
グラミー賞8冠を誇るシンガーソングライターで、コーチェラ第2週のパフォーマンスも話題となったケイシー・マスグレイヴス(Kacey Musgraves)が、通算6作目となるニューアルバム『Middle of Nowhere』を発表。ウィリー・ネルソン、ミランダ・ランバート、ビリー・ストリングスらが参加した今作は、彼女にとってここ10年で最高の出来となった。
14年に及ぶキャリアの中で、ケイシー・マスグレイヴスは遥か遠くまで旅をしてきた。2013年のデビュー作『Same Trailer Different Park』でナッシュビルの保守的な価値観を揺さぶり、ミュージック・シティにおけるミレニアル世代の挑発者となった彼女は、その後「ギャラクティック・カントリー」を追い求めて宇宙へと飛翔し、2021年のシンセを多用した『Star-Crossed』ではポップ・ミュージックの領域へとさらに踏み込んだ。そして2024年の前作『Deeper Well』でのフォーク調の思索を経て、彼女はようやく地に足をつけて帰還した。
通算7枚目のスタジオアルバムとなる本作『Middle of Nowhere』で、マスグレイヴスは風に身を任せ、携帯の電波も届かず、雄牛が放牧され、華麗なペダル・スティール・ギターの音色に溢れた場所──すなわち故郷へと戻った。カメレオンのように変幻自在な魂こそが彼女の真骨頂であり、これまでどんな新天地に立とうとも、彼女が場違いに見えることなど一度もなかった。それでも、この「安雑貨店のカウガール(Dime Store Cowgirl)」が最も自分らしく、自信に満ちた声を響かせているのがこの場所であるというのは、至極納得のいく話である。
タイトル曲は、現在のマスグレイヴスの精神状態を象徴している。「Middle of Nowhere(人里離れた場所)」とは、単に物理的な僻地を指すだけでなく、彼女の人生における「境界線」のような過渡期をも意味している。そこは「自分が何を求めているのかさえ分かっていない向こう見ずな男たち」などいない場所だ。マスグレイヴスはテキサスの小さな町で両腕を広げ、30代後半の独身生活という「中間地点」に身を委ねようとしている。その一方で、本作の随所に現れる「最低な元恋人たち」という過去の亡霊から逃げることもしない。相変わらず不敵なソングライターである彼女は、機知に富んだ三下り半を突きつけ、プロの流儀で過去の亡霊たちをあしらってみせる。〈あんたの友達全員や、あんたの母親まで好きであるフリをしなくていいの〉──バンジョーが軽快に響く「Loneliest Girl」で、彼女は淡々とそう言い放つ。
苦心の末に辿り着いたこの「帰郷」は、グラミー賞で最優秀アルバム賞に輝いた2018年の『Golden Hour』以降、彼女が発表したフルアルバムの中で間違いなく最高の出来だ。その間に作られたアルバム群も、本作『Middle of Nowhere』へと至る道程において、避けては通れない回り道だったと言えるだろう。かつての、そして未来のカントリー・クイーンである彼女は、今作で初期作品を彷彿とさせるカントリー色の強いサウンドへと再び舵を切り、故郷テキサスの精神を鮮明に描き出している。
もしマスグレイヴスが、「Uncertain, TX」や「Everybody Wants to Be a Cowboy」といった楽曲にウィリー・ネルソンやビリー・ストリングスのようなカントリー界屈指の名手たちを招かなかったとしたら、それは真の意味での「ルーツへの帰還」とは呼べなかっただろう。なかでも特筆すべきは、長年の不仲説に終止符を打つ「Horses and Divorces」で、ミランダ・ランバートがそのテキサス訛りを披露していることだ(ファンの間では、もともとマスグレイヴスが自身のデビュー作のために書きながら、渋々譲り渡した経緯があるランバートの2013年のヒット曲「Mamas Broken Heart」以来、二人の間には確執があると噂されてきた)。テキサスらしさ全開のこの曲で、二人がワルツ調のアコーディオンに乗せて丁々発止の掛け合いを見せ、自分たちのいざこざなんて〈橋の下を流れるウイスキー(=過ぎ去った過去)〉だと軽口を叩き合うのを聴くのは、実に痛快だ。
2026年のコーチェラで披露した「Uncertain, TX」
テキサスとその境界地域の歴史に心からの敬意を払うべく、マスグレイヴスは、カントリー・ミュージックと長年対話を続けてきたもう一つのジャンル、ムジカ・メキシカーナ(メキシコ音楽)を取り入れている。彼女は以前からメキシコ文化への敬愛を公言しており、2022年にはメキシコ系アメリカ人のポップ歌手クコ(Cuco)の楽曲に参加。昨年にはムジカ・メキシカーナ界の最重要人物の一人、カリン・レオン(Carín León)とも共作を果たした。インタビューで彼女は、メキシコの音とカントリーの響きが混じり合う環境で育ったと語っているが、本作ではノルテーニョ風のアコーディオンやウッドベースから、ランチェラ特有のカウベル、ボレロのコンガに至るまで、その影響がはっきりと聞き取れる。
アルバムの終盤にかけて、マスグレイヴスの帰郷はホンキートンクの祝祭へと姿を変えていく。彼女はメキシカンな要素を自らの音楽に織り込む喜びを享受し、ランバートと丁々発止の毒舌を交わし、官能的な「Mexico Honey」では情事さえも謳歌する。〈心の痛みや悲しみが消えるまで〉ハッパを吸うことを歌った煌びやかなナンバー「Rhinestoned」ではなく、苦悶に満ちたバラード「Hell on Me」でアルバムを締めくくったことは、一見すると構成上のミスにも思えるかもしれない。しかし、実際には心の痛みはまだ完全には癒えていないのだ。
そして「Hell on Me」という曲は、彼女がその現実に対してどこまでも誠実でありたいと願っていることを示している。おそらく彼女のキャリア史上、最も胸をえぐるようなこの曲で、マスグレイヴスは削ぎ落とされたギターの音色に乗せ、カントリー・シンガーソングライターの伝統に則って孤独の深淵を詳述する。結局のところ、自分自身に対して正直であり続けるためには、故郷に勝る場所はないということなのだろう。
From Rolling Stone US.

ケイシー・マスグレイヴス
『Middle of Nowhere|ミドル・オブ・ノーホエア』
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