なりに解釈して歌うこともやっぱりすごく大事で、それはこの先も続けたいと思う。偉大なシンガーたちがそうしてきたように、既存の曲をその人なりの解釈で歌うこともひとつの芸術表現だから。

Photo by Roeg Cohen
伝統への敬意と独自の解釈、自分の歌で伝えたいこと
―では楽曲についていくつかお聞きしたいと思います。(バート・バカラックとハル・デイヴィッドによる有名なポップス曲)「Raindrops Keep Fallin On My Head」は非常に大胆なアレンジが施されていますね。あのアイデアはどこから?
ガブリエル:子供の頃、母が自分の幼少期に使っていたオルゴールをくれたんだけど、その曲がこれだったの。たぶん私が最初に覚えた曲。ジェフ・パーカーも同じで、彼はお姉さんのレコードでこの曲を聴いて育ったと言っていた。お互い、子供の頃の記憶としてこの曲が頭にあったわけ。だから自然とオリジナルとは違う感じで歌っていた。あれが自分にとって一番しっくりくる形だった。ブリッジ部分もオリジナルとは全然違うけど、オルゴールにはブリッジがなかったので、自分なりに想像して歌ってみた。実を言うと、一度オリジナル通りの形で歌ってみようかと思って試してみたんだけど、まるでしっくりこなかったので、自分なりのバージョンでやってみることにした。
―(ビリー・エクスタインのスタンダード曲)「Prisoner of Love」は伝統に根ざしていながら現代的なアプローチもしていて、その塩梅が素敵でした。
ガブリエル:あの曲は初めに考えていたスタンダード作品のイメージに一番近い。というか、アルバムのなかで唯一、本当にスタンダードと言える曲ね。ジョシュアに「少なくとも1曲はスウィングしてほしい」と勧められて。「それをやってくれれば自分は役目を果たすことができる」とまで言われた(笑)。私はジャズの伝統に敬意を持っているけど、自分がそれを完全に体現できるとは思ってなくて。だからこそ自分なりの表現を模索しているわけだけど、ああいう曲を歌うのはとても勉強になるし、そもそもああいう曲が大好きなので、1曲入れることができてよかったと思う。
―(イタリアのシンガー・ソングライター、ルイジ・テンコ作の)「Angelo」は、イタリア語で歌われています。それはご自身のルーツを表すことでもあったのですか?
ガブリエル:それもあるけど、さっき言ったように私はこのアルバムの曲の全てをディアヴォラというレンズを通して歌いたいと思っていて、ディアヴォラのキャラクターを考えたときに、彼女はイタリア人だと感じたんだよね。彼女は怒りっぽい存在で、ある意味とても気性が激しい。それはイタリア人的な気質なんじゃないかと思って。日本には人を不快にさせないように振る舞う文化があるでしょ? アメリカもそういうところがあると思うんだけど、イタリアでは情熱や怒りを表に出すのが自然で、私はそれを開放的に感じる。人と感情をぶつけ合うのがわりと普通で、自分のなかにもそういう一面がある。私は今、改めてイタリア語を勉強していて、音楽を通じて学びながらイタリア系の祖父母とも歌を共有できていることが嬉しかったりもするんだよね。
―「Could It Be Magic」はバリー・マニロウの1stアルバムに収められていた曲ですが、これを選んだ理由は?
ガブリエル:それはジョシュアのアイデア。彼のバンドのツアーに参加したときにずっと歌っていた曲で、このアルバムのなかで唯一、ジョシュアとの活動から持ちこまれたもの。ジョシュアの『Where Are We』のツアーでは行く先々の地で親しまれている曲を歌っていて、日本では「赤とんぼ」を日本語で歌ったし、フランスではエディット・ピアフの曲を歌った。だけどワルシャワではポーランド語で何かの曲を歌うのが難しかったし、しっくりくる曲が見つからなくて。そこでジョシュアがこの曲を見つけてきた。バリー・マニロウの曲だけど、実はショパンの前奏曲をもとにした曲なんだよね。私はこの曲が大好きだったので、ワルシャワに限らずいろんな国で歌っていて、それで今回も取り上げることにしたんだ。
―このアルバムを通して、リスナーにはどんなことを感じてほしいですか?
ガブリエル:聴いた人が少しでも癒しを感じてくれたら嬉しい。音楽っていろんな役割があるけど、私はいい音楽を聴いていると「自分はこれでいいんだ」って思える瞬間がある。音楽が私を理解してくれているって思える瞬間というか。言葉では説明できない感情とか、この世界の不思議さが、音楽のなかに凝縮されているのを感じるんだよね。私にそれができているかどうかはわからないけど、このアルバムを聴いて「自分はこのままでいいんだ」って感じてくれたり、音楽に理解してもらえている気持ちになってくれたりしたら、それが何より嬉しいかな。
―わかりました。ぜひまた日本に来て、このアルバムの曲をナマで聴かせてください。
ガブリエル:うん。東京はこれまで訪れたいろんな場所のなかでもとりわけ気に入っているので、早くその日が来ることを私も楽しみにしている。

ガブリエル・カヴァッサ
『Diavola | ディアヴォラ』
発売中
