静岡県裾野市でオフィシャルローンチを迎えた「トヨタ・ウーブン・シティ」。トヨタ自動車とウーブン・バイ・トヨタが開発する実証実験の街だ。モビリティからエネルギー、暮らしまで、人々の生活を支える技術がリアルな環境で実証されていく。

そんな話題のプロジェクトに日清食品も参画。同社が食品開発で長年培ってきた技術を結集した栄養最適化テクノロジーを活用し、将来的には「健康寿命の延伸」といった新たな食の可能性の探索に挑む。まずは、トヨタのモビリティサービス専用バッテリーEV「e-Palette」をキッチンカーとして活用し、「オリジナルハンバーガーセット」をはじめとする「最適化栄養食」の栄養設計基準に則った食事を提供するなど、楽しみながら継続的に「最適化栄養食」を食べられる環境を整えていく。

今回は、このプロジェクトをリードする日清食品の筒井倫太郎さん、そしてメニュー開発を担った日清食品ホールディングスの上井康弘さんに、プロジェクトの背景や狙い、そして具体的な取り組みについて話をうかがった。

■実証実験の街で“食の実験”! 日清食品チームが掲げるミッション

  • (左)日清食品ホールディングス・上井康弘さん:フューチャーフード 研究開発部所属。コーポレートシェフとして “即食”(その場ですぐ食べられる料理)の分野を担い、社食などで提供するメニューの開発を手がける。トヨタ・ウーブン・シティで提供する「最適化栄養食」メニューの開発も担当。 (右)日清食品・筒井倫太郎さん:ビヨンドフード事業部 フードサービスプランニング部 フードサービス3課所属。トヨタ・ウーブン・シティのプロジェクトをリードし、ウーブン・バイ・トヨタとの交渉や契約、実証実験のプランニングを含めたプロジェクト全体を統括。

    (左)日清食品ホールディングス・上井康弘さん:フューチャーフード 研究開発部所属。コーポレートシェフとして “即食”(その場ですぐ食べられる料理)の分野を担い、社食などで提供するメニューの開発を手がける。トヨタ・ウーブン・シティで提供する「最適化栄養食」メニューの開発も担当。 (右)日清食品・筒井倫太郎さん:ビヨンドフード事業部 フードサービスプランニング部 フードサービス3課所属。トヨタ・ウーブン・シティのプロジェクトをリードし、ウーブン・バイ・トヨタとの交渉や契約、実証実験のプランニングを含めたプロジェクト全体を統括。

――そもそもなぜ今回、日清食品はトヨタ・ウーブン・シティへの参画を決めたのですか?

筒井 きっかけは2020年、トヨタ・ウーブン・シティの構想が発表されたタイミングに遡ります。当時、日清食品は「Beyond Instant Foods」のスローガンのもと、見た目やおいしさはそのままに、カロリーや塩分、糖質、脂質などをコントロールし、主要な栄養素をバランスよく適切に調整した「最適化栄養食」の研究を始めた頃でした。一方、トヨタは「モビリティ」を“A地点からB地点への移動”に加えて“Move=人の心を動かす”意味も含めて定義を拡大させ、幸せの量産を追求していくことに挑戦されていました。 業界は異なりますが、新たな価値の創造に挑戦する両社の思いが一致し、ともに実証実験に取り組む方向で話が進んだんです。

2021年頃から具体的にトヨタと話し合いを重ね、2025年1月に正式に参画することが決定しました。そして9月、ついにトヨタ・ウーブン・シティのオフィシャルローンチとともに実証実験を開始するに至ったという流れになります。

――具体的に、日清食品がトヨタ・ウーブン・シティに惹かれた理由はどこにあったのでしょう?

筒井 テストコースの街ということもあり、実証実験を行いやすい環境が整備されていることが大きかったです。例えば、トヨタとウーブン・バイ・トヨタが有する「e-Palette」をはじめとする多様なモビリティの活用を検討できること、実証実験に対して前向きで、より豊かな社会の実現を目指す住民の方々が入居し、リアルなフィードバックをすぐに得られること、データ取得や分析の仕組みが街に組み込まれていることなどが挙げられます。
我々は、マーケティングの観点から、日々の食事に「最適化栄養食」を取り入れ、継続的に食べてもらうには、どのようなメニューやサービスが必要かを検証するために、アイデアピッチなどを通じて得た住民からのフィードバックを反映していきたいと考えています。
さらに、将来的には「最適化栄養食」を継続的に食べている人の心身の変化を観察し、有効性を実証する研究も行っていきたいと考えています。

また、トヨタ・ウーブン・シティは他の多くのスマートシティとは違い、「完成した街に住んでもらう」のではなく、一緒に街をつくり改善を重ねていく「未完成の街」です。住民の方々も“サービスを享受するお客様”というより、“共に作り手になる仲間”というスタンスなんです。このフラットで前向きな空気が、実証実験を進めるうえで理想的だと感じました。

■試作回数は100回超! ジャンクなおいしさと栄養バランスの両立に挑んだ舞台裏

――現在、日清食品はトヨタ・ウーブン・シティで「最適化栄養食」の栄養設計基準に基づいたハンバーガーを提供しているそうですね。

上井 正確には「オリジナルハンバーガーセット」です。ハンバーガー、ポテト、コーラのセット全体で最適な栄養バランスになるよう調整しています。

――ハンバーガーだけでなく、ポテトとコーラもあわせて「最適化栄養食」の栄養設計になっているんですか?

上井 そうです。健康や栄養バランスに配慮したメニューと聞くと、どうしても“味気ない”というイメージを持たれがちなので、あえてジャンクフードの代表ともいえるハンバーガーに挑戦しました。「こんなにジャンクなのに、実は栄養バランスが整っている」というギャップで驚いていただきたかったんです。

当然、開発は簡単ではありませんでした。今回は市販のポテトとコーラを使っているので、手を加えられるのはハンバーガーだけ。ソースや肉といった特定の素材だけに栄養素を配合すると、栄養素が持つ苦味やエグみを感じやすくなってしまいます。ハンバーガーらしいジャンクなおいしさを損なわないことを最優先しながら、さまざまな技術を駆使して栄養バランスを調整していきました。

  • トヨタ・ウーブン・シティで実際に提供されている「オリジナルハンバーガーセット」。

    トヨタ・ウーブン・シティで実際に提供されている「オリジナルハンバーガーセット」。

――どうやってその課題を克服したのでしょう?

上井 日清食品には、「3層麺製法」や「減塩技術」など、これまでインスタントラーメンの開発で培ってきた独自の技術があります。とはいえ、セット全体で食塩相当量を3.0g未満に抑えながら、たんぱく質、脂質、炭水化物などのバランスも整え、なおかつハンバーガー本来のおいしさを実現するのは本当に難しかったです。そこで生きてくるのが、シェフとしての技術や経験です。どの素材をどう使えば、栄養バランスを崩すことなくおいしさを作り出せるのかを考えながら、試行錯誤を重ねて理想の味を追求していきました。

――食塩相当量が3.0g未満……。完成までにはかなりの苦労があったのでは?

上井 初めて試作したのは3年前で、そこから3回の大きなモデルチェンジを経ました。試作回数は100回以上にのぼります。ポテトは市販のフライドポテトを、コーラも人工甘味料を使用したものではなく、あえてレギュラーコーラを選びました。ベイクドポテトやゼロカロリーのコーラを選べば栄養バランスを整えやすいのですが、ただ、そうすると途端に“ジャンクなおいしさ”が損なわれてしまう。だから、そこは妥協できませんでした。その分、ハンバーガーの開発には本当に苦労しましたが、ようやく納得できるレベルのものが完成しました。

  • ポテトやコーラはあえて市販品を採用。

    ポテトやコーラはあえて市販品を採用。

――ハンバーガーにはどんな具材を使っているのですか?

上井 パティにマヨネーズタイプ調味料、ダイスカットオニオン、トマト、特製ミートソースを組み合わせています。フレッシュな素材と濃厚なソースを掛け合わせることで、食べた瞬間に「おいしい」「ジャンクだ」と感じてもらえるようにしました。

■“瞬間的”ではなく、“習慣的”に「最適化栄養食」を楽しめる仕組みづくりを

――今回の取り組みの今後の展開や目標について教えてください。

筒井 日清食品は、食を通じてヒューマン・ウェルビーイングの向上に貢献していきたいと考えています。今回の実証実験では、「最適化栄養食」を“瞬間的”ではなく“習慣的”に楽しめる仕組みや環境の構築を目指しています。さらに、利用者の心身の変化やウェルビーイングの実感のような主観的な指標と、医学的検査のような客観的な指標の両方を中長期的に追い、その有効性を実証することを大きな目標としています。「最適化栄養食」が人のウェルビーイングに相関することを明らかにできれば嬉しいですね。

  •  定番メニューはもちろん、トヨタ・ウーブン・シティの多様性に寄り添えるよう、「カオマンガイ」(上)や「ケバブサンドセット」(下)といった多国籍料理の展開も進めているという。

    定番メニューはもちろん、トヨタ・ウーブン・シティの多様性に寄り添えるよう、「カオマンガイ」(上)や「ケバブサンドセット」(下)といった多国籍料理の展開も進めているという。

上井 トヨタ・ウーブン・シティ向けに、ハンバーガーをはじめ50種類以上のメニューを用意しました。社員食堂で提供するような丼ものやパスタといった定番メニューはもちろん、多様なバックグラウンドを持つ方が集まる場所ですので、多国籍料理もラインナップに加えています。現在は食事系のメニューが中心ですが、今後はスイーツやデザートも充実させていきたいと考えています。どのメニューも栄養バランスが整っているので、極端にいえば“スイーツだけで1日過ごす”ことも理論上は可能だと言えます。

――50種類以上のメニューということは、将来的にはレストランの展開も考えているのですか?

筒井 そうですね。街の規模や住民の数に応じて環境をアップグレードしていきたいと考えています。まずは「最適化栄養食」を食事の選択肢のひとつとして住民の皆さんに体験いただくことが大切だと考えています。ニーズが増えていけば、常設のレストランを出すことも検討していきたいですね。

■実際に「最適化栄養食」の「オリジナルハンバーガーセット」を食べてみた!

実際に「最適化栄養食」の「オリジナルハンバーガーセット」を試食させていただいた。

ひと口かじった瞬間にまず驚いたのは、パティの“肉感”である。しっかり噛みごたえがあってとてもジューシーだし、ミートソースも肉々しく、お肉の旨味とトマトの旨味が完璧にマリアージュしている。独自の減塩技術を駆使しているとのことで、少ない塩分でも物足りなさは一切なし。

バンズもかなり本格的で、ふわふわと柔らかいのに、表面はほんのり香ばしくパリッとしている。パティとの一体感も絶妙だ。トマトやオニオンといった野菜はみずみずしく、フレッシュな食後感を演出。特に「1ミリ単位でサイズを調整している」というダイスカットのオニオンは、口の中でちょうどいいシャキシャキ感を醸しつつも、味わいの邪魔になることはない。

ポテトは外がカリッ、中はホクホクで、まるでマッシュポテトを揚げたような食感。バーガーと一緒に頬張ると背徳感たっぷりなのに、ちゃんとトータルで栄養バランスが最適化されているという不思議な安心感がある。好みに合わせてコーラかオレンジジュースを選ぶことができ、どちらと組み合わせても栄養設計が崩れないというのも素晴らしい。


ジャンクフードを楽しみながら、健康寿命を延ばす。そんな夢のような食卓がそう遠くない将来、訪れるかもしれない。現状、トヨタ・ウーブン・シティ以外でこの「オリジナルハンバーガーセット」を食べることはできないが、2026年度以降、一般の方をビジターとしてトヨタ・ウーブン・シティへ受け入れることも予定しているという。身近な選択肢になる日を心待ちにしつつ、「最適化栄養食」が目指す未来に注目していきたい。