岡山県営球場(写真:産経新聞社)

 

 プロ野球の世界では、本拠地だけでなく「地方球場開催」も重要な要素のひとつだ。地域密着の興行、ファン拡大、球団の全国展開。公式戦が地方で行われるたびに、その土地ならではの熱気が生まれる。しかし、新球場の誕生などにより、近年はNPB公式戦が行われなくなった球場も存在する。そこで今回は、近年NPB一軍公式戦が開催されていない地方球場を紹介したい。[1/6ページ]

佐世保野球場(長崎)

[caption id="attachment_250118" align="aligncenter" width="530"] 佐世保野球場で野球教室を開催した城島健司氏(写真:産経新聞社)[/caption]

 

 

 

 所在地:長崎県佐世保市椎木町(佐世保市総合グラウンド内)

 最終開催(1軍公式戦):1990年

 

 長崎県の佐世保市にある佐世保野球場は、かつてヤクルトスワローズ(現:東京ヤクルト)が公式戦を開催していた球場だ。

 

 グラウンドは両翼が93メートルとコンパクトながら、中堅までは120メートルとなっている。

 

 現代は広い球場が増えているだけに、両翼93メートルというサイズ感も1つの特徴と言えるだろう。

 

 

 

 1979年に開業し、こけら落としの翌年となる1980年からは、ヤクルトが毎年のように主催試合を開催。若松勉や池山隆寛などの名選手も、この球場でプレーしていたことになる。

 

 とはいえ試合開催そのものがなくなったわけではない。現在でも、福岡ソフトバンクホークスが二軍の公式戦を開催することがあり、長崎のファンが多数駆けつけている。

 

 また、夏の時期には高校野球の試合も開催。長崎に残る、歴史ある野球場としてその役割を紡いでいる。

 プロ野球の世界では、本拠地だけでなく「地方球場開催」も重要な要素のひとつだ。地域密着の興行、ファン拡大、球団の全国展開。公式戦が地方で行われるたびに、その土地ならではの熱気が生まれる。しかし、新球場の誕生などにより、近年はNPB公式戦が行われなくなった球場も存在する。そこで今回は、近年NPB一軍公式戦が開催されていない地方球場を紹介したい。[2/6ページ]

 

県営富山野球場(富山)

[caption id="attachment_250117" align="aligncenter" width="530"] 県営富山野球場で行われた西武戦(写真:産経新聞社)[/caption]

 

 

 

 所在地:富山県富山市五福1942

 最終開催(1軍公式戦):1991年

 

 富山市民球場(アルペンスタジアム)の開業により、公式戦の開催が遠ざかっているのが県営富山野球場である。

 

 開業されたのは1950年。リニューアルにより、両翼98メートル、中堅122メートルの規模感となった。

 

 公式戦の初開催は開業初年度の1950年で、国鉄スワローズ(現:東京ヤクルト)と広島カープ(広島東洋)が戦った。

 

 

 

 1950年には9試合が行われ、その後も公式戦を毎年開催。1980年まで毎年開催されたが、1981年は非開催となった。

 

 県営富山野球場を象徴する出来事といえば、1950年の放棄試合だ。今はなき大映ユニオンズと、南海ホークス(現:福岡ソフトバンク)が対戦。

 

 その試合で南海側が自チームの外野手の捕球判定を巡り抗議。その後守備に就かず、パ・リーグ初の放棄試合が記録された。

 

 現在は独立リーグの富山GRNサンダーバーズが主催試合を開催。地元、富山を盛り上げている。

 プロ野球の世界では、本拠地だけでなく「地方球場開催」も重要な要素のひとつだ。地域密着の興行、ファン拡大、球団の全国展開。公式戦が地方で行われるたびに、その土地ならではの熱気が生まれる。しかし、新球場の誕生などにより、近年はNPB公式戦が行われなくなった球場も存在する。そこで今回は、近年NPB一軍公式戦が開催されていない地方球場を紹介したい。[3/6ページ]

 

長岡市悠久山野球場(新潟)

[caption id="attachment_250116" align="aligncenter" width="530"] 長岡市悠久山野球場で野球教室を開催したイチロー氏(写真:産経新聞社)[/caption]

 

 

 

 所在地:新潟県長岡市悠久町400 内 悠久山公園

 最終開催(1軍公式戦):1996年

 

 新潟県長岡市にある長岡市悠久山野球場も、一軍の公式戦は長らく開催されていない。

 

 元々は「長岡球場」の名前で1949年に開業したが、建て替えによって1967年に長岡市悠久山野球場が誕生。1970年から一軍の試合が多数開催されてきた。

 

 かつてはイチローと野茂英雄が対戦し、イチローがプロ初本塁打を放った歴史もある球場。野茂・イチローメモリアルコーナーは、まさにその歴史を象徴している。

 

 

 

 近年では、オイシックス新潟アルビレックス・ベースボール・クラブが公式戦の開催時に使用。同球団によるイベントが開催されるなど、地域振興にも欠かせない球場だ。

 

 ただ、一軍の公式戦はHARD OFF ECOスタジアム新潟で開催されるケースが多く、長岡市悠久山野球場での開催は30年前が最後。

 

 この地で再び一軍の公式戦を見られるタイミングは来るのだろうか。

 プロ野球の世界では、本拠地だけでなく「地方球場開催」も重要な要素のひとつだ。地域密着の興行、ファン拡大、球団の全国展開。公式戦が地方で行われるたびに、その土地ならではの熱気が生まれる。しかし、新球場の誕生などにより、近年はNPB公式戦が行われなくなった球場も存在する。そこで今回は、近年NPB一軍公式戦が開催されていない地方球場を紹介したい。[4/6ページ]

 

岡山県営球場(岡山県野球場)

[caption id="attachment_250119" align="aligncenter" width="530"] 岡山県営球場(写真:産経新聞社)[/caption]

 

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 所在地:岡山県岡山市北区いずみ町2-1-5(岡山県総合グラウンド内)

 最終開催(1軍公式戦):1994年

 

 岡山県岡山市に位置する岡山県営球場。JR岡山駅からも徒歩圏内に位置する野球場だ。

 

 1951年に開業され、全米選抜とパ・リーグ選抜の試合がこけら落としゲームとなった。

 

 翌年には初のNPB公式戦、大洋ホエールズ(現:横浜DeNA)と国鉄スワローズ(現:東京ヤクルト)の試合も開催されている。

 

 

 

 1952年は7試合、1953年、1954年は5試合が実施され、賑わいを見せていた。その後、10年ほど未開催の時期があったが、1994年まで定期的に試合が開催された。

 

 地方球場ならではのトラブルとして、ヘビが照明施設に入り込み、試合中に停電が発生したことは有名だ。

 

 こうした現代では考えられない出来事が起こるのも、地方球場の醍醐味と言える。

 

 倉敷マスカットスタジアムのオープンにともない、岡山県営球場での試合開催は遠ざかっている状況だ。

 プロ野球の世界では、本拠地だけでなく「地方球場開催」も重要な要素のひとつだ。地域密着の興行、ファン拡大、球団の全国展開。公式戦が地方で行われるたびに、その土地ならではの熱気が生まれる。しかし、新球場の誕生などにより、近年はNPB公式戦が行われなくなった球場も存在する。そこで今回は、近年NPB一軍公式戦が開催されていない地方球場を紹介したい。[5/6ページ]

 

青森県総合運動公園野球場(青森県営野球場)

 

 

 

 所在地:青森県青森市安田字近野234(青森県総合運動公園内)

 最終開催(1軍公式戦):1988年

 

 青森県青森市にある青森県総合運動公園野球場。東北楽天ゴールデンイーグルスが2軍の試合を開催するケースがあるが、一軍の公式戦は1988年が最後である。

 

 両翼93メートル、中堅121メートルの規模感で、開場は1967年。収容人数は20,000人以上となっており、1968年に公式戦が4試合開催された。

 

 その後はリーグを問わず試合が実施され、1988年までに合計21試合が開催された。1度は老朽化による閉鎖の可能性もあったが、改修によって現在も使用されている。

 

 

 

 宮城県を本拠地とする楽天は2013年、2022年にファーム戦を実施。ただ、開催は限定的なものとなっている。

 

 また、青森県での試合は弘前市運動公園野球場がメインとなっており、青森県総合運動公園野球場はアマチュアのゲームが中心。一軍の公式戦開催は難しい状況と言えるだろう。

 プロ野球の世界では、本拠地だけでなく「地方球場開催」も重要な要素のひとつだ。地域密着の興行、ファン拡大、球団の全国展開。公式戦が地方で行われるたびに、その土地ならではの熱気が生まれる。しかし、新球場の誕生などにより、近年はNPB公式戦が行われなくなった球場も存在する。そこで今回は、近年NPB一軍公式戦が開催されていない地方球場を紹介したい。[6/6ページ]

 

広島総合グランド野球場

[caption id="attachment_250115" align="aligncenter" width="530"] 広島総合グランド野球場(現_Balcom BMW 広島総合グランド)で自主トレを行った阪神タイガースの石黒佑弥(写真:産経新聞社)[/caption]

 

 

 

 広島県広島市西区観音新町2-11

 最終開催(1軍公式戦):1957年

 

 現在は『Balcom BMW 広島総合グランド』の名が付けられている広島総合グランド野球場は、今もなおアマチュア野球でその役割を担っている。

 

 1941年に開場した同球場は、両翼92メートル、中堅113メートル。当初、広島東洋カープはまだ発足していなかった。

 

 1950年に広島カープが誕生し、3月に公式戦を開催。国鉄スワローズ(現:東京ヤクルト)を相手に16-1のスコアで、記念すべき球団初勝利を飾った。

 

 

 

 経営状況に苦しむ広島を救うために始まった樽募金も、広島総合グランド野球場が発祥だ。広島市民球場が開業するまでの期間、公式戦も多数開催されていた。

 

 広島がMAZDA Zoom-Zoomスタジアム広島を本拠地として使用する現在、広島総合グランド野球場での一軍公式戦の開催は、非常に可能性が低いと言える。

 

 それでも、アマチュア野球では引き続き使用されており、今もなお数多くの名試合を生み出している。

 

 

【了】