『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』の主人公・桃井タロウ/ドンモモタロウ役で注目を集め、数々の作品で経験を積んできた俳優の樋口幸平。12月8日(20:00~ほか)に日本映画専門チャンネルで放送される、草川拓弥とW主演のショートドラマ『こころ』は、その中でもターニングポイントと呼べる作品になったようだ。
文豪・夏目漱石の名作『こゝろ』から着想を得た作品で、クライマックスのシーンを撮り終えると「立てなかった」というほど、魂を注ぎ込んだ樋口。そこまで打ち込むことができたのは、中川龍太郎監督との出会いが大きかったという――。
初めての感覚だった中川龍太郎監督の演出
――今回の出演オファーのお話があって、最初はどのように受け止めましたか?
中川監督の作品は大好きで見ていたので、ご一緒できるのがすごくうれしかったです。夏目漱石の『こゝろ』は中学生のときに読んでいたので、それを映像として自分が演じられるのは不思議な感覚だったのですが、なぜか今回の作品には「自分のすべてを懸けなきゃいけない」と直感したんです。自分を絶対に変えてくれる気がしたので、準備にはかなり時間をかけました。
――具体的にどんな準備をされたのですか?
台本の読み合わせはどの作品でもあるのですが、そこで中川監督は、作品の話には一切触れず「生い立ちを聞きたい」と言われたんです。僕という人間を見たいということで、「なんでこの業界に入ったの?」「これまで何をしてきたの?」と聞かれて、僕は19歳でサッカーをやめるまでサッカーしかしてこなかったので、その先にどうしていいのか分からなかったと伝えたら、「そのときの感情はこのシーンに合うと思わない?」と。そうやって、まず人物としての僕のことを捉え、そこから役への架け橋を作ろうとしてくれました。
僕が演じる“彼”は、この作品の中で一番、重いセリフや感情が出てくるキャラクターなので、監督とのやり取りで「なぜ“彼”がここでこう感じるのか」という台本に書かれていない裏の部分をすごく考えました。そこから確実に台本の読み方が変わりましたし、素晴らしい出会いをいただきました。
――これまでの現場と比べて、撮影に入っていく感覚が違ったんですね。
違いました。もちろん今までの作品でも当時の自分は全力でぶつかって、「気持ちで芝居をする」という時に、そのシーンを深掘りすることはしていましたが、今は「セリフを言う前の時間」もすごく大切にするようになりました。
――そして実際に撮影に入ってからの中川監督の演出はいかがでしたか?
すべてが初めての感覚でした。カメラを意識させないというか、「“私”(草川)と“彼”(樋口)が生きている時間」をただある位置から映しているだけ、そんな撮り方をしている印象でした。シーンによっては「スタート!」という掛け声すら言わないんです。「(カメラを)回しておくから、気持ちが整ったら自分のタイミングで始めて」と言われたり、「気持ちが先にあるならセリフはどんどん変えていい。一言一句に縛られず、セリフを“セリフ”として捉えないで“言葉”として発してほしい」とも言われました。こんな現場は初めてだったので、すごく新鮮でした。
これまでも「気持ちで芝居をして」とか「役を生きろ」と言われることはありましたが、正直、どこか抽象的で分からない部分もあったんです。それに対し中川監督は、僕の人間性と、僕が演じるからこその“彼”を結びつけてくれて、まるで生き様そのものを映してくれているような感覚がありました。段取りの時間も、「俳優部に話しかけないでください」と言って“私”と“彼”の2人の空間を作ってくれたんです。この作品では、僕ら俳優へのリスペクトがはっきりと感じられました。その中で、監督と僕が捉えている“彼”の気持ちを、たくさんコミュニケーションを取りながら決めることができました。
―― 一つ一つのシーンに、これまで以上に丁寧に向き合うことができたのは、今作が「ショートドラマ」という枠だからこそでしょうか。
それはあると思います。クライマックスのシーンを撮り終えた時、立てなくなったんです。NGとかではなく、何度も撮影した結果7テイクもやったのですが、6テイク目で自分ではやり切ったと思える芝居ができたと思った瞬間、監督が「カメラを止めるな! その感情でもう1回!」と声がかかって、7テイク目でOKが出ました。
6回、7回と感情を壊していくような芝居をしていたからなのか、体力の限界なのか、撮り終えたとき動けなくなって、初めて「俳優ってこんなにしんどいんだ」と思いました。本当に短い期間の撮影だったからできた向き合い方だったと思います。先輩の俳優さんが長期で演じる時に「体がもたない」とお話しされることがありますが、その理由がすごく分かりました。
嫌悪感を抱く芝居を受けて自然と出てきた涙
――この作品の後に『絶対零度~情報犯罪緊急捜査~』(フジテレビ系)などにも出演されていますが、実際に作品への臨み方は変わりましたか?
『絶対零度』はどっぷり感情を表に出す役柄ではなかったのですが、『こころ』より前の自分が今の作品をやっていたら、もっと薄っぺらいものになっていた気がします。その後の作品にすごく生きているような気がしますね。
――最初の直感通り「自分を変えてくれる作品」になったんですね。
自分が少しは成長できたかなという自負はありますが、この先もっともっと成長していかなければならないと強く思っています。『こころ』に出演し、中川監督に出会い、“彼”を演じて、「考え方が変わった」とはっきり言えます。どんな作品でも気持ちをしっかり出して臨むことができるのか。次の課題だなと思っています。
――まだ作品をご覧になっていない(※取材時)ということですが、今までにない撮影スタイルの作品に参加されて、実際にどんな映像に仕上がっているのか分からないシーンも多いと思います。特に想像がつかないのはどの場面になりますか?
“彼”の秘密が明らかになるシーンは、セリフがなくて、ト書きしかなかったのですが、相手役の俳優さんが、あえてすごく嫌悪感を抱く芝居で攻めてきたんです。それを受けたとき、僕自身“彼”の気持ちに入り込んで「なんでこんなことをしないといけないんだ」という感情が自分の中で破裂して、気づいたら、ぶわあああって涙が出たんです。あのシーンはどんな仕上がりになっているのか楽しみです。


