元プロボクサーで俳優の赤井英和が、10月31日にテレビ朝日で放送されたバラエティ番組『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(毎月第4金曜24:45~25:15)に出演した。

  • 『しくじり先生 俺みたいになるな!!』より (C)テレビ朝日

    『しくじり先生 俺みたいになるな!!』より (C)テレビ朝日

同番組は、過去に大きな失敗をやらかした“しくじり先生”たちが自らのしくじった経験をさらけ出し、人生の教訓を伝授してくれる、反面教師バラエティー。

現在66歳の赤井がボクシングをはじめたのは高校時代。近畿大学在学中にプロに転向し、デビューから12戦連続KO勝利という輝かしい記録を打ち立てた。1989年に俳優に転身すると、主演映画『どついたるねん』をはじめ、『高校教師』『半沢直樹』などに出演した。 ボクサー時代は、とにかく前に出て相手をどつき倒す超攻撃型のボクシングで観客を魅了した赤井についた異名は“浪速のロッキー”。強さだけでなく愛嬌のあるキャラクターも話題をよび、人気と実力を兼ね備えた一流ボクサーとして活躍した。

しかし、そこに至るまで、赤井は数々の“ヤンチャしくじり”をやらかしてきたと告白。その背景には「先のことなんか一つも考えへん!」という自身の間違った考え方があったと話し、「改めて考えてみたらほんまめちゃくちゃやったなと思って……今は反省してますんで、堪忍してください」と訴えかけた。

小学校時代は各学年で学級委員を務める優等生で、習い事を掛け持ちする生活だったという赤井だが、中学生になると入学初日に「友だちを作るにはケンカするしかないねん! どついたるねん!」と決心し、あっという間に学年を締め上げて番長的存在に。「黒板をダーツの的にして傘を投げて刺していた」「映画『燃えよドラゴン』に憧れて学校中のトイレを蹴り倒して破壊した」など中学時代のヤンチャエピソードにスタジオはあ然としてしまう。

やがて中学3年生となり、高校受験という試練を迎えました赤井だが、受験会場で机に足を乗せていたところ、“ある人物”と一触即発のにらみ合いに。相手は当時、関西で名を轟かせていた番長で、のちにプロボクサーとしても活躍した芸人・トミーズ雅だったと明かす。

そして、高校では入学式直後に喫煙していたのが見つかり、初日から停学になったという赤井は、“世直し”と称してケンカにハマっていたとも回顧。その世直しには赤井なりのルールがあったそうで、「弱い者いじめはしない」「年下には手を出さない」「世の中に迷惑をかける悪を成敗していた」と話す。

しかし、当時1学年下のヤンキー中学生が「赤井を倒すんはオレや!」と言いまわっていると聞きつけた赤井は、相手の中学校に乗り込み、全校生徒が見ている前で「ボッコボコにして恥をかかせたった」と告白。スタジオメンバーから「年下、年下!」「ルールはどこいった?」と驚きの声とともに総ツッコミが入る。

しかも、その年下ヤンキーが、亀田史郎の兄だったことも判明。意外すぎるつながりにハライチ・澤部佑も「狭すぎないですか、大阪?」と驚愕してしまう。

数々のやらかしの結果、高校1年生で留年が決定してしまった赤井。しかし、そのしくじりこそがボクシングの世界に踏み出すきっかけになったと振り返る。