テレビ画面を注視していたかどうかが分かる視聴データを独自に取得・分析するREVISIOでは、5日に放送されたNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』(総合 毎週日曜20:00~ ほか)の第13話「疑惑の花嫁」の視聴分析をまとめた。
「このような日が来ることは覚悟しておりました」
最も注目されたのは20時24~25分で、注目度79.5%。織田信長(小栗旬)と浅井長政(中島歩)が相撲を通して親交を深めるシーンだ。
近江・常楽寺では信長と長政が相撲に興じていた。多くの家臣たちの声援と掛け声が響く中、信長が長政を豪快に投げ飛ばす。「いや、参りました」長政が頭を下げ負けを認めるが、「お主、今手を抜いたのう」と信長は弾んだ声で再戦を促す。長政は本気でぶつかっているようだが、信長は意に介さず何度も長政を投げ飛ばした。「ハハハハハハハッ!」上機嫌に高笑いする信長に、「ううー、ふっふっ。義兄上! うあー!」と長政はがむしゃらに食らいつく。
「とうとうわしには勝てんかったのう」「だから申したではありませぬか。私は初めから手加減などしておりませぬ!」散々に長政をやり込めて上機嫌の信長と、むきになって言い返す長政。2人は床几を並べて一息入れていた。「そう怒るな。つい楽しくての。またこうして弟と相撲がとれるとは思ってもみなかった」信長は長政をなだめながら本音を漏らし、自分の分の握り飯を長政に差し出した。長政はそれをうまそうに頬張る。長政を見つめる信長は、弟・織田信勝(石田頌馬)との幼き頃の思い出にほんの一時ふけったが、やがて静かに立ち上がると、第十五代将軍・足利義昭(尾上右近)の命令で若狭へ出陣すると長政に切り出す。
また表向きは石山城の武藤友益を討つためだが、出陣の真の狙いは朝倉討伐であることも包み隠さず打ち明けた。長政は浅井家は朝倉家と古くからのよしみがあり、さらに万福丸(近江晃成)も人質にとられているため、討伐に反対する家臣もいるだろうが説き伏せると信長に約束する。
さらに、「お市(宮崎あおい)をめとった時からこのような日が来ることは覚悟しておりました。存分におやりください」と続けた。信長はうなずき、浅井家は近江を動かず後方の守りを固めるように命じた。加勢しなければ朝倉家も簡単には万福丸の命を狙わないと考えたのだ。「万福丸は市も我が子のようにかわいがっておったからのう。見殺しなどにしたら後できつう叱られるわ」とつぶやく信長に長政は礼を言う。「この戦が終わったら、また相撲をとろう」「次は私が勝ちまする」「はははははっ! やれるものならやってみい」無邪気に笑い合う2人だったが、その未来には過酷な茨の道が待ち受けていた。
信長は史実でも大の相撲好き
このシーンは、義兄弟である信長・長政の蜜月な関係に、視聴者の注目が集まったと考えられる。
信長は妹・市の夫となった長政を心底気に入ったようだ。これまで市の前でしか漏らすことのなかった本音を漏らしたり、実弟・信勝の面影を重ねたりと、弟として強く信頼している様子がうかがえた。長政も義兄として信長を慕っているが、兄弟を取り巻く状況は厳しそうだ。2人の穏やかな一時はこれが最後となってしまうのだろうか。
SNSでは「信長さま、義弟にウザ絡みしてご飯分けてあげてるの、可愛がり方が不器用過ぎて微笑ましかったな」「今作は信長を曇らせることに余念が無いな…こんな見ていて気の毒になるのも珍しい」「長政様に裏切られて信長様の空気が変わって、物語の空気も変わってく気がするな」と、信長と長政にコメントが集まった。
作中では2人が相撲に興じるシーンが描かれたが、史実でも信長は大の相撲好きだった。家臣である太田牛一の残した『信長公記』には、今回描かれた1570(永禄13)年からたびたび常楽寺で相撲大会を開催したことが記載されている。勝ち抜いた力士の中には、後に信長の近習となった者もいたと伝わっており、豪華な褒美を与えられた。1570(永禄13)年に開催された大会では青地与右衛門、1579(天正7)年の大会では伴正林という出場者が家臣として召し抱えられている。
正林は本能寺の変の際、信長に近習していたため運命を共にした。また、信長は勝負の厳正さを重視し反則や不正には非常に厳しかったという記録もある。第5回で行われた御前試合の際は、かなり寛容な姿を見せていたが、実際は違ったのかもしれない。

