侍ジャパン野球日本代表の栗林良吏(左)と村田修一(写真:産経新聞社)

 

 今年3月に開催される第6回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)。これまで数々の一流選手が出場し、激闘を繰り広げてきた。しかし、大会中にけがの影響を受け、離脱を強いられた例もある。そこで今回は、WBCで途中辞退を強いられた大物選手を紹介したい。[1/6ページ]

村田修一

[caption id="attachment_241909" align="aligncenter" width="530"] 侍ジャパン野球日本代表の村田修一(写真:Getty Images)[/caption]

・投打:右投右打

・身長/体重:177cm/92kg

・生年月日:1980年12月28日

・経歴:東福岡高 - 日本大

・ドラフト:2002年ドラフト自由枠

 

 ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)連覇を目指した戦いの途中で、無念の辞退となったのが、村田修一である。

 

 2002年ドラフト自由枠で横浜ベイスターズ(現:DeNA)に入団し、ルーキーイヤーから25本塁打を記録。

 

 以降は主砲としてチームを牽引し、2007年には本塁打王(36本)に輝いた。

 

 

 

 さらに、翌2008年は打率.323、46本塁打、114打点の大暴れ。驚異的な打棒を発揮し、2009年開催の第2回WBCの日本代表に選出。チームの4番打者を任された。

 

 第1ラウンドの韓国戦で一発を放つなど、期待に応える活躍を見せていた村田。しかし、第2ラウンドの順位決定戦で右足太腿裏の肉離れを発症し、その後の試合出場が困難に。無念の途中帰国を余儀なくされた。

 

 同年のレギュラーシーズンは93試合の出場にとどまるも、25本塁打をマーク。けががなければどういった成績を残したのか、想像せずにはいられない1年だった。

 今年3月に開催される第6回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)。これまで数々の一流選手が出場し、激闘を繰り広げてきた。しかし、大会中にけがの影響を受け、離脱を強いられた例もある。そこで今回は、WBCで途中辞退を強いられた大物選手を紹介したい。[2/6ページ]

 

栗林良吏

[caption id="attachment_241912" align="aligncenter" width="530"] 侍ジャパン野球日本代表の栗林良吏(写真:Getty Images)[/caption]

 

 

 

・投打:右投右打

・身長/体重:177cm/88kg

・生年月日:1996年7月9日

・経歴:愛知黎明高 - 名城大 - トヨタ自動車

・ドラフト:2020年ドラフト1位

 

 故障の影響でワールド・ベースボール・クラシック(WBC)での登板が実現しなかったのが、栗林良吏だ。

 

 愛知黎明高、名城大、トヨタ自動車を経て、2020年ドラフト1位で広島東洋カープに入団すると、ルーキーイヤーから守護神に抜擢された。

 

 同年は53試合登板で37セーブ、防御率0.86と圧巻の数字を残し、新人王に輝いた。

 

 

 

 翌2022年も31セーブを挙げる活躍を見せ、日本球界を代表するクローザーとなった栗林。2023年開催の第5回WBCで、侍ジャパンのメンバー入りを果たした。

 

 代表合流後、強化試合でも好投を続けていたが、1次ラウンドは登板なしに。同ラウンド終了後、腰の張りの影響で途中離脱を強いられた。

 

 さらに、同年のレギュラーシーズンは55試合に登板するも、3勝7敗18セーブ15ホールド、防御率2.92と数字を落とした。

 

 プロ6年目の2026年からは、先発転向が決定。まずは開幕ローテーション入りを目指すこととなりそうだ。

 今年3月に開催される第6回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)。これまで数々の一流選手が出場し、激闘を繰り広げてきた。しかし、大会中にけがの影響を受け、離脱を強いられた例もある。そこで今回は、WBCで途中辞退を強いられた大物選手を紹介したい。[3/6ページ]

 

鈴木誠也

[caption id="attachment_241911" align="aligncenter" width="530"] 侍ジャパン野球日本代表の鈴木誠也(写真:Getty Images)[/caption]

 

 

 

・投打:右投右打

・身長/体重:181cm/98kg

・生年月日:1994年8月18日

・経歴:二松学舎大付高

・ドラフト:2012年ドラフト2位

 

 2023年に開催された第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で、開幕直前に無念の辞退となった鈴木誠也。まさに苦渋の決断だった。

 

 二松学舎大付高から2012年ドラフト2位で広島東洋カープに入団。プロ4年目の2016年から不動のレギュラーとなり、同年は打率.335、29本塁打、95打点の成績を残した。

 

 さらに、2019年は打率.335、28本塁打、87打点、25盗塁と傑出の数字を残し、打撃2冠(打率・出塁)を獲得。2022年からはメジャーリーグの舞台に活躍の場を移した。

 

 

 

 2023年に開催された第5回WBCでは、侍ジャパンメンバーに選出。しかし、スプリングトレーニング中に左脇腹痛を発症。万全な状態でのプレーが難しいこともあり、開幕前に大会辞退を決断した。

 

 その後もシカゴ・カブスでプレーを続けており、2025年は151試合出場で打率.245ながら、MLBでのキャリアハイとなる32本塁打、103打点をマーク。

 

 そして、第6回WBCの日本代表入りが決定。鈴木にとっては、3年前の悔しさを晴らす戦いとなりそうだ。

 今年3月に開催される第6回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)。これまで数々の一流選手が出場し、激闘を繰り広げてきた。しかし、大会中にけがの影響を受け、離脱を強いられた例もある。そこで今回は、WBCで途中辞退を強いられた大物選手を紹介したい。[4/6ページ]

 

嶋基宏

[caption id="attachment_241910" align="aligncenter" width="530"] 侍ジャパン野球日本代表の嶋基宏(写真:Getty Images)[/caption]

 

 

 

・投打:右投右打

・身長/体重:179cm/84kg

・生年月日:1984年12月13日

・経歴:中京大中京高 - 国学院大

・ドラフト:2006年大学生・社会人ドラフト3巡目

 

 大会直前に辞退を決めた嶋基宏。抜群のキャプテンシーを誇っただけに、チームにもたらした影響も、かなり大きかっただろう。

 

 国学院大から2006年大学生・社会人ドラフト3巡目で東北楽天ゴールデンイーグルスに入団し、ルーキーイヤーから正捕手格として125試合に出場した。

 

 同年は守備面で高い貢献度を誇った一方で、打率.183(規定未満)、2本塁打、16打点とバッティングでは苦しんだ。

 

 

 

 2010年には課題を克服し、打率.310の好成績でベストナインとゴールデングラブ賞をW受賞。

 

 以降も攻守にいぶし銀の働きを続け、2017年開催の第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)日本代表に名を連ねた。

 

 しかし、代表合流前に参加していた楽天の春季キャンプで、右ふくらはぎ痛を発症。合流後も患部が思うように回復せず、開幕3日前に出場辞退を決断した。

 

 同年のレギュラーシーズンでは、112試合出場で打率.199(規定未満)と低迷。2020年から東京ヤクルトスワローズに活躍の場を移し、3シーズンプレーした。

 今年3月に開催される第6回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)。これまで数々の一流選手が出場し、激闘を繰り広げてきた。しかし、大会中にけがの影響を受け、離脱を強いられた例もある。そこで今回は、WBCで途中辞退を強いられた大物選手を紹介したい。[5/6ページ]

 

石井弘寿

[caption id="attachment_241908" align="aligncenter" width="530"] 侍ジャパン野球日本代表の石井弘寿(写真:Getty Images)[/caption]

 

 

 

・投打:左投左打

・身長/体重:180cm/100kg

・生年月日:1977年9月14日

・経歴:東京学館高

・ドラフト:1995年ドラフト4位

 

 ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)出場により、その後のキャリアが大きく変化した選手が、石井弘寿だ。

 

 東京学館高から1995年ドラフト4位でヤクルトスワローズに入団。高卒1年目から一軍デビューを飾った。

 

 2000年にはリリーフとして一軍に定着。同年は45試合に登板し、防御率3.30の成績を残した。

 

 

 

 2002年にはブルペン陣の中心となり、69試合登板で6勝2敗5セーブ、防御率1.51をマーク。最優秀中継ぎのタイトルに輝いた。

 

 その後も活躍を続け、2005年にはクローザーとして37セーブを記録。同年オフには第1回WBCの日本代表に選出された。

 

 しかし、第1ラウンド・韓国戦で登板した際に左肩痛を発症。第2ラウンドの開催前に途中辞退することとなった。

 

 さらに、2006年のレギュラーシーズンはけがの影響で一軍登板なし。その後も一軍のマウンドから遠ざかった。

 

 2011年には、現役引退を決断。同年の引退試合が、5年ぶりの一軍登板だった。

 今年3月に開催される第6回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)。これまで数々の一流選手が出場し、激闘を繰り広げてきた。しかし、大会中にけがの影響を受け、離脱を強いられた例もある。そこで今回は、WBCで途中辞退を強いられた大物選手を紹介したい。[6/6ページ]

 

黒田博樹

 

 

 

・投打:右投右打

・身長/体重:185cm/93kg

・生年月日:1975年2月10日

・経歴:上宮高 - 専修大

・ドラフト:1996年ドラフト2位

 

 広島東洋カープのエースとして、チームを牽引した黒田博樹は、2006年に行われた第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の辞退経験がある。

 

 上宮高から専修大を経て、ドラフト2位で広島に入団。ルーキーイヤーから先発ローテーションの一角を担うと、2001年に初の2桁勝利(12勝)をマーク。

 

 2005年には15勝を挙げて最多勝に輝き、2006年開催の第1回WBC日本代表に選出された。

 

 

 

 しかし、開幕前の練習試合で打球が直撃。右手人差し指の打撲と診断され、出場辞退を余儀なくされた。

 

 同年のレギュラーシーズンでは26試合(189回1/3)を投げ、13勝6敗、防御率1.85をマークし、最優秀防御率のタイトルを獲得。

 

 2008年からメジャーリーグに挑戦し、7年間で通算79勝を挙げるなど、MLBでも優れた成績を残した。

 

 最後は古巣・広島に復帰し、チームをリーグ優勝に導いて現役を引退。WBCでの投球も見たい1人だった。

 

 

【了】