スクエアプッシャーとクラシック〜現代音楽の邂逅  野心作『Kammerkonzert』を紐解く5つのポイント

1stアルバム『Feed Me Weird Things』(1996年)が、エイフェックス・ツインことリチャード・D・ジェイムズのレーベル〈Rephlex〉からリリースされて、今年でちょうど30年の時が経過した。スクエアプッシャー(Squarepusher)ことトム・ジェンキンソンは、今も新たな領域を開拓し続けている。そのことを端的に示すのがニューアルバム『Kammerkonzert』だ。Kammerkonzertは「室内協奏曲」を意味するドイツ語であり、20世紀現代音楽を代表する巨匠、アルバン・ベルクの楽曲名でもある。その名の通り、本作はスクエアプッシャーが自身のサウンド・パレットに20世紀現代音楽の要素を追加したチャレンジングな作品になっている。その魅力を5つのセクションに分類することで伝えようと思う。

『Kammerkonzert』フル試聴

アルバン・ベルク「室内協奏曲(Kammerkonzert)」

1.2010年代以降のエレクトロニック・ミュージックとクラシック~現代音楽

詳しくは後述するが、トム・ジェンキンスは2010年代の時点で、両ジャンルの関係性に目を向け始めていた。本作『Kammerkonzert』の制作には、2010年代以降、クラシック〜現代音楽とエレクトロニック・ミュージックの関係が新たなステージに突入したことが深く関わっていると、ぼくは考えている。まずはそれについて簡潔にまとめておこう。

2010年代は端的に言えば、クラシック~現代音楽の教育を受けた音楽家たちによるジャンル越境的な活動が世界各地で表面化され、インターネットの成熟や音楽制作ソフトウェアの発達によるクラシック~現代音楽のボキャブラリーの民主化もトリガーとなって、両ジャンルの交流が激化した時代だったと言える。

ジャンルで言えばポストクラシカルやインディー・クラシックの隆盛があり、実験的なエレクトロニック・ミュージシャンの事例では、ジェフ・ミルズをはじめ、マシュー・ハーバート、アクトレス、フローティング・ポインツ、モーリッツ・フォン・オズワルドなど枚挙にいとまがない。ロンドン・コンテンポラリー・オーケストラのようなエスタブリッシュされたオーケストラが、彼らと密なコラボレーションを展開したことも重要なトピックだ。ヨハン・ヨハンソンやヒドゥル・グドナドッティルといった音楽家たちがアイスランドのエクスペリメンタルなシーンから現れ、ハリウッドの第一線で劇伴作家として活躍するようになったのもこの時代である。

これはサウンド・パレットの拡張を目指す実験的な音楽家が、これまでとは一味違った形でクラシック~現代音楽のボキャブラリーを求め、様々なアウトプットで音楽シーンを賑わせはじめたということだ。2020年代以降もその傾向は続いており、最近でもロザリアが新作で大々的にオーケストラを取り入れ、チャーリーXCXがジョン・ケイルとコラボするなど、他に類を見ないサウンドが世界的に絶賛されている。まずはこうした流れを念頭に置くことで、『Kammerkonzert』についての理解も深まるはずだ。

アクトレスは2018年、ロンドン・コンテンポラリー・オーケストラとの共作アルバム『LAGEOS』をリリース

チャーリーXCX、ジョン・ケイルとのコラボ曲「House」

2.スクエアプッシャーとクラシック~現代音楽の関係

トム・ジェンキンソンがスクエアプッシャーとして活動する前から、彼とクラシック音楽のリンクは始まっていた。オルガン奏者のジェームズ・マクヴィニーとコラボレーションした『All Night Chroma』(2019年)の制作に際し、彼は幼少期からオルガンに興味を持っていたことを明かしている。その事実は、ベーシスト/トラックメイカーといったカテゴリーに留まらない音楽的教養が彼の中に備わっていることを意味している。

スクエアプッシャーがクラシック~現代音楽とダイレクトにリンクしたのは、『Ufabulum』(2012年)をオーケストラ用に再構築した時だろう。クラシック楽器とライブ・エレクトロニクスの融合を通じて、『Ufabulum』の世界観にアコースティックな音色を加味し、作品を新たなステージへ導いた。これは言うまでもなく前項「2010年代以降のエレクトロニック・ミュージックとクラシック~現代音楽」の象徴的な一例でもある。

スクエアプッシャーの魅力を深く理解する音楽家の一人であるクラムボンのミトは、彼に刺激を受けた劇伴作家は多いのではないかという旨を、ハンス・ジマーを例に挙げながら「モジュラー・シンセ的なサウンドとオケを楽曲の中に組み込んだり、ホントの意味でフュージョナイズ、クロスオーヴァーさせたりしている音楽家にとっては、影響力はすごく大きいと思いますね」と指摘している。エレクトロニック・ミュージックをその枠組みの中で完結させず、ベースやドラムといった非エレクトロニクス要素を組み込む際の手つきが、クラシック~現代音楽のフィールドにまで影響を与えている可能性はたしかにありそうだ。

『Kammerkonzert』収録「K7 Museum」

3.『Kammerkonzert』の成り立ち

本作はトム・ジェンキンソン一人の手によって制作されている。生ドラム、ギター、ベース、その他クラシック楽器のすべてを彼が担当した。クラシック楽器については、自身のサウンドライブラリから生成したものであり、実際にバイオリン等を演奏したわけではない。ただ、当初からそうする計画だったわけではないようだ。本作のバイオグラフィーには次のような記載がある。

「クラシック音楽の訓練を受けたミュージシャンたちと初めて共演したいと考えた彼は、2016年の夏にオーケストラのための作曲をスタートさせた。プロの室内楽団と楽譜のワークショップを行ったものの、演奏には彼が求める重要な要素が欠けていた。結局のところ、トムのはやり立つ野心は、楽曲を成立させるために必要なリズムやテクスチャ(質感)のニュアンスを伝える上で、伝統的な記譜法の能力をはるかに超えていたのだ。」

そのため、当初はオーケストラへ提示するために自身でデモ音源を作成していたのだが、手首の骨折や新型コロナウイルスの影響で大人数での集まりが制限され、完成が危ぶまれる事態となった。結果として、彼は一人で本作の制作を完遂させる道を選んだ。バイオには「オリジナル楽譜と共に、ミュージシャンたちに手渡せるアルバムが完成したことで、彼は近い将来、『Kammerkonzert』がフル室内オーケストラによって生演奏される日が来ることを確信している」とある。もし実現すれば、本作の核であるエレクトロニック・ミュージックのニュアンスを、オーケストラでいかに翻案するかが大きなポイントとなりそうだ。

4.『Kammerkonzert』における鍵盤とストリングス

『Kammerkonzert』にはチェンバロ、ピアノ、ストリングス、ホーン、シロフォンといったクラシック楽器の音色が存在することで、従来のスクエアプッシャーの音楽と一味も二味も違うものになっている。ここでは、大きな役割を果たすストリングスと鍵盤楽器がどのような機能を果たしているかを確認することで、本作がクラシック〜現代音楽にどうアプローチしているのかを見ていこう。

本作におけるストリングスは、「K1 Advance」「K4 Fairlands」「K11 Tideway」などで顕著なように、複雑なリズムに寄り添い、情緒性を排した使い方が面白い。スクエアプッシャーならではの精密なビートメイキングに匹敵する切れ味の鋭さを、ストリングスが持ち合わせている点は大きな聴きどころの一つだ。特に「K4 Fairlands」におけるスタッカートの効いたピチカートや、ドラムマシンと完全に並走するストリングスは圧巻の一言。一方で「K5 Fremantle」におけるロングトーンの扱いも興味深く、ゆったりと揺れ動く幽玄とした美しさも表現されている。ここから、トム・ジェンキンソンがストリングスの持つ多面的な魅力をプレゼンテーションしようとする姿勢が伝わってくる。

鍵盤楽器も様々な役割を担っている。「K5 Fremantle」におけるピアノは、彼が本作で試みたことを端的に示している。サスティンを重ねながら変性してゆくその音色は、歪みと複層性の中でストリングスと絡み合い、20世紀的な現代音楽の語法を踏襲してみせる。また「K9 Reliance」では低音のリフレインで楽曲の土台を構築し、「K13 Vigilant」では完全にリズム楽器として機能させている。トム・ジェンキンスがピアノという楽器に対し、これほどの引き出しを持っていたのかと驚くばかりだ。ほかにも「K7 Museum」のグルーヴィーなチェンバロや、「K14 Welbeck」におけるパイプオルガンの神聖な響きなど、彼が持つ鍵盤のボキャブラリーを総動員して本作に臨んでいることが窺える。

『Kammerkonzert』収録「K2 Central」

5.ビート・ミュージックと20世紀現代音楽

鍵盤とストリングスの使い方から見えてくるのは、『Kammerkonzert』が主に20世紀以降の現代音楽をベースとしていることだ。本作からシュトックハウゼンやメシアン、ヴァレーズの余韻を聴き取ることは難しくない。ゆえに、クラシック~現代音楽の影響があるといっても、ポストクラシカル的なロマンティックなサウンドはほぼ存在しない。

ここで強く指摘したいのは、本作における打楽器、特に生ドラムの存在感だ。スクエアプッシャーの音楽に慣れていると、IDMやドリルンベースの精密かつアグレッシブなビートが念頭にあるため、「K3 Diligence」における生ドラムのドライな響きに違和感を覚えるかもしれない。だが、ここでエドガー・ヴァレーズの傑作「Ionisation(電離)」(1931年)に想いを馳せると、本作における生ドラムの存在、ひいては各楽器でリズムが強調されている理由が見えてくる。

「Ionisation」は西洋音楽における最初期の打楽器アンサンブル作品であり、13人の奏者が37の打楽器を操る、音色とリズムのみで構成された音響表現の金字塔だ。ここでは打楽器の生々しさがそのまま楽曲の魅力となっており、パーカッションを中心としたサウンドデザインの領野を切り開いた。『Kammerkonzert』における生ドラムも、ヴァレーズが築いた現代音楽の系譜を継ぐものと考えると腑に落ちる。「K3 Diligence」の生ドラムと、「K2 Central」のドラムマシンが同居することで、かつての現代音楽と現代のビートミュージックの連続性が示唆されているのだ。

本作にはフュージョンやジャズ、プログレの観点からも語れる多彩なサウンドが収められているが、自分としては現代音楽が「音楽の現在」にもたらしたものを表現している点に着目したい。30年以上のキャリアを誇るスクエアプッシャーが、音楽の継承についての作品を作り上げた。その事実は、音楽家の成熟という問題を考える上でも、非常に魅力的である。

スクエアプッシャー

『Kammerkonzert』

発売中

詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15653

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